【完結】恋なんてしない、つもりだったのに。

高羽志雨

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22.相田とランチ

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 昼休み、千紗はお弁当箱を持ち、写真部の部室へ向かう。
 大輝が食堂に行くようになって2週間が過ぎた。それまでは悠里と蓮の3人でお弁当を食べていたが、恋人同士の間に毎日1人で邪魔するのは気が引けることもあり、2日に1回、悠里たちとは別れて部室に通うようになった。

 部室には日替わりで部員が来ているので、1人寂しく食べることはない。
 動物園に行く前は何かと千紗に絡んできた大輝とは、今では必要最低限の挨拶しか交わさない。

 蓮が大輝に千紗への態度の変化の理由を聞いてくれたらしいが、まともな返事はなかったという。
 渡り廊下を歩いていると、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、相田が巾着袋を顔の高さまで持ち上げていた。

「松村さん、良かったら一緒にお弁当食べよ」

 袋にはお弁当が入っているらしい。
 相田がなんのことかわからないことを謝ってきてから、取り立てて話すことはなかった。千紗は大輝と親しく接することもなくなっているから、相田に嫌な思いはさせられることはないだろうと考えた。
 
 千紗はうなずいて、先に歩き始めた相田についていく。
 渡り廊下を通り、運動部の部室が並んだプレハブを過ぎて、体育館の裏へ行く。校舎から遠いせいで、生徒がめったに来ることがない場所だ。

 お昼時は体育館が太陽を遮っていて、過ごしやすそうだった。体育館の壁にもたれるように伸びる木の下に置かれたベンチに並んで座る。
 相田がマイボトルのお茶を飲んだ。

「ごめんね。急に誘って」

 千紗は首を振って、お弁当箱を開ける。

「ここ人気がなくていいね。こういうとこ結構好き」

 見上げると、木の枝につく多くの葉が空を半分ほど隠していた。
 この葉の緑の間からのぞく空を撮ったら幻想的だろうか。鋭い日が差す夏空を撮ってみようか。
 顔の前に手がかざされた。相田の手のようだ。

「おーい。松村さん。私、ただ2人でのんびりお弁当を食べるために誘ったんじゃないのよ」
 
 我に返って、相田のほうを向いた。彼女はアルミホイルに包まれたおにぎりをかじっている。

「あのさ、南くんとは全然話してないよね。挨拶くらいかな」

 千紗はお弁当箱を開けながら、うなずく。そんな千紗を見た後、相田は空を見上げた。

「それ、私のせいかもしれない」

 足元の芝生に空を飛ぶ2羽の鳥の影が映っているのを千紗は見ていた。

「えっと。何でって聞きたい気持ちもあるけど。それをわたしには言ってどうしたいの、とも思う」

 千紗は体ごと相田の方を向く。自分のほうに顔を向けている彼女の目をまっすぐに見る。

「あのさ、南くんとはもう2週間くらい話してない。だからって特に何の問題もない。相田さん、前に謝ってきたよね。理由も言わずに。あのことと関係あるの。あったとしても、今さら言われても南くんと私の状態は変わらないと思うよ」

 2本の箸でお弁当箱の中の玉子焼きを刺した。
 相田はおにぎりを一つ食べ終える。包んでいたアルミホイルを両手で握りつぶした。

「私の言ったことが原因で仲が悪くなるのは後味悪いなって思って。だから南くんに何を言ったか、松村さんに伝えたら仲直りのキッカケになるかなって思ったんだよね」

 これまで相田は、大輝に関することは攻撃するような口調で話すことが多かった。それが今日は、沈んでいるせいか居心地の悪さを感じる。
 千紗は玉子焼きを飲み込んでから、細く息を吐く。

「一応、言っとくけど喧嘩したわけじゃないから仲直りするっていうのは違うと思う」

 相田のほうに向けていた体を正面に戻して、前を向く。

「それにさ、前に南くんにかかわるなって言ってきてたじゃない。なのに、話さなくなったら、何で後味悪くなるのか、わかんない」

 顔を撫でるように風が吹き、頭の上で木々が揺れ、葉と葉が擦れる音がする。
 相田に目を向けると、肩につく長さの髪を撫でている。
 風で乱れたのだろうか。

「そうだね。自分でも不思議。でも、たぶん。南くんに言った言葉がキッカケになったと思うからかも。女子に向かって言った言葉で、南くんが誰かと疎遠になったとしても、何も思わないと思う」

 千紗は口元をゆがめ、小さく声を漏らした。

「なら、私じゃなくて南くんに言いなよ。私は南くんと話さなくても困ってない。挨拶は返してくれるから、気に障るようなことをして嫌われてるわけじゃないんだなって感じるし」

 変なことは言っていないはずなのに、千紗の心にモヤが広がっていく気がした。

「もう一回、言うね。私は今の状態でも何の問題もない。だから、相田さんが南くんに何を言ったのか知ったからってどうすることもないよ」

 相田は千紗をしばらく見つめて、深くため息をついた。

「そう……わかった。私が後味悪いのから逃げたかっただけだね」

 木々の隙間から注ぐ太陽を浴びながら、2人は黙ってお弁当を平らげていった。
 お弁当箱を巾着袋に入れた千紗はベンチから立ち上がる。隣に座る相田も少し遅れて立ち、2人は並んで教室へ向かって歩き始めた。
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