最強令嬢の秘密結社

鹿音二号

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33:新年舞踏会1

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ミズリィは勉強はできない代わりに、ダンスなどの貴族としての嗜み、マナーや礼儀はかなりのものだった。
幼い頃から講師をつけられ、デビュタントをはやくに迎え、それなりの数のパーティーに出席していたために、今ではぼうっとしていてもダンスのステップは踏める。

今は新年の舞踏会で、最初のダンスであるから、気合いを入れなければならない。
パートナーは、もちろん皇子のテリッツだ。

皇子としての正式な装いで、赤いコートと金のモール、装飾は少ないけれど重厚で美しい光沢の生地。
テリッツの髪はクリーム色、温和な水色の瞳で彼に皇子の装いはすこし派手で、けれど整った顔立ちもあって似合っている。

ミズリィのドレスは濃い桃色の、最近流行りのエンパイア。パニエをふんだんにあしらうのもいいけれど、美しいラインで広がる裾が、舞踏会にはぴったりだ。

「また、一段とダンスが上手くなりましたね」
「お褒めいただき光栄ですわ」

ステップの間、他愛ない雑談をできるくらいにはテリッツへの不信や恐怖は少なくなった。
手紙や、会うたび見せる以前とは違った気遣いや微笑みが、『今は大丈夫』という気持ちになってミズリィも落ち着いた。
彼のあの、最期の冷たい眼差しは、たまに夢に見るけれど。

きっと、テリッツの変化はささいなものだ。ほんのすこしの言葉や表情に、いちいち気を取られているミズリィのほうが、むしろ変わってしまったのだろう。
お茶会も、この年の頃はあんなに毎回楽しみにしていたのに、今ではときめかなくなった。
テリッツと一緒にいて、たまに胸を締め付けるのは、悲しみと、不安。

「夜会へ行く時、またパートナーとして同伴させてください。最近はあまりお見えにならないと、フラワーデン公爵夫人が残念がっていらっしゃいましたよ」
「まあ、それは……今度、ペトーキオでささやかながら夜会を開きますわ。フラワーデン公爵夫人には、一番に招待状をお送りしなくては。テリッツ様にも……お送りいたしますわ」
「お待ちしています」

ターンをしながら、テリッツはいつもの微笑みだ。
ただ、言葉のとおり、義務ではなく、自分の意思でミズリィのパートナーを務めてくれるということが分かる。

曲が終わる。
皇帝陛下と皇后陛下が、拍手をされた。皇帝はテリッツによく似た風貌の、穏やかな御方。皇后は対称的にややきつめの眼差しで、濃い金髪を見事に結い上げた小柄な御方。

盛大な拍手とともに、参加者はそれぞれパートナーに向かって腰を折り、次のダンスに続くものや、一度休んだりするものなど、めいめいに動いてホールの中がせわしなくなる時間。

「ありがとうございました」
「こちらこそ、光栄でしたわ」
「もしよければ、次の曲も……」

びっくりしたミズリィ。

(次の曲も?)

今までは、テリッツは皇族としての務めの範囲で婚約者のミズリィにパートナーとしての礼儀を尽くしてくれていた。
新年の舞踏会、皇家主催の国を上げての行事の、最初のダンス。皇子は絶対に踊らなければならないので、ミズリィを誘うのはほとんど義務だった。
次の曲も、なんていうのは、礼儀や義務の範囲を超えている。

じっとテリッツに見つめられて、ミズリィはなんだか焦りのようなものを感じた。
けれど、すぐに彼は苦笑する。

「と言いたいところですが、公女を独占しているのもよくありませんね。名残惜しいですが、私は公務に戻ります」
「そうですか……」

丁寧にミズリィの手を取り、手の甲に挨拶をくれた。
周りからの歓声を聞きながら、どうにかテリッツには微笑み、ダンスの輪を外れてからミズリィは小さくため息をつく。
軽い疲れを感じて、緊張していたのかもしれない。

皇宮の広いホールに、貴族のほとんどが集まっているため、誰がどこにいるかはわからない。
ダンスの前に仲のいい友人とはほとんど挨拶できた。オデットも、さすがにこの舞踏会には姿を見せたし、彼女の父親の伯爵も後妻を伴って現れた。
ペトーキオ公爵も来ているのだが、皇宮魔術師団の団長という仕事柄、挨拶だけで手一杯でダンスなんてとてもではないが出来そうにない……実は、父の密かな趣味だというのに。

ほんのすこしの間、ミズリィの周りには誰もいなかったけれど、すぐに目ざとい貴族の子女たちが集まってくる。
ダンスを褒めてくれる令嬢、次のダンスの申込みをしてくれる令息――断ったけれど――、学院で同学年だという見たことのない子、以前の夜会で一度踊った年上の令息、デビュタントだというまだ幼い顔立ちの少女とその親の子爵。

挨拶をしてもしても、周りから人が減ることはなく、むしろ増えている気がする。
いつものことだけれど、最近はこうならないように避けていたから、なんだか妙にそわそわする。

人と喋るのは楽しい。華やかな会場でダンスを踊ったり、眺めたりするのも。
けれど、以前と違って、このミズリィと話したがるたくさんの人たちが、何を考えているのかが分からない――いや、わからないのだということに気がついて、少しだけ憂鬱だ。
ただの挨拶、ただのご機嫌伺いならまだいいのだけれど、ミズリィを利用しようとする人たちも、きっと浅はかなミズリィが想像する以上にいるのだろう。

けれど、公爵令嬢としての振る舞いは、やめてはいけない。
むしろ、今まで通り、何も知らないミズリィ・ペトーキオがいいのだと、イワンには教えられた。そういうときは、最近のように勉強したり考えたりしなくていいと。
その『何も知らないミズリィ嬢』は、テリッツに対して最も心がけていなければならなくて、それでコツが掴めている。

(なんだか、わたくしがわたくしじゃないみたい)

これでいいのか、わからないまま。

そうやってしばらく挨拶を交わしていると、どこからか、みょうに大きな声が聞こえてきた。
案外近くだ。他の人達も気がついて、眉をひそめたり扇子で口元を隠したりしている。

「……だから、俺は聞いたんだ。貴族が平民を友人にするなんて、どこの恥知らずかって」

いがいがと、イガグリみたいな声だ。
まだ少年の声だけれど、耳の通りが悪い。言葉は帝国のものだけれど、単語のアクセントが必要以上に上がったり強すぎたり。
それに、なんだか話していることもよろしくないようだ。
貴族が平民を友人として扱うのが、まるで悪いことのように言っている。

ミズリィの周りの人達は、挨拶もしていないのにさっさと離れていったり、黙ってミズリィの後ろに回ったりする。
それで視界が良くなって……誰がそんなことを言っているのか目で確認できた。
予想はしていたけれど。

「聞いて驚いたよ。詳しくは言えないけど、やんごとなき令嬢だっていうんだからさ。たったこれっぽっちの男爵の娘程度かと思ったら……うちにも出来損ないがいるが、そんなもんじゃない、ご立派な……おっと、誰のことかバレてしまうな」

自慢そうに大きく身振り手振りをしている、見知った少年だった。
背は高くもなく低くもなく、太っているわけでも細すぎるわけでもない。所作が妙に粗野で大ぶり、けれど、身につけた最上級の黒いコートは彼の身体には重そうに見えた。焦げ茶の髪を光るくらいに撫でつけて固めて、緑色の目は小さく鋭い。鼻が高く彫りが深い顔立ちだけれど、あまり人好きがする表情ではない。彼はいつもそうだ。

オーガスト・ノプライアン公爵令息。

ペトーキオ、フラワーデン、そしてノプライアン。
これがホーリースの公爵家だ。
その中で、現在、帝国の密かな悩みになっているノプライアン家の嫡男が、オーガストだ。
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