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第1章/終わりの始まり
仲直りしたいのに
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二日空いても、成実からLINEの返信は来なかった。それどころか、
「成実、昨日帰りに『声優道』買ったんだ。ほら、高遠さんの独占インタビューが載ってて、絶対読まなきゃって言ってたやつ!」
昼休み。買ったばかりの雑誌を成実に見せて、わたしは努めて明るく、いつもと同じように言った。
『声優道』は声優志望者のための専門誌。少し値は張るけど、そのぶん為になる情報が多い。
「早く読みたくて学校まで持ってきちゃった!」
毎月、わたしが買ったのを養成所で一緒に読むのが習慣だ。
しかも憧れの声優さんが表紙とあれば、絶対に乗ってくると思ったのに。
「……。あっそ」
マスク越しに、成実がくぐもった返事をする。突き放すようにそれだけ言うと、別のグループの子たちに話しかける。笑顔で。楽しげに。
そんな成実に、それ以上何も言えるわけなかった。
ぽつんと取り残されていると、クラスメイトのアニメ好きの女子たちが雑誌に食いついてきた。言われるまま雑誌を渡す。
「タカトーさん、いま超売れっ子だよね」
「初めはアイドル声優ですぐ消えるって言われたのに、今や実力派だもんね」
「すごいよね、声優なんて狭き門なのにさ」
大好きな高遠さんが誉められて、いつもなら嬉しくなっただろう。でも、そんなことを感じる余裕はなかった。
向けられた成実の背中が、ひたすら寂しかった。
「羽鶴。そろそろ行くか?」
就也が、教室のゴミ箱にパンの袋を捨てながら呼びかけてきた。
「え?」
「ほら。昨日の……雛田先輩だっけ? 脚本渡しそびれたって言ってたじゃん」
ああ、そうだった。あの後、講堂に戻った時、追いつけなくて脚本を渡せなかったと嘘をついてしまったのだ。
でも嫌だな。あまりあの人とは会いたくない……と気後れしていると就也が肩を叩いてきた。
「オレもついていくから、一緒に三年生の教室に行こう。香西先輩と同じ六組だって」
一緒なら……とわたしは重い腰を上げた。
三年生は、今の時期は自宅学習期間だ。登校日以外は学校に来ても来なくてもいいわけだけど、香西先輩によると「雛田は高頻度で登校している」らしい。
ともかくサッと渡して逃げよう……と計画していたのだけど、雛田先輩は三年六組の教室にいなかった。
代わりに数人の三年生が机にかじりついて勉強していた。そういえば担任の先生が、まだ進路が未決定の生徒が自習しに来ることが多いから、無闇に三年生の教室に近寄るなと言っていたっけ。
入り口に近い席の、太めの体格で顔色があまりよくない男子生徒が答えた。
「雛田ならたぶん図書室。学校に来ても教室にはほとんど近寄らねーよ」
「え、どうしてですか?」
「やっぱり、俺らみたいなのとは一緒にいたくねーんだろ。格が違うから」
吐き捨てるような言葉の後に、ボソリと誰かが――雛田先輩のクラスメイトの一人がつぶやいた。
「あいつ、なんで学校に来るわけ……?」
それに呼応するように、次から次へと昏い声が生まれる。
「自分は推薦でさっさと有名大学に決まったからって、余裕ぶっこいてんじゃないよ」
「オマケにテレビ局の賞もらったって……順風満帆で結構なことだよ」
「マジで目障り」
シャーペンを走らせる音と、声を押し殺した陰口。ふたつの異なる音声が重なって、広がって、教室内は異様な雰囲気だった。
(怖い……)
以前、保健室の先生が言ったことを思い出す。
うちは中途半端な進学校で、成績や志望校のランクで他者を上に見たり下に見たりするって。
一年生のあなたたちはそうならないよう気をつけてね、と憂いを含ませた声音で言われた。
「羽鶴、行こう」
就也に手を引かれ、わたしはその場から離れた。
……なんだか、あの教室の中だけ昼なのにやたら暗く感じる。電灯はついているのに、カーテンがぴっちり引かれてあるからかな。
「びっくりした……雛田先輩って、クラスで嫌われてるのかな……」
怖いけど、あれだけカッコよくて才能に溢れた人ならクラスの人気者でいそうなのに。
「嫌われてる……とは少し違うんじゃないのかな。きっと……妬まれてるんだよ」
就也がどこか遠くを見ながら、そう言った。
図書室は、本校舎から少し離れた特別校舎の一階の隅にある。広くて静かで、自習にはうってつけなんだけど、行き来が不便なのでひとけは少なかった。
