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流れ星に三度の願いをこめて 3
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ウィリディスの母アクティナに言われ、リューイはぽつぽつと出会ってからのことを話し出す。
繁華街区ですれ違ったときにリューイが突発的に発情し、ウィリディスに抱かれたこと、悪どい企業に騙されたところをフォートとともに救いに来たこと、同居しはじめたこと、リューイが熱を出したときに病院に泊まってくれたこと。
アクティナは話を聞きながら内心では舌を巻いていた。思ったより二人の関係は強かった。本人たちにその意識は全くないようだが、外から見ていればわかる。
「息子くんが誰かのためにそんなことをするとは思っても見なかったわ。クロエちゃんがいたときもそこまではしなかったのに」
「あのっ…クロエって…せんせーの、死んじゃった運命の番…?」
「そうよ。息子くんとフォートくんの幼馴染でかわいらしい子だったわ。彼女の発情のときに堪えきれなくてうなじを噛んで番にしたようだけどそのあとΩ病で亡くしたわ」
リューイは息を止めた。
手を握りしめて黙りこむリューイを見つめながらアクティナは紅茶を飲んだ。
息子の研究の始まりを知らなかったのだろうか。だが、彼はクロエの名も彼女がどんな関係だったかも知っている。研究のきっかけを知らないはずはない。
「息子くんは、彼女のようなΩを出したくないから、と研究をはじめたのよ。高校から大学、大学院まで独自に情報を集めて研究していたわ。あの研究所はできてまだ五年ほどだけどあそこにいるΩの何人かは実験で功績も出すほどの子たちよ」
「Ωなのに…?」
「ふふん、うちの息子くんの教育のたまものね」
アクティナは自慢げに言った。
Ωは確かに身体能力的にもそれ以外でもαやβよりも劣っている。だが、それはあくまでも基礎能力値の話である。
Ωも環境さえ整えれば何度も何度も繰り返し学び成長していくことができる。学んで失敗して、褒められて叱られて、繰り返し積み上げていくことは何も問題なく行えるのだ。
それゆえに、息子の研究室に入ったΩは、最初のほうこそ失敗ばかりしているものの一年もたてばβなみに実験の成功頻度もあがり結果を出すまでの過程すら自分一人で出していける。今ではαの研究者顔負けの予想や実験結果をだすものもいた。
「"自分はΩだから、とあきらめているから何もできないんだ"っていうのが息子くんの持論なのよね」
「せんせーらしい…」
「確かにΩ性をもっていればできないことのほうが多くあるかもしれないわ。けど"Ωだから"っていうのに甘えているだけじゃ何も変わらないのよ」
「すごいな…俺も、そうなれるかな」
「なれるかなれないか、は自分次第ね」
アクティナはチョコを一粒とった。四角い形の、ラズベリーの粉末がかかったものである。
中にはガナッシュが入っている。口にいれればラズベリーの香りが広がった。
リューイは紅茶を飲んでから真っ白いチョコレートをとる。それを頬張っては、チョコの甘さに幸せそうに顔をほころばせた。
「私たちの…ではないわね。アカテスの一族の考え方なのよ。性別に関係なく、それが人である以上その営みは守られるべきだし、その営みを守るためならば力を持つものは正しく力を奮い、守る義務がある、ってね」
「…Ωが、己で己の体を道具とするならばともかく、力を持つαがそれを食い物にするのは許せないってせんせーは言った…」
「力は正しく奮われてしかるべきもの。弱者を踏みつけるためには使わないってのが、この一族の考えなのよ」
アクティナは微笑んでいた。
アカテスの一族とは言っていたが、ともに暮らし子供をもうけた以上彼女の一族でもあるのではないだろうか。
そんなリューイの小さな疑問を感じたかアクティナはほんの少し眉を下げて告げた。
「私はね、アカテスが好きで、自分もαだからこうやってともにいて、息子くんたちを産むことができたけど、歓迎はされていないのよ」
リューイは目を丸くする。
βの両親がいたリューイには縁遠い世界なのだ。他人であるリューイから見てもアクティナもどう見ても仲がいいように思える。
α同士はいがみ合うものと思っていたリューイには予想外だったが、実際は違ったのだろうか。
紅茶のカップを置いてアクティナは口を開いた。
「私の両親はα、Ωなのよ。α同士から生まれたαではないから歓迎はされないの」
「でも、その…せんせーのお父さんは」
「ちゃんと愛してくれてるし、私に心もくれてるわ。ともにいてほしいと言われたときなんて夢かと思ったもの」
目を閉じればありありと思い出せる。いつも穏やかに笑う彼が緊張した面持ちで小さな箱を取り出して口を開いたときのことを。
反対もされたし、Ωから生まれたαが、より優秀なαを産めるわけはがないとまで言われた。
期待に反して生んだ子供二人はαで、名を知らぬものがいないほど優秀だった。
「私やアカテスが都市から離れてる理由ご存じ?」
「生き神様とか…」
「あらまぁ…ふふ、違うわ。あ、その部分もない訳じゃないの。でも、一番は"Ωに会わないため"」
アクティナの言葉にリューイは少し息を止めた。
発情期を迎えたαとΩの間に生まれる運命の番、意図せず発情するΩとその香りに抗えないα、それを避けているのだ。
「アカテスが好きよ。だからこそ、私も、アカテスも、Ωを抱くのが許せない…」
「α同士で、惹かれあうこともあるんだ…」
「人間だからね。元々男と女しかいなかったわけだし」
「…なら、男が男に惹かれるのはおかしい…?」
リューイの言葉に再度チョコへ伸びかけた手が止まる。その顔を見ればわずかに赤い。
瞬き、やがて頭が言われたことを理解すればアクティナは笑った。おかしいはずはない。
三つの性が生まれる前だってきっといただろう。男同士のみならず女同士もいたはずだ。
「好きになるのに性別は関係ないわ。もちろん種の存続なんてものを持ち出されたらなんともいえないけど、そんなものどうにでもなるもの。血の繋がらない子供を育てる親もいるわ、自分の子供を手放す親も、他人の代わりに産む親も。存続なんてあんがいどうにでもなるのよ。ただ愛は等しくそこにある。好きになることを禁じるなんて無理だわ」
「なら…俺は…」
アクティナは顔の赤いリューイを少しからかいたくなった。あとで息子にばれたら叱られるだろうか。そうは思いながらも尋ねるのをやめられなかった。
「息子くんが好き?」
「そそそ、そんなんじゃなくて」
「隠さなくてもいいわよ」
明らかに動揺してリューイは首を振る。
見ていれば聡いものは気づく。リューイの、息子を見つめる瞳に宿る思慕の情と、見つめ返す息子にちらつく愛しげな色に。
リューイはどうしたものかと視線をさ迷わせたあげく温い紅茶を一気飲みした。
「好き、なのね?」
「…わかんない。せんせーを見ているとドキドキもして、名前呼ばれたらふわふわと幸せになって、抱かれたらすごく気持ちよくて…もっと触れたくなる。それが、好きっていう感情なら好きなんだと思う」
「あらあらぁ…ふふ、幸せねぇ」
「でも、せんせーは、俺がせんせー以外と番になるのを望んでる…」
リューイは赤い顔から一転してその表情を曇らせた。
再度熱い紅茶を注ぎながらリューイから目を離すことはしない。
息子から彼の番を探したいと言われたときは二人を見てはないために探すことに対しうなずいた。だが、ここにきて彼ら二人の間に芽生えかけたものを知ってしまった。
手を出すのは野暮だが、関わった以上そのまま流すのもしたくはない。悩ましいことである。
頬に手をあて少し首を傾ける。これが自分ならどうしたろだうかと思うものの、相手に突撃する勢いで向かっていくだろうなと考えた。
リューイはそれをしそうにないし、息子もそれを受け止めはしないだろう。自分とアカテス、リューイと息子は違うのだ。
