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新婚生活編

13.裸のつきあい

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「あちい…」
天気が良いのは有難い事だが、こんなにも急に暑くなられると体が追いついていかない。
今は日が暮れかけているせいか暑さが和らいできているものの、相変わらず湿度が高く額には汗が滲んでいる。
一刻も早くシャワーを浴びてこの不快な汗を流したい。
そんな事を考えながら俺は家路を急いでいた。

「ただいま」
玄関を開けると、リビングの方からパタパタと足音が聞こえてきた。
「瞬ちゃんおかえり~。ねぇ聞いて、緊急事態だよ」
『緊急事態』という言葉に似つかわしく無いほど彗はのんびりとした口調で言った。
「どうした?」
「お風呂壊れちゃった」
「は…?」
彗の話によると風呂の準備をしている時に突然給湯器の調子が悪くなり、そのままお湯が出なくなってしまったらしい。
給湯器の液晶パネルを確認してみると故障を知らせるエラーコードが点滅していた。
「こりゃ業者呼んで直してもらうしかないな」
「それがさ~、さっき電話したんだけど修理に来れるのは早くても明日の午後なんだって」
「マジか…参ったな」
いくら夏とは言えお湯を使えないのは辛いものがある。
シャツはこの暑さですっかり汗ばんでおりこのままではさすがに気持ち悪い。
その場に立ち尽くしたまま2人で思考を巡らせていると、突然彗が何か閃いたような顔をした。
「そうだ。スーパー銭湯行こうよ」
「銭湯なんてこのへんにあったか?」
「歩いて10分くらいのとこにあるよ。最近オープンしたんだって」
「ふーん…まぁ、でもそれしかないよな……」
「よーし決まりね!じゃあぱぱっと支度しちゃお~」
彗は楽しげな様子で部屋へと戻って行った。
こんな状況でも上機嫌な幼馴染を見ていると俺まで楽しくなってくるから不思議なものだ。
俺も彗の後を追うようにして着替えを取りに部屋へと向かった。

そんなこんなで俺たちは近所のスーパー銭湯へと向かう事になったのだが……
「俺、スーパー銭湯って初めてだから楽しみ」
「確かにお前が銭湯に居るイメージ無いな」
「えーどういう意味それ~」
受付を済ませると番号が書かれたロッカーの鍵を受け取る仕組みになっていた。
オープンしたばかりだからか、平日にも関わらずそこそこ客は多く家族連れや夫婦らしき2人組の姿が多く見られる。
「へー、思ったより人多いな」
「ねぇ瞬ちゃん!食事処と休憩スペースもあるみたいだよ」
「後でちょっとのぞいてみるか」
2人でそんな会話をしながら男湯と書かれた暖簾をくぐり中へ入ると広々とした脱衣所があった。
浴室はどうなっているのかと期待を膨らませながらシャツのボタンに手を掛けたところで俺は今更ある事に気づく。

“俺は彗と一緒に風呂に入っても良いのだろうか?”

別に男同士なのだから気にする必要は無いのだが、恋愛感情をオープンにしている相手と裸の付き合いをするというのは少し気恥ずかしいものがあって躊躇ってしまう。
彗の立場からしても『意中の相手が無防備に全裸を晒してくる状況』というのはやはり複雑なものなのではなかろうか。
たしかに、風呂上がりにパンツ一丁で部屋をうろつく事はあったが……同性とはいえ一緒に入浴するのはいかがなものか。
同性から好意を向けられた事のない俺はそのあたりの作法がよく分からなかった。

そんな事を考えながらちらりと横を見ると、彗は俺の心配を他所に既に上半身の衣類を全て取り去っていた。
「どうかした?」
「えっあー…ちょっとぼんやりしてた」
俺は慌ててシャツに手を掛けると、なるべく彗の方を意識しないようにしながら素早く脱ぎ捨てた。

広々とした浴室にはサウナやジェットバス、水風呂などの定番の設備が揃っている。
それを見てテンションが上がった俺は先ほどまで悩んでいたことを一瞬忘れてしまった。
「おー…すげー」
「向こうに露天風呂もあるみたいだよ」
「いいな、後で行ってみるか」
キョロキョロと辺りを見回していると、ちょうど空いている洗い場を見つけたので俺達は早速そこに腰掛けることにした。
シャワーから適温のお湯を出し頭にかけると汗と共に疲れが流れていくような気がする。
「ふー…生き返る」
「瞬ちゃんおじさん臭いよ~」
「うるせー」
俺はシャンプーを泡立てながら横目で隣を盗み見ると彗も同じく髪を洗っている最中だった。
普段はあまり意識する事はないがこうして改めて見るとやはり良い体つきをしていると思う。
引き締まった腹筋に程よく筋肉のついた腕、すらりとした長い脚。
正直言ってかなり羨ましい。

