85 / 124
炎のごとく燃える君 6
しおりを挟む
「リューちゃん、ずっとそわそわしているね」
「先生から連絡があったんだって」
「せーせ、くる?」
リューイがアクティナと話しているその時、レックスとシルバは休憩と称して中庭の端に腰を下ろしている。
クラルスはルーナとともに二人のそばにいるがフィーディスは馬を乗り回していた。
クラルスはルーナに抱き着いている。ルーナはクラルスが常時抱えている白い犬のぬいぐるみを見つめた。
「ルーナ、それはね、クラルスの友達でニウエっていうの。君にそっくりでしょう?」
シルバの言葉にルーナは一声鳴いた。顔を近づけてニウエの匂いを嗅ぐ。
クラルスはニウエを持ち上げてルーナに見せた。
「ニウエとルーナはお友達?」
「友達だよ。クラルスが友達になったんだから」
「うれしい。ルーナ、ニウエと仲良くしてね」
クラルスのほほを舐めてルーナが返事をする。
クラルスはくすくすと笑いながらルーナの首に再び抱き着いた。
「おーい、休憩終わった?」
「リュー兄が呼んでる。まだだよー」
クラルスは名残惜しそうにルーナから離れてシルバとレックスと並んで走る。
あとからルーナも追いかけてきた。
「ちょっと休憩しよう。水分とらないと倒れちゃうぞ」
「今日はね、新鮮な野菜をジュースにしたのよ」
「野菜ジュース?」
「トマトは?」
「ふふ、入ってるのもあるわ。いくつか用意してもらったのよ。好きなものが見つかるといいのだけど」
テーブルに並べられたクッキーとグラスを見てはしゃぐ。
リューイもつられて笑顔になれば適当にグラスを一つとった。まるで吸血鬼が飲む血液のように真っ赤なそれは口に含めばトマトの香りがした。
「おぉ、めっちゃトマト…」
「トマトだと先生が飲めないねー」
「先生、トマト嫌いだもんね」
「最近は嫌な顔しつつ食べてくれるんだぞ」
リューイがほほを膨らませつつ告げた。
アクティナは軽く目を見張る。ウィリディスがトマトを嫌うのは知っていたがそれを食べさせるとはなかなかである。
子供たちは口々にジュースにはこれが入っている、あれが入っていると口々に話していた。
クッキーにも野菜が入っているらしい。一つ食べてそのさくっとした食感にほほをほころばせる。
「リューちゃん、これ家でも作って」
「じゃぁあとでみんなで厨房行って作り方教えてもらおうね」
「うん」
「気に入ったの?」
「うん、おいしい」
レックスが笑顔でうなずきを返せばアクティナは嬉しそうに笑う。
ぱくぱくと消えていくクッキーを見ては追加したほうがいいだろうかと考える。
リューイは端末を構えては何度もシャッターを切った。あとでウィリディスがやってきたのなら見せたいのである。
「かわいいなぁ…ほら、もっとこっち見て」
「リュー兄も食べないの?」
「食べるよ。でも最高に俺の弟たちの笑顔がいいからもっと見たいってのも本当かな」
「じゃぁリューには俺が食べさせてあげるよ。ほら」
脇からフィーディスが手を伸ばしてリューイの口もとにクッキーを運んだ。
もぐもぐと頬張りつつフィーディスにも端末を向けて写真を撮った。
少し意表を突かれたか目を丸くしたフィーディスの顔が残った。
「フィーディスもかわいいじゃん」
「俺はかわいくないよ」
「かわいいよ。ほらこの顔見て」
「かわいくないよ」
ため息を漏らしてフィーディスはリューイの口にクッキーを押し込んだ。
もぐもぐと口を動かすリューイはフィーディスを見てわずかに微笑んだ。
「おいしい」
「リューちゃん、俺からもあーんして」
「あー」
リューイは口を大きく開ける。そこにシルバはクッキーを入れた。
おいしい?と聞いてくるシルバにうなずきを返せばレックスもクッキーを差し出してくる。
ぱくぱくと食べているクラルスは顔を上げれば二枚を両手でつかんでレックスとシルバにそれぞれ差し出している。
二人ともクラルスが差し出しているクッキーを食べて仲良く笑っていた。
「おいしいね」
「うん、おいしい。ニウエもおいしいって」
「ねぇリューちゃん、いつ先生くるの?」