「それにせんせーもいつかαとの間に子供作るんでしょ。なら、その時俺はそばにいられない」
「…あの子にそれを強制はしてないわ。あの子の兄にもね」
「なんで?」
「まぁ、お兄ちゃんは俺が家を継ぐからお前はΩと、って話だったのよ。クロエちゃんと早い段階から相思相愛だったのは目に見えていたしね。ただクロエちゃんのいないあの子がどうしたいかはわからないわ」
リューイの瞳にわずかに希望が見えた。わかりやすいわね、と笑う。
リューイがそばにいたいならそうすればいいのだ。息子も成人している。親のいうことはそう簡単には聞かないだろう。
「あの子が幸せなら私はなにも言わないわ。アカテスもきっとそう。だからリューイくん諦めなくていいわよ」
アクティナの言葉にリューイは目を丸くする。ややあってから小さくうなずいた。
だが彼を引き取りたいという家族があるのだ。まだ息子にすら伝えてはいない。まだしばらく返事は保留にしている。
それからアクティナは息子との生活について根掘り葉掘りリューイに尋ねた。リューイは話せることは話したが、熱を出したリューイのために病院に泊まったことはやはり驚きだったようである。
さらに何度抱かれたとかどんな風に抱くのか、と赤裸々に聞かれてしまいリューイは真っ赤になった。さすがに話せないと断ればひとつだけ聞きたいとねだられた。
なにを話せるだろうか、なにを話したら迷惑でないだろうかとリューイは必死に考えた。
「せんせー…俺のこと抱きながらたくさん名前呼んで手握って、見てくれるから、好き…俺、せんせーのあの緑の目が大好きなんだ…きらきらして、色が変わって見えて、万華鏡みたい。一色なのに、あの目のなかにいろんな色が見えるんだ」
リューイは嬉しそうに話した。そんなところまで見ているのかとアクティナは驚く。
自分とアカテスの間に生まれた子にしては驚いたことに緑色の目をもって生まれてきた息子である。
自分たちの子供ではないと陰口を少なからずたたかれることがあるのも知っていた。彼自身緑の目を快くは思っていないことがあることも知っていた。
「すごくきれいだなっていつも思う。せんせーが楽しそうに笑う顔見てみたいなって…そう思う」
「…リューイくん、息子くんが大好きなのね」
「え、そ、そういうわけじゃなくて…」
「息子くんには秘密にしておくわね。うふふ、リューイくんかわいいわぁ。新鮮ね」
リューイはぱくぱくと口を動かすも恥ずかしすぎて言葉が出てこなかった。
思わず語ってしまった。今は話題の人物がいないために気を抜いてしまった上に目の前にいるのは彼を知る母親である。
しばらく何も言えないリューイを見ながらアクティナは楽し気である。なかったことにしてしまいたかった。
恥ずかしくなって頬の火照りを抑えようとする姿はかつての自分にはなかったものゆえに珍しくもあり、そしてうらやましくもあった。自分もリューイのようにアカテスを好きだと言えていたのだろうか。
「本当に…うらやましいわ」
「え…」
「私、あなたのように恋をしていたらもっとかわいげもあったかしら」
リューイは何も返答できなかった。アクティナも返答を期待していたわけではなかったのか、このチョコおいしいわよ、とリューイにチョコレートを差し出してくる。
緑色をしているから、お茶でも使っているのだろうか。チョコを受け取り頬張ってみれば苦みがある。どうやら中身にお茶を使っているらしかった。
もごもごとチョコを味わいながらアクティナの言葉を待つ。
恥ずかしいわね、と彼女は笑った。
「Ωに会わないようにここに一緒にいてくれて、使用人たちはαもΩもどちらも番持ち。誕生日には特別なプレゼントだってくれる…それ以上を望んだら罰がきてしまいそうだわ」
αの両親からうまれたαもいたのに、彼は自分を選んでくれた。ただそれだけで満足するべきなのだ。
リューイはチョコを食べきると少し言葉を探す。自分では彼女と生きてきた年数も生まれたときからの覚悟も違う。
「望んで罰なんか当たらないと思う…そんなこと言ったら俺、もうとっくに罰を受けてるし」
「リューイくん…」
「せんせーに一緒に暮らすかって言われてそれだけでも十分すぎるのに、俺のために大事な研究放り出させてしまったし…俺以外の子供のことも考えてくれるんだから…願ってもみなかったことばっかりで、それに俺にはいい番を見つけてくれるって」
リューイは笑っていた。しかしそれはいびつで、泣きだしそうになっているのを堪えているのがありありとわかった。
「せんせーが、俺が幸せになることを望むなら、俺はせんせーじゃない誰かと番になって幸せにならないとね。俺たちにしてくれたことをそんな程度で返せるなら俺はどこにでも行くよ」
アクティナは静かに紅茶のカップを置いた。紅茶をすすっては次はどのチョコを食べようかと悩む目の前の青年を見つめる。
ふつふつと、息子に対しての怒りがわいてくる。鈍いとは思っていたし、目の前のことにしか意識が向かない性格をしているのも理解していた。
だが、さすがにこれは、と思うのである。息子に対して口出しはしてこなかったが、彼はあまりにも健気すぎるのではないか。
バンッと大きな音を立てて机を立てばリューイは目を丸くして見上げてくるし、何事かと外に控えていたメイドが飛び込んでくる。
「…リューイくん、チョコを食べきってまだほかにほしいものがあればそこのメイドに言いなさい。新しいものを用意してくれるわ」
「は、はい…」
「私、用事を思い出したから少し席を外すわね」
「わかりました…?」
アクティナは足音荒く部屋を出ていく。部屋に飛び込んできたメイドと視線を合わせ首をかしげる。
何か彼女の気に障ることをしてしまっただろうか。少し考え込んでいれば、紅茶はいかがですかと声をかけられた。
「大丈夫です。おいしかったです」
「では、いったん下げますね」
「ありがとうございます」
食器が下げられれば部屋に一人になる。先ほどアクティナは何か怒っていたようだがどうしたのだろうか。
椅子から立ち上がり広い部屋を見回す。何をしようかと考えた。しかし掃除も行き届いているためにすることがない。ベッドに倒れこんでリューイは目を閉じた。
一方アクティナは息子の姿を探した。少し離れた場所に買い物のための施設は作ってある。そこに行ったにしてもそろそろ戻ってくる時間であった。
思った通り、戻ってきた息子はアクティナとリューイが部屋で話していることを聞くと新しく入った本を読みに書物庫へと向かったという。プリプリしながら歩いていれば正面からアカテスが目を丸くして歩み寄ってきた。
「ティナ?メイドたちが奥様が怖い顔しているって言いに来たよ。どうしたの」
「…アカテス、かわいい息子だといえども頭にくるわ。あんないい子の気持ちを…」
「ティナ」
名前を呼ばれ抱き寄せられアクティナは言葉を飲み込んだ。
よしよし、と幼子にするかのように頭を撫でられてささくれだった心が宥められる。
「ティナ、息子はとっくに成人しているよ。それにリューイくんと彼の間に僕ら親は入るべきではない。わかるね?二人の間に割り込むのは、僕とティナの間に他人が入り込むのと一緒だよ?」
「わかってるわ…でも」
「ティーナ」
それ以上は言わない、とばかりに唇に指をあてられる。眉を下げて抱き着けば、よいしょと抱き上げられた。
横抱きにされ肩に顔をうずめる。
「ティナ、大丈夫だよ。僕らの息子は間違えてもちゃんと正解をつかんでいけるから。ね?優しく見守ればいいよ。法を犯してしまったときに、αとしての力の使い方を間違えてしまったときに、僕らは叱ればいい」
「……それで幸せになれるかしら」
「何が幸せかは当人にしかわからないよ」
抱き上げられたまま廊下を進んでいく。そのまま二人の部屋にたどり着けばベッドに静かに下ろされた。
優しいアカテスの瞳がアクティナを映し出す。
「信じてあげて、ティナ。僕らの息子と、そのそばにいる彼のことを」
「…アカテスがそういうなら」
「いい子。ところでティナ。僕にも紅茶をいれてくれるかい?君が手ずからいれた紅茶ほどおいしいものを僕は知らない。リューイくんだけになんてずるいだろう?」
「えぇ、もちろん。あなたのためにもっとおいしい紅茶をいれるわ」
「アッサムがいいな」
「ミルクたっぷりでね?」
にこ、とアカテスはうなずいた。
アクティナに優しく口づけて身を引く。アクティナは体を起こせばアカテスのために最高の一杯をいれようと心に決めてキッチンへと向かって行った。
繁華街区ですれ違ったときにリューイが突発的に発情し、ウィリディスに抱かれたこと、悪どい企業に騙されたところをフォートとともに救いに来たこと、同居しはじめたこと、リューイが熱を出したときに病院に泊まってくれたこと。
アクティナは話を聞きながら内心では舌を巻いていた。思ったより二人の関係は強かった。本人たちにその意識は全くないようだが、外から見ていればわかる。
「息子くんが誰かのためにそんなことをするとは思っても見なかったわ。クロエちゃんがいたときもそこまではしなかったのに」
「あのっ…クロエって…せんせーの、死んじゃった運命の番…?」
「そうよ。息子くんとフォートくんの幼馴染でかわいらしい子だったわ。彼女の発情のときに堪えきれなくてうなじを噛んで番にしたようだけどそのあとΩ病で亡くしたわ」
リューイは息を止めた。
手を握りしめて黙りこむリューイを見つめながらアクティナは紅茶を飲んだ。
息子の研究の始まりを知らなかったのだろうか。だが、彼はクロエの名も彼女がどんな関係だったかも知っている。研究のきっかけを知らないはずはない。
「息子くんは、彼女のようなΩを出したくないから、と研究をはじめたのよ。高校から大学、大学院まで独自に情報を集めて研究していたわ。あの研究所はできてまだ五年ほどだけどあそこにいるΩの何人かは実験で功績も出すほどの子たちよ」
「Ωなのに…?」
「ふふん、うちの息子くんの教育のたまものね」
アクティナは自慢げに言った。
Ωは確かに身体能力的にもそれ以外でもαやβよりも劣っている。だが、それはあくまでも基礎能力値の話である。
Ωも環境さえ整えれば何度も何度も繰り返し学び成長していくことができる。学んで失敗して、褒められて叱られて、繰り返し積み上げていくことは何も問題なく行えるのだ。
それゆえに、息子の研究室に入ったΩは、最初のほうこそ失敗ばかりしているものの一年もたてばβなみに実験の成功頻度もあがり結果を出すまでの過程すら自分一人で出していける。今ではαの研究者顔負けの予想や実験結果をだすものもいた。
「"自分はΩだから、とあきらめているから何もできないんだ"っていうのが息子くんの持論なのよね」
「せんせーらしい…」
「確かにΩ性をもっていればできないことのほうが多くあるかもしれないわ。けど"Ωだから"っていうのに甘えているだけじゃ何も変わらないのよ」
「すごいな…俺も、そうなれるかな」
「なれるかなれないか、は自分次第ね」
アクティナはチョコを一粒とった。四角い形の、ラズベリーの粉末がかかったものである。
中にはガナッシュが入っている。口にいれればラズベリーの香りが広がった。
リューイは紅茶を飲んでから真っ白いチョコレートをとる。それを頬張っては、チョコの甘さに幸せそうに顔をほころばせた。
「私たちの…ではないわね。アカテスの一族の考え方なのよ。性別に関係なく、それが人である以上その営みは守られるべきだし、その営みを守るためならば力を持つものは正しく力を奮い、守る義務がある、ってね」
「…Ωが、己で己の体を道具とするならばともかく、力を持つαがそれを食い物にするのは許せないってせんせーは言った…」
「力は正しく奮われてしかるべきもの。弱者を踏みつけるためには使わないってのが、この一族の考えなのよ」
アクティナは微笑んでいた。
アカテスの一族とは言っていたが、ともに暮らし子供をもうけた以上彼女の一族でもあるのではないだろうか。
そんなリューイの小さな疑問を感じたかアクティナはほんの少し眉を下げて告げた。
「私はね、アカテスが好きで、自分もαだからこうやってともにいて、息子くんたちを産むことができたけど、歓迎はされていないのよ」
リューイは目を丸くする。
βの両親がいたリューイには縁遠い世界なのだ。他人であるリューイから見てもアクティナもどう見ても仲がいいように思える。
α同士はいがみ合うものと思っていたリューイには予想外だったが、実際は違ったのだろうか。
紅茶のカップを置いてアクティナは口を開いた。
「私の両親はα、Ωなのよ。α同士から生まれたαではないから歓迎はされないの」
「でも、その…せんせーのお父さんは」
「ちゃんと愛してくれてるし、私に心もくれてるわ。ともにいてほしいと言われたときなんて夢かと思ったもの」
目を閉じればありありと思い出せる。いつも穏やかに笑う彼が緊張した面持ちで小さな箱を取り出して口を開いたときのことを。
反対もされたし、Ωから生まれたαが、より優秀なαを産めるわけはがないとまで言われた。
期待に反して生んだ子供二人はαで、名を知らぬものがいないほど優秀だった。
「私やアカテスが都市から離れてる理由ご存じ?」
「生き神様とか…」
「あらまぁ…ふふ、違うわ。あ、その部分もない訳じゃないの。でも、一番は"Ωに会わないため"」
アクティナの言葉にリューイは少し息を止めた。
発情期を迎えたαとΩの間に生まれる運命の番、意図せず発情するΩとその香りに抗えないα、それを避けているのだ。
「アカテスが好きよ。だからこそ、私も、アカテスも、Ωを抱くのが許せない…」
「α同士で、惹かれあうこともあるんだ…」
「人間だからね。元々男と女しかいなかったわけだし」
「…なら、男が男に惹かれるのはおかしい…?」
リューイの言葉に再度チョコへ伸びかけた手が止まる。その顔を見ればわずかに赤い。
瞬き、やがて頭が言われたことを理解すればアクティナは笑った。おかしいはずはない。
三つの性が生まれる前だってきっといただろう。男同士のみならず女同士もいたはずだ。
「好きになるのに性別は関係ないわ。もちろん種の存続なんてものを持ち出されたらなんともいえないけど、そんなものどうにでもなるもの。血の繋がらない子供を育てる親もいるわ、自分の子供を手放す親も、他人の代わりに産む親も。存続なんてあんがいどうにでもなるのよ。ただ愛は等しくそこにある。好きになることを禁じるなんて無理だわ」
「なら…俺は…」
アクティナは顔の赤いリューイを少しからかいたくなった。あとで息子にばれたら叱られるだろうか。そうは思いながらも尋ねるのをやめられなかった。
「息子くんが好き?」
「そそそ、そんなんじゃなくて」
「隠さなくてもいいわよ」
明らかに動揺してリューイは首を振る。
見ていれば聡いものは気づく。リューイの、息子を見つめる瞳に宿る思慕の情と、見つめ返す息子にちらつく愛しげな色に。
リューイはどうしたものかと視線をさ迷わせたあげく温い紅茶を一気飲みした。
「好き、なのね?」
「…わかんない。せんせーを見ているとドキドキもして、名前呼ばれたらふわふわと幸せになって、抱かれたらすごく気持ちよくて…もっと触れたくなる。それが、好きっていう感情なら好きなんだと思う」
「あらあらぁ…ふふ、幸せねぇ」
「でも、せんせーは、俺がせんせー以外と番になるのを望んでる…」
リューイは赤い顔から一転してその表情を曇らせた。
再度熱い紅茶を注ぎながらリューイから目を離すことはしない。
息子から彼の番を探したいと言われたときは二人を見てはないために探すことに対しうなずいた。だが、ここにきて彼ら二人の間に芽生えかけたものを知ってしまった。
手を出すのは野暮だが、関わった以上そのまま流すのもしたくはない。悩ましいことである。
頬に手をあて少し首を傾ける。これが自分ならどうしたろだうかと思うものの、相手に突撃する勢いで向かっていくだろうなと考えた。
