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新婚生活編

23.新婚旅行-1-

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彗に想いを告げるならこの旅行が絶好のチャンスだと思ったのだが、そもそも彗は俺と両思いになる事を望んでいるのだろうか。
なんだかんだ今の関係性を心地よく感じているのでは無いかと思う瞬間が時折あり、気持ちを伝える事を躊躇ってしまうのだ。
伝えた結果、これまで築いてきた関係が崩れてしまうのは絶対に避けたいし旅先で気まずくなるのはあまりにも悲惨だ……。

「瞬ちゃん見て見て。向こうの方湯気出てるよ」
「おお……すげー」

福引で温泉旅館ペア招待券を当ててから数週間後、俺と彗は都会の喧騒から遠く離れた自然豊かな温泉街に訪れていた。
「俺、こういうとこ来るの初めてだわ」
俺は彗が運転する車の助手席に座りながら窓の外に広がる景色を堪能していた。

「そういえば瞬ちゃんと旅行行くのって高校の時の修学旅行ぶりじゃない?」
「あー、言われてみればそうかもなぁ。小学生の頃はよく家族ぐるみで行ってたけど」
高校2年生の秋、あの時は確か北海道に行ったはずだ。
彗とクラスが同じだったからバス移動中はずっと隣に座っていた記憶がある。

「あの時も楽しかったよね。瞬ちゃんが飛行機乗るの怖がっててさ、離着陸の時に『手握っててくれ!』なんて言うもんだからもう面白くって……」
「え、そんなことあったか?」
「え~忘れちゃったの!?」
彗には申し訳ないが、全く覚えていない。
多分、初めての飛行機が怖すぎて記憶から抹消してしまったのだろう。
俺が照れ隠しに惚けているわけでは無い事は彗にも伝わっているらしく彼はわざとらしく不満そうな表情を浮かべた。

「俺にとっては大事な思い出だったんだけどなぁ」
「悪かったよ。でもまた新しい思い出たくさん作れば良いだろ。今度は忘れないようにするからさ」
そう言って運転席の方を見ると、彗は正面を向いたまま「それもそっか」と笑みを零した。

それから暫くして車は旅館の駐車場に到着した。
旅館の外観はいかにも老舗という感じで趣のある造りをしている。
こういう固い雰囲気の宿泊施設は招待でもされない限り泊まる機会は無いだろうな、としみじみ思う。

俺と彗は荷物を持って車を降りると、入り口の前に立っていた仲居さんらしき女性がこちらに向かって歩いてきた。
「いらっしゃいませ、本日は当館へようこそおいでくださいました」
女性は丁寧なお辞儀と共に俺たちを迎えてくれた。

緊張気味な俺とは対照的に彗は慣れた様子でニコニコ挨拶を交わしていた。
こいつのこういう所が昔から頼もしくて好きだったな、なんて思いつつ女性に案内されるがまま館内へと足を踏み入れる。

「わぁ……」
思わず感嘆の声が漏れてしまう。
「すごいね瞬ちゃん」
館内は外観と同様に古風な雰囲気を感じさせる作りになっていた。
玄関口には高そうな壺や掛け軸が飾られていて、まるで時代劇の中に入り込んだような気分になる。
俺たちは受付カウンターでチェックインを済ませると早速部屋へと通された。

畳敷きの部屋は2人で泊まるには広すぎるくらいで、窓から見える自然豊かな景色も相まってかなり贅沢な空間が広がっていた。
所詮スーパーの福引で当てた招待券だからとあまり期待していなかったが、まさかこんな立派な所に泊まれるとは。
「すごいね~」
「ああ。俺なんかが招待券当てちゃって良かったのか不安になってきた」
「俺は瞬ちゃんと来れて嬉しいよ?」
「お前はまたそういう……」
そんなやりとりを見た仲居さんが「ふふ、仲が宜しいんですねぇ。新婚さんですか?」と微笑まし気に尋ねてきた。

「はい。って言っても親友婚なんですけど。幼馴染で小さい頃からずっと一緒なんですよ~」
「まぁ~!それは素敵ですね!」
彗の返答を聞いた仲居さんは目を輝かせながら俺達の顔を交互に見つめて来た。
明らかに社交辞令ではない、心の奥底から出た言葉だとわかるその反応に俺はなんだか気恥ずかしくなって俯いた。
「あ、えと。ありがとうございます……」

その時、何故かほんの少しだけ『親友婚』の響きに引っかかりをおぼえたが、特に深く考える事はせず俺はただ礼を述べることにした。

「それでは何かあればいつでもフロントまでお声かけ下さい。失礼致します」
一通り説明を終えると、仲居さんは深々と頭を下げて立ち去っていった。

「ふぅ、とりあえずちょっと休憩するか」
「そうだね~、あっ!ねぇ瞬ちゃんこっち来て!」
「んー?」
彗に呼ばれてそちらに向かうと、そこには備え付けの露天風呂があった。
「うわぁ、凄いなこれ」
檜造の大きな湯船からは既に温泉が溢れ出していて、辺りには檜の良い香りが漂っていた。

これなら2人一緒に入っても十分余裕がある広さだ。

(……あれ?何考えてんだ俺は)

そんな俺の様子を不思議そうに見つめる彗に気付き慌てて取り繕った。
「あ、そうだ。まだ夕飯まで時間あるしそのへん散策するか」
それから俺達は温泉街をぶらつく事にした。
旅館を出てすぐの場所に土産物屋がいくつも並んでいて、そこかしこから美味しそうな匂いが鼻腔を刺激する。

「ここの饅頭美味そう」
「瞬ちゃんさっきからお菓子ばっかり見てる」
「仕方ねーだろ。腹減ったんだから」
ニマニマと笑う彗を睨みつけながら答える。
夢中になって菓子を眺めている姿を見られていたのがなんとなく悔しい。
「夕食前だからお腹空かせたかないとね~」
「分かってるっての。子供扱いすんな」
「ごめんごめん」
そんな会話をしながら土産屋の軒先を歩く。

修学旅行の時もこうして彗と並んで店を冷やかして回ったっけ。
複数の女子から何度も記念写真を求められニコニコ笑顔で応じていたあいつの姿は今も鮮明に覚えている。
当時は「俺なんかより好きな奴と回れば良いのに」なんて言ってしまったけど、あの時の彗はもう既に俺の事が好きだったんだよな……。

ふと周りを見渡すと俺たちと同じような観光客がちらほらと目に入った。
家族連れやカップルなど様々だが、女性同士のカップルはちらほら見かけてもやはり男同士という組み合わせはあまり無いようだ。
以前は他人の事なんてほとんど興味が無かったのに、最近では幸せそうな恋人たちを見かけるとつい目で追ってしまう自分がいる。
きっと俺がこうなったのも全部この幼馴染のせいだろう。
隣でいつも楽しげに微笑むこの男が眩しくて、いつの間にか惹かれてしまったのだ。

家族のような、兄弟のような、親友のような……それでいて恋焦がれるような感情が胸の中でせめぎ合う。
「瞬ちゃん?」
不意に名前を呼ばれた俺はハッとして彗の方を見る。
「どうしたのぼーっとしちゃって」
「ああ、悪い。なんでもないよ」
「久しぶりの遠出で疲れちゃった?」
「大丈夫だって。ほんと心配性だな~」
そう言って俺が笑うと彗はホッとした表情を見せた。

「良い時間だしそろそろ戻るか」
「うん!ご飯楽しみ……あ、ねぇ見て!夕日が綺麗だよ」
「おお……」
旅館の側を流れる川に夕日が反射している光景はとても綺麗で、俺たちはしばらくの間それを無言で見つめ続けた。

彗は日々の中に潜んでいる小さな幸福を見逃さない人間だ。
些細な出来事にも敏感に反応しては、まるで宝物を見つけたかのように嬉しそうにする。
彗と一緒に暮らすようになってからというもの、俺も少しずつそういう感覚を取り戻しつつあるような気がする。
こういう穏やかな日常こそが幸せなのかもしれない。
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