世界は万華鏡でできている

兎杜唯人

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流れ星に三度の願いをこめて 4

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リューイのいる客間へ入ればリューイはメイドたちとおしゃべりをしていた。
メイドはこちらに気づくと、それでは、とリューイに告げ一礼して部屋を出ていった。リューイはメイドを見送り近づいてくる。

「いい本あった?」
「あぁ」
「そっか」

リューイは自分のいない間楽しく過ごしていたようだ。
服を買ってきて執事に預けたがまだここには来てないようである。
ついでにパーティ用の服も見繕ってもらっているからだろうか。

「ウィル、あのさ」
「どうした」
「その…パメラさん、はいる?」
「あぁ。どこか具合でも悪いのか?」

心配そうに見つめる瞳を見て慌てて首を振る。
そうではないのだ。恥ずかしいことながら傷のあるところに薬を塗らなければならない。しかしそれを目の前の、自分が好意を抱いた相手にさせるわけにはいかないと思ったのだ。

「…傷、薬塗らなきゃいけなくて…その」
「薬ならば俺が…」

いうとは思った。リューイは真っ赤になる。
ウィリディスはそこで気づいた。薬を塗らなければらない傷のある場所とはそういうことか。
思わずリューイから顔を背けてしまう。

「そうか…入浴後で構わないなら呼んでおく」
「ありがと」

二人の間に気まずい時間が流れた。
このままではいけない、とウィリディスは端末を取り出した。確かピータから連絡があったのだ。
メールを呼び出して画像をだす。

「リューイ、ほら」
「ぇ?なになに」

声をかけ端末を差し出せばリューイは傍らから覗きこむ。
そこにはパンケーキにかぶりつくレックスとシルバが写っていた。画像を切り替えればクラルスが小さなパンケーキにフォークを刺している。
ピータと作ったらしい。ほかにも型抜きしたパンケーキや、焼いているときの画像が添付されていた。
だがそこにフィーディスはいない。

「楽しそう」
「作るか?」
「今?しばらくしたらごはんだよ?」
「なら明日にするか」
「そうしよう。でもウィルは本読みたいよね」

こちらを見上げる瞳に陰りが見える。確かに読みたくないわけではない。
期待されたような視線に苦笑すれば静かにうなずいた。

「明日ならかまわない」
「いいの?」
「リューイも作りたいのだろう?明日も残念ながら暇だ。退屈しのぎにはいいだろう」
「ありがとう、ウィル!」

リューイの表情がぱっと明るくなる。ウィリディスはほっとした。
タイミングよく執事が先ほど購入した服とパーティで着るための服を持ってきた。
服を受け取りベッドに置けばリューイがそれを見る。

「こちらがお前の服、それからこっちはパーティ用のスーツだな」
「ありがとう。ぁ、ネクタイじゃないんだ」
「あぁ…お前はそこまでかしこまる必要はないだろうからな」

それと、と一番下に置いていたものを出してリューイに渡した。
受け取ったリューイは目を大きくした。それはクラートの病院から歩いて帰る途中に見つけた着物である。
厳密に言えば少し色合いが異なっているがリューイの目を引いた着物と同じ柄であった。帯や着物用の下着類まである。
言葉なくウィリディスを見つめた。

「服を探していたらちょうど目に入った。お前のその…瞳に合いそうだと思って、つい」

リューイはまじまじと着物を見つめた。
ここまでしてもらっていいのだろうか。だがうれしいと思った。腕に着物を抱えて涙ぐむ。

「いや、だったか…?」

耳に入るウィリディスの声は心配そうだった。いやじゃない、と言葉なく首を振る。
嫌なはずがあろうか。自分はまだこの着物を身にまとえるほどできた人間ではないが、これを着るためにもっと成長しなければと思えた。

「ありがとう、ウィル。すごくうれしい…大事にするね」
「そのうちに着せて見せてくれるか?」
「…うん」

着物を見つめ嬉しげな顔にウィリディスはわずかに笑んだ。
ベッドに着物を広げてリューイはただただ言葉なく見つめた。
仕立てのよい着物である。縫い目も整い、生地の裁断も丁寧に行われたようだ。
手触りもいい。リューイの鼓動が早くなる。こんな贈り物をもらえるなんて誰が想像しただろうか。

「リューイ、そろそろいくか」
「どこに?」
「昼食だ。母さんが今日は天気がいいから外で食べると」

窓の外へ目をやる。まぶしいほどの日差しが降り注いでいた。
まるでピクニックだな、と思う。着物を畳み直してから二人揃って部屋を出た。
朝食をとった部屋の前を通りすぎ、アクティナに抱き締められた玄関を出た。
外は快晴である。空を見上げながらリューイは目を細めた。
ウィリディスは先を歩いていく。館の脇にスペースがあるらしい。
そこは花壇に囲まれた場所だった。今の時期の花が咲き、甘い香りが漂う。
白いテーブルには色とりどりのフルーツやサンドイッチが並ぶ。
もちろんトーストもならび、ジャムやクリームもある。小さなお菓子もあった。
甘いものばかりではなく、ハムやチーズのはいったものもある。

「…よほどリューイが気に入ったんだな」
「そうなの?」
「朝、お前がジャムを食べて幸せそうにしていただろう?だからだ。客にはとことん甘い」
「あら、息子くんは食べたくないの?ならリューイくんだけでもいいのよ?」

メイドに促され席につけば当たり前のようにウィリディスは隣に腰を下ろした。
メイドたちが紅茶を注ぎ、サンドイッチを取り分けた。
四人に皿と紅茶がまわれば、メイドはその場を去る。アクティナとアカテスの手元に鈴があるからなにか用事があればそれで呼ぶのだろう。
屋敷の中まで聞こえるのだろうか、とリューイは思った。

「さ、リューイくん食べて。おかわりもあるし、好きなものがなかったら取るから言ってね」
「息子くんも」
「ありがとうございます」

まずは皿に乗せられたサンドイッチを頬張る。
中身はチーズと新鮮な野菜だ。チーズはとても濃厚で、先日作ったパンにいれたらレックスやシルバたちが喜びそうだと考える。

「ねぇ、せんせ…」
「なんだ」
「このチーズ、もらっていけるかな。ほら、パン作ったときにみんなあれいれたいこれいれたい、って言ってたでしょ」
「……帰るときに準備しておく」
「ありがとう」

嬉しそうなリューイはまたサンドイッチを頬張る。ウィリディスの目の前でアカテスは微笑んでいた。
それを見てしまい少し食べる手を止める。母ほど何も言わないが父の顔はすべてお見通しだよ、と言っているように思える。
声をかけることなくウィリディスもサンドイッチを食べた。紅茶にレモンをいれて香りを移してから一口飲んだ。
香りのたつそれは母が手ずから淹れたものだとわかる。母は母でリューイを見てニコニコとしている。

「普段は何を食べてるの?」
「ピータさんと作った食事です。俺以外の子供もみんな好きだから」
「ピータの食事はおいしいのよねぇ」

私も好きよ、とアクティナは微笑んだ。ピータはどうやらこの家にもともと仕えているらしい。
なるほど、βならばαやΩの様々な性事情には飲まれにくい。
傍らでもくもくとサンドイッチを頬張る姿を盗み見た。知らないことがまだまだある。もっと知りたいとリューイは思った。
しばらく四人での食事が進む。リューイは満腹になるまで食べ終えれば満足そうに笑った。

「リューイくんから息子くんの話もっと聞きたいわぁ」
「だめだ。リューイ」

ともに食事を終えたウィリディスが立ち上がる。おいで、と手を差し出されればアクティナとその手を見比べた。
アクティナは口元に手を当てて笑っていた。どうやら行っていいらしいと判断する。
差し出されている手を握れば席を立ちあがり屋敷へと向かって行く。アクティナとアカテスは二人の背中をほほえましく見送った。
廊下を歩きがてらリューイはしっかりと握られた手へと視線を向けた。こんなことをされるのは初めてである。何も言わないが彼は怒っているのだろうか。

「ウィル…?」

小さく名を呼べば足が止まる。ややあってから手が離れた。それまでそこにあったぬくもりが離れてしまうととたんに寂しさがリューイを襲う。
そろっと顔を覗き見してみればそこには予期せぬ表情があった。
わずかに恥ずかしそうな顔、リューイは目を丸くする。どうして彼がそんな表情をするのかがわからない。

「とりあえず、部屋戻る?あ、俺ウィルの部屋見てみたい」
「見ても面白いものはなにもないぞ」
「そんなことないよ」

返答があればリューイは笑う。気を取り直してウィリディスはリューイを伴って自室へと向かった。
適度に掃除が入っているためかそこにほこりや塵一つ見受けられない。
部屋に入られたときに触れられたくないものはしまい込んでいるし、本当に重要なものは都市の住居のほうへ運んである。
机と椅子、大型の本だなが三つ、それからベッドとクローゼット、ソファしかない。まさしくシンプル。生活感がまったく見られない部屋である。

「入らないのか」
「いいの、入って」
「俺の部屋を見たいと言ったのはお前だろう」
「うん、そうだけど」

リューイは恐る恐る部屋に入る。
何歳までウィリディスはここで生活していたのだろうか。部屋を見回し、机の上に写真立てがあることに気づいて近寄った。
そこにある写真には三人の幼児が写っていた。揃いのセーラー服を着ている。
写真立てを手にしてまじまじと見つめていれば後ろから手が伸びてきてそれをとった。

「ウィル…」
「俺とフォート、それからクロエだ」
「ごめん、勝手に」
「いや、出しっぱなしにしていたのは俺だ。リューイが気にするようなことではない」

写真を見つめる瞳はどこか陰りがある。それもそうだろう。もう三人そろうことはないのだから。

「クロエさんって……ウィルの」
「あぁ。気になるか」
「…気になる。ウィルのこと…やってる研究だけじゃなくて全部知りたいから」

リューイの言葉に豆鉄砲でも食らったかのような顔をする。
話したくないわけではない。リューイには研究のきっかけも話したし、母との話の中で出たのかもしれない。
リューイを伴ってソファに座る。写真立てをいじくりながらウィリディスは言葉を選びつつリューイに話をした。

「クロエは、フォートと同じく俺の幼馴染だった。茶色の髪と少しくすんだ赤い目の少女で、穏やかで運動が苦手だった」

写真立てのなかの彼女は笑っている。
滅多に怒ることはなく、また泣くことも少なかった。とはいえ悲しみの感情がなかったわけではない。
誰にも見られない場所で静かに泣いているのだ。
そんな彼女を探しては何も言わずにそばにいるのが常だった。

「いつのころからか、俺はクロエを好きになっていた。フォートに言わせると周囲にはばればれだったらしい。うまく隠せていたと思ったんだがな…」
「ウィルは、クロエさんのどこを好きになったの」
「…今考えてみてもわからない。気づけばクロエとともにいるのが当たり前になっていて、ともにいることに対して安らぎもあった。クロエに名を呼ばれればうれしい心地がしたし、ただ、そこでクロエとともにあれればよかったという感じだな」
「そうなんだ」

リューイは視線を足元に落とした。ぶらぶらと揺らしながら言葉を探す。
リューイの様子に気づかずウィリディスは少し口元に笑みを浮かべた。フォートとクロエとともにいたあの学生のころが一番幸せだった時間ではないだろうか。
クロエは自分を見つけるたびに嬉しそうにほほを染めたし、ほかの女子生徒のように変に媚びてくることもなかった。優しい性格をしていたのだ。

「…俺自身αの判定が出たのは検査の初年度だった。それからずっと、クロエがΩであることだけを望んでいた自分もいた」
「番にしたかった?」
「そうだな…率直な気持ちはそうだったのだろう。Ωの判定を受ければどれだけ大変かは知っていたつもりだったが…それでも、αである自分のそばにいてもらうためにはクロエがΩであることが一番だったからな」

リューイはウィリディスを見つめた。
昔を懐かしむその瞳はとても慈愛に満ちていた。うらやましい、と思ってしまう自分がいた。
唇を引き結んで続きを待つ。

「思った通り、クロエはΩで安心もした。学校に残ると決めた彼女をどんなものからも守ろうと思っていた。発情したクロエに我慢できず抱いてから自分たちが運命の番だとわかったんだ」

耳をふさぎたくなった。それでも自分は知りたいのだ。
自分が好意を抱いた彼が何があって研究をしだしたのか、そこにある思いすら全部まとめて好きになりたいのである。
ウィリディスは写真立てを膝に置けばリューイの頭に手を置いた。勢いよく顔をあげたリューイの瞳はわずかに揺らめいている。
自分のことを知りたいと言った彼は何を考えているのだろうか。自分も誰かに聞いてほしくて話し出してしまったわけだが、リューイの様子が気にかかる。
リューイは頭からウィリディスの手を放して握り締めた。

「続きは…?」
「…運命の番だとわかった翌日、クロエは学校に来なかった。前日かその日の朝か、Ω病を発症して集中治療室に入った。そしてそのままクロエは二度と戻ってこなかった。俺のところにはもちろん、クロエの両親のところにも。クロエの墓はあるが、そこにクロエはいない」
「どうして…?死んだらみんな…」
「まれな症状がみられたから、クロエの体は国の研究機関に保存されている」
「…人間の体をなんだと思ってるの…孤児じゃなくて、ちゃんと家族もいたんでしょ?!」
「国からしてみれば希少な研究素材だ」

リューイはひくっとのどをならした。そんなことがまかり通っていいはずがない。
当人や家族がそれにうなずいたのならまだしも、ウィリディスの言葉が正しいのならば許可など得ていないのではないか。
リューイの顔色にウィリディスは彼が何を感じているのか察した。

「クロエとクロエの両親に約束した。必ずΩ病の原因を突き止めて解決する、と。母と父にも掛け合った。俺が原因を突き止め、薬を作ることができたら国に圧力をかけて今も保存されているクロエの体をクロエの両親に返すと」
「…国に圧力ってウィルの家っていったいなに」
「それは知らなくていい」

リューイはほほを膨らませてそっぽを向く。しかしすぐに眉を下げた表情をウィリディスに向けた。
リューイの表情にウィリディスはただならぬものを感じた。

「リューイ、お前が何か憤りを感じることはないし、俺やフォートの気持ちを受け止める必要はない。割り切れているわけではないが、俺は今クロエを取り戻すことに集中できているからいいんだ。その過程でΩを救える」
「嘘」
「嘘ではない」
「嘘ばっかり。ウィル、泣きそうだよ。クロエさんのことが今だって大事なんでしょう?大事で好きで、失いたくなくて…ねぇ、ウィル。俺、どうしたらいい?俺のことを助けてばかりのウィルを、どうしたら助けられる?ウィルのつらくて重くて悲しい気持ちを、どうしたら受け止められる?」

リューイに服をつかまれてそんなことを告げられる。まったく予期していなかったことだ。
顎に手を添え顔を向けさせれば涙が浮かんでいる。クロエのことはリューイにとっては赤の他人であり、関係ないというのにどうしてそこまで思うのだろうか。
目元を静かに撫でて苦笑する。

「リューイ」
「レックスもシルバも、ケガしたり何か痛いのを我慢しているときは隠そうとするんだ。俺に心配かけたくないからって。今のウィルもそれと同じだよ」
「子供と一緒には」
「一緒。俺、二十歳だって言っても、やっぱり子供なんだね。支えたい人すら支えられない」

リューイは手を伸ばしてウィリディスを抱きしめた。泣くまい、とこらえていた涙があふれてくる。
泣いてしまっては彼に迷惑ではないだろうか。知りたいと言ったのは自分である。決して軽い気持ちで聞いたわけではないが、自分が想像していたはるか上の話だった。
背中にウィリディスの腕が回る。髪をなでられてリューイはもっと泣きそうになった。
優しい腕の感触が今はただただつらかった。
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