リューイはそれをしそうにないし、息子もそれを受け止めはしないだろう。自分とアカテス、リューイと息子は違うのだ。
「それにせんせーもいつかαとの間に子供作るんでしょ。なら、その時俺はそばにいられない」
「…あの子にそれを強制はしてないわ。あの子の兄にもね」
「なんで?」
「まぁ、お兄ちゃんは俺が家を継ぐからお前はΩと、って話だったのよ。クロエちゃんと早い段階から相思相愛だったのは目に見えていたしね。ただクロエちゃんのいないあの子がどうしたいかはわからないわ」
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アクティナの言葉にリューイは目を丸くする。ややあってから小さくうなずいた。
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リューイは嬉しそうに話した。そんなところまで見ているのかとアクティナは驚く。
自分とアカテスの間に生まれた子にしては驚いたことに緑色の目をもって生まれてきた息子である。
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「すごくきれいだなっていつも思う。せんせーが楽しそうに笑う顔見てみたいなって…そう思う」
「…リューイくん、息子くんが大好きなのね」
「え、そ、そういうわけじゃなくて…」
「息子くんには秘密にしておくわね。うふふ、リューイくんかわいいわぁ。新鮮ね」
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思わず語ってしまった。今は話題の人物がいないために気を抜いてしまった上に目の前にいるのは彼を知る母親である。
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恥ずかしくなって頬の火照りを抑えようとする姿はかつての自分にはなかったものゆえに珍しくもあり、そしてうらやましくもあった。自分もリューイのようにアカテスを好きだと言えていたのだろうか。
「本当に…うらやましいわ」
「え…」
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緑色をしているから、お茶でも使っているのだろうか。チョコを受け取り頬張ってみれば苦みがある。どうやら中身にお茶を使っているらしかった。
もごもごとチョコを味わいながらアクティナの言葉を待つ。
恥ずかしいわね、と彼女は笑った。
「Ωに会わないようにここに一緒にいてくれて、使用人たちはαもΩもどちらも番持ち。誕生日には特別なプレゼントだってくれる…それ以上を望んだら罰がきてしまいそうだわ」
αの両親からうまれたαもいたのに、彼は自分を選んでくれた。ただそれだけで満足するべきなのだ。
リューイはチョコを食べきると少し言葉を探す。自分では彼女と生きてきた年数も生まれたときからの覚悟も違う。
「望んで罰なんか当たらないと思う…そんなこと言ったら俺、もうとっくに罰を受けてるし」
「リューイくん…」
「せんせーに一緒に暮らすかって言われてそれだけでも十分すぎるのに、俺のために大事な研究放り出させてしまったし…俺以外の子供のことも考えてくれるんだから…願ってもみなかったことばっかりで、それに俺にはいい番を見つけてくれるって」
リューイは笑っていた。しかしそれはいびつで、泣きだしそうになっているのを堪えているのがありありとわかった。
「せんせーが、俺が幸せになることを望むなら、俺はせんせーじゃない誰かと番になって幸せにならないとね。俺たちにしてくれたことをそんな程度で返せるなら俺はどこにでも行くよ」
アクティナは静かに紅茶のカップを置いた。紅茶をすすっては次はどのチョコを食べようかと悩む目の前の青年を見つめる。
ふつふつと、息子に対しての怒りがわいてくる。鈍いとは思っていたし、目の前のことにしか意識が向かない性格をしているのも理解していた。
だが、さすがにこれは、と思うのである。息子に対して口出しはしてこなかったが、彼はあまりにも健気すぎるのではないか。
バンッと大きな音を立てて机を立てばリューイは目を丸くして見上げてくるし、何事かと外に控えていたメイドが飛び込んでくる。
「…リューイくん、チョコを食べきってまだほかにほしいものがあればそこのメイドに言いなさい。新しいものを用意してくれるわ」
「は、はい…」
「私、用事を思い出したから少し席を外すわね」
「わかりました…?」
アクティナは足音荒く部屋を出ていく。部屋に飛び込んできたメイドと視線を合わせ首をかしげる。
何か彼女の気に障ることをしてしまっただろうか。少し考え込んでいれば、紅茶はいかがですかと声をかけられた。
「大丈夫です。おいしかったです」
「では、いったん下げますね」
「ありがとうございます」
食器が下げられれば部屋に一人になる。先ほどアクティナは何か怒っていたようだがどうしたのだろうか。
椅子から立ち上がり広い部屋を見回す。何をしようかと考えた。しかし掃除も行き届いているためにすることがない。ベッドに倒れこんでリューイは目を閉じた。
一方アクティナは息子の姿を探した。少し離れた場所に買い物のための施設は作ってある。そこに行ったにしてもそろそろ戻ってくる時間であった。
思った通り、戻ってきた息子はアクティナとリューイが部屋で話していることを聞くと新しく入った本を読みに書物庫へと向かったという。プリプリしながら歩いていれば正面からアカテスが目を丸くして歩み寄ってきた。
「ティナ?メイドたちが奥様が怖い顔しているって言いに来たよ。どうしたの」
「…アカテス、かわいい息子だといえども頭にくるわ。あんないい子の気持ちを…」
「ティナ」
名前を呼ばれ抱き寄せられアクティナは言葉を飲み込んだ。
よしよし、と幼子にするかのように頭を撫でられてささくれだった心が宥められる。
「ティナ、息子はとっくに成人しているよ。それにリューイくんと彼の間に僕ら親は入るべきではない。わかるね?二人の間に割り込むのは、僕とティナの間に他人が入り込むのと一緒だよ?」
「わかってるわ…でも」
「ティーナ」
それ以上は言わない、とばかりに唇に指をあてられる。眉を下げて抱き着けば、よいしょと抱き上げられた。
横抱きにされ肩に顔をうずめる。
「ティナ、大丈夫だよ。僕らの息子は間違えてもちゃんと正解をつかんでいけるから。ね?優しく見守ればいいよ。法を犯してしまったときに、αとしての力の使い方を間違えてしまったときに、僕らは叱ればいい」
「……それで幸せになれるかしら」
「何が幸せかは当人にしかわからないよ」
抱き上げられたまま廊下を進んでいく。そのまま二人の部屋にたどり着けばベッドに静かに下ろされた。
優しいアカテスの瞳がアクティナを映し出す。
「信じてあげて、ティナ。僕らの息子と、そのそばにいる彼のことを」
「…アカテスがそういうなら」
「いい子。ところでティナ。僕にも紅茶をいれてくれるかい?君が手ずからいれた紅茶ほどおいしいものを僕は知らない。リューイくんだけになんてずるいだろう?」
「えぇ、もちろん。あなたのためにもっとおいしい紅茶をいれるわ」
「アッサムがいいな」
「ミルクたっぷりでね?」
にこ、とアカテスはうなずいた。
アクティナに優しく口づけて身を引く。アクティナは体を起こせばアカテスのために最高の一杯をいれようと心に決めてキッチンへと向かって行った。
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真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
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