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28:悪魔2
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ミズリィには、オデットの言葉の意味がよく分からなかった。
じっくりと、そんなに難しくもない言葉を何度も頭で考える。
悪魔が、神殿の、殉教者。
殉教者とは、神を信じながらも死んでしまった不幸で尊い人だ。
ひと――人間。
(悪魔ではないの?)
まるで――ミズリィと一緒ではないだろうか。
「どうして!?」
気づいたら、叫んでいた。
「どうして、どうして人間が悪魔と呼ばれるの!?」
「ミズリィ様!落ち着いて!」
「スミレ!スミレは知っているの!?」
濃い茶色の瞳が、じっとミズリィを見ている。
そっと腕に触れられて、優しく撫でられた。
「落ち着いてください、ミズリィ様。お話します、ちゃんと、皆さんに教えてもらいましょう」
「……どうして」
「ええ、びっくりしちゃいましたね。私も調べて驚きました」
穏やかなスミレにそっと手を引かれたと思ったら、ゆっくりと肩を押された。
どうやら、知らずに立ち上がっていたらしい。力が抜けて、すとんと椅子に座った。
「だいじょぉぶ?」
心配そうなオデットの声。
ようやく落ち着いてきて、周りを見ると、驚きと困惑の目がミズリィを見ているのがわかった。
「ごめんなさい……話を続けてくださって」
「あのときも様子がおかしかったわね、ミズリィ」
隣の席のオデットが、そっとミズリィの肩に触れた。
「アリッテルの腕輪の話を聞いたときも。ああ、あと私の襲われそうになったときもだわ」
「オデット様……それも今日お話しますので」
「分かったわぁ」
おずおずとしたスミレに、オデットはにこりといつもの笑みだった。
「私が話しても大丈夫かしら?アクアエストのことについては、神殿が真実に近い立場にいると思うのだけれど……」
スミレはためらいながら頷く。
「……私も、そうだと思います。帝国……教会の言い分は、すこし無理があると思いますので」
「ああ、僕も、異論はないよ。おかしいと思ったら口を出すけど」
イワンがこちらをちらりと見ながら、そう言う。
彼も突然のミズリィの様子に驚いただろうけれど、どうやら今は話が先だと思ってくれたようだ。
「そう。じゃあ、話すことにします」
オデットは、軽い調子だった。
アクアエストという土地は、ホーリースより南の、海の近くの荒れた土地だった。
実りもなく、痩せていて、人間が住むには難しいらしく、どこの国もそこを領土にすることはなかった。
その何もない土地に、入植の計画が持ち上がったのは約50年前。
言い出したのは、教会の、枢機卿という偉い地位にいる人だった。
その時ホーリースと近くの国で戦争があり、少なくない人たちが故郷を焼かれて困っていた。
もう少し行った先が、アクアエストだった。
そこを、移住先にしたら良いのではないかと、計画を提案したのだそうだ。
「まあ、無理よね」
ばっさりと、オデットは言い切った。
「何故人が住まずにずっとほったらかしだったかというと、本当に何もないからよねぇ」
「特に水だね」
イワンも難しそうに眉をひそめている。
「井戸を掘っても出てこないんだよ。人間は、ともかく水がないと生きていけない」
けれど、枢機卿は強引に計画をすすめてしまった。
開拓を始めて、すぐに壁が立ちふさがる。
オデットたちの言う通り、水がないため、拠点すら作れない。水の魔術師を連れてきても、まさに焼け石に水。飲み水すら苦労するのに、新しい住まいなんて夢のまた夢だった。
それを、助けようと動き出した人がいた。
神殿の大神官だった。
「そのひとが、あとから教会では悪魔なんて言われるのだけれど……」
オデットは苦笑した。
「彼の失敗は、教会に何も言わずにアクアエストで活動を始めたことね」
水不足でひとつも進まない開拓計画に何を思ったのか、部外者のはずの神殿の神官がやってきた。
話し合いもそこそこに、アクアエストで独自の活動を始め――なんと、小さいながら拠点を作ってしまった。
そこへ難民たちは押し寄せた。
そもそもアクアエストはまだどの国のちからも及んでいない土地で、争いに嫌気が差した人々が住むなら、貧しくても楽園だ。
「図らずしも、ホーリース建国と同じようなことになったのね。まあ、それが教会の枢機卿の狙いだったのでしょうけれど」
「どういうことですの?」
ホーリースの建国は、たしかに荒れ地に小さな集落が出来たのが始まりだった。
それと同じことをしようとしたこと自体は悪いことではなさそうだけれども。
イワンは横目でミズリィを見た。
「……教会では権力争いが激しくなっていたんだ。当時の教皇猊下と枢機卿は仲が悪くてね。どうにか出し抜いてやろうと『奇跡』を起こそうとしたのさ」
「ああ、つまり、第二のホーリースを作ってそれこそ聖人にでもなるつもりだったのか」
メルクリニは呆れたようだった。
神殿の成功に苦々しく思った教会は、神殿を非難した。
けれど、難民や、戦争をしていた国は彷徨う自国民の救済に尽力した神殿を支持し、また入植の機会を狙う周辺国も神殿の味方に。
教会側の勢いはだんだんと弱くなっていった。
ところが。
「流行り病が、入植地を襲ったの」
じっくりと、そんなに難しくもない言葉を何度も頭で考える。
悪魔が、神殿の、殉教者。
殉教者とは、神を信じながらも死んでしまった不幸で尊い人だ。
ひと――人間。
(悪魔ではないの?)
まるで――ミズリィと一緒ではないだろうか。
「どうして!?」
気づいたら、叫んでいた。
「どうして、どうして人間が悪魔と呼ばれるの!?」
「ミズリィ様!落ち着いて!」
「スミレ!スミレは知っているの!?」
濃い茶色の瞳が、じっとミズリィを見ている。
そっと腕に触れられて、優しく撫でられた。
「落ち着いてください、ミズリィ様。お話します、ちゃんと、皆さんに教えてもらいましょう」
「……どうして」
「ええ、びっくりしちゃいましたね。私も調べて驚きました」
穏やかなスミレにそっと手を引かれたと思ったら、ゆっくりと肩を押された。
どうやら、知らずに立ち上がっていたらしい。力が抜けて、すとんと椅子に座った。
「だいじょぉぶ?」
心配そうなオデットの声。
ようやく落ち着いてきて、周りを見ると、驚きと困惑の目がミズリィを見ているのがわかった。
「ごめんなさい……話を続けてくださって」
「あのときも様子がおかしかったわね、ミズリィ」
隣の席のオデットが、そっとミズリィの肩に触れた。
「アリッテルの腕輪の話を聞いたときも。ああ、あと私の襲われそうになったときもだわ」
「オデット様……それも今日お話しますので」
「分かったわぁ」
おずおずとしたスミレに、オデットはにこりといつもの笑みだった。
「私が話しても大丈夫かしら?アクアエストのことについては、神殿が真実に近い立場にいると思うのだけれど……」
スミレはためらいながら頷く。
「……私も、そうだと思います。帝国……教会の言い分は、すこし無理があると思いますので」
「ああ、僕も、異論はないよ。おかしいと思ったら口を出すけど」
イワンがこちらをちらりと見ながら、そう言う。
彼も突然のミズリィの様子に驚いただろうけれど、どうやら今は話が先だと思ってくれたようだ。
「そう。じゃあ、話すことにします」
オデットは、軽い調子だった。
アクアエストという土地は、ホーリースより南の、海の近くの荒れた土地だった。
実りもなく、痩せていて、人間が住むには難しいらしく、どこの国もそこを領土にすることはなかった。
その何もない土地に、入植の計画が持ち上がったのは約50年前。
言い出したのは、教会の、枢機卿という偉い地位にいる人だった。
その時ホーリースと近くの国で戦争があり、少なくない人たちが故郷を焼かれて困っていた。
もう少し行った先が、アクアエストだった。
そこを、移住先にしたら良いのではないかと、計画を提案したのだそうだ。
「まあ、無理よね」
ばっさりと、オデットは言い切った。
「何故人が住まずにずっとほったらかしだったかというと、本当に何もないからよねぇ」
「特に水だね」
イワンも難しそうに眉をひそめている。
「井戸を掘っても出てこないんだよ。人間は、ともかく水がないと生きていけない」
けれど、枢機卿は強引に計画をすすめてしまった。
開拓を始めて、すぐに壁が立ちふさがる。
オデットたちの言う通り、水がないため、拠点すら作れない。水の魔術師を連れてきても、まさに焼け石に水。飲み水すら苦労するのに、新しい住まいなんて夢のまた夢だった。
それを、助けようと動き出した人がいた。
神殿の大神官だった。
「そのひとが、あとから教会では悪魔なんて言われるのだけれど……」
オデットは苦笑した。
「彼の失敗は、教会に何も言わずにアクアエストで活動を始めたことね」
水不足でひとつも進まない開拓計画に何を思ったのか、部外者のはずの神殿の神官がやってきた。
話し合いもそこそこに、アクアエストで独自の活動を始め――なんと、小さいながら拠点を作ってしまった。
そこへ難民たちは押し寄せた。
そもそもアクアエストはまだどの国のちからも及んでいない土地で、争いに嫌気が差した人々が住むなら、貧しくても楽園だ。
「図らずしも、ホーリース建国と同じようなことになったのね。まあ、それが教会の枢機卿の狙いだったのでしょうけれど」
「どういうことですの?」
ホーリースの建国は、たしかに荒れ地に小さな集落が出来たのが始まりだった。
それと同じことをしようとしたこと自体は悪いことではなさそうだけれども。
イワンは横目でミズリィを見た。
「……教会では権力争いが激しくなっていたんだ。当時の教皇猊下と枢機卿は仲が悪くてね。どうにか出し抜いてやろうと『奇跡』を起こそうとしたのさ」
「ああ、つまり、第二のホーリースを作ってそれこそ聖人にでもなるつもりだったのか」
メルクリニは呆れたようだった。
神殿の成功に苦々しく思った教会は、神殿を非難した。
けれど、難民や、戦争をしていた国は彷徨う自国民の救済に尽力した神殿を支持し、また入植の機会を狙う周辺国も神殿の味方に。
教会側の勢いはだんだんと弱くなっていった。
ところが。
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