最強令嬢の秘密結社

鹿音二号

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序:未来へ

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「はい。確かに」

 正装したドアマンの真っ白な手袋のはまった手から、男に返されたカードは真っ黒の高級紙だった。
 真ん中には踊る男女の影絵が描かれている。

 おや、と男は気付いた。その男女の絵の色が、先程は白かったのに、ドアマンが小さな宝石のようなものをカードに翳した後、返ってきたら金色に変わっていたのだ。
 なるほど、こうやって正式な客かそうでないかを識別するらしい。偽物のカードはきっと色が変わらないとかそういう仕組みだ。

 秘密結社「ロンド」は、帝国が不安と混乱に陥った先の大事件で有名になった、魔術師たちの集団だ――有名になりすぎたゆえに、そのメンバーになりたい者、メンバーにあやかりたいという人間は後を絶たない。
 男は幸運にも、その末端のメンバーに加わることになった。普通魔力を持たないとされる平民出身だが、多少なら魔法を使える。それを知っている帝立聖オラトリオ学院の教師の紹介で、今この重厚な扉の向こう側に入ることができるのだった。

 恐る恐る、ドアマンの手によって開かれる扉の、その内側に一歩踏み出すと――
 突然、ヒューッ!と、目の前を何かが、高速で、よぎった。

「!?」

 ガアン!と大きな音がした。今目の前を通ったその何かの方向を見ると、少し離れた壁の下に大きな……自分の腰くらいは高さのあるクマのヌイグルミがへたって落ちていた。

「んまーっ!ロッテリアちゃんを壁に叩きつけるなんて!酷いことをするのね、イワン・ビリビオ!」
「子供がうるさいよ!鉄球入りのヌイグルミが飛んできたら普通避けるだろうが!飛ばしたのは君!僕は逃げただけ!」

 そんな男女の大声が聞こえて、びくっとした。
 大きな部屋だった。豪奢な装飾に、惜しげもなく金のかかった調度品。先日商談に行った貴族の家の大ホールと遜色ない。地下にあるので窓はないが、明かりは大きなシャンデリアがまばゆく光って昼の光と間違うばかりだ。
 ――この豪華な部屋にたどりつくための入り口は偽装されていた。店がところ狭しと建ち並ぶ区画の、人通りは多い商店街。そのはずれにある一見寂れた店が、こんな空間に通じているなんて。

 そこで、十数人の男女が思い思いにくつろいでいた。
 その中で、声を張り上げているのは、愛らしい少女と成人したてくらいの身なりのいい青年。
 丸い頬の、美しい金髪を巻き毛にした少女は、大きな赤い目を釣り上がらせていた。

「言い訳は結構!ああ、可哀想なロッテリア……破けていないかしら」

 レースの手袋に包まれた小さな手が大きく上下する。それを見た青年はうんざりしたように一歩下がった。

「知らないからな。僕のせいじゃない」
「いいえ、私のことをいつまでも子供などと言う誰かさんのせいですわ」
「ちっちゃいのは間違いないですものねえ、可愛いアリッテル?」

 奮然とする少女の首にするりと腕を回すのは、妙に色気がある、黒い髪のまだ少女と呼べるような年頃の娘だった。

「オデット・ハリセール!ちっちゃい言わないでほしいですわ!」

 頬を赤らめて少女、アリッテルは文句を言うが、先程の青年への態度とは明らかに違っている。黒髪の娘の腕の中でもじもじとしながら……彼女の前にふよふよと浮かんで、そう、浮かんで来た先程の大きなクマのヌイグルミを抱きしめた。

「イワン、もうちょっとレディに優しくしたらどうだ?」
「してる」

 うんざりと青年……イワンは肩をすくめた。声をかけてきた壁際の席に座る男性……いや、男装をした女性だ!に近寄り、その隣に腰掛けた。

「面倒じゃないか。ここで取り繕いたくない」
「それとわたくしへの侮辱は関係ありませんことよ!?」
「侮辱じゃない。事実だ……っ痛い!何をするんだメリー」

 青年が、男装をした女性に軽く叩かれて抗議をした。

「まったく、素直になればいいのに。オデットみたいに」
「はあ?あんなふうにいちゃつけっていうのか?犯罪だろう」
「まあ、うふふ」
「いちゃ……離れなさいオデット・ハリセール!」

 騒がしくしているのは、彼女たちだけだ。
 ただ、それを眺めている他の人間は咎めるでもなく楽しそうに笑っている。十数人、年齢や服装もまちまちで、貴族もいれば男のように平民らしき人間もいた。だが、お互いを意識しているようでもない。

 ――そして、ファンファーレが鳴る。

「盟主ミズリィ・ペトーキオ様のご到着!」

 男は騒ぎに気をとられていて気づかなかったのだが、ここは吹き抜けのホールになっていて、二階からの階段まであった。

 そこをゆっくりと降りてくる、一人の女性。

 銀髪の、美しい女性だった。
 白いドレスを細身にまとい、所作は貴族らしく洗練されている。

 秘密結社「ロンド」盟主、ミズリィ・ペトーキオ公爵令嬢。

 このホーリース帝国で、指折りの魔術師であり、先の大精霊事件の功労者。

「ごきげんよう、皆様」

 透き通った声が部屋に響く。それをきっかけに、人がわっと階段を降りきった彼女の周りに詰め寄った。
 先程の騒がしくしていた人たちももれなく。

 男は呆然と見ているだけだったが、数分後、ふとペトーキオ公爵令嬢がこちらを見た。
 ぎょっと驚いた男に、彼女は微笑みかけた。美しく、少し冷たく見えるが、けれど華やかな微笑み。

「ようこそ、新たな仲間となる魔術師殿!」

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