1 / 60
序:未来へ
しおりを挟む
「はい。確かに」
正装したドアマンの真っ白な手袋のはまった手から、男に返されたカードは真っ黒の高級紙だった。
真ん中には手を取り合って踊る男女の影絵が描かれている。
おや、と男は気付いた。その男女の絵の色が、先程は白かったのに、ドアマンが小さな宝石のようなものをカードに翳した後、返ってきたら金色に変わっていたのだ。
なるほど、こうやって正式な客かそうでないかを識別するらしい。偽物のカードはきっと色が変わらないとかそういう仕組みだ。
秘密結社「ロンド」は、帝国が不安と混乱に陥った先の大事件で有名になった、魔術師たちの集団だ。
有名になりすぎたがゆえに、そのメンバーになりたい者、メンバーにあやかりたいという人間は後を絶たない。
男は幸運にも、その末端のメンバーに加わることになった。
普通魔力を持たないとされる平民出身だが、多少なら魔法を使える。それを知っている帝立聖オラトリオ学院の教師の紹介で、今この重厚な扉の向こう側に入ることができるのだった。
恐る恐る、ドアマンの手によって開かれる扉の、その内側に一歩踏み出すと――
突然、ヒューッ!と、目の前を何かが、高速で、よぎった。
「!?」
ガアン!と大きな音がした。今目の前を通ったその何かの方向を見ると、少し離れた壁の下に大きな……自分の腰くらいは高さのあるクマのヌイグルミがへたって落ちていた。
「んまーっ!ロッテリアちゃんを壁に叩きつけるなんて!酷いことをするのね、イワン・ビリビオ!」
「子供がうるさいよ!鉄球入りのヌイグルミが飛んできたら普通避けるだろうが!飛ばしたのは君!僕は逃げただけ!」
そんな男女の大声が聞こえて、男はびくっとした。
大きな部屋だった。豪奢な装飾に、惜しげもなく金のかかった調度品。先日商談に行った貴族の家の大ホールと遜色ない。地下にあるので窓はないが、明かりは大きなシャンデリアがまばゆく光って昼の光と間違うばかりだ。
――この豪華な部屋にたどりつくための入り口は偽装されていた。店がところ狭しと建ち並ぶ区画の、人通りは多い商店街。そのはずれにある一見寂れた店が、こんな空間に通じているなんて。
そこで、十数人の男女が思い思いにくつろいでいた。
その中で、声を張り上げているのは、愛らしい少女と成人したてくらいの身なりのいい青年。
丸い頬の、美しい金髪を巻き毛にした少女は、大きな赤い目を釣り上がらせていた。
「言い訳は結構!ああ、可哀想なロッテリア……破けていないかしら」
彼女のレースの手袋に包まれた小さな手が大きく上下する。それを見た青年はうんざりしたように一歩下がった。
「知らないからな。僕のせいじゃない」
「いいえ、私のことをいつまでも子供などと言う誰かさんのせいですわ」
「ちっちゃいのは間違いないですものねえ、可愛いアリッテル?」
奮然とする少女の首にするりと腕を回すのは、妙に色気がある、黒い髪のまだ少女と呼べるような年頃の娘だった。
「オデット・ハリセール!ちっちゃい言わないでほしいですわ!」
頬を赤らめて少女、アリッテルは文句を言うが、先程の青年への態度とは明らかに違っている。黒髪の娘の腕の中でもじもじとしながら……彼女の前にふよふよと浮かんで――そう、浮かんでやって来た、先程の大きなクマのヌイグルミを抱きしめた。
「イワン、もうちょっとレディに優しくしたらどうだ?」
「してる」
うんざりと青年……イワンは肩をすくめた。声をかけてきた壁際の席に座る男性……いや、男装をした女性だ!に近寄り、その隣に腰掛けた。
「面倒じゃないか。ここで取り繕いたくない」
「それとわたくしへの侮辱は関係ありませんことよ!?」
「侮辱じゃない。事実だ……っ痛い!何をするんだメリー」
青年が、男装をした女性に軽く叩かれて抗議をした。
「まったく、素直になればいいのに。オデットみたいに」
「はあ?あんなふうにいちゃつけっていうのか?犯罪だろう」
「まあ、うふふ」
「いちゃ……離れなさいオデット・ハリセール!」
騒がしくしているのは、彼女たちだけだ。
ただ、それを眺めている他の人間は咎めるでもなく楽しそうに笑っている。十数人、年齢や服装もまちまちで、貴族もいれば男のように平民らしき人間もいた。だが、お互いを意識しているようでもない。
――そして、ファンファーレが鳴る。
「盟主ミズリィ・ペトーキオ様のご到着!」
男は騒ぎに気をとられていて気づかなかったのだが、ここは吹き抜けのホールになっていて、さらに上の階があり、そこからの階段があった。
そこをゆっくりと降りてくる、一人の女性。
銀髪の、美しい女性だった。
白いドレスを細身にまとい、所作は貴族らしく洗練されている。
秘密結社「ロンド」盟主、ミズリィ・ペトーキオ公爵令嬢。
このホーリース帝国で、指折りの魔術師であり、先の騒動になった大精霊事件の功労者。
「ごきげんよう、皆様」
透き通った声が部屋に響く。それをきっかけに、人がわっと階段を降りきった彼女の周りに詰め寄った。
先程騒がしくしていた人たちももれなく。
男は呆然と見ているだけだったが、数分後、ふとペトーキオ公爵令嬢がこちらを見た。
ぎょっと驚いた男に、彼女は微笑みかけた。美しく、少し冷たく見えるが、けれど華やかな微笑み。
「ようこそ、新たな仲間となる魔術師殿!」
正装したドアマンの真っ白な手袋のはまった手から、男に返されたカードは真っ黒の高級紙だった。
真ん中には手を取り合って踊る男女の影絵が描かれている。
おや、と男は気付いた。その男女の絵の色が、先程は白かったのに、ドアマンが小さな宝石のようなものをカードに翳した後、返ってきたら金色に変わっていたのだ。
なるほど、こうやって正式な客かそうでないかを識別するらしい。偽物のカードはきっと色が変わらないとかそういう仕組みだ。
秘密結社「ロンド」は、帝国が不安と混乱に陥った先の大事件で有名になった、魔術師たちの集団だ。
有名になりすぎたがゆえに、そのメンバーになりたい者、メンバーにあやかりたいという人間は後を絶たない。
男は幸運にも、その末端のメンバーに加わることになった。
普通魔力を持たないとされる平民出身だが、多少なら魔法を使える。それを知っている帝立聖オラトリオ学院の教師の紹介で、今この重厚な扉の向こう側に入ることができるのだった。
恐る恐る、ドアマンの手によって開かれる扉の、その内側に一歩踏み出すと――
突然、ヒューッ!と、目の前を何かが、高速で、よぎった。
「!?」
ガアン!と大きな音がした。今目の前を通ったその何かの方向を見ると、少し離れた壁の下に大きな……自分の腰くらいは高さのあるクマのヌイグルミがへたって落ちていた。
「んまーっ!ロッテリアちゃんを壁に叩きつけるなんて!酷いことをするのね、イワン・ビリビオ!」
「子供がうるさいよ!鉄球入りのヌイグルミが飛んできたら普通避けるだろうが!飛ばしたのは君!僕は逃げただけ!」
そんな男女の大声が聞こえて、男はびくっとした。
大きな部屋だった。豪奢な装飾に、惜しげもなく金のかかった調度品。先日商談に行った貴族の家の大ホールと遜色ない。地下にあるので窓はないが、明かりは大きなシャンデリアがまばゆく光って昼の光と間違うばかりだ。
――この豪華な部屋にたどりつくための入り口は偽装されていた。店がところ狭しと建ち並ぶ区画の、人通りは多い商店街。そのはずれにある一見寂れた店が、こんな空間に通じているなんて。
そこで、十数人の男女が思い思いにくつろいでいた。
その中で、声を張り上げているのは、愛らしい少女と成人したてくらいの身なりのいい青年。
丸い頬の、美しい金髪を巻き毛にした少女は、大きな赤い目を釣り上がらせていた。
「言い訳は結構!ああ、可哀想なロッテリア……破けていないかしら」
彼女のレースの手袋に包まれた小さな手が大きく上下する。それを見た青年はうんざりしたように一歩下がった。
「知らないからな。僕のせいじゃない」
「いいえ、私のことをいつまでも子供などと言う誰かさんのせいですわ」
「ちっちゃいのは間違いないですものねえ、可愛いアリッテル?」
奮然とする少女の首にするりと腕を回すのは、妙に色気がある、黒い髪のまだ少女と呼べるような年頃の娘だった。
「オデット・ハリセール!ちっちゃい言わないでほしいですわ!」
頬を赤らめて少女、アリッテルは文句を言うが、先程の青年への態度とは明らかに違っている。黒髪の娘の腕の中でもじもじとしながら……彼女の前にふよふよと浮かんで――そう、浮かんでやって来た、先程の大きなクマのヌイグルミを抱きしめた。
「イワン、もうちょっとレディに優しくしたらどうだ?」
「してる」
うんざりと青年……イワンは肩をすくめた。声をかけてきた壁際の席に座る男性……いや、男装をした女性だ!に近寄り、その隣に腰掛けた。
「面倒じゃないか。ここで取り繕いたくない」
「それとわたくしへの侮辱は関係ありませんことよ!?」
「侮辱じゃない。事実だ……っ痛い!何をするんだメリー」
青年が、男装をした女性に軽く叩かれて抗議をした。
「まったく、素直になればいいのに。オデットみたいに」
「はあ?あんなふうにいちゃつけっていうのか?犯罪だろう」
「まあ、うふふ」
「いちゃ……離れなさいオデット・ハリセール!」
騒がしくしているのは、彼女たちだけだ。
ただ、それを眺めている他の人間は咎めるでもなく楽しそうに笑っている。十数人、年齢や服装もまちまちで、貴族もいれば男のように平民らしき人間もいた。だが、お互いを意識しているようでもない。
――そして、ファンファーレが鳴る。
「盟主ミズリィ・ペトーキオ様のご到着!」