「こっちに向かうよって連絡きたよ。俺たちがここに来るまでかなり時間がかかっただろ。だからそんなすぐにはこないよ」
「そっかぁ」
「先生にリュー兄は早く会いたい?」
「うん、会いたい」
小さくつぶやいたリューイは苦笑を漏らす。
クラルスがアクティナからルーナのためのおやつをもらったことに気づけばそれをあげる様子を見つめていた。
クラルスはルーナに、お手、と言って笑顔で見つめている。
クラルスの手よりもはるかに大きな前足がぽすんとクラルスの手に乗る。感激したようにクラルスはリューイに顔を向けた。
クラルスはルーナのために手のひらにおやつを乗せた。ぺろっと肉厚の舌がクラルスのそこからおやつをなめとっていく。
「くすぐったい」
「そっか」
「おいしい?」
クラルスはにこにことしてルーナを見つめた。
ルーナは丸い目でクラルスを見かえせばしっぽを振った。
穏やかな時間であった。
「リューイくん、そろそろ息子くん来るみたいだけどどうする?」
「迎えに行きます」
一度休憩をはさんでレックスたちはまたルーナや馬と戯れていた。
今度はリューイも混ざったが少し疲れてしまったのもありアクティナと雑談をしていた。
その途中のことである。
日も傾きかけて執事やメイドたちが夜の支度にとりかかっていた。
今夜はこの場所で食事らしい。
「そういえばアカテスさんは…」
「今夜は別件で仕事なのよ。明日には戻ってくるわ」
「そうですか」
「じゃぁ、執事を来させるから待っててね」
アクティナは足取りも軽く屋敷へと戻っていく。
リューイはそれを見送りながらはしゃぐ弟たちの姿を見て今夜はぐっすり寝れそうだなと笑った。
「お待たせ。リューイくん、すぐに行ける?」
「行けます」
「あとね」
アクティナが一緒に戻ってきた執事を示した。
それは紛れもなく駅まで迎えに来た執事である。ぱっと顔を明るくしたリューイはクラルスを呼んだ。
ルーナと走り回っていたクラルスは息を荒くしていたがリューイが呼べば笑顔で走り寄ってくる。
一緒にルーナも来た。
「クラルス、この人だろ。さっき口にした人」
「うん」
「いかがなされましたかな」
リューイに近寄りそれから執事を見たクラルスは笑顔になった。とことこと歩み寄れば執事のほうは膝をついて目線の高さを合わせた。
「あのね、ニウエが喜んでたの」
「ニウエ様が…?何かしましたでしょうか」
「僕のお友達、お席作ってくれてありがとうって」
アクティナがリューイをつつく。
二人の様子を見ながらリューイは彼がクラルスの持つぬいぐるみのために席を用意したうえにシートベルトまできちんとつけてくれたことを話した。
周囲から見ればただのぬいぐるみである。車に乗るときなどクラルスの膝の上にあればいいと思うのだろう。
しかしたとえぬいぐるみだったとしてもクラルスにとっては大事なかけがえのない友人なのだ。一つの命あるものとして扱ってくれたのがたまらなくうれしかったらしい。
ポケットを探り、小さな飴玉を出せばクラルスはそれを差し出した。
「あげる」
「よろしいのですか。クラルス様の大事なおやつでは?」
「いいの。僕もうれしかったから」
「そうですか。では、大切にいただきます」
「うん!」
リューイは胸が熱くなった。
こみあげてくるものを慌てて飲み込むとクラルスに近寄る。
クラルスはリューイを見て幸せそうな顔をしていた。
「よかったな、クラルス」
「うん!」
くしゃくしゃと頭を撫でればルーナとともにシルバたちの元へと走っていった。
リューイは執事に頭を下げる。
「このようなお礼を頂いたのは初めてです。小さなお客人に喜んでいただけて何より」
「彼はうちでも長く務めていてね?みんなから頼られているのだけど」
アクティナの言葉に執事は軽く首をふる。
リューイは笑えばそのまま彼とともに車に乗り駅へと向かった。
「若様からの連絡では急行に乗れたとのことでしたので駅についてからそう遠くないうちに来るかと思います」
執事の言葉にリューイはとたんにソワソワとした。
朝別れてから日にちが経ったわけではないのだが距離があるためか長く離れていた気がする。
ミラーごしに後部席に座るリューイを見て執事は口元に笑みを浮かべた。
「駅につきましたら列車が来るまで来るまでお待ち下さい。ほぼ利用する人間はおりませんが、大事なお客様に万一のことがあれば奥様、旦那様まして若様に顔向けできません」
「わかりました」
素直にうなずいたリューイは駅前に車が止まれば窓を開けて改札を見つめる。
何本か電車を見送れば、あれですねという執事の言葉に車を出て改札の前まで向かう。
降りてくる人影は2つ、リューイは薄暗い中迷うことなく目的の人物に飛びついた。
「リューイ?どうしてここに」
「早くウィルに会いたくてきた」
「…そうか」
ウィリディスは緩む口元を抑えた。リューイの髪を撫でて口づけようとするものの後ろから肩に手が置かれると体が跳ねた。
リューイが視線を向ければ満面の笑みを浮かべたアカテスがいた。
「アカテスさん…?アクティナさんはお仕事で明日まで戻らないって言っていたのに」
「うん。ティナに会いたくて頑張って仕事終わらせたんだ。それより息子くん、だめだよ。部屋ならともかくこんなところでなんて」
アカテスの言葉に真っ赤になればリューイはそそくさとウィリディスから離れる。
「車に乗って帰ろう。時間的にもごはんの時間だね。今日は子供たちが来るからティナが張り切ってメニューを考えていたよ」
「わかった。リューイ」
ウィリディスに声をかけられたリューイはうなずけばアカテスとともに車に乗り込んだ。
ウィリディスの隣に腰を下ろしてからリューイはほっと息をついた。それからアカテスに声をかける。
助手席に座ったアカテスは顔だけをリューイに向けた。
「誕生日プレゼント、ありがとうございました」
「喜んでくれたかな」
「はい。俺、万年筆って初めてだからまだ使い慣れないけどそのうち慣れたら手紙書いていいですか」
「なんと…!もちろんだよ。今手紙を書く人間なんていないからね。とてもうれしいよ。ティナと一緒に待ってるね」
うなずいたリューイはウィリディスを見つめた。
ウィリディスは優しくリューイを見返す。アカテスは二人の様子を見ながら微笑んだ。
「いい子だね、本当に」
「リューイ様だけでなく、ほかのお子様がとても良い子でして我々使用人一同とても微笑ましくなっております」
「だろうね」
「アクティナ様が朝からずっと楽しそうでしてそれも喜ばしいものです」
アカテスはうんうんとうなずいた。
後ろの二人が手をつないで微笑みあっていることなど知る由もない。
「それでね、ニウエによく似た犬がいて、ルーナって名前なんだけどすぐにクラルスと仲良くなったんだ。レックスとシルバは馬に乗ってた。あとで写真見せるから」
「あぁ」
「それからアクティナさんがだしてくれたクッキーがすごくおいしかったんだ。野菜使ったジュースもおいしくて。作り方聞いて覚えるからせんせーも飲んでね?トマトいっぱい使うから」
「それはやめてくれ…」
「えー、いいじゃん。せんせー、生のトマトはだめだって言ってたけどケチャップは食べられるでしょ。だからジュースにして食べよう」
ぶふっとアカテスが噴き出した。
珍しい様子に執事は驚くものの運転中ということもあり様子をうかがうことはできない。
後ろの二人の会話はほほえましくもあり、聞いていて楽しくもあった。
「せんせー、研究またとまっちゃった?」
「あぁ…どうしても納得がいかない。作用するものは絞り込めているんだ。だが俺たちの中でこれだと断定できるものがない」
「せんせ…」
「ついたよ、リューイくん、息子くん」
リューイの言葉を途中で切ったアカテスの声にはっとした。
屋敷に戻ってくればリューイは少し雑にシートベルトを外した。車のドアを開けてウィリディスよりも先に降りる。
アカテスが執事に礼を告げて先に歩いていく姿が見えた。リューイはそれを追いかける。
「…若様」
「なんだ」
「リューイ様は若様を慕っておられるのですね」
「…あぁ」
「たった一度の人生、どうか後悔などなさいませんよう。あなたさまも、リューイ様も。お二人が一緒に笑っておられると場が明るくなります」
「そう、見えるのか」
「はい。クロエ様を亡くされて塞ぎこまれて、長く研究に明け暮れた若様を覚えておりますので、今リューイ様と笑っておられる姿を見ると胸がいっぱいになります」
執事の言葉にウィリディスは柄にもなく照れた。
だが、小さくすまない、とつぶやくとリューイのあとを追いかける。執事はそれ以上何も言わずに車をしまいに向かった。
できることならばこの先も、とウィリディスは願う。歩いてくるウィリディスの姿に気づいたレックスとシルバが笑顔で走り寄ってくる姿に軽く手を上げつつ、アカテスを驚き一杯の顔で出迎えるアクティナへと視線をやった。
全身で喜びを表す母をどこかうらやましそうにリューイが見ているような気がした。
リューイの部屋は以前来た時と同じらしい。扉の花の絵が気になって少し前に頭の整理がてら調べてみた。
「私の胸の中で炎のように輝く…か。言われてみればそうだな」
誰にともなくつぶやいたウィリディスは自分の胸に手を当てた。確かに炎のように強く燃える想いがここにはある。
下手をすれば自分の魂さえ焼け焦げてしまいそうなその思いを消すこともできずにウィリディスは抱えていた。リューイも同じだろうか。
研究のことですら納得がいかないことのほうが多いのに、リューイのことまで考えてしまうと頭の中が整理しきれない。
重たく息を吐き出したウィリディスにリューイは近づく。
「ウィル…疲れてるなら寝る?」
「いや…」
心配そうな瞳を見つめ腰に腕を回す。
引き寄せられるままに体を寄せたリューイは少し顔を傾げた。
舌を絡めることはなくそのままただ唇を重ねる。目を丸くするリューイだったがウィリディスの胸に顔を埋めればすがるように服を握り締めた。
「ウィル…夜、部屋にいるから」
「それは…」
「ごはん、食べすぎるなよ」
顔を上げたリューイは笑って離れていく。
ウィリディスは顔を手で覆ってしゃがみこんだ。リューイから誘われるなどいつ以来か。
荷物預かりますね、とメイドが声をかけてくる。
鞄を渡したウィリディスは己を奮い立たせるとリューイのあとを追いかけて中庭へと向かって行った。
「先生から連絡があったんだって」
「せーせ、くる?」
リューイがアクティナと話しているその時、レックスとシルバは休憩と称して中庭の端に腰を下ろしている。
クラルスはルーナとともに二人のそばにいるがフィーディスは馬を乗り回していた。
クラルスはルーナに抱き着いている。ルーナはクラルスが常時抱えている白い犬のぬいぐるみを見つめた。
「ルーナ、それはね、クラルスの友達でニウエっていうの。君にそっくりでしょう?」
シルバの言葉にルーナは一声鳴いた。顔を近づけてニウエの匂いを嗅ぐ。
クラルスはニウエを持ち上げてルーナに見せた。
「ニウエとルーナはお友達?」
「友達だよ。クラルスが友達になったんだから」
「うれしい。ルーナ、ニウエと仲良くしてね」
クラルスのほほを舐めてルーナが返事をする。
クラルスはくすくすと笑いながらルーナの首に再び抱き着いた。
「おーい、休憩終わった?」
「リュー兄が呼んでる。まだだよー」
クラルスは名残惜しそうにルーナから離れてシルバとレックスと並んで走る。
あとからルーナも追いかけてきた。
「ちょっと休憩しよう。水分とらないと倒れちゃうぞ」
「今日はね、新鮮な野菜をジュースにしたのよ」
「野菜ジュース?」
「トマトは?」
「ふふ、入ってるのもあるわ。いくつか用意してもらったのよ。好きなものが見つかるといいのだけど」
テーブルに並べられたクッキーとグラスを見てはしゃぐ。
リューイもつられて笑顔になれば適当にグラスを一つとった。まるで吸血鬼が飲む血液のように真っ赤なそれは口に含めばトマトの香りがした。
「おぉ、めっちゃトマト…」
「トマトだと先生が飲めないねー」
「先生、トマト嫌いだもんね」
「最近は嫌な顔しつつ食べてくれるんだぞ」
リューイがほほを膨らませつつ告げた。
アクティナは軽く目を見張る。ウィリディスがトマトを嫌うのは知っていたがそれを食べさせるとはなかなかである。
子供たちは口々にジュースにはこれが入っている、あれが入っていると口々に話していた。
クッキーにも野菜が入っているらしい。一つ食べてそのさくっとした食感にほほをほころばせる。
「リューちゃん、これ家でも作って」
「じゃぁあとでみんなで厨房行って作り方教えてもらおうね」
「うん」
「気に入ったの?」
「うん、おいしい」
レックスが笑顔でうなずきを返せばアクティナは嬉しそうに笑う。
ぱくぱくと消えていくクッキーを見ては追加したほうがいいだろうかと考える。
リューイは端末を構えては何度もシャッターを切った。あとでウィリディスがやってきたのなら見せたいのである。
「かわいいなぁ…ほら、もっとこっち見て」
「リュー兄も食べないの?」
「食べるよ。でも最高に俺の弟たちの笑顔がいいからもっと見たいってのも本当かな」
「じゃぁリューには俺が食べさせてあげるよ。ほら」
脇からフィーディスが手を伸ばしてリューイの口もとにクッキーを運んだ。
もぐもぐと頬張りつつフィーディスにも端末を向けて写真を撮った。
少し意表を突かれたか目を丸くしたフィーディスの顔が残った。
「フィーディスもかわいいじゃん」
「俺はかわいくないよ」
「かわいいよ。ほらこの顔見て」
「かわいくないよ」
ため息を漏らしてフィーディスはリューイの口にクッキーを押し込んだ。
もぐもぐと口を動かすリューイはフィーディスを見てわずかに微笑んだ。
「おいしい」
「リューちゃん、俺からもあーんして」
「あー」
リューイは口を大きく開ける。そこにシルバはクッキーを入れた。
おいしい?と聞いてくるシルバにうなずきを返せばレックスもクッキーを差し出してくる。
ぱくぱくと食べているクラルスは顔を上げれば二枚を両手でつかんでレックスとシルバにそれぞれ差し出している。
二人ともクラルスが差し出しているクッキーを食べて仲良く笑っていた。
「おいしいね」
「うん、おいしい。ニウエもおいしいって」
「ねぇリューちゃん、いつ先生くるの?」
「こっちに向かうよって連絡きたよ。俺たちがここに来るまでかなり時間がかかっただろ。だからそんなすぐにはこないよ」
「そっかぁ」
「先生にリュー兄は早く会いたい?」
「うん、会いたい」
小さくつぶやいたリューイは苦笑を漏らす。
クラルスがアクティナからルーナのためのおやつをもらったことに気づけばそれをあげる様子を見つめていた。
クラルスはルーナに、お手、と言って笑顔で見つめている。
クラルスの手よりもはるかに大きな前足がぽすんとクラルスの手に乗る。感激したようにクラルスはリューイに顔を向けた。
クラルスはルーナのために手のひらにおやつを乗せた。ぺろっと肉厚の舌がクラルスのそこからおやつをなめとっていく。
「くすぐったい」
「そっか」
「おいしい?」
クラルスはにこにことしてルーナを見つめた。
ルーナは丸い目でクラルスを見かえせばしっぽを振った。
穏やかな時間であった。
「リューイくん、そろそろ息子くん来るみたいだけどどうする?」
「迎えに行きます」
一度休憩をはさんでレックスたちはまたルーナや馬と戯れていた。
今度はリューイも混ざったが少し疲れてしまったのもありアクティナと雑談をしていた。
その途中のことである。
日も傾きかけて執事やメイドたちが夜の支度にとりかかっていた。
今夜はこの場所で食事らしい。
「そういえばアカテスさんは…」
「今夜は別件で仕事なのよ。明日には戻ってくるわ」
「そうですか」
「じゃぁ、執事を来させるから待っててね」
アクティナは足取りも軽く屋敷へと戻っていく。
リューイはそれを見送りながらはしゃぐ弟たちの姿を見て今夜はぐっすり寝れそうだなと笑った。
「お待たせ。リューイくん、すぐに行ける?」
「行けます」
「あとね」
アクティナが一緒に戻ってきた執事を示した。
それは紛れもなく駅まで迎えに来た執事である。ぱっと顔を明るくしたリューイはクラルスを呼んだ。
ルーナと走り回っていたクラルスは息を荒くしていたがリューイが呼べば笑顔で走り寄ってくる。
一緒にルーナも来た。
「クラルス、この人だろ。さっき口にした人」
「うん」
「いかがなされましたかな」
リューイに近寄りそれから執事を見たクラルスは笑顔になった。とことこと歩み寄れば執事のほうは膝をついて目線の高さを合わせた。
「あのね、ニウエが喜んでたの」
「ニウエ様が…?何かしましたでしょうか」
「僕のお友達、お席作ってくれてありがとうって」
アクティナがリューイをつつく。
二人の様子を見ながらリューイは彼がクラルスの持つぬいぐるみのために席を用意したうえにシートベルトまできちんとつけてくれたことを話した。
周囲から見ればただのぬいぐるみである。車に乗るときなどクラルスの膝の上にあればいいと思うのだろう。
しかしたとえぬいぐるみだったとしてもクラルスにとっては大事なかけがえのない友人なのだ。一つの命あるものとして扱ってくれたのがたまらなくうれしかったらしい。
ポケットを探り、小さな飴玉を出せばクラルスはそれを差し出した。
「あげる」
「よろしいのですか。クラルス様の大事なおやつでは?」
「いいの。僕もうれしかったから」
「そうですか。では、大切にいただきます」
「うん!」
リューイは胸が熱くなった。
こみあげてくるものを慌てて飲み込むとクラルスに近寄る。
クラルスはリューイを見て幸せそうな顔をしていた。
「よかったな、クラルス」
「うん!」
くしゃくしゃと頭を撫でればルーナとともにシルバたちの元へと走っていった。
リューイは執事に頭を下げる。
「このようなお礼を頂いたのは初めてです。小さなお客人に喜んでいただけて何より」
「彼はうちでも長く務めていてね?みんなから頼られているのだけど」
アクティナの言葉に執事は軽く首をふる。
リューイは笑えばそのまま彼とともに車に乗り駅へと向かった。
「若様からの連絡では急行に乗れたとのことでしたので駅についてからそう遠くないうちに来るかと思います」
執事の言葉にリューイはとたんにソワソワとした。
朝別れてから日にちが経ったわけではないのだが距離があるためか長く離れていた気がする。
ミラーごしに後部席に座るリューイを見て執事は口元に笑みを浮かべた。
「駅につきましたら列車が来るまで来るまでお待ち下さい。ほぼ利用する人間はおりませんが、大事なお客様に万一のことがあれば奥様、旦那様まして若様に顔向けできません」
「わかりました」
素直にうなずいたリューイは駅前に車が止まれば窓を開けて改札を見つめる。
何本か電車を見送れば、あれですねという執事の言葉に車を出て改札の前まで向かう。
降りてくる人影は2つ、リューイは薄暗い中迷うことなく目的の人物に飛びついた。
「リューイ?どうしてここに」
「早くウィルに会いたくてきた」
「…そうか」
ウィリディスは緩む口元を抑えた。リューイの髪を撫でて口づけようとするものの後ろから肩に手が置かれると体が跳ねた。
リューイが視線を向ければ満面の笑みを浮かべたアカテスがいた。
「アカテスさん…?アクティナさんはお仕事で明日まで戻らないって言っていたのに」
「うん。ティナに会いたくて頑張って仕事終わらせたんだ。それより息子くん、だめだよ。部屋ならともかくこんなところでなんて」
アカテスの言葉に真っ赤になればリューイはそそくさとウィリディスから離れる。
「車に乗って帰ろう。時間的にもごはんの時間だね。今日は子供たちが来るからティナが張り切ってメニューを考えていたよ」
「わかった。リューイ」
ウィリディスに声をかけられたリューイはうなずけばアカテスとともに車に乗り込んだ。
ウィリディスの隣に腰を下ろしてからリューイはほっと息をついた。それからアカテスに声をかける。
助手席に座ったアカテスは顔だけをリューイに向けた。
「誕生日プレゼント、ありがとうございました」
「喜んでくれたかな」
「はい。俺、万年筆って初めてだからまだ使い慣れないけどそのうち慣れたら手紙書いていいですか」
「なんと…!もちろんだよ。今手紙を書く人間なんていないからね。とてもうれしいよ。ティナと一緒に待ってるね」
うなずいたリューイはウィリディスを見つめた。
ウィリディスは優しくリューイを見返す。アカテスは二人の様子を見ながら微笑んだ。
「いい子だね、本当に」
「リューイ様だけでなく、ほかのお子様がとても良い子でして我々使用人一同とても微笑ましくなっております」
「だろうね」
「アクティナ様が朝からずっと楽しそうでしてそれも喜ばしいものです」
アカテスはうんうんとうなずいた。
後ろの二人が手をつないで微笑みあっていることなど知る由もない。
「それでね、ニウエによく似た犬がいて、ルーナって名前なんだけどすぐにクラルスと仲良くなったんだ。レックスとシルバは馬に乗ってた。あとで写真見せるから」
「あぁ」
「それからアクティナさんがだしてくれたクッキーがすごくおいしかったんだ。野菜使ったジュースもおいしくて。作り方聞いて覚えるからせんせーも飲んでね?トマトいっぱい使うから」
「それはやめてくれ…」
「えー、いいじゃん。せんせー、生のトマトはだめだって言ってたけどケチャップは食べられるでしょ。だからジュースにして食べよう」
ぶふっとアカテスが噴き出した。
珍しい様子に執事は驚くものの運転中ということもあり様子をうかがうことはできない。
後ろの二人の会話はほほえましくもあり、聞いていて楽しくもあった。
「せんせー、研究またとまっちゃった?」
「あぁ…どうしても納得がいかない。作用するものは絞り込めているんだ。だが俺たちの中でこれだと断定できるものがない」
「せんせ…」
「ついたよ、リューイくん、息子くん」
リューイの言葉を途中で切ったアカテスの声にはっとした。
屋敷に戻ってくればリューイは少し雑にシートベルトを外した。車のドアを開けてウィリディスよりも先に降りる。
アカテスが執事に礼を告げて先に歩いていく姿が見えた。リューイはそれを追いかける。
「…若様」
「なんだ」
「リューイ様は若様を慕っておられるのですね」
「…あぁ」
「たった一度の人生、どうか後悔などなさいませんよう。あなたさまも、リューイ様も。お二人が一緒に笑っておられると場が明るくなります」
「そう、見えるのか」
「はい。クロエ様を亡くされて塞ぎこまれて、長く研究に明け暮れた若様を覚えておりますので、今リューイ様と笑っておられる姿を見ると胸がいっぱいになります」
執事の言葉にウィリディスは柄にもなく照れた。
だが、小さくすまない、とつぶやくとリューイのあとを追いかける。執事はそれ以上何も言わずに車をしまいに向かった。
できることならばこの先も、とウィリディスは願う。歩いてくるウィリディスの姿に気づいたレックスとシルバが笑顔で走り寄ってくる姿に軽く手を上げつつ、アカテスを驚き一杯の顔で出迎えるアクティナへと視線をやった。
全身で喜びを表す母をどこかうらやましそうにリューイが見ているような気がした。
リューイの部屋は以前来た時と同じらしい。扉の花の絵が気になって少し前に頭の整理がてら調べてみた。
「私の胸の中で炎のように輝く…か。言われてみればそうだな」
誰にともなくつぶやいたウィリディスは自分の胸に手を当てた。確かに炎のように強く燃える想いがここにはある。
下手をすれば自分の魂さえ焼け焦げてしまいそうなその思いを消すこともできずにウィリディスは抱えていた。リューイも同じだろうか。
研究のことですら納得がいかないことのほうが多いのに、リューイのことまで考えてしまうと頭の中が整理しきれない。
重たく息を吐き出したウィリディスにリューイは近づく。
「ウィル…疲れてるなら寝る?」
「いや…」
心配そうな瞳を見つめ腰に腕を回す。
引き寄せられるままに体を寄せたリューイは少し顔を傾げた。
舌を絡めることはなくそのままただ唇を重ねる。目を丸くするリューイだったがウィリディスの胸に顔を埋めればすがるように服を握り締めた。
「ウィル…夜、部屋にいるから」
「それは…」
「ごはん、食べすぎるなよ」
顔を上げたリューイは笑って離れていく。
ウィリディスは顔を手で覆ってしゃがみこんだ。リューイから誘われるなどいつ以来か。
荷物預かりますね、とメイドが声をかけてくる。
鞄を渡したウィリディスは己を奮い立たせるとリューイのあとを追いかけて中庭へと向かって行った。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる