最強令嬢の秘密結社

鹿音二号

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34:新年舞踏会2

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フラワーデン公爵家は、貴族筆頭と目されるほどの力も家柄もある。老齢になりつつある公爵はまだお元気で、さらに夫人との間に3人もの男子が生まれ、みな公爵家にふさわしい魔力の持ち主だった。全員成人し、嫡男と次男は結婚もして小さなお子もいる。
ペトーキオ家は、夫人が病気がちで跡継ぎになるような男子がいないなど、多少不安定なところもあるが、ミズリィはこのままなら皇太子妃、跡継ぎも数人の養子候補はすでに選定され、ミルリィの婚約者もまだ決まっていない。当主の采配は悪くない。

ノプライアン公爵家は、今後を心配されている。
現当主に変わってから、急激に力が衰えてきた。事業は立ち行かず、領地では作物の実りがよくない。それについての対処もうまく行っているとは聞いていない。
そして、嫡男のオーガスト。
彼は、魔力が貴族としては並以下だった。
他の兄弟は多少公爵家としては見劣りするものの、それなりの魔力量。そのせいで父親からの覚えは悪いのだけれども、さらに悪いことに、貴族の通例である教育機関への入学――オーガスタは、それに失敗した。
聖オラトリオ学院に、入学できなかった。

ミズリィですら入れたのに、オーガストは出来なかった。
勉学についてはミズリィと彼にそれほど差があるとは思えない。問題にされたのは、魔力量と、素行だ。
あまり大貴族としてはよくない振る舞いが目立つ家門だった。嫡男である彼も同じく。
今、彼が皇家主催のパーティーで馬鹿にしているのは……

(わたくしと、スミレのことよね)

一瞬怒りが込み上げて、扇子を広げて隠したけれど、多分目はきつくなっていただろう。
けれど、すぐに気分は落ち着いた。
彼のやり方はもう覚えていた。何度もペトーキオ家……特に同い年のミズリィに敵対していた。
それに、彼以外の口からも似たようなことを聞いたりしないこともなかった。
貴族と平民。本来なら友人になんてならない、恥ずかしいことだという。
以前のミズリィなら、何故そんなことを言われるのか理解が出来ずに、怒ったか、分からないなりに考えて黙っていただろう。

(どうしてそんなことで、あそこまで楽しくなれるのかしら)

呆れてしまった。
スミレが平民なのが悪いのか、ミズリィが彼女と友人として付き合うのが悪いことなのか。
そこだけは、わからないし、分かりたくもないと思った。

さて、どうすればいいのか。
目の前で、たぶんミズリィが近くにいると知ってまだ笑い続けるオーガストを見つめながら、ほんのすこしの時間考えていると。
彼に負けない声が聞こえてきた。

「そうだな、我らが友人の、身分は平民だが、学友の」
「ああ、あの名門聖オラトリオ学院の、進学コースに籍を置く、優秀な彼女だな」

ちょうど、ミズリィとオーガストの距離と同じくらいの斜め向かいの場所に、友人たちが立っていた。
濃茶の丈の長いコートに白いスカーフで装ったイワンはグラスを片手に、メルクリニはなんとドレス姿で、穏やかに談笑している――ように見せている。

「ミズリィ公女ともとても仲が良いな」
「平民というが、魔法は使えないとオラトリオには入学できないのでは?」
「魔法を使えたところで、成績が良くなければ平民が入学できないだろ?魔法も成績も並み以下だったら……たとえ公爵家令息でも、落ちてしまうような格式高い学院さ」

肩をすくめて、おどけたように首を振るイワンに、口を閉じたオーガストの忌々しそうな視線が突き刺さる。が、イワンは無視。

「そうそう、その点、我が学友は素晴らしい。平民だけれども、成績優秀と認められたんだから……おや、そこにいらっしゃるのはノプライアン令息ではないですか」

メルクリニが、今やっと気がついたというようにオーガストに振り向いた。

「ごきげんよう、オーガスト様。お久しぶりです。3ヶ月前の、クレイド伯爵の庭園会以来……でしょうか?学院が違うもので、なかなかお会いできないことをお許しください」
「お久しぶりです。お元気でしたか、私とは半年前の皇家の夜会以来……でしょうか?いやあ、学業と家業で忙しくしておりましたので、覚えていてくださるか心配です」
「……無礼だな!お前らは俺をなんだと思ってる!?」

吐き捨てて地団駄踏むオーガストに、揃って首を傾げるふたり。
オーガストの取り巻きたちも口々に非礼を責めるが、イワンたちはしれっとしている。

「まあ、オーガスト様に無礼ですわよ、イワン、メリー」

さすがにちょっとやりすぎじゃないか。
そう思って、ミズリィは一歩踏み出した。

「ミズリィ嬢、失礼いたしました」
「オラトリオの友人の話だと思って、つい夢中になってしまいました」

さっきのオーガストへの挨拶とまったく変わらないお辞儀で、けれどふたりともにやにやしている。
あとで一言言わなければ。
けれど、どうやら何故かオーガストは喚くことすら出来なかったらしい。やり込められているのがちょっと愉快だと思ってしまったのも本当で、ミズリィはこっそり扇子にため息を吹きかけた。

「わたくしたちの大事なオラトリオの友人のお話ですの?まあ、わたくしも混ぜてくださらないかしら」
「もちろん」
「数日前の勉強会では、我々は彼女に教えられてばかりでしたね、挽回の方法を考えていました」

舌打ちしたオーガストが、取り巻きを連れて離れていった。
かなりの人数がミズリィ達を見ていたが、それを合図にさあっと波が引くようにいなくなっていく。

「……これで、よかったのかしら?」
「いやあ、ミズリィ様もなかなか分かるようになってきたじゃないか」
「少々品がないがな。けどそもそもあっちがもっと下品だから」
「イワンも、メリーまで。はしたないですわ」
「だけど、君もちょっとはすっきりしただろ?」

にやっと笑ったイワンに、ちょっと言葉を詰まらせてしまった。

「……よく分かりませんわ」

あまりオーガストに礼儀はなっていないけれど、そもそも彼に礼儀を尽くされたことがない。
ちょっともやっとしたところに、イワンたちが来てくれて、ミズリィとスミレの味方をしてくれて良かったと思ったのも本当だ。

「いいんじゃないか?それで」
「スミレのことは私達も無関係じゃない。言われっぱなしが腹に据えかねただけだ。君は君らしく振る舞っていればそれでいい」

こういう方法があるということで、とイワンがウインクした。


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