世界は万華鏡でできている

兎杜唯人

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流れ星に三度の願いをこめて 2

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目を開けば朝だと判明した。
思ったよりぐっすりと寝ていたようだ。
ごろ、と寝相を変えれば椅子に座ったまま目を閉じているウィリディスに気が付いた。
リューイが寝るまでそばにいたばかりか、そのまま寝ていたらしい。体を起こしてベッドから静かに降りて様子を見つめた。
寝息を立てている。足元にしゃがみこんで寝顔を見める。

「ウィル…ウィール…」

何度も名前を呼んではリューイの顔に笑みが浮かぶ。
むずかゆいけれどふわふわと心が温かくなる。

「俺、ちょろいよね…名前教えてもらったぐらいでこんなに喜んじゃうなんて」

足にそっと手を置いて少し背伸びする。
寝ているからいいだろうかと思案しそれでも止めることができない。

「ウィル…起きて」

口づけて目を覚ますのを待った。少しまぶたが動けばゆっくりと目が開く。
間近で見た緑色の瞳が朝日にきらめく。そのまま見続けていれば意識が浮上したらしいウィリディスの瞳が丸くなった。
リューイはその表情を見て満足したのか体を放した。

「おはよう、ウィル」
「あ、あぁ…元気になったのか」
「うん。ごめんね。大丈夫ってほどじゃないけど」
「そうか」

ウィリディスは自分の唇に触れた。なにかが触ったような気がするが気のせいだろうか。
リューイは洋服はないかと探している。

「リューイ、電話はできそうか」
「フィーディス以外なら」
「わかった。服を持ってくる。それまで話しているといい」

自分の端末のロックをはずしてリューイに渡す。リューイはそこから自分の番号を呼び出し、ベッドに腰かけて暫し待つ。
ウィリディスは部屋を出ていくとリューイの服を探しに行った。出かける用意をせずにここにきてしまったため、自分のものもそうだがリューイに必要なものが全く持ってない。
執事に頼むか、と朝の仕事をしているであろう場所へと探しに向かった。

『せんせ?おはよう』
「おはよう、レックス」
『……リュー兄!』
「しー…レックス、朝早いんだから。シルバやクラルスは?」
『今ね、隣にいるよ。シルバが起きた』
「そう…フィーディスは?」
『……ベッドじゃなくてソファで寝てる』
「わかった…」

電話口に出た声は眠そうであったがリューイの声を聴くと声に勢いがついた。
どれだけ心配をかけてしまったのだろうかと思う。
リューちゃん、と声がする。電話に出たレックスはどうやら端末をベッドに置いたらしい。音量を上げて全員にリューイの声が届くようになっているようだ。

『リューちゃん、元気?痛いところない?』
「ないよ、シルバ。ごめんな、三人に心配かけて」
『ううん』

大丈夫、と言いかけたのはレックス。少し言葉をもごもごとつぶやいているがリューイには届かない。
どうした?と聞き返せば少しの間端末の向こう側が静かになる。

『…ごめんね、リュー兄…俺たち今までなんも手伝ってこなかった』
「どうした、いきなり」
『僕たちが言うこと聞かないからリュー兄、怒って出て行っちゃったんだじゃないかって…思って』
『りゅーちゃ?』

クラルスの声が混ざる。レックスは、ずずずっと鼻をすすっている。
今度はリューイが何も言えなくなった。違う、そうではないのだ、と伝えたい。
レックスもシルバもリューイが働きに出ている間クラルスの面倒をよく見ていたと思う。本当は外で遊びたかっただろう。
確かに正直なところ三人に怒りを抱いたことはあった。でもそれを表には出さないように努めたし、気づかれていないだろうと思ってもいた。彼らといる時間が大事だったからだ。傷つけるようなことはしたくなかった。

「違うよ、レックス、シルバ…それは違う。二人ともクラルスの面倒いっぱい見てくれてるだろ?今回な…ちょっとフィーディスと喧嘩しちゃって、頭冷やすために俺が出ていったんだ」
『リューちゃんとフィーちゃんが喧嘩…?』
『どうして?二人とも仲がいいのに』
「うん…いろいろ、あったんだ」

詳しい話はできない。できるはずもない。
家族なのだと、少なくともリューイは思っていたのに、フィーディスからはそう思われてなく、無理やり体を重ねたことなど知る必要はない。知るにしても、まだ早い。

「少しだけ、せんせーと一緒にいるから…頭冷やして戻るよ」
『リューちゃん…』
「レックス、シルバ、クラルス。お土産買って戻るよ。何がいい?」

わざと明るい声を出した。
床に向けていた視線を上げればドアが開いてウィリディスが入ってくるところだった。

『僕ね、車のおもちゃと図鑑がいい!』
『図鑑といえばあの本きっと先生が買ってきてくれたんだよね』
『えほんー』

絵本?と首を傾げれば三人の声を漏れ聞いたウィリディスがうなずいた。
どうやらリューイの知らぬ間に買ってきたらしい。

「せんせーが買ってきてくれたみたいだよ。帰ったらちゃんとお礼してね」
『うん!』

ウィリディスには彼らの嬉しそうな声が聞こえているから必要ないかもしれない。
くすくすと笑って、また連絡するよ、と告げて通話を終えた。
ベッドに洋服を置いたウィリディスはリューイを見つめる。

「ウィル、ありがとう。みんな喜んでるみたいだよ」
「それは何より。服だが、俺がかつて着ていたものしかなかった…買いに行かせるにしても時間がかかるから、少しこれで我慢してくれ」

なんの装飾もない白いシャツとデニムのパンツ、リューイは体に合わせてみたがちょうどよさそうだった。
のそのそと夜着を脱いで着替え始めたリューイから視線を背け端末で連絡を確認する。
セリーニから、レナータが明日戻るときていた。フォートからピータがくるまでは番とともに泊まるが構わないかという確認である。
どちらにも返信していれば後ろから、ぐぅっ、と切ない音がした。

「朝食ができていた。食べに行くか」
「うん」

腹を押さえたリューイがうなずく。
連れ立って部屋を出れば食事があった部屋へと向かう。家族のみでの食事のため、自宅のリビングより多少広いその部屋にはコーヒーの香りが漂っていた。
父の好みで朝はいつもパンが並ぶ。様々な形のパンに好きな具材を挟んでサンドイッチにするのは母だし、兄はジャムを塗っていた。父はハムやチーズを好む。
両親と自分、そしてリューイの椅子が並ぶ。一つ足りない。

「兄さんは?」
「なんでも会社の方でトラブルがあったからとお前と入れ違いで都市へ向かった。パーティまでには戻ってくるそうだよ」

リューイは何で食べようかときょろきょろしている。
気になるものを見つけたのか視線が少し遠くへ行く。母の前にあるオレンジのジャムが気になったようだった。
とっていいだろうか、と考えているようでちら、とウィリディスに視線を向けた。
ウィリディスは父と同じくチーズとハムを乗せてそれを食べかけつつリューイからの視線に気づいた。

「…何か欲しいものがあったか?」
「えと…」

リューイは視線をジャムへと向ける。同じように視線をたどればジャムがある。

「母さん、目の前にあるジャムをリューイが欲しいようなんだが」
「あら、あらあら。はい、どーぞ。これねぇ、近くの農園のオレンジで作られてるの。少し酸味があるんだけど食べるとお口の中がさわやかになるわよぉ」
「あ、ありがとう…ございます」

ジャムを受け取り一口サイズにちぎった食パンにジャムを塗る。
ぱくりと頬張れば口の中にさわやかな酸味が広がった。生の果肉も入っており時折口の中でプチッとはじける。
おいしかったのだろうか、顔をとろけさせてまた食パンに塗って頬張っている。

「うまいか、リューイ」
「うん!すごくおいしい」
「そうか」
「ウィルは何が好き?」
「俺はあちらのクリームだな。あれも近くの農園で作られた牛乳をもとにしてできている」

目の前の二人の会話にアクティナは目を見開いた。
息子は名前を呼ばれるのが好きではない。彼は息子の名前を知らない数少ない存在だと聞いていたのにいったいいつ告げたのだろうか。

「アクティナ、本当に彼は特別なお客さんだね」
「…本当ね。私たちの息子のあんなに穏やかな顔はいつ以来かしら。リューイくん、このまま番にならないかしらぁ」
「難しいかもね、今のままだと」

そうよねぇ、とアクティナはつぶやく。
息子の穏やかな空気が好ましい。クリームをつけてパンを頬張る隣の彼に感化されたのだろうか。

「おいしかった」
「それはよかったわ。で、今日はどうするの」
「研究書を持ってきてないからひとまずリューイの服を買いにいく」

リューイは隣の顔をみた。
買いに行ける場所は少し遠いという。それよりもむしろ自分のせいで彼を突発的につれてきてしまったのだと理解した。
彼は大事な研究をしているというのに、帰りたくないと自分がわがままを言わなければ今日もきっと研究室に行けていたのだろう。

「ごめんなさい…」
「なにを謝る?」
「研究の邪魔をして」
「…いい。今はお前の方が大事だろう。拾ったものの面倒は見なければな」

大事と言われリューイの顔が赤くなる。だが彼のことだからきっとそこに変な意味はないだろうと思い直せばリューイは顔を曇らせた。
アクティナは二人のやり取りを見つつわずかに笑う。

「ねぇ息子くん。その子貸して?」
「母さんはなにするかわからないからだめだ」
「なにもしないわ」
「それでも」
「新しい研究書が入ったわ、大昔のものも。どう?」

ウィリディスは言葉につまる。読みたいという欲求が強くある。
しかしリューイをひとりにはしたくない。迷う様子を見たリューイは笑い口を開いた。

「俺なら大丈夫だよ、ウィル。俺のせいで研究を止めてるわけだし、気にしないで」
「ほら、彼もそう言ってるし」
「…リューイ」

ね?と笑いかければ迷った末にウィリディスはわかったとうなずいた。
変なことはしないように、と母に強く告げる。大丈夫よ、とうなずかれて食事を終える。
リューイが使う客間に戻りつつウィリディスはリューイを見下ろした。ふとリューイが顔を上げて目があった。

「ね、ウィル。そばに農園とか牧場あるの?」
「あぁ…都市部へ買い物に行くのは時間がかかりすぎるから昔から周囲で営んでいる」

それを聞いたリューイの目が子供のように輝いた。行きたいのだろうか。
しばらく見つめあっていればどのみち時間はあることを思い出す。うなずいて見せれば、ありがとう!と嬉しそうに笑った。

「母さんのことだから何も変なことはないと思うが…」
「大丈夫。むしろ俺がいっぱいウィルのこと聞くかもよ?」
「聞いても面白いことはないぞ」
「そんなのわからないじゃん」

客間に着けば自分は出かける用意をしなければならない。
無言でリューイを見ていたが、リューイのほうは鼻歌まじりにベッドのほうに向かう。
そのあとを少しだけ足早に追いかけ、リューイの腕をとる。いきなりのことに目を丸くして振り向いたリューイを抱きしめて耳元に唇を寄せた。

「ひゃっ?!う、ウィル…なにして…」
「…一応、念のため、だ…」
「なにが」

リューイの言葉は途中で切れた。そのやわらかな耳たぶを軽く食めばリューイは肩をすくめる。
舌を差し入れてなめればリューイから小さく声が上がる。やめさせようと腕にリューイの手が触れるがまったく力が入っていない。

「ゃ…せんせ…」
「…すまない」
「もう…どうしたの?」

頬を少し上気させリューイは見上げる。ウィリディスは自分でも困惑していた。理由はなんとなく、こうであろう、とは思っているのだがそれを口にするのは憚られる。
嫌な気持ちにさせてしまったのだろうか、とリューイが眉を下げるのが見えた。

「母さんのことだから、変なことはしないとは思っているんだが…」

リューイのほほに触れれば眉を下げたそのままの表情で見つめてくる。
いま一度触れそうになる自分を抑えて手を放す。

「番のいないαは俺と母さんたちだけだ。リューイに手出しされないように、少し匂いをつけた。いやだったろう?」
「へ…」
「しいて言うならばマーキングというやつか」
「は…?」

開いた口がふさがらない。わかっているのかいないのか、彼の言葉にリューイのほほは火照りっぱなしである。
ドキドキとする胸を必死でなだめながらぐいぐいとその体を押して部屋の外に出す。

「ほら、早く服買いに行かないと本読むひまなくなるよ?」
「そうだな」
「俺なら大丈夫…ね?」

ウィリディスはリューイを見つめる。子供扱いされているようでリューイはむずかゆい。
大丈夫だよ、ともう一度告げるとようやくウィリディスは部屋を出ていった。扉を閉めてリューイはしゃがみこむ。
口から心臓が出そうだった。本人はきっと自覚などしていないだろうが、マーキングされたリューイからしてみると、彼の母親と話すだけで嫉妬でもされたのだろうか、なんて思ってしまう。
リューイの身を案じてだと思う。それでもうれしかった。心配をかけてしまうのは本意ではないが、彼の気持ちがうれしいのだ。
噛まれた耳たぶに触れて小さく息を吐き出した。自分ではどのくらいαの香りがついているのかなんてわかりはしない。ただ、彼の香りがあるというのはうれしく思えた。

「リューイくん、入るわねぇ」
「はーい」

客間の扉が開けば後ろにメイドを従えたアクティナがいた。
彼女はメイドたちを先に部屋に入れる。リューイはメイドたちがテーブルの上に紅茶のポットやカップを並べていくのを見つめた。
皿には小さなチョコレートがいくつも並んでいる。

「チョコはお好き?」
「…食べることあんまりなかったけど、甘いものならたいていは好き、です」
「ふふ、息子くんいないから緊張してるのね?」

アクティナは楽し気な様子である。メイドはテーブルセッティングを終えると静かに部屋を出て行ってしまった。
アクティナと二人きり、リューイは緊張の面持ちである。

「実はね、リューイくんに都市での息子くんの話を聞きたかったの。いいかしら」
「ウィ…せんせーのこと?」
「あら、名前で呼ばないの?」

アクティナは首を傾げた。座って、と示されてリューイはテーブルのそばの椅子に腰かける。
アクティナも椅子を持ってきてはリューイの正面に座った。自らポットを手にしてリューイのカップに紅茶を注ぐ。甘いキャラメルの香りが漂った。

「いいのよ、名前で呼んでも。息子くんが教えたのでしょう?」
「…呼ぶのは、せんせーと二人きりのときがいい…」

ぽつりとリューイはこぼした。先ほど朝食の時に名前で呼んでいたが目の前にいたはずの自分や夫であるアカテスの姿は眼中になかったということか。
ふふ、と笑っているアクティナをリューイはどうしたのだろうかと見つめてくる。どうやら自覚はなかったようだ。

「そうなの。なら、二人きりのときに呼んであげて。きっと喜ぶわ」
「そうかな…そうだと、いいけど」

名前を教えてもらって浮かれているのは自分である。嫌がられてもいないし、呼べば返事もしてくれる。
喜んでいるかどうかはまた別の話だろう。

「さぁ、リューイくん。お昼の時間まで私にいろんなことを教えて頂戴ね」

アクティナはカップを手に微笑んだ。
リューイは少し圧に飲まれながらうなずいた。
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