世界は万華鏡でできている

兎杜唯人

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一歩下がって四歩進んで見たそこは違う景色だった 5

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紅茶で気持ちを落ち着かせたリューイは一ページも進まない本を膝にのせてソファに座っていた。
何度か時計を見てはため息をこぼしている。
パソコンに実験結果を入力していたウィリディスは顔をあげてその様子を見つめる。
先ほどから何度か端末が着信を知らせていた。開けば写真が添付されているメールが届いた。
写真を開けば楽しそうな笑顔がいくつも出てくる。小さく笑って立ち上がればリューイのそばに近づいた。

「リューイ、写真が届いた。見てみるか?」
「写真…」

目を丸くしてリューイが反復した。大きくうなずいて端末を手にする。
画像を一旦端末へと保存してからアルバムを開く。リューイとともに画面を覗き込んだ。
そこには大きな犬にほおずりするクラルス、ソフトクリームを手にして笑顔のレックス、車の模型を眺めているシルバがいた。
リューイの目に涙が浮かぶ。三人ともなじんでいるようである。
ごしごしと目をこすり涙を拭えば次はフィーディスだった。フィーディスには似合わない服を着せられて困ったような顔をしている。

「ウィル、俺の端末にも送って」
「あぁ。わかった」

届いたものをリューイの端末へと送っていった。リューイは自分の端末を開けば画像を保存していく。
ウィリディスは画像を見て嬉しそうに笑うリューイをこちらも嬉しそうに見つめた。
楽しそうにしていて安心した。画面に映る笑顔はこの先を暗示しているようだ。

「よかったぁ。みんな割と楽しそうにしていて…それにかわいい。見てみて、フィーディスのこの顔、すっごく嫌そう」
「似合わないしな」
「あ、でもこのクラルスすっごいかわいい。やっぱり犬好きなんだなぁ…」
「犬のほうにも懐かれているようだな…」

ウィリディスは頻繁にメールの受信を知らせる端末ごとリューイに渡した。次々と送られてくる写真を開いて見て笑うリューイは大忙しである。
先ほどまで魂でも抜けたような状態だったのが信じられない。
リューイは画面に映る笑顔を眺めている。そうしていればすぐに彼らの帰宅する時間になるだろう。
ウィリディスは邪魔をしないように立ち上がれば静かに自分の作業へと戻っていく。
そうして時間が流れていきやがてリューイが夕飯の支度をはじめようかというころ、一番に戻ってきたのはレックスだった。
出迎えたリューイに文字通り飛びついて興奮にほほを染めながら笑顔を見せる。

「おかえり、レックス。その様子だと楽しかったみたいだな」
「うん!」

頬を挟んで額を重ねればレックスは笑う。
ウィリディスはレックスを送ってきたペトラキス家の当主へと向き直る。
スポーツクラブを経営しているだけあって彼自身も筋骨隆々とした男であるのだがレックスにでれでれとしている。
少し冷ややかに見つめていれば彼自身はっとして照れ笑いを見せた。

「はじめこそ緊張していたので何を話していたか覚えがないのですが、あちらの彼からの手紙を読んでそこを足掛かりに会話をしていったら少しずつあの子も話してくれまして…もう無邪気でかわいくて…」
「お前の番は?」
「同じくメロメロです。教授に送った写真以上にたくさん撮っておりました。まだ確定ではないにしろ、彼がうちの子供になってくれたら毎日が楽しいでしょうなぁ」

リューイはレックスを肩に手を置いてしゃがむ。

「レックス、ちゃんとお礼言ったか?今日一日ずっと一緒だったろ?」
「…まだ」
「ならちゃんと」
「言えるよ、リュー兄」

レックスはわずかに笑えばリューイのそばを離れてウィリディスと、今日一日そばにいてくれた彼のそばにいく。
二人の男の目がレックスに向けば少し間をおいてから口を開いた。

「今日は、ありがとう、ございました!」
「楽しかったかな」
「…すごく楽しかったよ、アイスもおいしかったし、博物館も模型も面白かった」
「また、一緒に出掛けてくれるかい…?」

少し不安そうにしながら問いかけられた。レックスは目を丸くしてそれからリューイを振り向く。
答えていいのだろうかという気持ちが見え隠れしている。視線があったリューイはうなずいた。
レックスが会いたいというのならば会えばいい。互いを知らないのならもっと出かけて知っていけばいい。
レックスはこくりとつばを飲み込めば口を開いた。

「今度も、一緒に出掛けていいよ」
「本当かい?ならまた私たちの仕事が休みのときに教授に連絡をするからまたその時に」
「うん」

こくこくと何度もうなずいたレックスはエレベーターの前まで彼を見送った。
リューイは驚きに目を見張る。今日一日であんなに仲良くなってしまったのか。胸の奥がぎゅっとつまる。
これはいいことなのだと自分に言い聞かせた。
笑顔で戻ってきたレックスはリューイにいろいろと話をして聞かせる。少し複雑な気持ちを抱きながらもレックスの話を聞いていた。
次に戻ってきたのはシルバとフィーディスだった。エレベーターの前で会ったという二人だが、フィーディス側の家族はいなかった。どうやらマンション前で別れたらしい。

「ちゃんとお礼言った?」
「言ったよ。俺そこまで子供じゃないし」
「ならよし。シルバは?」

リューイにただいま、とあいさつをしたのもつかの間シルバはくるっとドゥーカス家の二人のもとへ戻っていく。
きょとんとして様子を見つめていたがリューイに言われずともお礼を伝えていたようだった。
二人が帰っていくのを見送ったシルバはそのままリューイと視線をあわせることなく上のフロアへと駆けあがって行ってしまう。
どうしたのだろうかとリューイはその後ろ姿を見送った。まだクラルスが帰宅していないため様子を見に行きたくてもできない。
写真ではあんなに楽しそうに笑っていたが何かあったのだろうか。

「シルバ…どうかしたのかな」
「エレベーターのなかは楽しそうだったよ?」
「そう…」
「クラルスがまだでしょ。俺が様子見てくるからリューはここにいて」

顔を曇らせうなずくリューイを見てからフィーディスは上のフロアに上がる。それからほどなくしてクラルスとともに出ていった彼が戻った。
大きな、いつもの黒い犬を隣に侍らせて。
目を丸くしたリューイはそばに近寄った犬の背中にしがみついて幸せそのものといった笑みを浮かべ眠るクラルスに二度驚いた。

「遊んでいたらその子にしがみついたまま眠りだしてね。毛を握りしめているから無理に起こせなくて」
「す、すみません…おまえも、痛くなかったか?ごめんな」

そっとクラルスの脇に手をいれて体を抱き上げる。するり、と手は離れた。
リューイは犬のそばにしゃがみこんでその瞳を覗く。
澄んだ輝きを灯した瞳はリューイをまっすぐに見つめていた。

「ありがとう、きっとクラルスは今日もすごく楽しかったと思う。寝ていてちゃんとお礼言えないの、ごめんな」

彼女、かもしれないが、彼はリューイの言葉がまるでわかっているかのようにしっぽを一振りし、クラルスを起こさない程度の鳴き声をあげた。
それからリューイの前から移動して飼い主たる彼のもとへと向かう。リューイもあわせて立ち上がればぺこりと頭を下げた。

「今日はありがとうございました。クラルス、こんなに笑顔で寝ているなんて思いもしなかった…」
「こちらこそ。僕たち二人ともすごく楽しくてあっというまだったし、何よりクラルスくんとこいつが本当に兄弟みたいで見ていてうれしかったです。もしクラルスくんが望んだのなら、また会いに来てもいいですか」
「もちろん。そのほうがいい」

リューイの横顔を見つめていたウィリディスは声をかけそうになってそれを飲み込んだ。
下手にリューイに声をかけては何が起きるか予測できないのだ。笑ってはいるし、クラルスを抱く腕にも力は入っている。
だがどこか危うさを感じた。

「それじゃぁ、また」

二人を見送り、ウィリディスはリューイの腕からクラルスを抱き上げた。わずかな腕の感触の違いに一度だけクラルスは目をあけるも一日遊んだ疲れからか再び目を閉じてしまった。
クラルスを抱いていた腕をそのままにリューイがウィリディスを見つめた。

「…夕飯は俺が作ろう。お前はシルバのもとへ行くといい」
「どうして?」
「そのほうがいいと思った。レックスを代わりに下ろしてくれ」
「うん」

リューイは少しうなだれながら上へとあがる。それを見送ればウィリディスは小さくため息をついた。
リューイは子供たちが予想外になじんでいることにショックを受けているようだ。養子先を見つけた身としてはいいことなのだが、リューイからするとうれしいのと悲しいのと半分ずつであるらしい。
さもありなん、彼らとリューイの間には実の家族以上に強いきずながあるのだ。それも当然だろう。

「先生、お手伝いあるの」
「レックス、帰宅したてですまない。夕飯を作るからしばらくクラルスを見ていてくれ。眠っているのだが、何かあっては困る」
「わかったー」
「シルバはどうした」
「シルバなら戻ってきてすぐベッドに引きこもっちゃってフィー兄がお話してるよ」
「そうか」

シルバはもしかしたらリューイと同じ状態なのかもしれないと推測する。
楽しくてたまらなかったのだろう。送られてきた写真に笑顔のものは少なかったがそこにある表情に緊張は見られなかった。
楽しい思い出とともに帰宅してリューイの顔を見たとき彼はどう思ったのだろうか。シルバもレックスもリューイが家族ではない相手のもとに行くことを知っている。

「ねぇ、先生…」
「なんだ」
「リュー兄は幸せになれる?」
「何を突然」
「だって、俺たちだけ幸せじゃ意味ないよ」

レックスの言葉にウィリディスは戸棚を探る手を止めた。
レックスは眠るクラルスの頭を撫でながら眉を下げている。彼にとってもシルバにとっても、リューイが大事な家族であることに変わりはない。だからこそ、自分たちが幸せになったとして、残されてしまうリューイが心配なのだろう。

「先生」

レックスのまじめな声にウィリディスは手を止めて彼を見た。

「俺たちは俺たちで幸せになる。それがリュー兄が望んだことだから。だからお願い。先生、リュー兄と一緒に幸せになって」

レックスの真摯な言葉にウィリディスは何の返答もできなかった。
たいしてリューイはうえのフロアでシルバの姿を探す。見当たらない。フィーディスもいなかった。
ドアの締まっている寝室へと近づいていく。だが入ることはできなかった。

「俺たちだけが幸せになって、お父さんたちに甘えられるのに、リューちゃんは知らない人の子供作るんでしょ?!それが幸せだってどうしていえるの!」

シルバの声である。リューイはでかかった悲鳴を抑えた。
どうしてシルバがそこまで知っているのかリューイにはわからない。扉のそばの壁に背中を預けて口元に手を当てる。

「でも今日は楽しかったんでしょ?いっぱい甘やかしてもらってたくさん抱きしめられて。リューとは違うやさしさに触れて、もっと一緒にいたいって思ったんでしょう?」

フィーディスの声が冷たい。
それにこたえるシルバの声が震えている。

「そうだよ。楽しかった…もっと一緒にいて、もっと遊んでほしいって思ったよ。もっとあの人たちのこと知りたいって思った!」
「ならシルバはリューの幸せなんて望んでないよ。自分のことばっかりだもん」
「そんなこと…そんなことないもん!リューちゃんにはいつだって笑っていてほしいよ!大好きなんだもん。いっぱい笑って…いっぱいおいしいもの食べて、怖いことも、痛いことも何もない場所で暮らしてほしいよ」

入っていかねばならないと思ったのに、リューイは扉を開けることができなかった。
聞こえてくる言葉がうれしい。扉のそばにしゃがみこみリューイは嗚咽を堪えた。

「フィーちゃん、俺はリューちゃんが大好きだよ。フィーちゃんだって大好き…だから二人とも幸せになってほしい」
「じゃぁなんでさっきはリューを見ないでさっさとここにきたの」
「ごめんなさい、って思ったの…俺だけ楽しくて、リューちゃんの顔見たら、すごく悪いことをしている気分になって」
「そっか」

フィーディスの声がふっと優しくなった。
シルバが小さく鼻をすする音がする。

「大丈夫…シルバ、そんなに不安がらないで。リューはちゃんと幸せになるよ。俺が約束するから」
「本当?」
「本当。この世界に俺たち以上にリューのことを好きな人間なんていないよ」

小さく笑うフィーディスの声にリューイは目元を拭って立ち上がった。
目元は赤くなっていないだろうか。不覚にも泣かされてしまった。
目をこすり扉を静かに開ければベッドに座りこむシルバとそれを抱きしめて撫でているフィーディスがすぐに見えた。
シルバはリューイの姿にはっとするとおろおろとした挙句フィーディスの腕を振り払って布団をかぶってしまった。
いつぞやのフィーディスを見ているようだ。

「シルバ」
「やだ」
「まだ何も言ってないよ」
「顔見たくない」
「本当?」

こもった声に優しく問いかけた。フィーディスはくすくすと笑ってリューイのそばによる。
リューイはベッドにあがればこんもりと膨らんだそこを撫でた。リューイの顔を見たフィーディスは少し目を丸くする。少しだけ赤い。
先ほどまでの会話を聞いていたのだろうか。シルバにきついことを言ってしまったと思い出せばあとで叱られそうだと少しばかりへこんでしまう。

「ねぇシルバ…幸せって人の数だけあるんだよ。お父さんとお母さんと一緒にいる幸せ、大好きな人といる幸せ、だれかに寄り添える幸せ…シルバはどんな幸せがいい?」
「俺は、みんなと笑っていられる幸せがいい」
「俺も。シルバもレックスもクラルスもフィーディスも、痛いことも苦しいことも何もなくて笑っていられる幸せがいい。本当は顔見て笑って、ぎゅーって抱きしめられたらもっと最高なんだけどなー?」

リューイの言葉にわずかに布団が動いた。
顔だけ出したシルバはリューイを見つめる。おいで、と腕を広げれば布団から飛び出してきたシルバはリューイに抱き着いて胸元に顔を埋めた。
リューイも強く抱きしめる。

「シルバ、今日楽しかった?」
「楽しかった…」
「何したの」
「車の模型見せてもらった。あと宇宙の研究してるところに連れて行ってもらった」
「へぇ、すごいじゃん。車とか乗り物とかすごく興味津々に見てるもんな、レックスと一緒に」
「うん。かっこいい。すごく昔の車と今の車と形が違うの」
「うんうん」
「それでね」

フィーディスはリューイの腕の中で笑顔で今日あったことを話しだすシルバを見た。
先ほどまでの泣いていた顔は嘘のようである。リューイの目元が赤くなっていることに気づいたのも自分だけか。
幸せの形は人の数だけある。自分の幸せの形、リューイの幸せの形、二人の幸せの形は異なっているのだろう。
それが重なることがあるのならきっともっと幸せになると思うのだ。
フィーディスはシルバを抱えて会話を続けるリューイの背中にコツンと額を当てた。

「どうした、フィーディス」
「俺も混ざりたい」
「いいよ、フィーディスも今日何したか教えて」
「うん」

シルバと交互に話しだす。リューイはレックスが「ごはんだよ」と呼びに来るまで楽しそうに二人の話を聞いてた。
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