一方俺は…と自分の貧相な体を鏡越しに再確認して何とも言えない気分になった。
薄い胸板、シックスパックとはほど遠い平らな腹…おまけに身長は平均以下と来たものだ。
しかも最近は外食が増えたせいかなんとなく腰回りに肉がついてきた気がする…
などと考えながら再び隣の幼馴染の方を見ているとふいに視線がぶつかった。

「ふふふ、もしかして見惚れちゃった?」
「んなわけねーだろ」
とは言いつつも半分は図星だった。
「えー?ほんとかなぁ」
「いや、ほら、彗と比べて俺の体は貧相だなって思ってさ…」
「そお?」
彗は不思議そうに首を傾げると俺の頭からつま先にかけてじっくりと観察するように視線を上下させる。
「別に普通だと思うけど」
「あんまジロジロ見んなって」
「あはは、ごめんごめん」
こいつは普段から俺の事を「可愛い」などと平気で言う奴だ。
そんな男の言う「普通」なんて説得力に欠けると思ったが…これ以上観察されては敵わないので追及しないでおくことにした。

それから体を洗い終えた俺たちは真っ先に露天風呂へと向かった。
どうやら俺たち以外に人影はなく、貸切状態のようだ。
「風が気持ちいいねー!」
「おい、足もと気をつけろよ」
「わかってるって~」
夜風に頬を撫でられながらお湯に浸かると自宅の風呂では味わえない開放感に自然と肩の力が抜けていった。
「あ~たまには良いなこういうのも…」
「癒されるねぇ」
結局、今日は俺ばかりが勝手に意識してから回っていたのかもしれない。
彗は恋愛感情をオープンにするようになってからも“時折好意を伝えて来る”という点以外はあまりにもいつも通りで、俺は逆に戸惑ってしまっていたのだ。

「…なぁ、変な事聞いても良いか」
「んー?」
「彗って俺の裸見てもなんとも思わねーの?」
突然の俺の質問に彗は一瞬ぽかんとしていたが、すぐに何かを察したように笑みを浮かべた。
「もしかして…俺が瞬ちゃんの裸で興奮してるんじゃないかって不安になった?」
「……別にそんな心配はしてねーよ」
「あれ、違うの?」
「なんて言うか…彗が俺のせいで嫌な思いしてないか心配だったんだよ。同性とは言え、好きな相手と風呂なんてキツいだろ」

俺はなんだか気恥ずかしくなり誤魔化すように頭を掻くと、彗は「はー…なるほどそっちかー」と考え込むような仕草を見せた。
「…んー、考えた事なかったな。むしろ一緒に楽しい時間を過ごせて嬉しいくらい…あ、もちろん変な意味じゃなくてね」
「え、そうなのか…」
「うん。その辺しっかり線引きしてるってのもあるけど……瞬ちゃんの裸はもう見慣れてるからね~」
彗はそう言って微笑むと、「てか瞬ちゃんこそ平気なわけ?」と逆に質問してきた。
これはおそらく『自分を性的な目で見ている男と一緒に風呂に入る事に抵抗はないのか?』という問いだろう。

「俺は別に。彗とは長い付き合いだし……お前なら俺の嫌がる事とか絶対しないだろ」
俺は照れ臭さを感じながらも正直な気持ちを伝える。
すると彗は嬉しさ半分、驚き半分といった表情でまじまじと俺の顔を見つめてきた。
「へぇ~俺ってそんなに信頼されてたんだ~」
「茶化すなよ」
「あはは、ごめん。でもなんか面白いね、今更こんな心配されるなんて」
彗はクスクス笑いながら続けた。
「もう10年以上片想いしてるのに」
上気した頬に汗が流れ落ちる様子が妙に色っぽく感じて思わず目を逸らす。
「…変な事聞いて悪かったな」
「ううん。俺の事真剣に考えてくれてありがとう」
普段はあんなにも軽薄そうな振る舞いをしている癖に、時折こうして年相応の思慮深い一面を見せてくるからコイツは厄介だ。
「…ま、そういうことだからさ。前も言ったけど…これからもフツーに友達として接して欲しいなーって思うわけですよ」
「……ああ、わかったよ」
「うん、瞬ちゃんはずっとそのままでいてね」
そう言って愛しいものでも見つめるかのように目を細める彗を見ていたら俺はまた自分の心臓が大きく跳ね上るのを感じた。

「なんか暑くなってきたから先に上がるわ」
「ありゃ、顔赤いけど大丈夫?のぼせた?」
「へーきへーき。適当に館内ぶらついてるからお前はゆっくり浸かっとけよ」
俺はそう告げると彗の視線から逃れるように脱衣所へと急いだ。
この頬の火照りが風呂のせいなのか、それともまた別の理由によるものなのか今はまだ分からなかった。
ただ一つ言えることは、今まで以上にこの優しい幼馴染の存在が愛おしく思えたということだけだった。
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