先祖返りの吸血鬼は、気ままに研究がしたい

月輪林檎

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先祖返りの真祖

セレーネの日常

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 それから数日後。カノンとの会話によってきっかけを得たセレーネは、何故か屋敷の庭でカノンと追いかけっこをしていた。

「はい! 捕まえました!」
「むぅ……カノンは速すぎると思う」
「猫人族は獣人ですからね。身体能力が高いのです。お嬢様は、吸血鬼族の力のほとんどを封印された状態ですから、普通の子供と変わりありませんし、私に追いつかれるのは仕方ありませんよ。というわけで、もう一度追いかけっこです」
「またぁ……?」
「何事も肝心なのは体力と知力です! 知力は普段の授業で磨くことが出来ますが、体力は机に齧り付いても付きません! なので、日々の運動は大事なのです!」

 言われている事は最もなので、セレーネも黙るしかなかった。そして、再びセレーネが逃げて、カノンが追い掛ける追いかけっこが始まる。そんな風に午前中を過ごしたセレーネは、カノンと一緒に食堂で昼食を済ませて、自室へと戻ってきた。
 そして、中央にあるテーブルに着いて、白紙の束とペンを置いていた。カノンは、移動式の黒板を持ってきて、その正面に立った。

「本当に便利ですね、これ。それはさておき、授業を始めますね」
「うん」

 カノンが来てから、読み書きや計算などの授業が行われていた。おかげで、簡単な読み書きと計算は出来るようになっている。そして、今日からは歴史や科学までも、その範囲に入る事になっていた。
 セレーネ自身は、新しい事を学べるという事に喜びを覚えているので、この授業も嫌がらずに受けている。さらに、先日のカノンの言葉から、より一層意欲的になっている。
 そうして新しい事を習いながら、自分でメモを取っていく。そのメモを見直しながら、セレーネはため息を零していた。

「はぁ……」
「お嬢様にとっては難しい内容でしたね。本来なら学園に入ってから習うような内容ですから。ですが、基礎知識として持っておいて損はありません。寧ろ、学園で習う時に、もっと頭に入っていきやすいでしょう。特に科学は色々な公式を覚えておかないといけませんしね」
「ふ~ん……この公式は正しいものなの?」
「う~ん……そう言われると困りますね。現状、これが正しいと考えられてはいます。ですが、この先、公式が変わらないかと言われれば、分からないと答えるでしょう。実際に、こうだと考えられていたものが、後々に実は違ったという事も少なくありません。お嬢様が生きている間に、何度も変わるなんて事も起こり得るでしょう。なので、こういう事は常に気にしておいた方が良いと思います」
「ふ~ん」

 セレーネは、自分がメモをした紙束を見直していく。そこに書かれている事が、これから先の未来で変わる可能性がある。

(つまり、現状無理だと思われる事も突き詰めてみれば、実は簡単に出来るとかってなるのかな。色々と疑わないといけないっていうのも結構難しそう。今分かっている事が正しいという風に考えちゃうだろうし。あまり深く考えたら、どつぼにはまる事になりそう)

 紙束を捲りながら、そんな事を考えているセレーネをカノンは優しく見守る。

(やっぱり物覚えが早い。言葉の意味はともかく、読み書きは出来ている。でも、歴史はともかく、科学は専門用語が多いし、ちょっと小難しくもあるから、ちゃんと理解するまでは時間が掛かるかな。授業中も首を傾げていたし……解説書を買うべきか……科学の理解は、そのまま魔術の理解や応用に使えるし)

 カノンはそう考えつつ、黒板などを片付けていく。その間に、セレーネも紙束を机に置いていた。

「そろそろ夕食の時間です。食堂に行きましょう」
「うん」

 セレーネと手を繋いだカノンは、そのまま食堂へと連れて行く。そこでシチューとパンとサラダの夕食を食べた後、お風呂の準備をして浴場へと移動する。
 脱衣所にて自分の服を脱いでから、セレーネの服も脱がす。そして、湯浴み着とハンドタオルを手に取って、浴場の中へと入っていった。

「お嬢様。今日は私が洗いますか?」
「ううん。自分でやる。じりつ? でしょ?」
「そうですね。身の回りの事は、自分で出来るようになっておいて損はありません」

 カノンは、セレーネが頭を洗う様子を、自分も頭を洗いながら見守る。早いうちに、着替えやお風呂など、日常で欠かせない事を自分で出来るようになった方が良いと考えて提案したところ、セレーネはすぐにやると答えたので、今のような事になっている。
 セレーネが満足したように頭から手を離す。そこで、すかさずカノンがセレーネの頭に手を伸ばした。

「まだ耳の裏や項周辺が洗えていませんよ」
「むぅ……」

 こうして洗えていない場所などを指摘しながら、少しずつ自分で洗うという事を覚え始めていた。身体を洗い終えたところで、カノンがセレーネに湯浴み着を渡す。セレーネが着ている間に、カノンも自分の湯浴み着を着る。
 人族と変わらない身体をしているセレーネと違い、カノンは猫人族なので猫耳と猫尻尾がある。普通に入れば、その抜け毛などが湯船に浮いてしまう可能性があるので、獣人用の湯浴み着を着ていた。獣人用の湯浴み着は、尻尾を覆うようになっていて、耳の方にもその形に合わせたタオルキャップを被る。
 湯浴み着を着たカノンは、手早くセレーネの髪を纏めて、タオルキャップを被せる。そして、セレーネを抱き抱えるようにして湯船に入り、自分の足の間に挟む。セレーネは遠慮無しにカノンに寄り掛かった。

