5分読書

鳥谷綾斗(とやあやと)

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9. SNS奇談 ~#ハイクオリティ伝言ゲーム~

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 僕はその時、バスを待ちながら、梅木うめきさんとLINEのメッセージのやりとりをしていた。
 メールと違ってタイムレスで会話できる。すぐに来る返信が楽しくて、会話は盛り上がり、いつもなら長く感じるバスの待ち時間も気にならない。
 梅木さんは五歳上の大学生だ。特撮ファン仲間で、中学生の僕の話にもきちんと耳を傾けてくれる、頼れるおにーさんって感じだ。

「『来期から始まる番組、楽しみだね』っと……」
 送信ボタンをタップしようとした時、真横に立っていた人が僕に寄りかかってきた。
 何だろう、と思った時には、その人は地面にぶっ倒れていた!

「きゃあ!」
「誰か倒れたぞ!」

 途端にバス停が騒がしくなる。
 倒れたのは若い女の人だった。たぶんOLさんだろう。きれいにメイクした顔面が真っ青で、明らかに様子がおかしい。
 LINEの通知音が鳴った。返信が遅い僕を梅木さんが心配していた。

『どうした?』

 僕は音声入力モードに切り替えて、返事した。

「バス停で、急に女の人が倒れた」
『どんな状態だ? 意識はあるか? 呼吸は? 確かめろ!』

 梅木さんに言われるままに、僕は女の人に呼びかけた。うんともすんとも言わない。
 鼻と口元に耳を近づけて、呼吸の有無を確認する。

「してない、みたい……」

 突然の緊急事態に、僕は蒼白になった。周囲の人たち――大人も子どもも、どうしたらいいか狼狽している。
 けれど梅木さんは冷静だった。

『落ち着け。まず119番通報しろ』
『それから周囲を見渡して、AEDを探せ』
『聞いたことあるだろ? 電気ショックとか備えている緊急用の救命装置だ。素人でも扱える』

 梅木さんの言葉を頼りに、僕はAEDを探した。
 幸いなことに、バス停の近くに設置されていた。それを持ってきて女の人の傍らに置く。

『AEDは素肌に使うが、彼女はどんな服装だ?』
「ワンピース……頭から被るやつ」
「同梱のハサミで服を切れ』
「え、でも」

 ここは外で、この人は女の人だ。野次馬には男も混じっている――躊躇していると、またもや梅木さんが言った。

『周囲にいる女に協力を仰げ。女たちで囲んで、見えないように壁を作るんだ』
『不特定に呼びかけるんじゃなくて個人を名指しで。断れないようにするんだ』

 僕は人だかりの先頭付近にいる、人の好さそうなおばさん、僕と同じ中学の女子生徒、倒れている人と同じ年頃の女の人に向かって声をかけた。
 彼女たちは戸惑いながらも前に出て、女の人を好奇の視線から隠す壁を作ってくれた。

『よし、肌着の上から電極パッドをつけろ。あとはAEDの音声案内に従え』

 こくこくと頷きながら、僕は命じられるままに手を動かした。


 数時間後。
 僕は病院の待合室にいた。
 あの後、処置の最中に救急車が到着した。
 女の人の命は助かった。応急処置が的確だったからだと隊員の人たちに誉められ、僕は二重に嬉しかった。
 スマホの使用エリアに行くと、僕は梅木さんに事の顛末を報告した。

(梅木さん、すごいなぁ……)
 やっぱり大学生って違うな。
 感心しきりの僕は、梅木さんに尋ねた。
「ていうか梅木さんって、医者のタマゴとか?」
 あれだけ素早く正確な指示ができたのだから、ふつーにそう思ったのだけど――。

『んにゃ、違う』

 答えは意外なものだった。

「? じゃあそういう訓練を受けたとか?」
『いやいや。俺のツイッターのフォロワーに聞いたんだよ』
「へっ?」

 首を傾げる僕を見透かしたように、梅木さんはつらつらと答えてくれた。

『お前と会話してる時、パソコンで別の奴とスカイプしてたんだよ。
 そいつに事態を話したら、すぐさまツイッターのダイレクトメールで指示をくれて、それをそのまんまお前に伝えたってわけ』

 まじですか。

「その人、医療関係の人なんだ?」
『ちょい待ち。聞いてみる』

 少し間を置いて、返ってきたのはこの答え。

『……そいつも、フォロワーに聞いたのをそのまま俺に伝えたって』


 スマホを持ったまま、僕はぽかーんと呆気にとられていた。

 梅木さんのフォロワーさんも別のフォロワーさんから応急処置の方法を聞いたってことは、もしかしたらそのフォロワーさんもまた別のフォロワーさんから聞いて、そしてそのフォロワーさんも、とか……あ、ダメだ頭こんがらってきた。

(元を辿れば世界一周しそうだなぁ……)

 フォロワーという単語がゲシュタルト崩壊するのを感じながら、僕は思いつきを送信した。

「ハイクオリティ伝言ゲーム……」
『何だそれ?』
 梅木さんが訝しがるけれど、僕にも分からない。
 パッと浮かんだ言葉だ。

 本来なら伝言ゲームは、人を通せば通すほど、元の文章がめっちゃくちゃになっちゃうけど。

 この伝言ゲームは正確性を保ったまま、人から人へ伝わる。おそらく世界中に。

 改めて、僕は普段から接しているネットやSNSの凄まじさ――今回に限っては『素晴らしさ』って言うべきかな、そういうのを思い知ったわけで。

 そんなある日の出来事だった。
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