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第17話 王都ザンドロク・ドミニオン

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 翌日、午前中のうちから集合したマリカ達は一路王都を目指していた。彼女達の住むフリーデブルクから王都までの距離はそれなりに近いのだが、道中に魔物と遭遇する可能性がありスムーズに進めるとは限らないのだ。

「王都に到着したら、まずは宿を探そうぜ。一日で捌き切れる量のお宝じゃないから数日かかるかもだし。あたしが常宿としているトコロで良ければ、そこに案内するけどな?」

「どうせいかがわしい場所なんでしょ?」

「安くてオススメな宿だよ。たまに隣室から喘ぎ声とか、何か良からぬモノをキメてる声とかが聞こえてくるのがネックだけど」

「却下」

 そんな宿に泊まっていたら何が起きるか分かったものではなく、魔物との戦いとは違った修羅場が引き起こされる可能性がある。カナエだけならともかくカティアまでをヘンな事態に巻き込みたくはなかった。

「カナエはいつか身を滅ぼしそうな気がするよ。そうなる前に……」

「説教はヤメてくださーい。どうせ世界なんていつ終わるかしれたもんじゃないんだ。旧世界のようにね。なら好き放題生きて死ぬのも悪くはないでしょ」

「ある意味で羨ましいよ。カナエの妙に達観した感じとか」

「でしょ? 見習ってくれていいよ。なんならカティアちゃんも含めてあたしが自由奔放な生き方をレクチャーするってのはどう?」

「却下」

 マリカは現状に不満があるわけではない。最近ではカティアと出会ったことで充実しているような気さえしていた。

「却下おばさん、もうすぐ王都に着きそうだね?」

「誰が却下おばさんだよ! まあともかく、そろそろ車を隠している場所があるはず……」

 荒野の真ん中でスピードを緩めていく。そして大きな岩場に近づいて、巨岩の一つに開いた大穴の中に車を停めた。

「マリカ様、ここは?」

「王都に行く時は、このほら穴に車を隠しているんだよ。なんせ車は現代では貴重品だから、王都の貴族連中に見つかったら難癖を付けられて没収されるのが目に見えてるからね」

 今の技術レベルでは車など作るのは不可能であり、少なくともザンドロク王国内で所有しているのはマリカだけだろう。欲深い王都の上流階級は希少な物ならなんでも欲しがるので、王都に車を持ち込むのをマリカは嫌がっていた。

「高く売りつければ?」

「お金に代えられないモノってのもあるんだよ。これが無くなったら街の外を探索するのも一苦労だもん」

 ジャンク品を求めてフリーデブルクの外を探索する事も多く、その際に必要不可欠である。大型の四輪駆動であることから馬車などとは比較にならないパワーとキャパシティを有しているので、重量のある機械なども楽に運ぶことができるのだ。

「てことで、ここからは歩きになります。もうこの先には魔物はいないだろうし、ここまで来るまでにも会わなかったから今日は運が良かったね」

 車に擬装用の布を被せておき、荷物を持ち出す。問題は財宝類が入った木箱だが、これはカティアが背負うことになっていた。

「ゴメンね、カティア。重いのに……」

「いえ、アンドロイドのわたしのトルクなら全然平気です! それにマリカ様のお役に立てるのが嬉しいので、むしろウェルカムです!」

 そう言うカティアの背中にコンテナラックを取りつける。このコンテナラックもアンドロイド用のオプションパックの一つであり、旧世界では荷物の運搬に用いられているものだった。以前カティアと訪れた工場にて回収した故障品をマリカがリペアスキルで修理し、今回の仕事に最適だと持ってきたのである。

「カティア・ワーカー、いきます」

 コンテナラックに木箱を納めて固定し、カティアは重さなど感じさせない足取りで歩を進める。

「あんどーろいどには強化装備みたいのが沢山あるの?」

「この前の水中用パックとか、魔道キャノンを搭載したキャノンパックとか色々あるよ。全体のバリエーション数は知らないけど、ウチの倉庫にもまだ直していないのがある」

「へ~…あたし達にもそういうのがあればな」

「私達もアンドロイド化するしかないね。機械化してさ」

 ある意味でカティアは人類が目指した姿なのかもしれない。機械の体と人間と同レベルの思考力を有したコンピュータ、そして状況に応じてオプションによる強化を行うことができるのだから。

「もし疲労してきたら言ってね?」

「その時はリペアスキルをお願いしますね」

 この程度の輸送任務なら長時間であっても平気ではあるけれど、リペアスキルによる心地良さを味わいたいという欲求がカティアの中にある。王都に着く前に一度マリカに頼もうかと思うが、主に対して自分の欲をぶつけるのはダメだと人知れず葛藤するのであった。




