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誓いの首輪と嫉妬の指輪 2
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リューイは隣ではしゃぎごきげんなクラルスをみては微笑んでいた。
彼のお気に入りのルーナは普段牧場で羊の番をしているらしい。
ニウエを抱いてクラルスはいつもより饒舌に話していた。
うんうん、と話を聞きながらリューイは笑う。
「ルーナが気に入ったのね、クラルスくんは」
「うん!ルーナふわふわでかわいいから好き」
「クラルスの養子先にもいるもんな。大きな犬」
「うん!」
レックスは図鑑を持ってくればよかったとぼやいている。
生の動物を初めて見るから見比べたいのだという。
アカテスが声をかければ電子パッドを渡した。
「そのボタンを触って、それからそのタブを押して」
「すごい!図鑑だ!」
「うん。うちの会社で開発した図鑑の一つでね。カメラと連動しているからそれで動物を撮ると図鑑を自動検索してページを開いてくれるよ」
「ねえねえ、恐竜は?」
「実物がいないからできてはないけどほしいかい?」
「うん。あのね、開いたら飛び出るやつがいい」
シルバの言葉にアカテスは少し考え込む。
できるのだろうかとリューイは考える。
「提案してみるよ。またできそうなら二人に見てほしいな」
「楽しみにしてるね」
「フィーちゃんは何の動物が好き?」
「俺は馬かな。一昨日乗ったときすごく楽しかったから」
楽しげな会話を横に聞きながらリューイは目を細めて笑う。
クラルスは自分もほしいらしくアカテスに声をかける。
クラルスに顔を向けたアカテスに、犬がいい、と告げていた。
「さて、そろそろ着くわよぉ。最後までお天気でよかったわねぇ?動物たちも元気いっぱいですよって連絡きてたのよ」
「動物も元気ないときあるの」
「あるわよ。だからお医者さんがいるし、ちゃんと休めるようにベッドも整えてあげるの」
「お布団ふわふわ?」
「とてもふわふわよ。いい機会だからそこも見せてもらいましょうか」
「見たい!」
楽しそうな様子に誰もかれもが笑みを浮かべていた。
リューイは一度きたことのある牧場だが今日も動物たちが動き回っている様子が見て取れた。
「さぁ足元に気を付けてね。先に牧場の人に挨拶をしてからよ」
「はーい」
アクティナはまるで引率の教師のようだった。
リューイとウィリディスはアクティナの周りを楽し気に歩く姿を後ろから見つめて笑みをこぼす。
クラルスはアカテスからもらった小さなショルダーバッグにニウエを入れて歩いている。顔をバッグから出した状態のニウエがかわいらしい。
「僕、羊さん見たい」
「羊さん?いいわよ。ルーナのお仕事場だもの。ただこれからの季節に向けて毛を刈ってしまったようだからふわふわじゃないかもしれないわ」
「はだかんぼ?」
「えぇ」
「寒くない?」
「寒くないわ。お天気がいいから大丈夫。それに寒くなる前にはまたふわふわになるもの」
アクティナと話をしていたクラルスはほっと安心したように笑った。
牧場の前で人が立っていた。どうやら牧場主らしい。
ようこそ、と笑顔を浮かべたその男はアクティナ、アカテスとリューイたちを見ると笑顔になる。
「小さなお客様方、今日は楽しまれて行ってください」
「お願いします!」
こちらへ、と案内される。
レックスとシルバ、クラルスがはしゃぎながらあとを追いかけていく。
リューイは牧場をぐるりと見渡してどこに行こうかと考える。この前来たときはあちらこちらにウィリディスを引っ張ってみて回った。今回はどうしようかとウィリディスを見るものの少し間をおいてからフィーディスの手を取った。
「行こう、フィーディス。お前は何が見たい?」
「俺でいいの?」
「いいよ。この前せんせーとは見たから」
「そうか…なら俺は牛が見たいな。本当に白と黒の模様なのか、もーって鳴くのか気になってたんだ」
「よし、じゃぁ案内してもらおう」
フィーディスと歩いていくリューイを見送りウィリディスはアクティナに近づいた。アカテスは牧場主と話をしていた。事前に連絡はしていたためスタッフが驚くことは何もない。小さな客人に誰もが笑顔を浮かべていた。
アクティナは牧場のスタッフに案内されて放飼場へと歩いていく小さな姿を見つめていた。
「あなたやお兄ちゃんにもしてあげたかったわ」
「…俺たちは不要だと思っていた。この家にとってそういった楽しみは不要なものだと」
「でもあなたはクロエちゃんと楽しく過ごしていたでしょう?」
ウィリディスは口をつぐむ。兄が家を継ぐと宣言したのはいつだったか。
あの宣言があったから自分はクロエといることを選択できた。
「一応言っておくが俺もニキアスも子供らしい子供だった記憶がない…だから二人がどうこう思う必要はないし、俺たちの好きなように今まで生きさせてくれた…何かを想う必要はとくにない」
「あら、でも親としてはいろいろとかわいがってあげたかったのよ?いっぱい写真撮ってアルバムもたくさんにして…時折喧嘩して…やぁね、あの子たちとは血がつながっているわけじゃないのに、そんな未練があるものだからついつい必要以上にかわいがっちゃうわ」
苦笑するアクティナはウィリディスと歩き出した。各々スタッフの案内で動物たちと戯れている。
クラルスは羊の群れを追い回すルーナを見つけて名前を呼んで手を振っている。
レックスとシルバは馬の放牧場へ向かって行きどの馬に乗るか相談している。
リューイとフィーディスは牛の模様が一頭一頭異なっていることに驚いていた。
「俺、目元に黒い模様があるやつがいいな。ちょっととぼけた顔に見えるからかわいい」
「それなら俺はあの八割れかなぁ…なかなかいないと思うぞあんな奴」
「わかる。あいつも捨てがたい…」
何の話をしているのか、と思いつつウィリディスとアクティナもゆっくりとした時間を堪能していた。
「ティナ、牧場主が今日のお昼はどうするのかって」
「そうねぇ…何も持ってきていないしどこかで食べられるかしら」
「スタッフが作ったものでよければお弁当を作るって聞かれたからうなずいてあるんだけど構わなかったかい?」
「あら。いいと思うわ。食べやすいものがいいわね。おにぎりとかサンドイッチとか。お肉とハムはぜったいほしいわ」
「伝えよう。息子くんは?」
「…トマトがなければなんでもいい」
顔をわずかに背けながらの小さな言葉にアクティナとアカテスが同時に笑い出した。
リューイに聞かれてしまったらお小言を食らうだろう。
「それならばトマトをたっぷりといれてもらわないといけないね」
「そうね、ちゃんと食べてリューイくんに褒めてもらいなさい」
ウィリディスをからかう両親をにらみつけてからその場を離れていく。
広い牧場を歩きながらリューイの姿を探した。リューイはフィーディスとともにレックスたちと合流して馬を見ている。
色々な種類がいるらしくアカテスが渡したものを使用してあの馬はこんな種類だと話していた。
兄弟仲良くしているところを邪魔をしてはいけないと思い、唯一姿のないクラルスを探した。
クラルスは毛を刈られた羊を熱心に見つめている。その視線の先ではルーナが広い柵の中を走り回って羊を一か所に集めている。
「すごいな、ルーナは」
「せーせ!ルーナ、ずっと走ってるよ。疲れないの?」
「ルーナの仕事だからな…それに、クラルスよりずっと体力があるから疲れはないのだろう」
「僕もルーナと走りたい」
「…あとであの羊担当の者に声をかけてみよう。ルーナもクラルスと走ることができたら喜ぶだろうから」
「うん」
笑顔でうなずいたクラルスはまた羊を見つめ続ける。ウィリディスもその隣で柵にもたれかかりながら羊を眺めていた。
あまたの中でぐるぐるといろいろなものが回る。研究のことも、番のことも、リューイとフィーディスのことも、途切れることなく回り続けた。
ため息をこぼして考えを中断してから羊の数を数えだす。毛刈りがされているものとされていないものがおり、時折寒くないかなぁとつぶやくクラルスの声がした。
「ふぁ…」
小さくあくびが漏れる。
ウィリディスのあくびに気づいたクラルスが顔を上げて見つめた。
「せーせ、ねむい?」
「羊を数えてしまったから少しだけ」
「羊数えたら眠くなるの?」