男は騒ぎに気をとられていて気づかなかったのだが、ここは吹き抜けのホールになっていて、さらに上の階があり、そこからの階段があった。
そこをゆっくりと降りてくる、一人の女性。
銀髪の、美しい女性だった。
白いドレスを細身にまとい、所作は貴族らしく洗練されている。
秘密結社「ロンド」盟主、ミズリィ・ペトーキオ公爵令嬢。
このホーリース帝国で、指折りの魔術師であり、先の騒動になった大精霊事件の功労者。
「ごきげんよう、皆様」
透き通った声が部屋に響く。それをきっかけに、人がわっと階段を降りきった彼女の周りに詰め寄った。
先程騒がしくしていた人たちももれなく。
男は呆然と見ているだけだったが、数分後、ふとペトーキオ公爵令嬢がこちらを見た。
ぎょっと驚いた男に、彼女は微笑みかけた。美しく、少し冷たく見えるが、けれど華やかな微笑み。
「ようこそ、新たな仲間となる魔術師殿!」
0
あなたにおすすめの小説
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
落ちこぼれ公爵令息の真実
三木谷夜宵
ファンタジー
ファレンハート公爵の次男セシルは、婚約者である王女ジェニエットから婚約破棄を言い渡される。その隣には兄であるブレイデンの姿があった。セシルは身に覚えのない容疑で断罪され、魔物が頻繁に現れるという辺境に送られてしまう。辺境の騎士団の下働きとして物資の輸送を担っていたセシルだったが、ある日拠点の一つが魔物に襲われ、多数の怪我人が出てしまう。物資が足らず、騎士たちの応急処置ができない状態に陥り、セシルは祈ることしかできなかった。しかし、そのとき奇跡が起きて──。
設定はわりとガバガバだけど、楽しんでもらえると嬉しいです。
投稿している他の作品との関連はありません。
カクヨムにも公開しています。
美化係の聖女様
しずもり
ファンタジー
毒親の仕打ち、親友と恋人の裏切り、人生最悪のどん底でやけ酒を煽り何を思ったのか深夜に突然掃除を始めたら床がドンドンって大きく鳴った。
ゴメン、五月蝿かった?
掃除は止めにしよう、そう思った瞬間、床に現れた円のようなものが光りだした。
気づいたらゴミと掃除道具と一緒に何故か森の中。
地面には気を失う前に見た円が直径3メートルぐらいの大きさで光ってる。
何コレ、どうすればいい?
一方、魔王復活の兆しに聖女を召喚した王城では召喚された筈の聖女の姿が見当たらない。
召喚した手応えはあったものの目の前の床に描かれた魔法陣には誰も居ない。
もしかして召喚先を間違えた?
魔力の残滓で聖女が召喚された場所に辿り着いてみれば聖女はおらず。
それでも魔王復活は待ってはくれない。
それならば聖女を探しながら魔王討伐の旅へ見切り発車で旅する第二王子一行。
「もしかしたら聖女様はいきなり召喚された事にお怒りなのかも知れない、、、、。」
「いや、もしかしたら健気な聖女様は我らの足手まといにならぬ様に一人で浄化の旅をしているのかも知れません。」
「己の使命を理解し果敢に試練に立ち向かう聖女様を早く見つけださねばなりません。」
「もしかして聖女様、自分が聖女って気づいて無いんじゃない?」
「「「・・・・・・・・。」」」
何だかよく分からない状況下で主人公が聖女の自覚が無いまま『異世界に来てしまった理由』を探してフラリと旅をする。
ここ、結構汚れていません?ちょっと掃除しますから待ってて下さいね。掃除好きの聖女は無自覚浄化の旅になっている事にいつ気付くのか?
そして聖女を追って旅する第二王子一行と果たして出会う事はあるのか!?
魔王はどこに?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
不定期更新になります。
主人公は自分が聖女だとは気づいていません。
恋愛要素薄めです。
なんちゃって異世界の独自設定になります。
誤字脱字は見つけ次第修正する予定です。
R指定は無しの予定です。
転生皇女はフライパンで生き延びる
渡里あずま
恋愛
平民の母から生まれた皇女・クララベル。
使用人として生きてきた彼女だったが、蛮族との戦に勝利した辺境伯・ウィラードに下賜されることになった。
……だが、クララベルは五歳の時に思い出していた。
自分は家族に恵まれずに死んだ日本人で、ここはウィラードを主人公にした小説の世界だと。
そして自分は、父である皇帝の差し金でウィラードの弱みを握る為に殺され、小説冒頭で死体として登場するのだと。
「大丈夫。何回も、シミュレーションしてきたわ……絶対に、生き残る。そして本当に、辺境伯に嫁ぐわよ!」
※※※
死にかけて、辛い前世と殺されることを思い出した主人公が、生き延びて幸せになろうとする話。
※重複投稿作品※
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる