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第30話 向き合う覚悟
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家出したエーデリアをフリーデブルクで発見したシェリーだったが、言い合いの末に険悪な雰囲気になってしまい落ち込んでいた。走り去るエーデリアを見送ることしかできず、ションボリとして肩を落とす様子は見ているマリカも辛い。
「まあまあ、ここはカナエちゃんに任せようじゃないの。ウチらは待ってあげよう、ね?」
「アオナ…わたしは間違っていたでしょうか?」
「んにゃ、間違ってるってことはないよ。任務で来たとはいえ、姉として妹を想う気持ちがウチには伝わったものね。でもね、あの年頃のコはナイーブなんだから、簡単にはいかないものさ」
「あの年頃のコをよく分かっているという口ぶりですね。もしかしてマリカさんもあのような感じに?」
「いやいや。ウチのマリカちゃんは店を手伝ってくれて、家出をしたこともないから違うけどね。まあいっつもマリカちゃんには怒られているんだけどね! あっはっは!」
「きっとあなたが悪いのでしょう。マリカさんの気苦労が知れます」
やっと理解してくれる人が現れたかとマリカは心の中で号泣する。旧友であるシェリーはアオナの変人ぶりを知っているようなので、後でアオナのことで相談してみようと思う。
「初めまして、マリカさん。突然の訪問でお騒がせしてしまい申し訳ありません」
「いえ、私もその、エーデリアの家出を手伝った一人なので……」
「妹がご迷惑を……」
「迷惑ということはありませんよ。エーデリアの話を聞いて、実際にディザストロ社の腐敗を目にしたからこそエーデリアの行動に賛同したのですから」
「そうですか…妹の良き理解者となってくださったようで、ありがとうございます」
まさか礼を言われるとはとマリカは驚き恐縮していた。普通なら家出を手伝ったのなら叱られてもおかしくないのだが、シェリーはマリカのような友人がエーデリアにいたことが嬉しかったのだ。自分が追い込まれた時に助けてくれる友は貴重な存在であり、行動の是非はともかくとして姉としては一安心している。
「シェリーさんはお姉ちゃんのお友達なんですよね?」
「はい。アオナとは王都の学校で出会って、以来、交友関係は続いています。わたしが王都騎士団に入ったことで王都から離れる機会も少なくなってしまったので、アオナのほうから会いに来てくれるんです」
「ああ、なるホド。それでお姉ちゃんはたまに王都に行っているのか。仕事と言いつつシェリーさんが目当てだったという……」
学者としての側面を持つアオナは王都での仕事案件も抱えていた。往復するには命の危険もあるわけだが、その分の手当てが弾むからとアオナは喜んで出張している。
「仕事もちゃんとしているのだよ? でもシェリーに会いに行けるからこそ仕事を受けているってのも事実ではあるけどね」
「あなたは昔からわたしのことを気に入ってくれていましたからね」
「そりゃ大好きなんだもの。好きな相手に会いに行くためには労力も惜しまないのは当然っしょ?」
「も、もう! そういうコトを恥ずかしげなく言えるところも変わっていませんね……」
顔全体を真っ赤にしながら照れるシェリー。彼女もアオナのことを気に入っているようでマリカはシェリーの正気を多少疑うが、身内が好かれているのは悪い事ではないだろう。
「変わらない良さってあるじゃん? ウチらの絆だってこれからも不変だよ」
「そう信じています…しかし、ならアオナも王都騎士団の勧誘を受けていれば……そうすればいつだって一緒にいられて、互いに切磋琢磨しながら過ごせたのに」
「前に言ったっしょ? 協調性の無いウチは規律正しい騎士団で働くのは無理だって」
そんな話は聞いたことが無かったマリカは、アオナが王都騎士団に誘われていたことに驚く。
王都騎士団はザンドロク王国中の実力のある魔導士を集めて構成された精鋭部隊である。一級魔導士であることは最低条件で、更に戦闘力などのステータス評価を行って選ばれた者が直々にスカウトされるのだ。騎士団に選出されることは名誉なことであり、これを拒む者は普通はいない。
