53 / 54
第二章
新たなる始まり
しおりを挟む
季節は秋。だがまだまだ残暑は厳しく、日が照り付け、辺りを白く光らせて夏より暑いくらいだ。通りの石畳をジリジリと焼く日光に、店主の女将さんやアルバイトの子達が水を撒いている。軒先の窓という窓には洗濯物が風に揺れ、シーツがはためいている。その下を馬車や人が往来して、通りの樹の下で太陽から避難して昼寝を決め込んでいたりした。
「ハウエル。ちょっとこっちを頼む」と、店の中から声がかかり、やはり店先の地面に打ち水をしていた少年は「はい!」と元気よく返事をした。
ハウエル・ケント・レイストン。一五歳になる少年は、水桶と柄杓を抱えて店内に戻った。
「サンジェルド亭」と書かれた看板のこの店は飲食店で、昼下がりの今の時間帯は比較的に空いている。客はまばらで、この時間帯から酒を飲んでいる者はさすがにいないが、店内の奥の席で中年の男がこっくりと船を漕いでいた。ハウエルは男をちらりと確認してから厨房に入った。
厨房の中は火を使うので、熱気が瞬時に体にまとわりつく。厨房の中には、二十歳を少し過ぎた辺りの若い男が一人いた。
「おう。来たか。すまねえが、ちょいと買い出しに行って来てくれ。ユリアがまだ帰って来ない。必要なものはメモに書いておいた」
「ユリアさん、どうしたんですか?」とハウエルは不思議に思って聞いた。いつもならば、給仕でいる時間帯である。
「さあな。手紙を出しに行くとは言っていたんだが」
「そうですか。分かりました」
素直に頷いて、ハウエルはメモを受け取った。買い出しの途中でユリアに会えるかもしれない。そう思いながら店を出た。通りはレンガで出来た洒落た石畳で「イストーギリア通り」と呼ばれていた。馬車が緩やかに通り過ぎるのを待ち、道路を渡る。少し動いただけでも額に汗が滲み、手の甲で拭った。
幼い頃は、近場の小川で水浴びをして遊んだ。こんな暑い日には。愛しい幼馴染と二人で。故郷での大切な思い出だ。切なさにチクリと胸が痛んだが、努めて気にしないように、商店街へと向かった。
メモに書かれた品物を買い揃え、両腕に紙袋を抱えながらメモを確認していると、ポンと肩を軽く叩かれた。背後を振り返り「あ!」と声を上げる。緩く波打つ赤い髪を後ろで結い上げた女が立っていた。
「ユリアさん!」とハウエルは破顔する。
「やあ。ごめんねハウエル。私の代わりにお使い頼まれたんでしょ」
ユリアは申し訳なさそうに笑う。少し垂れ気味の優しそうな瞳は綺麗な青で、赤い髪と共に彼女によく似合っていた。
「良いんですよ。僕はアルバイトの身分なんですから。僕の仕事でもあります」とハウエルは元気に首を横に振った。厨房のヴァルは、ユリアは手紙を出しに行ったと言っていたのを思い出した。
「そう言えば、ヴァルさんが手紙を出しに行ったって……」
「ああ、そうそう。私の相棒にね」
「相棒ですか」
ハナって名前だよ、とユリアは意味ありげに笑った。良く分からなかったが、ハウエルは突っ込んでは聞かなかった。サンジェルド亭でアルバイトとして住み込みで働き始めて一月が経つ。いずれはここを去る身だ。深く親しみ過ぎてしまうのは良くない、とハウエルは考えていた。
「ハウエル。ちょっとこっちを頼む」と、店の中から声がかかり、やはり店先の地面に打ち水をしていた少年は「はい!」と元気よく返事をした。
ハウエル・ケント・レイストン。一五歳になる少年は、水桶と柄杓を抱えて店内に戻った。
「サンジェルド亭」と書かれた看板のこの店は飲食店で、昼下がりの今の時間帯は比較的に空いている。客はまばらで、この時間帯から酒を飲んでいる者はさすがにいないが、店内の奥の席で中年の男がこっくりと船を漕いでいた。ハウエルは男をちらりと確認してから厨房に入った。
厨房の中は火を使うので、熱気が瞬時に体にまとわりつく。厨房の中には、二十歳を少し過ぎた辺りの若い男が一人いた。
「おう。来たか。すまねえが、ちょいと買い出しに行って来てくれ。ユリアがまだ帰って来ない。必要なものはメモに書いておいた」
「ユリアさん、どうしたんですか?」とハウエルは不思議に思って聞いた。いつもならば、給仕でいる時間帯である。
「さあな。手紙を出しに行くとは言っていたんだが」
「そうですか。分かりました」
素直に頷いて、ハウエルはメモを受け取った。買い出しの途中でユリアに会えるかもしれない。そう思いながら店を出た。通りはレンガで出来た洒落た石畳で「イストーギリア通り」と呼ばれていた。馬車が緩やかに通り過ぎるのを待ち、道路を渡る。少し動いただけでも額に汗が滲み、手の甲で拭った。
幼い頃は、近場の小川で水浴びをして遊んだ。こんな暑い日には。愛しい幼馴染と二人で。故郷での大切な思い出だ。切なさにチクリと胸が痛んだが、努めて気にしないように、商店街へと向かった。
メモに書かれた品物を買い揃え、両腕に紙袋を抱えながらメモを確認していると、ポンと肩を軽く叩かれた。背後を振り返り「あ!」と声を上げる。緩く波打つ赤い髪を後ろで結い上げた女が立っていた。
「ユリアさん!」とハウエルは破顔する。
「やあ。ごめんねハウエル。私の代わりにお使い頼まれたんでしょ」
ユリアは申し訳なさそうに笑う。少し垂れ気味の優しそうな瞳は綺麗な青で、赤い髪と共に彼女によく似合っていた。
「良いんですよ。僕はアルバイトの身分なんですから。僕の仕事でもあります」とハウエルは元気に首を横に振った。厨房のヴァルは、ユリアは手紙を出しに行ったと言っていたのを思い出した。
「そう言えば、ヴァルさんが手紙を出しに行ったって……」
「ああ、そうそう。私の相棒にね」
「相棒ですか」
ハナって名前だよ、とユリアは意味ありげに笑った。良く分からなかったが、ハウエルは突っ込んでは聞かなかった。サンジェルド亭でアルバイトとして住み込みで働き始めて一月が経つ。いずれはここを去る身だ。深く親しみ過ぎてしまうのは良くない、とハウエルは考えていた。
6
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
慈愛と復讐の間
レクフル
ファンタジー
とある国に二人の赤子が生まれた。
一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。
慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。
これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。
だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。
大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。
そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。
そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。
慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。
想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……
繰り返しのその先は
みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、
私は悪女と呼ばれるようになった。
私が声を上げると、彼女は涙を流す。
そのたびに私の居場所はなくなっていく。
そして、とうとう命を落とした。
そう、死んでしまったはずだった。
なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。
婚約が決まったあの日の朝に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる