世界は万華鏡でできている

兎杜唯人

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流れ星に三度の願いをこめて

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リューイはぽつりぽつりと話し出した。
先日帰宅したときにフィーディスに養子のことを話したこと、強く拒否されたうえに好きだといわれ、そのまま抱かれたこと。
リューイは膝の上で手を握りしめて俯いた。

「…痛くて、嫌で…フィーディスは弟みたいだったのに、力とか体つきとか…俺と全く違うしなにより」

リューイのほほを涙が伝う。
指先でぬぐえばリューイは堪えきれなくなったか抱きついてきた。

「いやなはずなのに、感じていた俺がいたんだ。痛いし苦しいのに」
「…Ωとは、そういうものだ」
「それでも感じたくなかった!フィーディスは家族なんだ。なんで家族とセックスして、あげくに感じなきゃいけないの?俺はΩなんかにはなりたくなかったのにっ」

リューイの叫びが突き刺さる。
胸元を拳で叩かれ少し息を詰まらせるも泣きじゃくるリューイを強く抱き締めた。
どうしていいのかわからない。慰めの言葉など聞く耳持たないだろうし、ましてや傷つける以外にない。
誰もが望んで得た性ではないことは承知している。
自分はそういうものだとして生きてきた。まわりもそうだった。だから気にしたことはなかったがきっとこれがΩになったもののごく一般的な考えなのかもしれない。
リューイは受け入れていると勝手に思い込んでいたのだ。リューイの気持ちを聞いてただただ抱き締めるほかなかった。

「すまない…」

泣き声が収まりつつあるなか、抱き締める腕は緩めずにつぶやいた。
リューイはしゃくりあげ、なにも言えない。

「…俺にはどうしようもない…辛い想いをしたお前をどう慰めたものかすらわからない。こうして、お前が落ち着くまで抱くほかないのが悔しいな…」

ぐす、と鼻をすすりリューイは体を押す。されるままに腕を放してやればリューイはうつむいていた。
リューイ、と名を呼べば目元も真っ赤になり鼻水が垂れた顔をあげる。
リューイはなにも言わずにぐすっと鼻をすすった。
小さく息を吐き出し自分の服の袖で鼻水をぬぐう。

「…すまない」
「せんせーも、謝ってばっかだ」
「お前を傷つけてしまうことしかできないからな。辛いと叫ぶお前に適切な言葉すらかけてやれない。ただ、お前が落ち着くまでそばにいるしかできない」
「そばに、いてくれるの?」
「あぁ。お前に相応しい番が見つかるまで」

リューイは開きかけた口を閉じた。それは目の前の彼ではだめなのだろうか。
彼は自覚なく優しくリューイを突き放す。どうして、と思うもそれを聞く勇気はない。

「リューイ…ホットミルクを持ってくるからお前は少し湯に浸かるといい。ひどい顔になっているぞ」
「ちゃんと戻ってくる?」
「あぁ。言っただろう、お前が眠れるまでいると」
「うん」

額に優しく口づけ浴室へ行くよう促した。リューイは少しだけ不満げにしながらも素直に立ち上がり浴室へ向かった。
それを見届けて部屋を出る。
客室そばにはキッチンがある。客人が好きに使用できるもので、今の時期はパーティも開催されるためか食材はきらしていないはずだった。
キッチンで適当なマグカップを見繕いコンロにかけた鍋にミルクを注ぎ暖める。沸騰前に火を止めればカップに注ぎ一掬いほどの蜂蜜をいれた。
かき混ぜて溶かせばキッチンを出て部屋に戻る。ドアにかけられた赤いカメリアを見つめた。
客室を選んだのは母だろう。花の絵も様々に意味があるらしい。自分は興味がなく知らずにいたが知って損はないのかもしれない。あとで書物庫に行き見てみるかと思いながらドアを開けた。
まだリューイは出ていなかった。シャワーの音がする。

「リューイ、大丈夫か」
「…大丈夫」

テーブルにカップをおいてから浴室に向かい声をかければ少しの間のあとリューイの返答があった。
棚からタオルと夜着を出せば気づきやすいところにおいた。
それからしばらくして夜着を纏うリューイが戻ってきた。

「せんせ、これ」
「着るといい。客人用だ…少しおおきいが」

手足の裾は少し余りぎみである。
足元はカーペットもあるから寒くはないだろうがスリッパはあっただろうかと考える。
リューイは甘い香りに鼻をひくつかせテーブルにあるカップを手にした。
リューイの問いたげな視線に気付けばうなずきを返した。
カップを手にして息を吹き掛け少し冷ましてからすする。蜂蜜が入ったミルクがおいしい。

「リューイ、お前が無事なことを伝えようと思うが話すか?」
「…今は、無理」
「わかった」

リューイはちびちびとミルクを飲んでいる。
レックスにリューイの端末を託した。そのためリューイの番号を呼び出せばすぐにレックスの声がした。

『せんせいっ』
「遅くなってすまない。リューイだが」
『いた?怪我は?元気?』

矢継ぎ早に質問がくる。レックスの声の後ろからシルバの声もする。

「無事だ。ただ、少し憔悴していてな…家に戻りたくないらしい。数日療養をかねて俺の実家にいることになった…今は話したくないらしくて…声を聞かせてやりたいが、少し我慢してくれるか」
『リューちゃんが元気なら我慢できる。大丈夫…だいじょ』

声がだんだん震えて電話口で泣き出されてしまう。
それが聞こえたかリューイがカップを一旦置いてそばに近寄ってきた。
少しだけ彼も顔を曇らせている。その頭に手を置いて撫でれば電話口の声が変わった。

『先生、リューイは無事なんですね』

フィーディスである。声を聞いてリューイの空気が固くなった。

「あぁ無事だ」
『そうですか。レックス、シルバ、お顔がぐちゃぐちゃだよ。泣いてないで』
『だ、だって、リューちゃん無事だって』
『リュー兄会いたいよぅ』

リューイは口を開きかけるもそれを制して極力感情を押さえた声をだす。

「お前は自分の行動を省みた方がいいだろうな。リューイが戻るか否かはそれ次第だと思え」
『…さて、なんのことだか』
「反省しないならリューイは戻らない」
『わかりました。けど、リューイはあなたには渡せませんのでそのつもりでどうぞ』

電話口から聞こえたフィーディスの言葉の裏は読み取れない。
リューイは困惑を浮かべ通話をする顔を見上げた。そこに表情らしい表情はうかがえない。
表情のない彼にリューイはぞっとした。背筋を汗が伝っていく。
頭に優しく手を乗せられ目線を上げれば存外優しく見つめられた。

「リューイが話したいと言ったらまた連絡する。帰宅するまではピータのいうことを聞いておけ」

フィーディスの返事を待たずに電話を切る。
せんせ…と呼びかけると彼は小さくため息をこぼした。

「じゃじゃ馬にもほどがあるな」
「じゃじゃ馬って…フィーディス?」
「当たり前だ。レックスやシルバたちは年相応のはしゃぎっぷりだから特に気はしていない」

端末を机に放り投げてリューイと向き合った。
先ほどの表情のない顔が思い出されてしまう。

「すまない、本当は明日の夜にこちらへ来るつもりだったんだが…少し滞在が延びる。滞在するにあたって何かつらいことがあれば言うといい」
「うん…ありがと」

リューイが笑みを見せればわずかにほっとした表情を浮かべる。おとなしくベッドに上がればどうするのだろうかと振り向いた。
彼はベッド脇まで椅子を持ってきてそこに座る。もぞもぞとベッドに入って枕に頭を乗せれば体ごと彼を向いた。
本当にリューイが寝るまでそばにいてくれるらしい。

「せんせ…」
「うん?」
「レックスたちのお土産、買えばいいって言ったでしょ……俺にも何かくれる?」
「そうだな。俺の都合でここにきてもらっているわけだし…何か欲しいものがあるのか」

うなずきが戻ってくればリューイは上半身を起こした。
ほしいものは決まっているのだ。ねだっても怒られはしないだろうか。
どきどきとしながら口を開いた。

「せんせーの、名前が知りたい」

言ってしまった。顔を見るのが怖くて少し視線を落とす。
少し間があってから、笑い声が聞こえた。勢いよく顔を上げると目の前の彼は口元に手を当てて笑っているではないか。
見たことのないその笑顔に釘付けになる。

「そうか…お前は知らなかったんだな…すまない…」

ひとしきり笑ってからリューイを見た。リューイは緊張した面持ちでこちらを見つめている。

「ウィリディス。親しい者たちは、他者がいないときであればウィルと呼ぶ。古い言葉で"緑"を意味するらしい」
「……ウィリディス…」
「あぁ」

緑を意味するのだというその言葉はきっと彼の両目からきたのだろう。
名前を再度つぶやいてリューイは満面の笑みを浮かべた。

「うれしい…」
「そうか…ならば早めに伝えておけばよかったか。好きに呼ぶといい」
「うん!」

ウィル、とリューイは何度も呼ぶ。呼ばれた側はくすぐったくてならない。
行きずりの関係だったはずなのに、なぜか今共に暮らしている。肌を重ねて、彼の優しさも知ってしまった。
リューイは心の奥にほのかに灯ってしまったものに気づかないふりをする。

「…おやすみ、ウィリディス」
「おやすみ、リューイ」

布団をかぶりリューイは目を閉じる。
ウィリディスはリューイの寝息を確かめ、しばらくその寝顔を見つめていた。
クラートもフォートも他人がいる前で名を呼ぶことはない。
特別この名が示しているものはないが、言語学にも通じ、いろいろと有名な母がつけた名である。自分と同じ名を持つものはいないと自信を持って言えるほど、広まっているのが事実だった。
だからこそ、あまり誰かに呼ばれたくはないのだ。
リューイに呼ばれた名はどこかくすぐったくもある。友人たちに呼ばれているのと同じ響きがしているのになぜか違うように聞こえるのだ。

「リューイ…」

静かに名前を呼んだ。戻ってくる声は今はない。
頭を優しくなでて音を立てないように静かに部屋を出ていった。
夜遅いがまだフォートたちは起きているのだろうか。
部屋から離れた場所で同時通話機能をいれ、フォートとクラートへ連絡する。

『…教授、今何時だと思ってんだ』
『お前と違ってこっちは普通に仕事だぞ』

二人の低い声がそう時間をかけずに聞こえた。
眠りを邪魔された二人は完全に機嫌が悪い。

「すまないな…一応きちんと報告をすべきかと思って」
『リューイ、見つかったか』
「あぁ……無理やり、抱かれたらしい」
『あ~…あのリビングに残ってたのってやっぱ精液か』
『フォート、お前言い方にもほどがあるだろ』

フォートも彼の番とともに様子を見に来たらしい。
そういえばリビングの精液と血はそのままにしてしまったなと思い出す。失念していた。
クラートのほうではぎしっと音がした。ベッドから起き上がったようだった。

『それってあの年上のがきんちょだろ』
「あぁ…」
『すげぇな、お前に喧嘩売ってんじゃん』
『でもわりといいところの坊ちゃんらしいぞ』
『なんでそんなやつが孤児と暮らしてるの』
『家訓だと』
『は?』

クラートの言葉に首をかしげる。いつ喧嘩なんて売られただろうか。
クラートとフォートは互いにしゃべっている。
教授は鈍いと何度かぼやかれていた。

「…あいつは間違いなくα性の判定は出ているだろう。なんの思惑があって近づいたのかは知らないがかなり強力な…違法ギリギリラインのフェロモン抑止剤を服用してるな」
『げぇ。あれ副作用あるやつだろ。そもそもαもΩもフェロモン出すのは生命のあり方として当たり前なのにそれを無理矢理抑えるのは体に負荷しかかからないぞ』

クラートが眉を寄せる顔が浮かぶ。
フェロモンが出るのは致し方ないが、垂れ流しては周囲に迷惑をかけるしかないため、自分の意思でのコントロールが難しい場合には薬がある。
ある程度己の性にたいして慣れが出るとフェロモンを自分でコントロールができるようにはなるのだ。
リューイは恐らくそういったことは知らなさそうだと思いつつ、ため息をつく。
リューイのそばにいるために服用しているならば早めに止めさせなければならない。強い薬はそれだけ効果はあるが副作用も強いものだ。

『教授も大変だな』
『ここまでくるとリューイがあわれになる』
『賭けが賭けにならないもんな』
「なにを賭けたんだ」

二人の会話を途中から聞いていなかったが、二人が良からぬことを話しているらしいとはわかった。
ため息をついてからどうしたものかと考える。

『教授、お前がリューイをどう思ってるかは知らないし興味はないが関わったなら最後まで大事にしろよ?』
「番にでもしろと?」
『そうじゃない。お前が、後悔しないようにすごせってことだ』
『フォートの言うとおりだ。教授のことだからおそらくリューイにはあいつが幸せになれるような番を慎重に選ぶだろうが、それがリューイの幸せに直結すると思うなってこと』

おわかり?とクラートは聞く。
目を瞬き、少し間を置く。クラートのいうとおり、リューイには彼とともに幸せになれそうな番を探す気でいた。
リューイの幸せとはなんだろうかと考える。
レックスたちと暮らすことか、番と愛し合うことか。
わからない。

「…どんな相手なら彼は幸せだろうか…運命の番ならば惹かれあわずにはいられないだろうからそのほうがいいんだが」
『ほいほい運命の番がみつかるかよ』
『確かに。九割以上が見つけられないままなんだぞ。お前が探したところで見つかりはしないだろう』

呆れとあくび混じりの返事が戻る。
月が頂点から少し沈んでいる。遅い時間に連絡したのは自分だ。
話を引き伸ばしては二人に悪い。リューイが見つかったという報告はできたからそろそろ通話を切るのがいいだろうか。

『教授』
「なんだ」
『クロエが死んだときのお前は見ていられなかった。次あんな姿見せたらぶん殴るからな』
『それはいい案だな。けど、フォート、俺はみたことないから殴る前に写真は撮っておけ』
『頭に血が上ってなかったらな』

二人の会話が不穏である。
無言で通話を切りかけ直前に手を止めた。

「二人ともすまなかったな。おやすみ」
『ぇ、教授からすまないって?』
『それと。おやすみって…あんた、熱あるだろ!』

通話を切り、二人の声を遮断した。
端末をポケットにいれて廊下の窓から空を見上げる。
ビルの明かりがないこの場所は星がよく見える。フォートやクロエと出会わなかった本当にまだ幼いときは父に抱き上げられて星を見ていたらしい。
流れ星に願いを三回唱えたら叶うらしい。嘘かまことかわからないそのおまじないを、子供のときにしたことがある。
大切にできる人に会いたいと願った。その結果クロエに出会えた。だが、彼女はもういない。

「"今度こそ長くともにいられる番を"…」

小さく願いを呟いた。叶うとは到底思わない。
まずは目の前にいる子供達とリューイの幸せが先決である。
音をたてないようにリューイがいる客間へと戻っていった。
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