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一歩下がって四歩進んで見たそこは違う景色だった 4
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「ねぇ、先生、リューちゃんには内緒ね」
そうレックスとシルバに言われてウィリディスは少し戸惑った。
二人は顔を見合わせて少し間をおいた。それからウィリディスを向くと恐ろしいほどに真剣な顔をする。
「先生、俺たちお金がほしい。お仕事ちょうだい」
「ほしいものか?リューイにカードを渡してあるからそれを使えばいいだろう」
「違うよ。リュー兄にプレゼント買いたいの。だから先生のカードじゃだめなの」
ウィリディスは目をぱちくりした。
それはレックスとシルバに部屋の角に引きずられて言われたことだった。
二人は真面目な顔でウィリディスを見上げる。しゃがみこみ目線を合わせた。
「そうか…俺から仕事はない。ピータに話をつけよう。ピータの手伝いに応じてお前たちに見あった金額を支払おう。目標はどのくらいだ」
「あのね」
二人にこそこそと耳打ちされる。二人がほしいのはガラスペンらしかった。
リューイの目の色とそっくりな色をしており、名前も刻めるらしい。二人はリューイへのお礼にそれがほしいのだという。
手伝いでは足らなさそうだと判断する。
どうしたものかとウィリディスは考える。
「クラルスとね、手紙は書いてるの。でも、リューちゃんはいままで自分のほしいものを買わなかったからせめて…」
「リュー兄に、寂しい思いはしてほしくないから」
ウィリディスはほほえましく思った。
ただ二人にお金を渡すだけでは満足しないだろう。
少し考える。今のものではないが、昔の実験結果の一覧を整理してもらうか、と思った。
ファイルがぐちゃぐちゃになってしまったもので日付別にしてもらえばいいだろう。中身の整理まで頼んではかなり鬼の所業となる。
「レックス、シルバ、さっきからせんせーとなんの話してんの?」
「なんでもないよ!」
「そうそう、なんでもない!」
レックスとシルバは慌てて立ち上がる。ウィリディスをチラ見して助けを請うように眉を下げた。
ウィリディスも立ち上がれば二人の頭に手をおいた。
「昔の実験結果を二人にまとめてもらおうかと思ってな」
「大丈夫なの?難しくない?」
「まとめると言ってもばらばらになったものを並べるだけだから心配はいらない。難しくもないから二人にもできるだろう」
「やったー!」
嬉しそうにレックスとシルバが笑う。
リューイはほんの少し心配そうな顔をするものの二人の意思を尊重したのか迷惑をかけないようにと伝える。
二人は大きくうなずいてからウィリディスを振り向いた。
「ありがとう、先生!がんばるね!」
「あぁ、そうしてくれ」
レックスとシルバは二人そろって駆けていく。広げたおもちゃを片付けに行くのだろうか。
リューイは二人を見送ってからウィリディスを見つめた。ウィリディスも見つめ返す。
「巣立っていくようだな」
「…ほんと。って、何が」
「あの二人のほうから仕事が欲しいと言っていた。養子先は裕福な家だ。今でなければ金の稼ぎ方を学べないだろう。将来有望だな」
リューイは少し視線をさまよわせる。きゅっと唇が引き結ばれてうつむいた。
レックスとシルバの意思は尊重されてしかるべきである。成長を喜ぶことをリューイはしたいらしいが、まだ信じられない気持ちもあるようだった。
「まだ子供だと思ってたんだよなぁ」
「お前もまだ子供に足先が入っているだろう」
「うーん…それもそうなんだけど。でも、レックスもシルバも、リューちゃんって呼んで頼りにしてくれるのがうれしいし、幸せな気分だったんだ」
「お前は少し早いが子供を持つ親の気持ちを味わったんだな。いつか子供は親のもとから巣立たねばならない。子供にしがみついていたら子供は空を飛べないぞ」
リューイはウィリディスを見つめて少し泣きそうに笑った。そうだね、とつぶやいては手を握り締める。子供たちよりもリューイのほうが寂しさを強く感じているらしい。
悩んだ末にリューイの髪を乱した。顔をあげたリューイを見つめて笑う。
「二度と会えないわけじゃないと言っただろう……全員一緒に引き取れるような家族を探してやれずにすまない」
「ウィルのせいじゃないよ。安心できる引き取り先を見つけてくれただけでも俺はうれしいの」
「だが、一緒ならばお前も安心できただろう?」
リューイは苦笑してから首を振る。自分はΩであることがすでにわかっている身だ。
ただでさえ面倒なΩという自分は未分化の子供を引き取ってくれるという家族にとってなおのこと面倒にしかならないだろう。
目を閉じてレックス、シルバ、クラルスの顔を思い浮かべる。
「俺きっとみんながここを出ていくとき大泣きするかも」
「ふむ、それは面白いものが見られるかもな」
「俺の泣き顔何回みたの、ウィル」
リューイは不満をあらわにする。
さて何回だったろうか、ととぼけたウィリディスは絵本を抱えて走ってくるクラルスに気づけばそちらに向かう。新しい絵本を読んでほしいようである。
リューイはウィリディスとクラルスの姿を見つめながら嘆息する。顔合わせはもう明日だというのに自分の心は千々に乱れたままである。
喜ばしいことだと頭ではわかっている。だが心の奥底では離れたくないのだとも思っていた。
「整理できるかなぁ、俺…意外とみんなのほうがすんなり行っちゃいそうな気がする」
「リュー?さっきから一人で百面相してるけど何かあったの」
本を抱えたフィーディスがいぶかし気に声をかけてきた。
顔をあげてフィーディスを見つめる。リューイに好きと言いながら彼は寂しくないのだろうか。いや、そんなはずはない。
眉間にしわを寄せてフィーディスをにらむかのようなリューイを見てフィーディスは近寄ってくる。
「リュー、本当にどうしたの」
「…明日の顔合わせ」
「うん」
「俺のほうが寂しくなってきちゃったの」
「……そんなリューもかわいくて好きだなぁ」
フィーディスは笑いながらそんなことを告げる。
リューイは言葉が続かない。フィーディスは床に本を置いてからリューイを抱きしめてくすくすと笑う。
寂しいというリューイが愛しい。フィーディスに抱き着いたリューイがたまらなく恋しい。
リューイの頭にほほを寄せてフィーディスは優しく囁いた。
「大丈夫…離れてもすぐに会えるから。寂しいのなんてほんの一瞬だよ。ね、リュー、今やることないなら俺に勉強教えて」
「フィーディスは俺より頭いいくせに」
「でもリューに教えてもらいたいの。だめ?」
「……だめじゃない」
「やった。じゃぁあっちで教えてよ。それから俺にも本読んで」
「お前は子供じゃないくせに」
「子供だよ。自分の欲しいものに対して貪欲な子供…」
フィーディスの言葉にリューイは少し面食らう。穏やかに笑って、ここがわからないんだけど、と本を指さすその横顔は到底子供には見えない。
子供だというのならばもっとわがままでもいいと思うのだ。
「フィーディス」
「なに、リュー」
「お前も欲しいものあったらちゃんと俺に言えよ?今までだって何一つ言ったことないんだから」
「ほしいものなんてたくさんありすぎて困るよ」
フィーディスは苦笑する。ほしくてほしくてたまらないものは目の前にある。
フィーディスに向けてくれる笑顔も優しく自分の名前を呼ぶ声も、全部ひとり占めしたい。けれどレックスやシルバたちに向ける笑顔も好きなのだ。
フィーディスが膝に広げた本を指さしながらリューイは解説を入れていく。
「聞いてる?」
「聞いてるよ」
「俺ばっか見てるじゃん」
「…だって、リューが好きなんだもん。しかたないでしょ」
好きだというとリューイは困ったような顔をする。困らせたいわけではないのだが、言葉にしなければリューイにはわかってもらえない気もしている。だから何度も言うのだ。
フィーディスはリューイの手に自分の手を重ねた。
「好き…リューが、大好きだよ」
ただ優しいだけの声。リューイに何かを求めているわけではないことがわかる。
触れた手はとても熱く感じるが、フィーディスはそれ以上リューイに触れようとはしてこない。いっそのこと攫ってしまおうかなんて考えたことも今日が初めてではない。
眠るリューイに口づけて何度だって愛を囁いた。触れれば触れるほどリューイへの気持ちはあふれてやまない。
「俺が欲しいのはリューだよ…願わくば、俺のそばで笑って愛を告げてほしい。それほどまでにリューが好き」
「…レックスやシルバもいるんだから少しは隠せよ」
「いやだ。俺の気持ちは隠せば隠すほどあふれるよ」
リューイの手を取って幸せそうに笑うフィーディスにそれ以上の言葉はでない。
リューイはため息をついてフィーディスの好きにさせていた。リューイの指先に触れたフィーディスははっとしてリューイの顔を覗き見る。
「ねぇ、リューこそほしいものないの?リューにもほしいものがあるなら俺頑張って働くよ」
「ほしいものねぇ」
フィーディスにそう言われてリューイは少し考えた。すぐに思いつくものではないがほしいものと言われればいろいろ出てくる。
例えば音楽を自由に聞ける機械、端末も新しいものに変えたい。洋服だってアクセサリーだってほしいと思う。一人でいる時間も欲しいかもしれない。
たまには外に出て何も気にせずに遊びまわりたい。
「たくさんあるよ。俺わがままだし」
「リューのわがままはわがままじゃないよ」
「じゃ、一日だけフィーディスがピータさんのお手伝い全部して?」
「なんだそんなこと。いいよ」
あっさりと承諾した。リューイは拍子抜けしつついいのだろうかとドキドキする。
「なんだったらレックスたちの面倒も見るから一日リューはフリーでも」
「いいの?」
「うん。とはいっても明日は俺たちも顔合わせあるわけだからそのあとってことだけど」
「いつでもいい!」
リューイは身を乗り出してフィーディスを見つめた。
その瞳はよほどうれしいのかいつになく輝いてみえる。かわいい、と心の内で連呼しながらフィーディスはにこにことうなずいた。
「いいよ、リューの自由にして。レックスたちにもちゃんと言っておくから。出かけてもいいし、一日ベッドの上でごろごろしてもいいし。自由にリューも過ごして」
「ありがとう、フィーディス。楽しみにしてる!」
「うん」
リューイのテンションがあがったのが目に見えてわかりフィーディスは顔のゆるみがおさまらない。
もっと喜ばせたい。もっと笑顔になってほしい。次は何をしたらリューイは喜んでくれるのだろうかと考える。
うきうきとしているリューイを見つめ本を閉じた。もう何かを教えている気分ではないだろう。
「リュー、明日の準備があるから今日は早く寝ようね」
「うん。寝不足でひどい顔していたら印象よくないしな」
「クラルスたちは緊張してないのかな」
「してないみたいだよ。今のところは、だけど。俺のほうがよっぽど緊張してるよ」
「大丈夫だよ。リューはいつものままでいて?」
フィーディスの言葉にうなずいたリューイだったがやはり約束の時間前になると落ち着きはなかった。
そわそわとリビングを歩き回るリューイを先ほどからクラルスが眺めている。
レックスとシルバもどことなく落ち着きがないように見受けられるがリューイほどではないようだ。
ウィリディスはリューイの肩に手を置いてその歩みを止めさせた。不安げに見上げてくる瞳を見下ろして大丈夫だと告げる。
「どの家族も人柄もしっかりしている。この子たちの嫌なことはしないだろうし、向こうも緊張しているだろうから」
「それは、わかってるんだけどさ…」
「リュー兄、大丈夫だよ。俺たちちゃんといい子にできるから」
「そういうことでもなくて」
「リューは俺たちが新しい家族と仲良くできるか心配なんだよね」
「うーん、それは…」
レックスが口ごもる。シルバがレックスと手を握り合って小さく息を吐いた。
そろそろ時間である。
クラルスを腕に抱いてリューイはエレベーターを見つめた。
やがて階層表示が動き出せばこのフロアで止まる。
「こんにちは、教授」
「やぁ、教授。相変わらず不愛想な顔をされてますね」
「こんにちは」
エレベーターを降りてきたのは四つの家族である。
いずれも身なりがいい。年はおおよそウィリディスと同じくらいといったところだろうか。
きょろきょろと見知らぬ顔を見回していたクラルスが声をあげた。
「こんにちは」
「…あなたは」
リューイの目が丸くなる。四つの家族の内一人だけ見知った顔があった。
公園で、リューイたちと出会ったあの大きな犬を連れた男性である。
「わんわん!」
「はは、クラルスくんはそっちばっかりだな」
知り合いだったのかとウィリディスが見てくる。
「教授に養子の話を聞いたときに犬好きの子供だったらいいなと思っていたんですけど、もしかしてクラルスくんかな」
「いいなぁ、クラルス…」
「知ってる人だもんね」
「これから知り合いになるんだよ」
クラルスはリューイの腕から降りるととことこと彼のそばに寄っていく。
わんわん?と首をかしげながら彼の周りをくるくるとして姿を探す。
「今マンションの下にいるよ。クラルスくんに会えたらうれしいと思うよ」
「いぬ、会うー!」
「レックスとシルバの家族は…?」
「誰かなぁ」
シルバとレックスはリューイの後ろに体を隠してこちらを見る大人たちを見上げている。
日に焼けた夫婦、ひげを蓄えた男性と丁寧に髪を結わえた女性の夫婦、残るはスーツ姿のまだ若い夫婦である。
「銀行家のドゥーカス夫妻、スポーツクラブオーナーのペトラキス夫妻、教員のアンディーノ夫妻、それからロシ夫妻だ。シルバはドゥーカス夫妻、レックスはペトラキス夫妻、クラルスはアンディーノ夫妻、フィーディスはロシ夫妻と」
「レックス、シルバ、ほら、挨拶は?」
紹介された夫婦のもとに二人はそろそろと歩み寄る。フィーディスは何も言わずに紹介された夫妻のところへ寄っていった。
不安が見え隠れする二人の子供を見た両夫婦はこちらも緊張しているのかこわばった笑顔を見せた。
「リューイ、手紙を渡さなくていいのか」
「そうだった」
リューイは四通の手紙を出すとそれぞれの家族へと手渡す。フィーディスが目を丸くしていた。
「レックス、シルバ、今日は楽しんでおいで。仲良くならないとどうにもならない。緊張してるとは思うけど…戻ってきたらみんな何したのか俺に教えて」
「リューちゃん…」
「行ってらっしゃい」
不安そうな表情の二人を抱きしめて背中を押す。クラルスは大好きな犬に会えるとわかってすっかりはしゃいでいる。
行ってきます、と小さな声でつぶやいたレックスとシルバが先に家族とエレベーターで降りる。
フィーディスは夫婦に渡された手紙が気になるのかちらちらとそちらを見ている。
続いて残る二つの家族もエレベーターで降りればとたんに室内が静かになる。
リューイは体から力を抜いた。しゃがみこみそうになる足を叱咤してふらふらと椅子へと歩み寄る。
「大丈夫か」
「めちゃくちゃ緊張した…あの人たちもαとΩの番?」
「あぁ。男女のαとΩだ。人となりは保証する。何かあればすぐに連絡するようにも伝えてあるから心配しなくても…」
リューイは手が白くなるほどに強く握りしめる。
そこまで不安がらずとも彼らならば大丈夫だろうとウィリディスは思っていた。
リューイのとなりに腰を下ろして肩を抱き寄せる。ウィリディスのするままにさせたリューイは彼らの帰宅まで気が気でないだろう。
「…そのまま不安がるならば、そんな暇がないほどに抱いてやろうか」
「なんでそうなる」
「何度もいうが大丈夫だ。時おり写真を送るようにも伝えてある。しばらくしたらなにかしら届くだろう。きたら教える」
「うん」
「紅茶をいれてくれないか。喉が乾いた」
「わかった。ここ最近腕が上がったんだ」
リューイは立ち上がりキッチンに向かう。お湯を沸かしだして茶葉を手にする。
なにがいいだろうかと思案する。アールグレイという気分ではない。
ダージリンを手にした。セカンドフラッシュを開けて茶葉をはかる。
ウィリディスは真剣な顔で紅茶をいれるリューイを静かに見守った。
そうレックスとシルバに言われてウィリディスは少し戸惑った。
二人は顔を見合わせて少し間をおいた。それからウィリディスを向くと恐ろしいほどに真剣な顔をする。
「先生、俺たちお金がほしい。お仕事ちょうだい」
「ほしいものか?リューイにカードを渡してあるからそれを使えばいいだろう」
「違うよ。リュー兄にプレゼント買いたいの。だから先生のカードじゃだめなの」
ウィリディスは目をぱちくりした。
それはレックスとシルバに部屋の角に引きずられて言われたことだった。
二人は真面目な顔でウィリディスを見上げる。しゃがみこみ目線を合わせた。
「そうか…俺から仕事はない。ピータに話をつけよう。ピータの手伝いに応じてお前たちに見あった金額を支払おう。目標はどのくらいだ」
「あのね」
二人にこそこそと耳打ちされる。二人がほしいのはガラスペンらしかった。
リューイの目の色とそっくりな色をしており、名前も刻めるらしい。二人はリューイへのお礼にそれがほしいのだという。
手伝いでは足らなさそうだと判断する。
どうしたものかとウィリディスは考える。
「クラルスとね、手紙は書いてるの。でも、リューちゃんはいままで自分のほしいものを買わなかったからせめて…」
「リュー兄に、寂しい思いはしてほしくないから」
ウィリディスはほほえましく思った。
ただ二人にお金を渡すだけでは満足しないだろう。
少し考える。今のものではないが、昔の実験結果の一覧を整理してもらうか、と思った。
ファイルがぐちゃぐちゃになってしまったもので日付別にしてもらえばいいだろう。中身の整理まで頼んではかなり鬼の所業となる。
「レックス、シルバ、さっきからせんせーとなんの話してんの?」
「なんでもないよ!」
「そうそう、なんでもない!」
レックスとシルバは慌てて立ち上がる。ウィリディスをチラ見して助けを請うように眉を下げた。
ウィリディスも立ち上がれば二人の頭に手をおいた。
「昔の実験結果を二人にまとめてもらおうかと思ってな」
「大丈夫なの?難しくない?」
「まとめると言ってもばらばらになったものを並べるだけだから心配はいらない。難しくもないから二人にもできるだろう」
「やったー!」
嬉しそうにレックスとシルバが笑う。
リューイはほんの少し心配そうな顔をするものの二人の意思を尊重したのか迷惑をかけないようにと伝える。
二人は大きくうなずいてからウィリディスを振り向いた。
「ありがとう、先生!がんばるね!」
「あぁ、そうしてくれ」
レックスとシルバは二人そろって駆けていく。広げたおもちゃを片付けに行くのだろうか。
リューイは二人を見送ってからウィリディスを見つめた。ウィリディスも見つめ返す。
「巣立っていくようだな」
「…ほんと。って、何が」
「あの二人のほうから仕事が欲しいと言っていた。養子先は裕福な家だ。今でなければ金の稼ぎ方を学べないだろう。将来有望だな」
リューイは少し視線をさまよわせる。きゅっと唇が引き結ばれてうつむいた。
レックスとシルバの意思は尊重されてしかるべきである。成長を喜ぶことをリューイはしたいらしいが、まだ信じられない気持ちもあるようだった。
「まだ子供だと思ってたんだよなぁ」
「お前もまだ子供に足先が入っているだろう」
「うーん…それもそうなんだけど。でも、レックスもシルバも、リューちゃんって呼んで頼りにしてくれるのがうれしいし、幸せな気分だったんだ」
「お前は少し早いが子供を持つ親の気持ちを味わったんだな。いつか子供は親のもとから巣立たねばならない。子供にしがみついていたら子供は空を飛べないぞ」
リューイはウィリディスを見つめて少し泣きそうに笑った。そうだね、とつぶやいては手を握り締める。子供たちよりもリューイのほうが寂しさを強く感じているらしい。
悩んだ末にリューイの髪を乱した。顔をあげたリューイを見つめて笑う。
「二度と会えないわけじゃないと言っただろう……全員一緒に引き取れるような家族を探してやれずにすまない」
「ウィルのせいじゃないよ。安心できる引き取り先を見つけてくれただけでも俺はうれしいの」
「だが、一緒ならばお前も安心できただろう?」
リューイは苦笑してから首を振る。自分はΩであることがすでにわかっている身だ。
ただでさえ面倒なΩという自分は未分化の子供を引き取ってくれるという家族にとってなおのこと面倒にしかならないだろう。
目を閉じてレックス、シルバ、クラルスの顔を思い浮かべる。
「俺きっとみんながここを出ていくとき大泣きするかも」
「ふむ、それは面白いものが見られるかもな」
「俺の泣き顔何回みたの、ウィル」
リューイは不満をあらわにする。
さて何回だったろうか、ととぼけたウィリディスは絵本を抱えて走ってくるクラルスに気づけばそちらに向かう。新しい絵本を読んでほしいようである。
リューイはウィリディスとクラルスの姿を見つめながら嘆息する。顔合わせはもう明日だというのに自分の心は千々に乱れたままである。
喜ばしいことだと頭ではわかっている。だが心の奥底では離れたくないのだとも思っていた。
「整理できるかなぁ、俺…意外とみんなのほうがすんなり行っちゃいそうな気がする」
「リュー?さっきから一人で百面相してるけど何かあったの」
本を抱えたフィーディスがいぶかし気に声をかけてきた。
顔をあげてフィーディスを見つめる。リューイに好きと言いながら彼は寂しくないのだろうか。いや、そんなはずはない。
眉間にしわを寄せてフィーディスをにらむかのようなリューイを見てフィーディスは近寄ってくる。
「リュー、本当にどうしたの」
「…明日の顔合わせ」
「うん」
「俺のほうが寂しくなってきちゃったの」
「……そんなリューもかわいくて好きだなぁ」
フィーディスは笑いながらそんなことを告げる。
リューイは言葉が続かない。フィーディスは床に本を置いてからリューイを抱きしめてくすくすと笑う。
寂しいというリューイが愛しい。フィーディスに抱き着いたリューイがたまらなく恋しい。
リューイの頭にほほを寄せてフィーディスは優しく囁いた。
「大丈夫…離れてもすぐに会えるから。寂しいのなんてほんの一瞬だよ。ね、リュー、今やることないなら俺に勉強教えて」
「フィーディスは俺より頭いいくせに」
「でもリューに教えてもらいたいの。だめ?」
「……だめじゃない」
「やった。じゃぁあっちで教えてよ。それから俺にも本読んで」
「お前は子供じゃないくせに」
「子供だよ。自分の欲しいものに対して貪欲な子供…」
フィーディスの言葉にリューイは少し面食らう。穏やかに笑って、ここがわからないんだけど、と本を指さすその横顔は到底子供には見えない。
子供だというのならばもっとわがままでもいいと思うのだ。
「フィーディス」
「なに、リュー」
「お前も欲しいものあったらちゃんと俺に言えよ?今までだって何一つ言ったことないんだから」
「ほしいものなんてたくさんありすぎて困るよ」
フィーディスは苦笑する。ほしくてほしくてたまらないものは目の前にある。
フィーディスに向けてくれる笑顔も優しく自分の名前を呼ぶ声も、全部ひとり占めしたい。けれどレックスやシルバたちに向ける笑顔も好きなのだ。
フィーディスが膝に広げた本を指さしながらリューイは解説を入れていく。
「聞いてる?」
「聞いてるよ」
「俺ばっか見てるじゃん」
「…だって、リューが好きなんだもん。しかたないでしょ」
好きだというとリューイは困ったような顔をする。困らせたいわけではないのだが、言葉にしなければリューイにはわかってもらえない気もしている。だから何度も言うのだ。
フィーディスはリューイの手に自分の手を重ねた。
「好き…リューが、大好きだよ」
ただ優しいだけの声。リューイに何かを求めているわけではないことがわかる。
触れた手はとても熱く感じるが、フィーディスはそれ以上リューイに触れようとはしてこない。いっそのこと攫ってしまおうかなんて考えたことも今日が初めてではない。
眠るリューイに口づけて何度だって愛を囁いた。触れれば触れるほどリューイへの気持ちはあふれてやまない。
「俺が欲しいのはリューだよ…願わくば、俺のそばで笑って愛を告げてほしい。それほどまでにリューが好き」
「…レックスやシルバもいるんだから少しは隠せよ」
「いやだ。俺の気持ちは隠せば隠すほどあふれるよ」
リューイの手を取って幸せそうに笑うフィーディスにそれ以上の言葉はでない。
リューイはため息をついてフィーディスの好きにさせていた。リューイの指先に触れたフィーディスははっとしてリューイの顔を覗き見る。
「ねぇ、リューこそほしいものないの?リューにもほしいものがあるなら俺頑張って働くよ」
「ほしいものねぇ」
フィーディスにそう言われてリューイは少し考えた。すぐに思いつくものではないがほしいものと言われればいろいろ出てくる。
例えば音楽を自由に聞ける機械、端末も新しいものに変えたい。洋服だってアクセサリーだってほしいと思う。一人でいる時間も欲しいかもしれない。
たまには外に出て何も気にせずに遊びまわりたい。
「たくさんあるよ。俺わがままだし」
「リューのわがままはわがままじゃないよ」
「じゃ、一日だけフィーディスがピータさんのお手伝い全部して?」
「なんだそんなこと。いいよ」
あっさりと承諾した。リューイは拍子抜けしつついいのだろうかとドキドキする。
「なんだったらレックスたちの面倒も見るから一日リューはフリーでも」
「いいの?」
「うん。とはいっても明日は俺たちも顔合わせあるわけだからそのあとってことだけど」
「いつでもいい!」
リューイは身を乗り出してフィーディスを見つめた。
その瞳はよほどうれしいのかいつになく輝いてみえる。かわいい、と心の内で連呼しながらフィーディスはにこにことうなずいた。
「いいよ、リューの自由にして。レックスたちにもちゃんと言っておくから。出かけてもいいし、一日ベッドの上でごろごろしてもいいし。自由にリューも過ごして」
「ありがとう、フィーディス。楽しみにしてる!」
「うん」
リューイのテンションがあがったのが目に見えてわかりフィーディスは顔のゆるみがおさまらない。
もっと喜ばせたい。もっと笑顔になってほしい。次は何をしたらリューイは喜んでくれるのだろうかと考える。
うきうきとしているリューイを見つめ本を閉じた。もう何かを教えている気分ではないだろう。
「リュー、明日の準備があるから今日は早く寝ようね」
「うん。寝不足でひどい顔していたら印象よくないしな」
「クラルスたちは緊張してないのかな」
「してないみたいだよ。今のところは、だけど。俺のほうがよっぽど緊張してるよ」
「大丈夫だよ。リューはいつものままでいて?」
フィーディスの言葉にうなずいたリューイだったがやはり約束の時間前になると落ち着きはなかった。
そわそわとリビングを歩き回るリューイを先ほどからクラルスが眺めている。
レックスとシルバもどことなく落ち着きがないように見受けられるがリューイほどではないようだ。
ウィリディスはリューイの肩に手を置いてその歩みを止めさせた。不安げに見上げてくる瞳を見下ろして大丈夫だと告げる。
「どの家族も人柄もしっかりしている。この子たちの嫌なことはしないだろうし、向こうも緊張しているだろうから」
「それは、わかってるんだけどさ…」
「リュー兄、大丈夫だよ。俺たちちゃんといい子にできるから」
「そういうことでもなくて」
「リューは俺たちが新しい家族と仲良くできるか心配なんだよね」
「うーん、それは…」
レックスが口ごもる。シルバがレックスと手を握り合って小さく息を吐いた。
そろそろ時間である。
クラルスを腕に抱いてリューイはエレベーターを見つめた。
やがて階層表示が動き出せばこのフロアで止まる。
「こんにちは、教授」
「やぁ、教授。相変わらず不愛想な顔をされてますね」
「こんにちは」
エレベーターを降りてきたのは四つの家族である。
いずれも身なりがいい。年はおおよそウィリディスと同じくらいといったところだろうか。
きょろきょろと見知らぬ顔を見回していたクラルスが声をあげた。
「こんにちは」
「…あなたは」
リューイの目が丸くなる。四つの家族の内一人だけ見知った顔があった。
公園で、リューイたちと出会ったあの大きな犬を連れた男性である。
「わんわん!」
「はは、クラルスくんはそっちばっかりだな」
知り合いだったのかとウィリディスが見てくる。
「教授に養子の話を聞いたときに犬好きの子供だったらいいなと思っていたんですけど、もしかしてクラルスくんかな」
「いいなぁ、クラルス…」
「知ってる人だもんね」
「これから知り合いになるんだよ」
クラルスはリューイの腕から降りるととことこと彼のそばに寄っていく。
わんわん?と首をかしげながら彼の周りをくるくるとして姿を探す。
「今マンションの下にいるよ。クラルスくんに会えたらうれしいと思うよ」
「いぬ、会うー!」
「レックスとシルバの家族は…?」
「誰かなぁ」
シルバとレックスはリューイの後ろに体を隠してこちらを見る大人たちを見上げている。
日に焼けた夫婦、ひげを蓄えた男性と丁寧に髪を結わえた女性の夫婦、残るはスーツ姿のまだ若い夫婦である。
「銀行家のドゥーカス夫妻、スポーツクラブオーナーのペトラキス夫妻、教員のアンディーノ夫妻、それからロシ夫妻だ。シルバはドゥーカス夫妻、レックスはペトラキス夫妻、クラルスはアンディーノ夫妻、フィーディスはロシ夫妻と」
「レックス、シルバ、ほら、挨拶は?」
紹介された夫婦のもとに二人はそろそろと歩み寄る。フィーディスは何も言わずに紹介された夫妻のところへ寄っていった。
不安が見え隠れする二人の子供を見た両夫婦はこちらも緊張しているのかこわばった笑顔を見せた。
「リューイ、手紙を渡さなくていいのか」
「そうだった」
リューイは四通の手紙を出すとそれぞれの家族へと手渡す。フィーディスが目を丸くしていた。
「レックス、シルバ、今日は楽しんでおいで。仲良くならないとどうにもならない。緊張してるとは思うけど…戻ってきたらみんな何したのか俺に教えて」
「リューちゃん…」
「行ってらっしゃい」
不安そうな表情の二人を抱きしめて背中を押す。クラルスは大好きな犬に会えるとわかってすっかりはしゃいでいる。
行ってきます、と小さな声でつぶやいたレックスとシルバが先に家族とエレベーターで降りる。
フィーディスは夫婦に渡された手紙が気になるのかちらちらとそちらを見ている。
続いて残る二つの家族もエレベーターで降りればとたんに室内が静かになる。
リューイは体から力を抜いた。しゃがみこみそうになる足を叱咤してふらふらと椅子へと歩み寄る。
「大丈夫か」
「めちゃくちゃ緊張した…あの人たちもαとΩの番?」
「あぁ。男女のαとΩだ。人となりは保証する。何かあればすぐに連絡するようにも伝えてあるから心配しなくても…」
リューイは手が白くなるほどに強く握りしめる。
そこまで不安がらずとも彼らならば大丈夫だろうとウィリディスは思っていた。
リューイのとなりに腰を下ろして肩を抱き寄せる。ウィリディスのするままにさせたリューイは彼らの帰宅まで気が気でないだろう。
「…そのまま不安がるならば、そんな暇がないほどに抱いてやろうか」
「なんでそうなる」
「何度もいうが大丈夫だ。時おり写真を送るようにも伝えてある。しばらくしたらなにかしら届くだろう。きたら教える」
「うん」
「紅茶をいれてくれないか。喉が乾いた」
「わかった。ここ最近腕が上がったんだ」
リューイは立ち上がりキッチンに向かう。お湯を沸かしだして茶葉を手にする。
なにがいいだろうかと思案する。アールグレイという気分ではない。
ダージリンを手にした。セカンドフラッシュを開けて茶葉をはかる。
ウィリディスは真剣な顔で紅茶をいれるリューイを静かに見守った。
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だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
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