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7. SNS奇談 ~#フォトジェニック~
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取調室に入った時、刑事・深見 の頭に浮かんだのは、「実直そうな奴だな」という印象だった。
安物の椅子に座り、頭 を垂れる男の名前は竹田。傷害罪で逮捕された被疑者である。
だが、両手を重ねて膝の上に置く竹田は、暴力を振るうタイプに見えなかった。長年の刑事の勘が深見にそう囁いた。
「深見さん、お願いします」
後輩の櫻井に促され、深見は竹田の前に座った。
定型文の前置きを口にし、供述調書を作るための手筈を整える。
そして、深見は竹田に言った。
「さて、と。竹田さん、アンタは自身の職場であるアイスクリーム屋で、訪問してきた保健所の職員を殴ったんだってね」
敬語を使わず、くだけた口調での取り調べが深見の流儀だった。彼は少し古いタイプの刑事なのである。
「何で、そんなことをした?」
単刀直入に尋ねる。
暗い目をした竹田は、言いあぐねるように口をパクパクさせ、やがてポツリと落とした。
「……刑事さん、『フォトジェニック』って知ってますか?」
「処方薬の廉価版のことか?」
「それはジェネリックです深見さん」
櫻井が横から口出しする。深見は舌打ちした。
「写真映りが良いとか……写真向き、いや、最近はSNS向きとでも訳すんでしょうかね……まぁそういう、『SNSでウケる』写真のことです」
ほぉ、と納得する。
「……私は二十年、菓子職人をしてきました」
話題が転じた。謎の単語の次は、自身の身の上話か。
「スイーツというものは、他の料理よりも見た目にこだわる食べ物です。見るからにおいしそうで、愛されるものでなければなりません……」
「そうだな」
深見自身はスイーツとはとんと無縁だが、言っていることは理解できた。
時間つぶしにグルメ雑誌を少し開けば、ハデに飾られた和洋の甘味がズラリと紹介されている。
「だから私も長きに渡って、味も見た目も優れたスイーツを作り続けました。そして自分の店……アイスクリームの専門店を開き、大勢の目を惹く商品を作るため、孤軍奮闘してきました」
そうして今夏、自信作ができたのだと竹田は話した。
バニラのアイスクリームをベースに、可愛らしくカットした季節のフルーツをふんだんに盛りつけた小型のパルフェだ。花の形に加工した飴細工で飾り、どの角度からでも楽しめ、最近のキーワードである『フォトジェニック』を極めたとも言える見た目となった。
もちろん味も最高だ。材料も選び抜いた一品ばかりで、採算としてはギリギリだが、竹田は構わなかった。
常にお客様に最高のものを提供したい。
竹田は、常にそう望んでいた。
「だがそのアイスを食べた客が、連続して食中毒になったんだろう?」
書類を見ながら、深見が言った。
客の訴えが相次ぎ、とうとう保健所が竹田の店に調査に入った。
一人の職員と竹田は言い合いになり――激昂した彼は、暴力に訴えた。
「調査の結果、アンタの店で使われた食材は、ほぼすべて品質保持期限が切れていた。傷んだ材料で作った食いもんを提供していたんだな」
ぴくっと竹田の肩が震えた。
「……アンタ、何でそんなことしたんだ。職員を殴ったことだけじゃねぇ。なんで仕事や客に対して真面目なアンタが、腐ったもんを客に出すような真似をしたんだ?」
事前に耳にした竹田の評判は、『菓子屋の鑑のような男』だった。
深見自身も、先ほど竹田の話を聞いて、彼の仕事への真摯さを感じ取った。
だからこそ解せない。何故彼は、そんなことをしたのだろう。
「……捨てられていたんです……」
おぞましい呪いの言葉を口にするように、竹田は痛みを含ませた声音で吐き捨てた。
