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29.治せと言われても

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「えっと、この葉は痛み止めになるのね。花もお茶に使えるなんて便利ねぇ」

 先程教えてもらった事を記しておいた紙に特徴などを追加していく。資料も良いけど、やはり実際に自分の目で見て触れると新しい発見も出てくるし、記憶がしやすいように感じる。

「いい風」

 サワサワと頬にあたる風は程よい強さと温度を感じ、とても気持ちが良い。

「次の場所は少し暑いかな」
「ユリ」

 声に振り返れば、やはりヘイゼル殿下だった。光を浴びて金髪が眩しい。地味なんだけど派手。なんだかアンバランスだけど、毎回会う度に、その仕草や表情は子供離れしている。

 あ、この国では17歳は成人だったから大人なのか。

「なんだ、また勉強か? 相変わらず熱心だな」
「殿下には敵いませんよ」

 貴方、裏ではかなり動いてるわよね? 若いのに察しがいいからか外仕様が剥がれニヤリと悪い笑みを見せてきたが、何やら大袈裟にため息をついてきた。

「何か悩み事?」

 いずれこの国の王となる貴方には悩みが絶え間なく降ってきそうよね。

「ああ、グライダー副団長の調子が悪くてな」
「え? 身体の具合が?」

 帝王学や魔法について質問を出されても無理と返答するはずが、悩みは副団長さん? それに体調って。

「少しなら治癒はできるけど」

 急いで手当に向かったほうがいいわよね。

「いや、怪我でも病でもないよ」

 ノートを籠に押し込んで行こうとすれば、遮るように腕が差し出された。

「ならば何かしら?」

 わざわざお城の隅にある薬草園にまで来たのは私に何かをして欲しいのよね。ヘイゼル殿下の顔を見る限りでは、切羽詰まっているようではないと判断できたので安心し、阻まれた腕を退かすのは止めた。

「決まってるじゃないか。原因はユリだよ」
「私?」

何故、そこで私の名前が上がるのか。

「温室で会った後は見てないけれど」

 私がいない間に神殿の過激派は一掃された事もあって副団長さんは、私の警護から外れ本来の仕事に戻ったのよね。

「ついに眺めるのも諦めたのか?」

 からかう口調に一瞬イラッとするも、その勢いも直ぐに急降下していく。

「……そうよ」

 不貞腐れた口調の返事になってしまった。いい歳をして大人気ないのは頭では分かっていても常に感情をコントロールするのは至難の業である。

「あいつのどこが良いのかわならんな」
「私もよ」

 手持ち無沙汰なのか花を一本手にしていた殿下は、それを落としギギッと音が鳴りそうなぐらいの不自然さで首を此方に向けてきた。


「あら、寝違えたの?」
「そんなわけあるか。今一度確認するがユリは、あの副団長を好いているんだよな?」

 口調が砕けてきているわね。そんな疑う目をしなくてもよいじゃない。

「うーん、はい」
「なんだ、そのうーんは? いらないだろう!」

 なんだか怒りだしたわ。カルシウムや睡眠が足りないのかしら。

「分からないと言ったのは、彼のココが好きだからとか無いのよね。なんか全体というか」

彼が醸し出す空気に惹かれる。

「なんだ、それを早く言え」
「ねぇ、ちょっと殿下は変ですよ? 浮沈みが激しいようだわ」
「バカ者!ユリのせいに決まっているだろう!」

プリプリである。

「明日、念願のお嫁さんが来るんでしょう? そんな大声ばかり出していないで落ち着きなさいな」
「私は、常に冷静だ。ユリに話しかけるとこうなるんだ」

なんだか失礼に感じるんだけど。

「まぁ、いいわ。それで? 私のせいで副団長さんが調子が悪いから何とかして欲しくて来たの? 悪いけど無理だわ」

 怪我や風の引き始めなら止血したり緩和させる事は可能だけど。

「悪いけど他を当たって下さいな」
「いや、正常に戻せるのはユリだけだ」

堂々巡りというやつだわ。

なによりね。

「私、諦めの悪い奴なの。時間がかかるのよ。分かるかしら?」

はい、眺められません。じゃあ今から嫌いになります。

なれるわけないじゃない。

「ユリ」

 困ったように名を呼ばれれば影がでてきた。それは頭上に伸ばされた手だった。でも、触れるか触れないかで、急に停止した。

「どうやら、撫でるのは私の役目ではないようだ」

 離れた気配に顔を上げるとヘイゼル殿下の視線は私を通り越している。視線を向ければ、息を切らした騎士がいた。

「元気そうよ?」
「ほんの少しグライダーに同情する」

 なんとなく、馬鹿にされているのは伝わった。

「殿下。ユリ様をお借りしても?」
「だって?」
「私は、物ではありませんよ。わっ」

 トンッと背の一箇所を突かれ、つんのめりそうになれば、前に腕が差し出され受け止められた。

「リュネール。お前には同情するが、これが本当に最後だからな」
「ありがとうございます」

 頭上で会話が完結してるようだけど、私には何も説明がないのね。殿下は、挨拶もせず去っていく。彼は、時に猫のように気配を消すのよね。

ふと、風に乗り彼の香が飛んできた。

 それは、腕の中にいるのを強く意識してしまい、香りだけではなく彼からの熱まで伝わってくる。

 不味い。とりあえず距離をおきたいわ。

「副団長さん、転ぶところを助けてくれてありがとう。もう大事だから離れ」
「嫌です」

嫌って、何?

「あの」

 完全に腕の中に入ってしまった。そう、抱きしめられている。

「私は、貴方をお慕いしています」

 それだけに留まらず、信じられない言葉を耳元でもらえた。

「行かないでください」

 今回は、貴方に話がいったのね。誰かしら?殿下か団長さん、その辺りだろう。

「ユリ様」
「無理よ。私は、此処にはいられないわ」

 見た目だけでなく中身も若かったら自分は迷わずこの腕の中にずっといる選択をしていたはず。

でも、現実は甘くない。

「ごめんなさい」

私って、可愛くないわよね。



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