中に入ると、貸出カウンターに『司書教諭は不在です』とプレートが出ていた。
就也と奥を覗いた時、怒号が弾けた。
「――バカにしてるのか!」
「成実、昨日帰りに『声優道』買ったんだ。ほら、高遠さんの独占インタビューが載ってて、絶対読まなきゃって言ってたやつ!」
昼休み。買ったばかりの雑誌を成実に見せて、わたしは努めて明るく、いつもと同じように言った。
『声優道』は声優志望者のための専門誌。少し値は張るけど、そのぶん為になる情報が多い。
「早く読みたくて学校まで持ってきちゃった!」
毎月、わたしが買ったのを養成所で一緒に読むのが習慣だ。
しかも憧れの声優さんが表紙とあれば、絶対に乗ってくると思ったのに。
「……。あっそ」
マスク越しに、成実がくぐもった返事をする。突き放すようにそれだけ言うと、別のグループの子たちに話しかける。笑顔で。楽しげに。
そんな成実に、それ以上何も言えるわけなかった。
ぽつんと取り残されていると、クラスメイトのアニメ好きの女子たちが雑誌に食いついてきた。言われるまま雑誌を渡す。
「タカトーさん、いま超売れっ子だよね」
「初めはアイドル声優ですぐ消えるって言われたのに、今や実力派だもんね」
「すごいよね、声優なんて狭き門なのにさ」
大好きな高遠さんが誉められて、いつもなら嬉しくなっただろう。でも、そんなことを感じる余裕はなかった。
向けられた成実の背中が、ひたすら寂しかった。
「羽鶴。そろそろ行くか?」
就也が、教室のゴミ箱にパンの袋を捨てながら呼びかけてきた。
「え?」
「ほら。昨日の……雛田先輩だっけ? 脚本渡しそびれたって言ってたじゃん」
ああ、そうだった。あの後、講堂に戻った時、追いつけなくて脚本を渡せなかったと嘘をついてしまったのだ。
でも嫌だな。あまりあの人とは会いたくない……と気後れしていると就也が肩を叩いてきた。
「オレもついていくから、一緒に三年生の教室に行こう。香西先輩と同じ六組だって」
一緒なら……とわたしは重い腰を上げた。
三年生は、今の時期は自宅学習期間だ。登校日以外は学校に来ても来なくてもいいわけだけど、香西先輩によると「雛田は高頻度で登校している」らしい。
ともかくサッと渡して逃げよう……と計画していたのだけど、雛田先輩は三年六組の教室にいなかった。
代わりに数人の三年生が机にかじりついて勉強していた。そういえば担任の先生が、まだ進路が未決定の生徒が自習しに来ることが多いから、無闇に三年生の教室に近寄るなと言っていたっけ。
入り口に近い席の、太めの体格で顔色があまりよくない男子生徒が答えた。
「雛田ならたぶん図書室。学校に来ても教室にはほとんど近寄らねーよ」
「え、どうしてですか?」
「やっぱり、俺らみたいなのとは一緒にいたくねーんだろ。格が違うから」
吐き捨てるような言葉の後に、ボソリと誰かが――雛田先輩のクラスメイトの一人がつぶやいた。
「あいつ、なんで学校に来るわけ……?」
それに呼応するように、次から次へと昏い声が生まれる。
「自分は推薦でさっさと有名大学に決まったからって、余裕ぶっこいてんじゃないよ」
「オマケにテレビ局の賞もらったって……順風満帆で結構なことだよ」
「マジで目障り」
シャーペンを走らせる音と、声を押し殺した陰口。ふたつの異なる音声が重なって、広がって、教室内は異様な雰囲気だった。
(怖い……)
以前、保健室の先生が言ったことを思い出す。
うちは中途半端な進学校で、成績や志望校のランクで他者を上に見たり下に見たりするって。
一年生のあなたたちはそうならないよう気をつけてね、と憂いを含ませた声音で言われた。
「羽鶴、行こう」
就也に手を引かれ、わたしはその場から離れた。
……なんだか、あの教室の中だけ昼なのにやたら暗く感じる。電灯はついているのに、カーテンがぴっちり引かれてあるからかな。
「びっくりした……雛田先輩って、クラスで嫌われてるのかな……」
怖いけど、あれだけカッコよくて才能に溢れた人ならクラスの人気者でいそうなのに。
「嫌われてる……とは少し違うんじゃないのかな。きっと……妬まれてるんだよ」
就也がどこか遠くを見ながら、そう言った。
図書室は、本校舎から少し離れた特別校舎の一階の隅にある。広くて静かで、自習にはうってつけなんだけど、行き来が不便なのでひとけは少なかった。
中に入ると、貸出カウンターに『司書教諭は不在です』とプレートが出ていた。
就也と奥を覗いた時、怒号が弾けた。
「――バカにしてるのか!」
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