 車を隠したほら穴から歩くこと十分、丘の向こうに巨大な都市が見えてきた。その威容は全体を把握するのが難しいほどで、フリーデブルクやハーフェンの数倍の面積があるらしい。旧世界で換算するなら第三小国くらいの規模の国家と同等だが、この王都を中心としていくつもの街を併合し、規模を拡大し続けているのがザンドロク王国なのである。

「あれが王都ザンドロク・ドミニオンだよ」

「ビルなども見えますね。現代にて建てられたものなのでしょうか?」

「王都は旧世界の都市跡に建設された街で、旧世界の建築物もいくらか残っていたんだよ。とはいえそのまま使うのは不可能だったから現代の技術で補強したりしてるんだけどね」

 旧世界の建築技術は高く、世界が破滅を迎えた後も原型を留めているものが多数あった。王都ザンドロク・ドミニオンはそうした旧世界の遺産が残る都市群跡を利用して建造されており、低層ビルなどを居住や商用施設として活用している。

「カティアの時代には、ああいう大きな建物が沢山あったんでしょう?」

「はい。首都には高層ビルが立ち並んで先進的な都市造りでした」

 カティアは記憶メモリーに保存されている旧世界の光景を回想する。当時は当たり前の景色も今となっては面影を残すだけで失われ、それに哀愁を感じながらも過去に戻りたいとは思わない。マリカのメイドとして仕えるという現状がカティアにとっては幸福で、今という時間を失うことこそ恐怖だ。
 関所で簡易的なチェックを受けて王都に立ち入り、カティアは街の中を見渡す。フリーデブルクとは規模が違うこともあり行き交う人々の数が多く、カティアのような来訪者達が観光をしていて活気に溢れていた。

「さて、じゃあ宿探しだな。この六番街は観光客向けの施設が多い地区だから簡単に見つかるだろ」

「王都はいくつかの区画に分かれているのですか?」

「零番街から十番街まであるんだよ。ここは六番街っていう娯楽施設の多い地区で、住人だけでなく観光客向けなのさ。まあ観光って言っても近隣の町や村からがほとんどでフリーデブルクから来た人間もそう多くはないだろうな。道中、魔物に襲われる危険があるから」

「なるほど。勉強になりました、カナエ様」

 現代においては街間の移動はリスクが伴う行為だ。魔物がいつ飛び出してくるか分からず、魔導士の護衛無しでは自殺行為とも言える。そのため王都と距離の離れた街から訪れる者は少ない。

「あたしのようなベテランになると魔物くらいじゃビビらねぇけどな! もし魔物に遭遇してもステルススキルでやり過ごせるしさ」

 カナエがフリーデブルクと王都を何度も行き帰りできるのはステルススキルの恩恵があるからと言っていい。でなければ、このような危険行為を繰り返すのは不可能だろう。
 それなら王都に住めばいいと思うがカナエはフリーデブルクを気に入っているし、アオナとの会話にあったように王都は商売に来るくらいで丁度良く、住みたい場所ではないのだ。

「しかし探すって言っても面倒だなぁ。やっぱり、あたしオススメの宿はどう?」

「却下だっての。闇雲に探しても仕方ないし、前にお姉ちゃんが泊まったっていうハイルングアルベルゴズはどう?」

「確か六番街で一番大きな宿だよな。料金が高そうだけど……」

「景気よくいこうよ。お宝を売れば沢山のお金が手に入るわけだしさ」

「そうするか。あたしも気になってたんだ」

 街道沿いに設置された案内板を見て場所を確認し、マリカ達は六番街中央部を目指す。そこには豪華な見た目をしたホテルが建っていて、それがアオナも泊まったことがあるハイルングアルベルゴズらしい。

「宿泊施設は初めて利用するので楽しみです」

「そうなの?」

「はい。従業員はメイドのようにお客様の接待をするのですよね? メイド道の勉強もできるかもしれません」

「ははっ、カティアは真面目だなぁ。今回はカティアも客として行くんだから、リラックスしていいんだよ」

 カティアはメイドとしての経験値を稼ぐため、おもてなしの精神を学ぼうと考えているようだ。そんなことしなくても立派に仕えているのでマリカには何も不満はないが。

「ハイルングアルベルゴズって名前は、旧世界の書物に記載されていた宿の名前を元にオーナーが付けたんだって。カティアは旧世界でそんな名前を聞いたことある?」

「いえ…わたしのデータにはありません」

 いくら旧世界を知るカティアとはいえ、全てのことを知っているわけではない。
 そんな会話をしているうちにハイルングアルベルゴズに到着し、入り口にて数人の従業員から歓迎を受ける。かしこまった応対をカティアは興味津々に観察して、そんなカティアをマリカは微笑ましそうに眺めるのであった。
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