「お姉ちゃん、王都騎士団に勧誘されるほどの魔導士だったの!?」
「まあね! ウチはこれでも、そこそこの魔導士でさ。マリカちゃんには話してなかったんだけどスカウトを断ったんだ」
「そうだったんだ……」
「王都の学校に行かせてもらったのは見識を広めるためであって、ウチにはコノエ・エンタープライズという帰るべき場所があった。ここが、ウチの居場所だから」
「その割にはサボってたよね?」
「たまには休憩しないと疲れてしまいますからな!」
真面目なのかいい加減な人間なのか飄々とした態度のせいでよく分からないが、少なくとも外部では高い評価を受けているらしい。
「まあウチのコトは今はいいんだよ。重要なのはエーデリアちゃんでしょ?」
「エーデリア……わたしにもエーデリアの言い分は分かるのです。お母様のやり方が正しいとはわたしも思いません。だからわたしは騎士団に逃げたとも言えます。そうすればディザストロ社に関わらずに済むから……」
シェリーは生真面目な人間であり、だから他人を踏みにじるような経営を強行する母親に賛同してはいなかった。とはいえ、王都中枢部に食い込めるほどの権力を持つ母親に対抗できるわけもなく、見て見ぬフリをしているのだ。
「結局、世界を動かすのは一握りの権力者達…わたし達にできるのは、慎ましく目を付けられないように生きるだけなのでしょうね……」
「しかしそれは逃げではなく、生きていくための処世術というものだよ。エーデリアちゃんは正義感があるから母親に盾突いて苦汁を飲まされたわけで、あのコが望むような生き方は王都ではできないだろうね」
「エーデリアを想うならフリーデブルクで生活させるのが一番ということ、か」
カイネハインの名を捨てる覚悟まで持ったエーデリアを連れて帰ることができても、きっとそれはエーデリアの幸せには繋がらない。なら姉として取るべき選択は一つしかなく、アオナ達にエーデリアを任せるというものだ。
「こうも早く追っ手が来るとは……」
エーデリアは保有魔力全てを使い切る勢いでエスパスシフトを行使し、長距離空間転移してシェリーを振り切った。その反動で肉体は大きく疲弊し、公園へと立ち寄って木陰に身を潜める。
「どうしましょう……」
「まあ話し合うしかないだろ。それか別の街にでも逃げるか」
「カ、カナエさん!?」
いつの間にか追いついていたカナエが腕を組みながら木に寄り掛かっていた。その気配に全く気がつかなかったエーデリアは声を裏返しながら驚き、腰を抜かすようにして尻餅をつく。
「へへっ、ビックリした? ステルススキルで驚かせる作戦は成功みたいだね」
カナエはエーデリアを抱え起こしつつウインクを飛ばし、それを受けたエーデリアは頬を赤らめながら視線を合わせる。
「もうカナエさんったら……それにしても、どうして居場所が分かったのですか?」
「ほら、この公園はあたし達が学生だった頃に待ち合わせに使ったりしていたろ? そんで、もしかしたらココにいるかなって」
「懐かしいですね。あの頃は楽しかった……今はいろいろと抱え込んで窮屈になってしまって……」
俯くエーデリアは今の自分が置かれた環境を呪っていた。決してカイネハイン家に産まれたことは幸福ではなく、考えの違う親からの重圧で潰れそうになっているからだ。
「今からだって楽しい時間を作ることはできるっしょ。面倒事は捨て去って、新しい人生を始めることだって」
「難しいですよ…これはわたくしのワガママが存分に含まれた行動ですし、お姉様にも分かって頂けませんよ」
「単なるワガママとは違うだろうさ。自分が潰れちまったら何も意味がないんだから。それに冷静になればシェリーさんとだってキチンと真剣に話し合えると思う」
「それで決裂してしまったらどうすれば?」
「一緒にどこかへ逃げよう。あたしは何があってもエーデリアの味方だし、世界の果てだろうが裏世界だろうが、どこまでも一緒にいてやる。最期の瞬間までな。だから心配すんな」
カナエの真剣な眼差しには嘘も冗談も無く、本気でエーデリアと逃避行を共にしてくれる決意を持っていると分かる。
「わたくしは幸せ者だったのですね、あなたのような方がいて下さるのですから……おかげで勇気を得ることができました。もう一度、お姉様に会います。ちゃんと向き合います」
「ああ、それがいい。見守ってるからさ」
差し出されたカナエの手を握り、姉の待つコノエ・エンタープライズへと足を向けるエーデリア。
再びカイネハイン家に立ち向かう覚悟を持った彼女は、一人ではない。共に歩んでくれる存在が隣にいるのだから。
「まあまあ、ここはカナエちゃんに任せようじゃないの。ウチらは待ってあげよう、ね?」
「アオナ…わたしは間違っていたでしょうか?」
「んにゃ、間違ってるってことはないよ。任務で来たとはいえ、姉として妹を想う気持ちがウチには伝わったものね。でもね、あの年頃のコはナイーブなんだから、簡単にはいかないものさ」
「あの年頃のコをよく分かっているという口ぶりですね。もしかしてマリカさんもあのような感じに?」
「いやいや。ウチのマリカちゃんは店を手伝ってくれて、家出をしたこともないから違うけどね。まあいっつもマリカちゃんには怒られているんだけどね! あっはっは!」
「きっとあなたが悪いのでしょう。マリカさんの気苦労が知れます」
やっと理解してくれる人が現れたかとマリカは心の中で号泣する。旧友であるシェリーはアオナの変人ぶりを知っているようなので、後でアオナのことで相談してみようと思う。
「初めまして、マリカさん。突然の訪問でお騒がせしてしまい申し訳ありません」
「いえ、私もその、エーデリアの家出を手伝った一人なので……」
「妹がご迷惑を……」
「迷惑ということはありませんよ。エーデリアの話を聞いて、実際にディザストロ社の腐敗を目にしたからこそエーデリアの行動に賛同したのですから」
「そうですか…妹の良き理解者となってくださったようで、ありがとうございます」
まさか礼を言われるとはとマリカは驚き恐縮していた。普通なら家出を手伝ったのなら叱られてもおかしくないのだが、シェリーはマリカのような友人がエーデリアにいたことが嬉しかったのだ。自分が追い込まれた時に助けてくれる友は貴重な存在であり、行動の是非はともかくとして姉としては一安心している。
「シェリーさんはお姉ちゃんのお友達なんですよね?」
「はい。アオナとは王都の学校で出会って、以来、交友関係は続いています。わたしが王都騎士団に入ったことで王都から離れる機会も少なくなってしまったので、アオナのほうから会いに来てくれるんです」
「ああ、なるホド。それでお姉ちゃんはたまに王都に行っているのか。仕事と言いつつシェリーさんが目当てだったという……」
学者としての側面を持つアオナは王都での仕事案件も抱えていた。往復するには命の危険もあるわけだが、その分の手当てが弾むからとアオナは喜んで出張している。
「仕事もちゃんとしているのだよ? でもシェリーに会いに行けるからこそ仕事を受けているってのも事実ではあるけどね」
「あなたは昔からわたしのことを気に入ってくれていましたからね」
「そりゃ大好きなんだもの。好きな相手に会いに行くためには労力も惜しまないのは当然っしょ?」
「も、もう! そういうコトを恥ずかしげなく言えるところも変わっていませんね……」
顔全体を真っ赤にしながら照れるシェリー。彼女もアオナのことを気に入っているようでマリカはシェリーの正気を多少疑うが、身内が好かれているのは悪い事ではないだろう。
「変わらない良さってあるじゃん? ウチらの絆だってこれからも不変だよ」
「そう信じています…しかし、ならアオナも王都騎士団の勧誘を受けていれば……そうすればいつだって一緒にいられて、互いに切磋琢磨しながら過ごせたのに」
「前に言ったっしょ? 協調性の無いウチは規律正しい騎士団で働くのは無理だって」
そんな話は聞いたことが無かったマリカは、アオナが王都騎士団に誘われていたことに驚く。
王都騎士団はザンドロク王国中の実力のある魔導士を集めて構成された精鋭部隊である。一級魔導士であることは最低条件で、更に戦闘力などのステータス評価を行って選ばれた者が直々にスカウトされるのだ。騎士団に選出されることは名誉なことであり、これを拒む者は普通はいない。
「お姉ちゃん、王都騎士団に勧誘されるほどの魔導士だったの!?」
「まあね! ウチはこれでも、そこそこの魔導士でさ。マリカちゃんには話してなかったんだけどスカウトを断ったんだ」
「そうだったんだ……」
「王都の学校に行かせてもらったのは見識を広めるためであって、ウチにはコノエ・エンタープライズという帰るべき場所があった。ここが、ウチの居場所だから」
「その割にはサボってたよね?」
「たまには休憩しないと疲れてしまいますからな!」
真面目なのかいい加減な人間なのか飄々とした態度のせいでよく分からないが、少なくとも外部では高い評価を受けているらしい。
「まあウチのコトは今はいいんだよ。重要なのはエーデリアちゃんでしょ?」
「エーデリア……わたしにもエーデリアの言い分は分かるのです。お母様のやり方が正しいとはわたしも思いません。だからわたしは騎士団に逃げたとも言えます。そうすればディザストロ社に関わらずに済むから……」
シェリーは生真面目な人間であり、だから他人を踏みにじるような経営を強行する母親に賛同してはいなかった。とはいえ、王都中枢部に食い込めるほどの権力を持つ母親に対抗できるわけもなく、見て見ぬフリをしているのだ。
「結局、世界を動かすのは一握りの権力者達…わたし達にできるのは、慎ましく目を付けられないように生きるだけなのでしょうね……」
「しかしそれは逃げではなく、生きていくための処世術というものだよ。エーデリアちゃんは正義感があるから母親に盾突いて苦汁を飲まされたわけで、あのコが望むような生き方は王都ではできないだろうね」
「エーデリアを想うならフリーデブルクで生活させるのが一番ということ、か」
カイネハインの名を捨てる覚悟まで持ったエーデリアを連れて帰ることができても、きっとそれはエーデリアの幸せには繋がらない。なら姉として取るべき選択は一つしかなく、アオナ達にエーデリアを任せるというものだ。
「こうも早く追っ手が来るとは……」
エーデリアは保有魔力全てを使い切る勢いでエスパスシフトを行使し、長距離空間転移してシェリーを振り切った。その反動で肉体は大きく疲弊し、公園へと立ち寄って木陰に身を潜める。
「どうしましょう……」
「まあ話し合うしかないだろ。それか別の街にでも逃げるか」
「カ、カナエさん!?」
いつの間にか追いついていたカナエが腕を組みながら木に寄り掛かっていた。その気配に全く気がつかなかったエーデリアは声を裏返しながら驚き、腰を抜かすようにして尻餅をつく。
「へへっ、ビックリした? ステルススキルで驚かせる作戦は成功みたいだね」
カナエはエーデリアを抱え起こしつつウインクを飛ばし、それを受けたエーデリアは頬を赤らめながら視線を合わせる。
「もうカナエさんったら……それにしても、どうして居場所が分かったのですか?」
「ほら、この公園はあたし達が学生だった頃に待ち合わせに使ったりしていたろ? そんで、もしかしたらココにいるかなって」
「懐かしいですね。あの頃は楽しかった……今はいろいろと抱え込んで窮屈になってしまって……」
俯くエーデリアは今の自分が置かれた環境を呪っていた。決してカイネハイン家に産まれたことは幸福ではなく、考えの違う親からの重圧で潰れそうになっているからだ。
「今からだって楽しい時間を作ることはできるっしょ。面倒事は捨て去って、新しい人生を始めることだって」
「難しいですよ…これはわたくしのワガママが存分に含まれた行動ですし、お姉様にも分かって頂けませんよ」
「単なるワガママとは違うだろうさ。自分が潰れちまったら何も意味がないんだから。それに冷静になればシェリーさんとだってキチンと真剣に話し合えると思う」
「それで決裂してしまったらどうすれば?」
「一緒にどこかへ逃げよう。あたしは何があってもエーデリアの味方だし、世界の果てだろうが裏世界だろうが、どこまでも一緒にいてやる。最期の瞬間までな。だから心配すんな」
カナエの真剣な眼差しには嘘も冗談も無く、本気でエーデリアと逃避行を共にしてくれる決意を持っていると分かる。
「わたくしは幸せ者だったのですね、あなたのような方がいて下さるのですから……おかげで勇気を得ることができました。もう一度、お姉様に会います。ちゃんと向き合います」
「ああ、それがいい。見守ってるからさ」
差し出されたカナエの手を握り、姉の待つコノエ・エンタープライズへと足を向けるエーデリア。
再びカイネハイン家に立ち向かう覚悟を持った彼女は、一人ではない。共に歩んでくれる存在が隣にいるのだから。
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