「私のアイスが、……写真に撮られた後、ゴミ箱に……捨てられてたんです……」
いくつも、いくつも。
何人も、何人も。
客たちは購入したアイスクリームを、写真におさめてSNSに投稿した後、半分だけ、時に一口も口にせずに、カップやスプーン用のゴミ箱に捨てていたのだという。
怒りを通り越して、竹田の心は冷たく凍えた。
そしてそのうち、悪魔の思考が芽生えた。
「見た目だけが必要なら……味なんかどうでもいい……食材が傷んでいても、別にいい……」
だって必要なのは、平面的で一瞬で消費される『見た目』だけなのだから。
「そう、思いました……」
竹田が殴った保健所の職員は、事情を知らないままでこう言った。
――「あなたは最低だ。食べ物屋の風上にも置けない」
竹田は、その時、目の前が真っ赤になったと語った。
自分だって、ちゃんとした『食べ物屋』で在りたかった。
だが、ゴミ箱にあふれた竹田の最高傑作がーー溶けたアイスクリーム、ハエが集ったフルーツ、蟻にまみれた飴細工が、そんな意識など吹っ飛ばした。
バカバカしくなったのだと、竹田は涙を流した。
嗚咽する竹田に、深見はため息をついた。
「……今回、食中毒になった人たちは、アンタのアイスをちゃんと食べたんだ」
それだけを静かに言った。
竹田はハッとしたように面を上げる。
「すみませんでしたっ……!」
竹田は机に額を打ちつけ、いっそう泣いた。それは間違いなく慚愧の涙だった。
深見は供述書の所感の欄に、「商売人としてはあまりに弱すぎて、あまりに真面目」と書き加え、取り調べは終わった。
一時間後、深見は警察署内の食堂を訪れた。
日替わり定食を注文する。煮魚、きんぴら、納豆、みそ汁に白飯と、お世辞にも『フォトジェニック』とは言えない『見た目』だ。
「なぁ、櫻井」
隣席の後輩に呼びかけた。
「……食いもんって、食うためにあるんだよな?」
そんなことを言い出す深見に、櫻井は「当たり前じゃないですか」と返した。
そうだよな、と頷いて、深見は箸を動かし、『食べ物』を食べ始めた。
安物の椅子に座り、頭 を垂れる男の名前は竹田。傷害罪で逮捕された被疑者である。
だが、両手を重ねて膝の上に置く竹田は、暴力を振るうタイプに見えなかった。長年の刑事の勘が深見にそう囁いた。
「深見さん、お願いします」
後輩の櫻井に促され、深見は竹田の前に座った。
定型文の前置きを口にし、供述調書を作るための手筈を整える。
そして、深見は竹田に言った。
「さて、と。竹田さん、アンタは自身の職場であるアイスクリーム屋で、訪問してきた保健所の職員を殴ったんだってね」
敬語を使わず、くだけた口調での取り調べが深見の流儀だった。彼は少し古いタイプの刑事なのである。
「何で、そんなことをした?」
単刀直入に尋ねる。
暗い目をした竹田は、言いあぐねるように口をパクパクさせ、やがてポツリと落とした。
「……刑事さん、『フォトジェニック』って知ってますか?」
「処方薬の廉価版のことか?」
「それはジェネリックです深見さん」
櫻井が横から口出しする。深見は舌打ちした。
「写真映りが良いとか……写真向き、いや、最近はSNS向きとでも訳すんでしょうかね……まぁそういう、『SNSでウケる』写真のことです」
ほぉ、と納得する。
「……私は二十年、菓子職人をしてきました」
話題が転じた。謎の単語の次は、自身の身の上話か。
「スイーツというものは、他の料理よりも見た目にこだわる食べ物です。見るからにおいしそうで、愛されるものでなければなりません……」
「そうだな」
深見自身はスイーツとはとんと無縁だが、言っていることは理解できた。
時間つぶしにグルメ雑誌を少し開けば、ハデに飾られた和洋の甘味がズラリと紹介されている。
「だから私も長きに渡って、味も見た目も優れたスイーツを作り続けました。そして自分の店……アイスクリームの専門店を開き、大勢の目を惹く商品を作るため、孤軍奮闘してきました」
そうして今夏、自信作ができたのだと竹田は話した。
バニラのアイスクリームをベースに、可愛らしくカットした季節のフルーツをふんだんに盛りつけた小型のパルフェだ。花の形に加工した飴細工で飾り、どの角度からでも楽しめ、最近のキーワードである『フォトジェニック』を極めたとも言える見た目となった。
もちろん味も最高だ。材料も選び抜いた一品ばかりで、採算としてはギリギリだが、竹田は構わなかった。
常にお客様に最高のものを提供したい。
竹田は、常にそう望んでいた。
「だがそのアイスを食べた客が、連続して食中毒になったんだろう?」
書類を見ながら、深見が言った。
客の訴えが相次ぎ、とうとう保健所が竹田の店に調査に入った。
一人の職員と竹田は言い合いになり――激昂した彼は、暴力に訴えた。
「調査の結果、アンタの店で使われた食材は、ほぼすべて品質保持期限が切れていた。傷んだ材料で作った食いもんを提供していたんだな」
ぴくっと竹田の肩が震えた。
「……アンタ、何でそんなことしたんだ。職員を殴ったことだけじゃねぇ。なんで仕事や客に対して真面目なアンタが、腐ったもんを客に出すような真似をしたんだ?」
事前に耳にした竹田の評判は、『菓子屋の鑑のような男』だった。
深見自身も、先ほど竹田の話を聞いて、彼の仕事への真摯さを感じ取った。
だからこそ解せない。何故彼は、そんなことをしたのだろう。
「……捨てられていたんです……」
おぞましい呪いの言葉を口にするように、竹田は痛みを含ませた声音で吐き捨てた。
「私のアイスが、……写真に撮られた後、ゴミ箱に……捨てられてたんです……」
いくつも、いくつも。
何人も、何人も。
客たちは購入したアイスクリームを、写真におさめてSNSに投稿した後、半分だけ、時に一口も口にせずに、カップやスプーン用のゴミ箱に捨てていたのだという。
怒りを通り越して、竹田の心は冷たく凍えた。
そしてそのうち、悪魔の思考が芽生えた。
「見た目だけが必要なら……味なんかどうでもいい……食材が傷んでいても、別にいい……」
だって必要なのは、平面的で一瞬で消費される『見た目』だけなのだから。
「そう、思いました……」
竹田が殴った保健所の職員は、事情を知らないままでこう言った。
――「あなたは最低だ。食べ物屋の風上にも置けない」
竹田は、その時、目の前が真っ赤になったと語った。
自分だって、ちゃんとした『食べ物屋』で在りたかった。
だが、ゴミ箱にあふれた竹田の最高傑作がーー溶けたアイスクリーム、ハエが集ったフルーツ、蟻にまみれた飴細工が、そんな意識など吹っ飛ばした。
バカバカしくなったのだと、竹田は涙を流した。
嗚咽する竹田に、深見はため息をついた。
「……今回、食中毒になった人たちは、アンタのアイスをちゃんと食べたんだ」
それだけを静かに言った。
竹田はハッとしたように面を上げる。
「すみませんでしたっ……!」
竹田は机に額を打ちつけ、いっそう泣いた。それは間違いなく慚愧の涙だった。
深見は供述書の所感の欄に、「商売人としてはあまりに弱すぎて、あまりに真面目」と書き加え、取り調べは終わった。
一時間後、深見は警察署内の食堂を訪れた。
日替わり定食を注文する。煮魚、きんぴら、納豆、みそ汁に白飯と、お世辞にも『フォトジェニック』とは言えない『見た目』だ。
「なぁ、櫻井」
隣席の後輩に呼びかけた。
「……食いもんって、食うためにあるんだよな?」
そんなことを言い出す深見に、櫻井は「当たり前じゃないですか」と返した。
そうだよな、と頷いて、深見は箸を動かし、『食べ物』を食べ始めた。
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