「寝れないときはそうやるといいと聞いている」
「僕も数えたら寝ちゃうかな」
「どうだろうな…クラルスは日々健やかに遊んでいるから羊を数えなくても寝れるだろう」
「うん。ふわふわのお布団でニウエと一緒にぐっすりだよ」
「そうか」
とりとめもないクラルスの話を聞きながら遠くに聞こえる牛や馬の鳴き声に耳を澄ませる。
自分が子供の時はこんなことはしなかったと思う。自分だけではない。あの都市に生まれた子供たちは誰もがこんな光景を知ることはないのだろう。
本物の動物を目の前で見ることもない。それが当たり前だと思ってきた。だが、ここにきて楽しそうな子供たちを見て間違っていたのだろうかと感じてしまう。
本物に触れないことは実は不幸なことなのではないだろうか。
「せんせー、考えこんでどうしたの。あっちでレックスが馬に乗ろうよって呼んでるよ」
「…あぁ、そうか」
リューイの声がした。振り向けばフィーディスと並んでいる。
ウィリディスの様子を不思議そうに見つめるもクラルスが近寄って行けば笑顔を浮かべて話を聞いている。
「リューイ、クラルスはルーナと遊びたいらしい。あとで羊担当のスタッフに声をかけてくれ」
「わかった。じゃぁせんせーはレックスとシルバをお願い」
「あぁ」
リューイに頼まれた二人は馬を見ている。馬担当のスタッフからいろいろと説明を聞いて手にした図鑑と示し合わせてうんうんとうなずいていた。
柵越しに見つめていればスタッフの手で馬に乗せられる。手綱をしっかりと握り教えられたとおりに背を伸ばす。
「レックス、どう?」
「すごく高い…俺一人だと怖い」
「この子は一番おとなしい子です。大丈夫、怖がらないで」
レックスはどきどきと強く脈打つ心臓があることを感じていた。
太ももの内側に感じる馬の体の筋肉も熱いように思えた。
しばらくして馬を降りるとレックスはじっと馬の瞳を見つめた。
丸い瞳がレックスを映し出す。
「ありがとな…馬に乗るの本当に楽しい。またお前に乗せて」
馬はゆっくりとレックスに鼻先を寄せる。
緊張を押し殺しながらそっと手を伸ばして鼻先を撫でる。
柔らかな毛を感じ気持ちよさそうに目を細める姿に微笑んだ。
「レックス、馬はどうだ」
「すごく高い!あとすごく筋肉があるの。みてみて」
ウィリディスが声をかければレックスは勢いよく振り向いて話し出す。
馬の腹部を示して、馬にまたがったときの硬さを語る。
シルバも馬にまたがりウィリディスを見下ろして笑顔になる。
「先生は乗らないの?」
「俺はいい。お前たちが楽しめ」
「ふぅん。じゃあ、エサ挙げようよ。このあと御飯の時間なんだって」
「わかった」
こっち、とレックスが手を引いていく。ウィリディスは引っ張られるままになり馬担当のスタッフのもとに向かった。
スタッフはウィリディスもいることに目を丸くしていたがレックスに餌箱を渡す。中には人参や牧草、豆類が入っている。
別のスタッフが付き添い、馬に騎乗したままのシルバがやってくる。
レックスの頭を小突けば餌を要求するかのように目をレックスの持つ餌箱に向ける。
「はい、たくさん食べてね」
レックスが出す箱に顔を入れ夢中で餌を食べる様子を見つめた。
ウィリディスは箱に手を添えててもつのを支えた。
馬は一日に何度も食事をするのだとスタッフから話を聞く。
「大変だね。体が大きいとそんなに食べるんだ」
「体の大きさだけでなくその体に入っている内臓の問題でもあるだろうな。馬は胃の中に少量しか入れられないらしい」
箱が空になるまで見つめていた。シルバが馬から降りれば二人はアカテスが渡した図鑑を見ている。時折馬に向けている。
「先生、俺達もお腹へった」
「俺もー。ご飯は?」
「リューイのところにいってみるか」
「うん。またね、馬さん」
「お兄さんもありがとうー!」
レックスとシルバを両脇に従えて歩けばすぐにリューイ達と合流した。
彼らとしても食事の時間だったらしい。
クラルスはルーナとたくさん遊んだのかとてもご満悦だった。
「お弁当?」
「あぁ、スタッフが俺たちのも作ると聞いた」
「お礼言わなきゃな」
楽しげなリューイを見つめウィリディスは休憩明けからはともにいられるだろうかと考えた。
だが、期待は裏切られ、休憩後はアカテスとアクティナが羊の毛刈りを見せてくれるようだと誘いリューイはもとより全員がそちらに向かうことになった。
彼のお気に入りのルーナは普段牧場で羊の番をしているらしい。
ニウエを抱いてクラルスはいつもより饒舌に話していた。
うんうん、と話を聞きながらリューイは笑う。
「ルーナが気に入ったのね、クラルスくんは」
「うん!ルーナふわふわでかわいいから好き」
「クラルスの養子先にもいるもんな。大きな犬」
「うん!」
レックスは図鑑を持ってくればよかったとぼやいている。
生の動物を初めて見るから見比べたいのだという。
アカテスが声をかければ電子パッドを渡した。
「そのボタンを触って、それからそのタブを押して」
「すごい!図鑑だ!」
「うん。うちの会社で開発した図鑑の一つでね。カメラと連動しているからそれで動物を撮ると図鑑を自動検索してページを開いてくれるよ」
「ねえねえ、恐竜は?」
「実物がいないからできてはないけどほしいかい?」
「うん。あのね、開いたら飛び出るやつがいい」
シルバの言葉にアカテスは少し考え込む。
できるのだろうかとリューイは考える。
「提案してみるよ。またできそうなら二人に見てほしいな」
「楽しみにしてるね」
「フィーちゃんは何の動物が好き?」
「俺は馬かな。一昨日乗ったときすごく楽しかったから」
楽しげな会話を横に聞きながらリューイは目を細めて笑う。
クラルスは自分もほしいらしくアカテスに声をかける。
クラルスに顔を向けたアカテスに、犬がいい、と告げていた。
「さて、そろそろ着くわよぉ。最後までお天気でよかったわねぇ?動物たちも元気いっぱいですよって連絡きてたのよ」
「動物も元気ないときあるの」
「あるわよ。だからお医者さんがいるし、ちゃんと休めるようにベッドも整えてあげるの」
「お布団ふわふわ?」
「とてもふわふわよ。いい機会だからそこも見せてもらいましょうか」
「見たい!」
楽しそうな様子に誰もかれもが笑みを浮かべていた。
リューイは一度きたことのある牧場だが今日も動物たちが動き回っている様子が見て取れた。
「さぁ足元に気を付けてね。先に牧場の人に挨拶をしてからよ」
「はーい」
アクティナはまるで引率の教師のようだった。
リューイとウィリディスはアクティナの周りを楽し気に歩く姿を後ろから見つめて笑みをこぼす。
クラルスはアカテスからもらった小さなショルダーバッグにニウエを入れて歩いている。顔をバッグから出した状態のニウエがかわいらしい。
「僕、羊さん見たい」
「羊さん?いいわよ。ルーナのお仕事場だもの。ただこれからの季節に向けて毛を刈ってしまったようだからふわふわじゃないかもしれないわ」
「はだかんぼ?」
「えぇ」
「寒くない?」
「寒くないわ。お天気がいいから大丈夫。それに寒くなる前にはまたふわふわになるもの」
アクティナと話をしていたクラルスはほっと安心したように笑った。
牧場の前で人が立っていた。どうやら牧場主らしい。
ようこそ、と笑顔を浮かべたその男はアクティナ、アカテスとリューイたちを見ると笑顔になる。
「小さなお客様方、今日は楽しまれて行ってください」
「お願いします!」
こちらへ、と案内される。
レックスとシルバ、クラルスがはしゃぎながらあとを追いかけていく。
リューイは牧場をぐるりと見渡してどこに行こうかと考える。この前来たときはあちらこちらにウィリディスを引っ張ってみて回った。今回はどうしようかとウィリディスを見るものの少し間をおいてからフィーディスの手を取った。
「行こう、フィーディス。お前は何が見たい?」
「俺でいいの?」
「いいよ。この前せんせーとは見たから」
「そうか…なら俺は牛が見たいな。本当に白と黒の模様なのか、もーって鳴くのか気になってたんだ」
「よし、じゃぁ案内してもらおう」
フィーディスと歩いていくリューイを見送りウィリディスはアクティナに近づいた。アカテスは牧場主と話をしていた。事前に連絡はしていたためスタッフが驚くことは何もない。小さな客人に誰もが笑顔を浮かべていた。
アクティナは牧場のスタッフに案内されて放飼場へと歩いていく小さな姿を見つめていた。
「あなたやお兄ちゃんにもしてあげたかったわ」
「…俺たちは不要だと思っていた。この家にとってそういった楽しみは不要なものだと」
「でもあなたはクロエちゃんと楽しく過ごしていたでしょう?」
ウィリディスは口をつぐむ。兄が家を継ぐと宣言したのはいつだったか。
あの宣言があったから自分はクロエといることを選択できた。
「一応言っておくが俺もニキアスも子供らしい子供だった記憶がない…だから二人がどうこう思う必要はないし、俺たちの好きなように今まで生きさせてくれた…何かを想う必要はとくにない」
「あら、でも親としてはいろいろとかわいがってあげたかったのよ?いっぱい写真撮ってアルバムもたくさんにして…時折喧嘩して…やぁね、あの子たちとは血がつながっているわけじゃないのに、そんな未練があるものだからついつい必要以上にかわいがっちゃうわ」
苦笑するアクティナはウィリディスと歩き出した。各々スタッフの案内で動物たちと戯れている。
クラルスは羊の群れを追い回すルーナを見つけて名前を呼んで手を振っている。
レックスとシルバは馬の放牧場へ向かって行きどの馬に乗るか相談している。
リューイとフィーディスは牛の模様が一頭一頭異なっていることに驚いていた。
「俺、目元に黒い模様があるやつがいいな。ちょっととぼけた顔に見えるからかわいい」
「それなら俺はあの八割れかなぁ…なかなかいないと思うぞあんな奴」
「わかる。あいつも捨てがたい…」
何の話をしているのか、と思いつつウィリディスとアクティナもゆっくりとした時間を堪能していた。
「ティナ、牧場主が今日のお昼はどうするのかって」
「そうねぇ…何も持ってきていないしどこかで食べられるかしら」
「スタッフが作ったものでよければお弁当を作るって聞かれたからうなずいてあるんだけど構わなかったかい?」
「あら。いいと思うわ。食べやすいものがいいわね。おにぎりとかサンドイッチとか。お肉とハムはぜったいほしいわ」
「伝えよう。息子くんは?」
「…トマトがなければなんでもいい」
顔をわずかに背けながらの小さな言葉にアクティナとアカテスが同時に笑い出した。
リューイに聞かれてしまったらお小言を食らうだろう。
「それならばトマトをたっぷりといれてもらわないといけないね」
「そうね、ちゃんと食べてリューイくんに褒めてもらいなさい」
ウィリディスをからかう両親をにらみつけてからその場を離れていく。
広い牧場を歩きながらリューイの姿を探した。リューイはフィーディスとともにレックスたちと合流して馬を見ている。
色々な種類がいるらしくアカテスが渡したものを使用してあの馬はこんな種類だと話していた。
兄弟仲良くしているところを邪魔をしてはいけないと思い、唯一姿のないクラルスを探した。
クラルスは毛を刈られた羊を熱心に見つめている。その視線の先ではルーナが広い柵の中を走り回って羊を一か所に集めている。
「すごいな、ルーナは」
「せーせ!ルーナ、ずっと走ってるよ。疲れないの?」
「ルーナの仕事だからな…それに、クラルスよりずっと体力があるから疲れはないのだろう」
「僕もルーナと走りたい」
「…あとであの羊担当の者に声をかけてみよう。ルーナもクラルスと走ることができたら喜ぶだろうから」
「うん」
笑顔でうなずいたクラルスはまた羊を見つめ続ける。ウィリディスもその隣で柵にもたれかかりながら羊を眺めていた。
あまたの中でぐるぐるといろいろなものが回る。研究のことも、番のことも、リューイとフィーディスのことも、途切れることなく回り続けた。
ため息をこぼして考えを中断してから羊の数を数えだす。毛刈りがされているものとされていないものがおり、時折寒くないかなぁとつぶやくクラルスの声がした。
「ふぁ…」
小さくあくびが漏れる。
ウィリディスのあくびに気づいたクラルスが顔を上げて見つめた。
「せーせ、ねむい?」
「羊を数えてしまったから少しだけ」
「羊数えたら眠くなるの?」
「寝れないときはそうやるといいと聞いている」
「僕も数えたら寝ちゃうかな」
「どうだろうな…クラルスは日々健やかに遊んでいるから羊を数えなくても寝れるだろう」
