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新婚生活編

24.新婚旅行-2-

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夕食の時間になると仲居さんが部屋まで料理を持ってきてくれた。
並べられた豪勢な料理の数々はどれも美味そうだ。
「ほら、彗。グラス寄越せ」
「ありがと~」
俺はいそいそと瓶ビールを開けると、自分の分と合わせて彗のグラスへと注いだ。
「じゃ、乾杯!」
「かんぱーい」
チンッと音を立てて互いのコップをぶつけ合い、一気に飲み干す。

刺身、鮎の塩焼き、茶碗蒸し、山菜の天ぷら……次々と運ばれてくる料理はどれも絶品で、あまりの美味さに思わず感嘆の声が出るほどだった。
「うまいなぁ」
「あはは、瞬ちゃんすごい幸せそうな顔してる」
「おう。実際幸せだしな」
俺が素直に即答すると彗は不思議な物でも見るかのように何度か瞬きをした後、「俺も」と言って小さく笑った。

「はぁ~、食ったな。腹いっぱい」
「たまにはこんな贅沢も良いね~」
「ちょっと休憩したら温泉行くか」
「賛成!ここの温泉すごく評判いいらしいよ」
俺は窓辺に置かれた椅子に腰掛けながら、すっかり暗くなった外をぼんやりと見つめる。
遠くに煌めく街の灯りがとても美しい。

彗に想いを告げるつもりだったのに普通に旅行を満喫してしまっている自分に気付き内心苦笑する。
こいつと居るとどうしてもリラックスしてしまうのだ。

「あっそうだ瞬ちゃん、浴衣着ようよ」
「あー、そっか。すっかり忘れてた」
彗は部屋に用意されていた紺色の浴衣を嬉しそうに掲げると俺に手渡してきた。
「はいこれ」
「お、サンキュー」
「やっぱ旅館といえばこれだよね~」
俺たちは早速着替える事にした。
普段の服とは勝手が違うので少し手間取ったものの、彗の器用さのお陰でなんとか無事に浴衣を身に纏う事が出来た。

大衆浴場へ向かう途中、廊下の前方から同じように浴衣を着た男女の二人組が歩いてきた。
手を繋いで歩く二人はなんとも幸せそうだ。
その姿を見ていると俺達もいつかあんな風になれるのだろうかと考えてしまう。

脱衣所に辿り着くと中は既に多くの人で賑わっていた。
俺たちは空いている脱衣籠を見つけると衣類とバスタオルを放り込み、早速浴室へと向かう。
洗い場で身体を流した後、俺達は湯船に浸かった。
二人で肩まで浸かり、ほぅと息をついた。

「気持ちいいなぁ」
「前に行った銭湯も良かったけどやっぱり本物は格別だねぇ」
ふと隣を見ると、彗の肌がほんのりと赤く染まっているのが見える。
濡れた髪は色っぽく、気付くと俺は無意識のうちに彗に見惚れてしまっていた。

「ねぇ瞬ちゃん」
不意に名前を呼ばれてハッとする。
「な、なんだ?」
「明日の観光地巡り楽しみだね」
「……そうだな。お前となら大体どこ行っても楽しいだろうし」
俺がそう言うと彗は嬉しそうな表情を浮かべた。

「ふふ、なんか今日の瞬ちゃん変だよ。デレ期到来って感じ~」
「俺だってたまには素直に本音を言ったりするんだよ」
「ふーん。本音かぁ」

彗は俺の言葉を噛み締めるように呟くと、じっとこちらを見つめてきた。
「なんだよ」
「いやぁ。瞬ちゃんって結構俺のこと好きだよなぁと思って」
「……それは、まぁ……」
以前の俺なら軽く受け流していたであろう彗の発言を、今は否定することが出来ない。
「最初は結婚だって全然乗り気じゃ無かった癖になんだかんだいつも付き合ってくれるしさ、結婚指輪を買う時も瞬ちゃんの方から提案してくれたし……花火大会の時だって……」
指折り数えながらそう話す彗を見て段々恥ずかしさがこみ上げてくる。
「あー、もう分かったから」
俺は彗の手を握り湯船の中に沈めると、そのまま視線を逸らした。
「あはは、ごめんね~。揶揄ったりして。俺も瞬ちゃんが大好きだよ」
「……知ってる」
彗の笑顔を見た途端、顔が熱くなるのを感じた俺は咄嵯に顔を背けた。

こんな調子で本当に彗に想いを告げる事が出来るのか心配になってくる。
「俺、向こうの風呂も行ってくるわ」
「うん、わかった~。じゃあまた後で」
彗に見送られつつ、俺は逃げるようにしてその場を離れた。

「はぁ」
一人でゆっくりと露天風呂に浸かっているうちに徐々に落ち着きを取り戻してきたが、同時に先程までの自分の言動を思い出し悶え死にそうになる。
やはり人並みに恋をしておくべきだったかもしれない。
30手前になって同性相手に恋愛で悩む事になるなんて思いもしなかった。

それからしばらくして俺が脱衣所に戻ると、彗が使っていた脱衣籠が空っぽになっていた。
どうやら先に上がったらしい。
俺は手早く身体を拭き、浴衣に袖を通した。

部屋に戻る途中、ロビーの椅子に腰掛けている彗の姿を見つけた。
「あれ、彗。なにしてんだこんなとこで」
「あ、瞬ちゃん。ちょっと休憩がてら夜景を眺めてました」
彗はそう言って窓の外に広がる景色に目を向けた。
俺もつられてそちらを見ると、眼下には温泉街特有のオレンジ色の街灯に照らされた美しい夜景が広がっていた。
「さっき女将さんが教えてくれたんだけどね、今の時間帯はライトアップされてて一番綺麗に見えるみたいだよ」
「へぇ、そりゃ凄いな」
「ね。折角だし外行ってみようよ」
「ああ」
彗に促され、俺たちは旅館の外へ出た。
昼間とはまた違った夜の空気を感じながら二人で街明かりをぼんやりと眺める。
ライトアップされたノスタルジックな街並みはどこか幻想的でとても美しかった。
「うわー、すごいね。映画の中に入ったみたい」
「ほんとに綺麗だな」
俺たちと同じように浴衣を着た様々な人が楽しげに通り過ぎていく。
そんな光景を見ていると不思議と心が穏やかになる。
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