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第5章/裏切りと呪いの正体
剥き出しの悪意
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……けれど。
水曜日は部活の日じゃないけど、織屋先輩から講堂に呼ばれた。
板山部長が招集をかけたらしい。珍しいを通り越して、初めてのことだ。
「ええっと。金曜日は二年生の都合が悪いと言うことで、一度、卒業公演についてミーティングをします」
板山部長が口火を切る。
織屋先輩に連行されたのか、雛田先輩と香西先輩もいる。
「突然どうした。やる気を見せてきて」
雛田先輩が腕組みをしたまま言った。
つっけんどんな物言いは変わらない。けれど板山部長は、照れたように頭を掻いた。
「いや、小山内さんの練習を見たら……一年生の子がひとりででも頑張ってるのに、と思っちゃいまして」
え? わたし?
「触発されたって言うのかな。一年に一回だし、せっかく演劇部に入ったし」
予想外の動機に、わたしはアワアワした。
たぶん板山部長に負けないくらい頬が赤くなっている。でも正直に言うと、嬉しい。
「……すごいな、羽鶴」
隣に座る就也の褒め言葉が頭上に落ちた。見上げると、
(就也……?)
就也は笑っていた。
口元だけは。
「羽鶴、ごめん! オレ、家の用事あるの忘れてた! 詳細は後で送ってくれるか?」
そう頼む就也の声は明るかった。声だけは。
けれどその両目は、まっくろなビー玉みたいだ。
返事すらできずにいると、就也は板山部長や先輩方に断って早退した。
「――主人公なんだけど、小山内さんに頼んでも大丈夫かな?」
「えっ。あ、はい!」
慌てて返事をする。
台本の読み合わせをすることになり、わたしは薄い脚本と演技ノートを用意しようとトートバッグに手を入れた。
「――!?」
無かった。
さっきまで手元にあった、演技ノートが。
「小山内さん、どうしたの?」
香西先輩の問いに答える間もなく、わたしは「すみません、失礼します!」とだけ言って、講堂を出た。
運動場を全速力で横切る間、心は祈りに近い願いでいっぱいだった。
お願いだから返して。
あのノートだけは。
「おい!」
背後で雛田先輩の声がした。なんで追いかけてくるの!
「来ないでください!」
と叫んだけど、先輩が了承するワケがない。
わたしは必死に『彼』の姿を探した。
下駄箱を見ると靴はあった。ということは、まだ校内にいる。
どこにいるんだろう。
(……教室!)
きっと教室だ。前のプリントもそうだった。
他人の物を盗んだ身で、他の教室や特別教室には行きづらいだろう。慣れ親しんだ自分の教室か、トイレに行くはずだ。
半泣きで階段を駆け上がり、そして。
「――就也ぁ!」
静まり返った無人の教室に、就也がいた。
その手にはわたしの演技ノートがあり――そして。
あの黒丸の影がいた。
けれどそれは、雛田先輩が到着すると同時に消えた。
「……返して。お願いだから、返して」
手を合わせて懇願する。
就也は無表情だ。宇宙人みたいで、言葉が通じる感じがしない。
「おまえだったのか、こいつのものを盗んでたのは。あの女子じゃなくて」
雛田先輩が尋ねる。
「そうですよ」
就也の声は、瞳は、今まで見たことがないほど暗くて深くて、がらんどうだ。
「なんで就也が……? いつも応援してくれたのに……」
何故、なんて。
訊かなくても分かる。
就也も心の底ではわたしの合格を、
「羽鶴が、……ジュニパーになったから」
「へ……?」
「オーディションに合格しただけなら、別に許すよ。奇跡ってあるものだし。でもジュニパーはダメだ。オレはずっと、ジュニパーになりたかったのに」
「どういうこと……?」
アロサカのアニメは、今回のプロジェクトのために作られたオリジナルのはずだ。
なのに何故、就也はジュニパーを知っているんだろう。
「違う。元ネタがあるんだ。海外の古い児童文学で、隠れた名作だ。……そんなことも調べなかったのか?」
底なしの侮蔑を込めて、就也がわたしをねめつける。ゾクリと悪寒が走った。
「オレはね、幼い頃、身体が弱かった。小学校の低学年まで入退院を繰り返していた。
そんなオレの心の支えは、本とアニメだけだった。
その中で一番のお気に入り――心の友達は、ジュニパーだった。孤高の旅人で、サーカス団を影から助けるジュニパーは、オレのヒーローだったんだよ」
とろりとした面持ちで、就也は語った。
「オレはベッドの上でいつも夢見てた。
いつかアロサカがアニメになったら、オレがジュニパーの声をあてたいって。ジュニパーになりたいって。
その夢のおかげで、つらい治療も乗り越えて、健康体になれた」
今回のオーディションを知った時、運命だと思った。
そう就也は語った。
「絶対に、絶対にオレがジュニパーの役を射止めるつもりだった……なのに、選ばれたのは羽鶴だった」
就也の長い指先が、わたしを刺殺する勢いで指す。
「なんで? って思ったよ。
だっておまえだよ? オレたちの腰巾着で成実がいなければ何もできないししようともしない。
声も顔も普通で、才能もなければ努力もしない。なあ……なんで?」
ふらつく足取りで、就也が近づいてきた。
わたしの足は縫い止められたように動かない。
就也が憎しみを込めた視線で、わたしを見下ろし、叫んだ。
「なんでおまえなんだよぉ!!」
心からの、音割れするほどの叫びに硬直した。
微動だにできないわたしを、就也は鼻で笑う。
水曜日は部活の日じゃないけど、織屋先輩から講堂に呼ばれた。
板山部長が招集をかけたらしい。珍しいを通り越して、初めてのことだ。
「ええっと。金曜日は二年生の都合が悪いと言うことで、一度、卒業公演についてミーティングをします」
板山部長が口火を切る。
織屋先輩に連行されたのか、雛田先輩と香西先輩もいる。
「突然どうした。やる気を見せてきて」
雛田先輩が腕組みをしたまま言った。
つっけんどんな物言いは変わらない。けれど板山部長は、照れたように頭を掻いた。
「いや、小山内さんの練習を見たら……一年生の子がひとりででも頑張ってるのに、と思っちゃいまして」
え? わたし?
「触発されたって言うのかな。一年に一回だし、せっかく演劇部に入ったし」
予想外の動機に、わたしはアワアワした。
たぶん板山部長に負けないくらい頬が赤くなっている。でも正直に言うと、嬉しい。
「……すごいな、羽鶴」
隣に座る就也の褒め言葉が頭上に落ちた。見上げると、
(就也……?)
就也は笑っていた。
口元だけは。
「羽鶴、ごめん! オレ、家の用事あるの忘れてた! 詳細は後で送ってくれるか?」
そう頼む就也の声は明るかった。声だけは。
けれどその両目は、まっくろなビー玉みたいだ。
返事すらできずにいると、就也は板山部長や先輩方に断って早退した。
「――主人公なんだけど、小山内さんに頼んでも大丈夫かな?」
「えっ。あ、はい!」
慌てて返事をする。
台本の読み合わせをすることになり、わたしは薄い脚本と演技ノートを用意しようとトートバッグに手を入れた。
「――!?」
無かった。
さっきまで手元にあった、演技ノートが。
「小山内さん、どうしたの?」
香西先輩の問いに答える間もなく、わたしは「すみません、失礼します!」とだけ言って、講堂を出た。
運動場を全速力で横切る間、心は祈りに近い願いでいっぱいだった。
お願いだから返して。
あのノートだけは。
「おい!」
背後で雛田先輩の声がした。なんで追いかけてくるの!
「来ないでください!」
と叫んだけど、先輩が了承するワケがない。
わたしは必死に『彼』の姿を探した。
下駄箱を見ると靴はあった。ということは、まだ校内にいる。
どこにいるんだろう。
(……教室!)
きっと教室だ。前のプリントもそうだった。
他人の物を盗んだ身で、他の教室や特別教室には行きづらいだろう。慣れ親しんだ自分の教室か、トイレに行くはずだ。
半泣きで階段を駆け上がり、そして。
「――就也ぁ!」
静まり返った無人の教室に、就也がいた。
その手にはわたしの演技ノートがあり――そして。
あの黒丸の影がいた。
けれどそれは、雛田先輩が到着すると同時に消えた。
「……返して。お願いだから、返して」
手を合わせて懇願する。
就也は無表情だ。宇宙人みたいで、言葉が通じる感じがしない。
「おまえだったのか、こいつのものを盗んでたのは。あの女子じゃなくて」
雛田先輩が尋ねる。
「そうですよ」
就也の声は、瞳は、今まで見たことがないほど暗くて深くて、がらんどうだ。
「なんで就也が……? いつも応援してくれたのに……」
何故、なんて。
訊かなくても分かる。
就也も心の底ではわたしの合格を、
「羽鶴が、……ジュニパーになったから」
「へ……?」
「オーディションに合格しただけなら、別に許すよ。奇跡ってあるものだし。でもジュニパーはダメだ。オレはずっと、ジュニパーになりたかったのに」
「どういうこと……?」
アロサカのアニメは、今回のプロジェクトのために作られたオリジナルのはずだ。
なのに何故、就也はジュニパーを知っているんだろう。
「違う。元ネタがあるんだ。海外の古い児童文学で、隠れた名作だ。……そんなことも調べなかったのか?」
底なしの侮蔑を込めて、就也がわたしをねめつける。ゾクリと悪寒が走った。
「オレはね、幼い頃、身体が弱かった。小学校の低学年まで入退院を繰り返していた。
そんなオレの心の支えは、本とアニメだけだった。
その中で一番のお気に入り――心の友達は、ジュニパーだった。孤高の旅人で、サーカス団を影から助けるジュニパーは、オレのヒーローだったんだよ」
とろりとした面持ちで、就也は語った。
「オレはベッドの上でいつも夢見てた。
いつかアロサカがアニメになったら、オレがジュニパーの声をあてたいって。ジュニパーになりたいって。
その夢のおかげで、つらい治療も乗り越えて、健康体になれた」
今回のオーディションを知った時、運命だと思った。
そう就也は語った。
「絶対に、絶対にオレがジュニパーの役を射止めるつもりだった……なのに、選ばれたのは羽鶴だった」
就也の長い指先が、わたしを刺殺する勢いで指す。
「なんで? って思ったよ。
だっておまえだよ? オレたちの腰巾着で成実がいなければ何もできないししようともしない。
声も顔も普通で、才能もなければ努力もしない。なあ……なんで?」
ふらつく足取りで、就也が近づいてきた。
わたしの足は縫い止められたように動かない。
就也が憎しみを込めた視線で、わたしを見下ろし、叫んだ。
「なんでおまえなんだよぉ!!」
心からの、音割れするほどの叫びに硬直した。
微動だにできないわたしを、就也は鼻で笑う。
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