「ねぇ、カノン歌って」
「お嬢様は、本当に歌が好きですね」
「カノンの歌好き」

 そう言われたカノンは、無意識に尻尾を揺らす。そして、セレーネを楽しませるために歌い始める。ただ、歌える曲数は少ないので、何日も歌っていると同じ曲に戻ってくる事になる。それでもセレーネはカノンの歌が好きだったので、何も気にせず楽しそうにしていた。
 そうしてお風呂を終えた後は寝るだけだが、その前に自由時間がある。この時間で、セレーネは本を読んでいた。今日読んでいるのは、書斎から持ってきた科学の本だった。詳しい説明が載っているが、セレーネにとっては難しい内容なので、ちゃんと理解は出来ていなかった。
 セレーネが読書に励んでいる間に、カノンは、セレーネの母親ミレーユ・クリムソンがいる執務室に来ていた。ミレーユは、セレーネと同じ綺麗な金髪を持っている。だが、目の方は碧眼であり、セレーネの赤眼が父親からの遺伝だと分かる。

「──以上が、本日の報告になります」
「はい。ありがとうございます。他に、カノンが気になる事はありますか? 些細な事で構いません」
「些細な事……お嬢様が元気になられた事ですかね。後は、物覚えが良いので、科学や魔術の本を買い足そうかと思いました」
「そうですか……魔術……」

 ミレーユは、少し悩み始める。

「どうかされましたか?」

 魔術と聞いて、ミレーユが黙ってしまったので、カノンは何かあるのかと思いそう訊いた。

「あの子の身体に刻まれている封印は知っていますね?」
「はい。吸血衝動と吸血鬼の身体能力を抑えるための封印ですよね? 魔力の一部を身体の奥に封じ込めておき、魔力を枯渇させないようにする事と魔力を過剰に溜めないように常に発散し続けるものだったと記憶しています」
「はい。合っています。そういう事もあり、魔術を教えるか教えないかは迷っていたのです。魔術を習う事になれば、体内に保有しておける魔力も増えていく事になります。そうなれば、現在の封印で封じ込めている魔力では、最低値が足りなくなり、吸血衝動が起こってしまいます。封印の調整もしなければならないので、色々と準備が必要になります。ですが、吸血鬼族として生きていく事になるのなら、魔術は外せませんよね……分かりました。こちらでも準備を進めます」
「という事は、魔術の本を渡しても良いという事ですか?」
「はい。セレーネの未来を考えて行動しないといけませんから。ですが、魔術を使わせるのは、まだ待っていて下さい。家庭教師の雇用もしますので」

 猫人族であるカノンは、そこまで魔術が得意ではない。簡単な魔術であれば使う事も出来るが、本格的に魔術を教えるとなると、理論のみしか教える事が出来ない。なので、魔術を使う事が出来る家庭教師が必要になる。カノンもそこは承知していた。

「はい。分かりました」
「では、今日はもうおやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」

 カノンは、ミレーユに頭を下げてから執務室を出て行った。一人残ったミレーユは、すぐにセレーネが魔術の勉強が出来るように手配を始めた。
 ミレーユへの報告を済ませたカノンは、セレーネの居室へと移動した。ノックをしてから扉を開けて中へと入った。セレーネは、机に向かって、本を読みながらメモを取っていた。

「お嬢様。そろそろ就寝のお時間です」
「は~い」

 本を片付けたセレーネは、そのままベッドに入る。

「カノンも一緒に寝よ」

 セレーネは、ベッドを叩きながらカノンに強請る。それを受けて、カノンは困ったような笑みを浮かべる。

「お嬢様。一人で眠る練習をするのでは?」
「今日は良いの! 寝よ!」
「分かりました。では、着替えて参りますので、先におやすみください」
「むぅ……絶対に来てよ?」
「はい。約束です」

 さすがにメイド服のまま寝る訳にもいかないので、カノンは、一旦自分に宛がわれた部屋に移動して、寝間着へ着替える。その寝間着にも耳を覆うナイトキャップと尻尾を覆う布が付いている。これもベッドを抜け毛まみれにさせないためのものだ。
 普通の生活をしていれば、そこまで気にしないものだが、ここは侯爵家の家という事もあり、そこを配慮した衣服を大量に用意していた。猫耳と猫尻尾には、換毛期による抜け毛があるので、カノンとしても当然の配慮と考えている。なので、この対策を面倒くさいなどとは考えていなかった。
 寝間着に着替えたカノンは、セレーネの居室に戻り、そっとセレーネのベッドに入る。すると、セレーネがぴったりとくっついた。

「まだ寝付けていませんでしたか」
「カノン待ってた」
「それは、ありがとうございます」

 カノンに頭を撫でられるセレーネは嬉しそうにしていた。

「お話して」
「お話ですか? では、有名な勇者のお話を」

 カノンは、世界に広く伝わる勇者の話をしていく。あまりにも有名な話なので、セレーネも内容は知っていたが、セレーネは楽しそうに耳を傾けていた。その内、セレーネもうとうとし始めて、静かに寝息を立てた。そこまでくれば部屋に戻っても良いのだが、カノンは部屋には戻らず、掛け布団をセレーネの肩まで掛けて、自分も眠りに就いた。
 セレーネのいつも通りの日常は、こうして経過していった。
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