「うん。ふわふわのお布団でニウエと一緒にぐっすりだよ」
「そうか」
とりとめもないクラルスの話を聞きながら遠くに聞こえる牛や馬の鳴き声に耳を澄ませる。
自分が子供の時はこんなことはしなかったと思う。自分だけではない。あの都市に生まれた子供たちは誰もがこんな光景を知ることはないのだろう。
本物の動物を目の前で見ることもない。それが当たり前だと思ってきた。だが、ここにきて楽しそうな子供たちを見て間違っていたのだろうかと感じてしまう。
本物に触れないことは実は不幸なことなのではないだろうか。
「せんせー、考えこんでどうしたの。あっちでレックスが馬に乗ろうよって呼んでるよ」
「…あぁ、そうか」
リューイの声がした。振り向けばフィーディスと並んでいる。
ウィリディスの様子を不思議そうに見つめるもクラルスが近寄って行けば笑顔を浮かべて話を聞いている。
「リューイ、クラルスはルーナと遊びたいらしい。あとで羊担当のスタッフに声をかけてくれ」
「わかった。じゃぁせんせーはレックスとシルバをお願い」
「あぁ」
リューイに頼まれた二人は馬を見ている。馬担当のスタッフからいろいろと説明を聞いて手にした図鑑と示し合わせてうんうんとうなずいていた。
柵越しに見つめていればスタッフの手で馬に乗せられる。手綱をしっかりと握り教えられたとおりに背を伸ばす。
「レックス、どう?」
「すごく高い…俺一人だと怖い」
「この子は一番おとなしい子です。大丈夫、怖がらないで」
レックスはどきどきと強く脈打つ心臓があることを感じていた。
太ももの内側に感じる馬の体の筋肉も熱いように思えた。
しばらくして馬を降りるとレックスはじっと馬の瞳を見つめた。
丸い瞳がレックスを映し出す。
「ありがとな…馬に乗るの本当に楽しい。またお前に乗せて」
馬はゆっくりとレックスに鼻先を寄せる。
緊張を押し殺しながらそっと手を伸ばして鼻先を撫でる。
柔らかな毛を感じ気持ちよさそうに目を細める姿に微笑んだ。
「レックス、馬はどうだ」
「すごく高い!あとすごく筋肉があるの。みてみて」
ウィリディスが声をかければレックスは勢いよく振り向いて話し出す。
馬の腹部を示して、馬にまたがったときの硬さを語る。
シルバも馬にまたがりウィリディスを見下ろして笑顔になる。
「先生は乗らないの?」
「俺はいい。お前たちが楽しめ」
「ふぅん。じゃあ、エサ挙げようよ。このあと御飯の時間なんだって」
「わかった」
こっち、とレックスが手を引いていく。ウィリディスは引っ張られるままになり馬担当のスタッフのもとに向かった。
スタッフはウィリディスもいることに目を丸くしていたがレックスに餌箱を渡す。中には人参や牧草、豆類が入っている。
別のスタッフが付き添い、馬に騎乗したままのシルバがやってくる。
レックスの頭を小突けば餌を要求するかのように目をレックスの持つ餌箱に向ける。
「はい、たくさん食べてね」
レックスが出す箱に顔を入れ夢中で餌を食べる様子を見つめた。
ウィリディスは箱に手を添えててもつのを支えた。
馬は一日に何度も食事をするのだとスタッフから話を聞く。
「大変だね。体が大きいとそんなに食べるんだ」
「体の大きさだけでなくその体に入っている内臓の問題でもあるだろうな。馬は胃の中に少量しか入れられないらしい」
箱が空になるまで見つめていた。シルバが馬から降りれば二人はアカテスが渡した図鑑を見ている。時折馬に向けている。
「先生、俺達もお腹へった」
「俺もー。ご飯は?」
「リューイのところにいってみるか」
「うん。またね、馬さん」
「お兄さんもありがとうー!」
レックスとシルバを両脇に従えて歩けばすぐにリューイ達と合流した。
彼らとしても食事の時間だったらしい。
クラルスはルーナとたくさん遊んだのかとてもご満悦だった。
「お弁当?」
「あぁ、スタッフが俺たちのも作ると聞いた」
「お礼言わなきゃな」
楽しげなリューイを見つめウィリディスは休憩明けからはともにいられるだろうかと考えた。
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