最強令嬢の秘密結社

鹿音二号

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27:悪魔1

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「ミズリィ、スミレ。一体何の話をしているんだ?」

スミレはそれには返事をしないで、ミズリィに向かって首を振る。

「……その前に、悪魔の話を詳しくしたいと思います」
「教会では禁じられていましてよ」

アリッテルが探るようにミズリィを見た。

「どうしてそんなものを話す必要がありますの?」
「……それは、」

どう説明したらいいのだろうか。
メルクリニも驚いた顔をしている。オデットだけは、微笑みを崩していないけれど、何を考えているのかは分からなかった。
スミレが軽くため息をつく。

「どうしても必要だからです。イワン様、以前お聞きした資産凍結の話も関わってきます」
「さっぱりわからない」

イワンは両手を上げた。

「もったいぶらず教えてくれ」
「いえ、ですが、その前に悪魔の話です。これをしなければ話が進みません」
「いいわよぉ」
「オデット!?」

みんなが戸惑う中、あっさりと返事をしたオデットに、アリッテルが目を丸くする。

「簡単に言えるものではなくってよ!」
「教会ではそうかもしれないけれど、私は神殿の者だもの。その規範で言えば、悪魔なんてたいしたものではないわ」

オデットはさらりと言って、スミレに向かってウィンクする。
スミレは少し笑って頷いた。

「それにここだけの話よ。誰にも言わなければいいのだわぁ」
「……分かったよ」

イワンが首を振りながら自分の席に戻った。

「ただし、終わったらちゃんと教えてくれよ、スミレ、ミズリィ」
「もちろんですわ」

もう決めたのだから。



悪魔というものは、神の敵にして、生きとし生けるものへの悪意だという。
教会でも、そして歴史の中でも、それはたしかに存在するのだと言っているが、具体的にはどんなものかは伝えていない。
様々な姿に変身するため、決まった形をしていないとも言われている。ただ、そういった細かい話はしてはいけないことになっている。どの書物の記述も曖昧だ。

数百年前に教会が悪魔というものの存在を認めた。
きっかけは、ホーリース帝国が建国するさなかに敵が召喚したという悪魔。
それまでぼんやりといるのではないか?と幻のように言われていたのだけれど、そのときの教皇が宣言してしまえば、いるのだという事実になった、ようだ。

「ですが、どこから現れたのかということは案外有名です。別の世界だそうです」

スミレの別のノートにはびっしりと悪魔についてのことが書かれていて、イワンは顔をひきつらせていた。

「別の世界?」

ミズリィが聞き返すと、スミレは続けた。

「はい。大精霊のことも……ご存知ですよね?」
「え、ええ」

ミズリィが苦戦した相手だし、『悪魔』であるという証拠にされてしまったものだ。忘れていない。

「その大精霊も、別の世界から魔法で呼び出されているらしいです。悪魔とは違う世界――らしいですが」
「世界がいくつもあるということかしら」

世界というものも、よくわからない。国があって民が住んでいて、動物もいるのがこの世界だけれど、それがいくつもあるというのは、どうなっているのか想像がつかない。

「そうみたいですね。ただ、誰も見たことはありません」
「見たことがないのに、別の世界があると言われているの?」
「はい。精霊と交信できる魔術師もいるみたいで、そのひとたちが精霊から聞いたそうです」
「召喚というのは、離れたところからものや動物を呼ぶ方法ですわね?それを、別の世界から悪魔や精霊を呼ぶ術に変更していたの?」

このあたりは魔法は詳しい魔術師のミズリィでもよくわからない分野だった。あまり成功したこともなく、秘密にされていることが多くて、他のことに手一杯だったミズリィはそんなものもあるのか、という程度だった。
オデットが頷いた。

「そうよぉ。あと、帝国ではあまり召喚の例はないけれど、神殿の勢力が大きいところはけっこう精霊の召喚はあるのよ?難しいけれど」
「そうなんだ?」

イワンが興味深そうにオデットを見る。
オデットは彼をちらりと見て小さく笑った。

「法術……神殿で使う魔術と召喚魔法の相性がいいみたい。組み合わせて独自の召喚魔法を作った人がいるわ」
「教会とはまた違った法術なんだよな?」
「ええ。まあこのあたりは説明に時間がかかっちゃうから、機会があれば、ね」
「そうなんですね……」

スミレが頷きながらノートを取っていた。

「ともかく、悪魔は別の世界から召喚されて現れるということです。それは、神を冒涜し、世界に悪をもたらす……といわれています。
今までに現れたのは、ホーリースの建国を阻もうと召喚されたエルローの悪魔、3代目皇帝アサイトの時代にホーリースを呪おうとしたザトロズの悪魔、聖地アクアエストを冒涜しようとしたアクアエストの悪魔……」

言いながら、ちらりとスミレはオデットを見た。オデットはまた微笑んでいるだけだったけれど。

「あとは、戦争を引き起こし、大国クァウホンを滅ぼそうとしたベニドリの悪魔……と、有名なのは、これくらいですね」
「そうだな、そんなところだ」

イワンが腕を組んで、ちらちらとオデットとスミレを交互に見ている。
スミレは、困ったように口を閉じた。
すこしの間、ティールームのなかは静かになった。

「どうなさったの?」
「これで終わりですの?」

ミズリィと、アリッテルが疑問をそれぞれ投げかける。
オデットがうふふ、と声を殺して笑った。

「だーいじょぶよ?気にしないで、文化の違いというものね。仕方のないことだもの」

オデットは軽く手を振り、席についたときから置きっぱなしだったクッキーを取った。

「それに、そのことについて話されると困るのは教会ですもの」
「……帝国民としては耳も頭も痛いところだね」

イワンが苦笑した。
メルクリニはため息をついている。
スミレはこくりとオデットに頷き、また話し始めた。

「悪魔とはなんですか?と言われて、神を冒涜するもの、と答えるのは、実は教会に信仰する人間が一番多いんです。……ああ、回りくどかったですね。神殿を信仰する他の国のひとたちがなんて答えるかというと、「邪悪な存在」です」

アリッテルがクマのヌイグルミを抱え直した。

「どう違うのかしら」
「神の敵ではないのよ」

オデットはクッキーを飲み込み、指先をナプキンで拭った。

「悪いことをするというのは共通してるけど、神に敵対するわけじゃないわ。人間に悪いことをするから、悪い存在なの」
「つまり、そちらの神様は悪魔なんか相手にしてないってことかしら?」
「うーん間違いではないけれど……」

オデットはアリッテルにどう説明しようか迷っているようだった。ミズリィもよく理解ができない。

「そうだな……」

イワンが頭をかきつつ口を挟む。

「例えばだよ、なんでもいいけど、僕にとってひどいことや悪いことをした人間が、メリーにとって大切な人だったら?」
「私は友人を傷つける人間を大切な者とはしないぞ」

メルクリニがむっとすると、イワンは困ったようにものの例えだよ、と付け足す。

「つまり、悪魔がそれだよ。他のところでは悪いことをしているかもしれないけど、ここではそんなに怒ることじゃない。悪いことはしているから悪者だけど、自分たちが被害にあったわけじゃない」
「そうね、悪魔が悪いことはしていても、うちの神様が直接迷惑を被った訳ではないっていうことだわ」
「だから敵ではないというの?信徒が危ない目に遭うかもしれないのに、寛容な神様だこと」

アリッテルは呆れたようにそう呟く。
ふふ、とオデットは冷めたカップを手に持った。

「もうひとつ、決定的に神殿と帝国が悪魔についての意見を違わせるものがあるのよ」

オデットはちらりとスミレを見た。
さっきから、二人の目がよく合っている気がする。スミレは今もじっと、オデットを見ている。観察しているような……すこし、気まずそうにも見える。
オデットは変わらない調子で続けた。

「さっき出た、聖地アクアエストの悪魔。あれは私達神殿にとっては悪魔ではなく、殉教者――つまり、聖人よ」

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