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36.楽しいデートから一転
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6月に入っても梅雨の兆しはなく、夏至に近づいている影響か西から差す日は黄色くて明るい。大輝は千紗の少し前に立ち、駅前にある喫茶店の扉を引く。毎度のごとく、ドアにぶら下がったベルが渇いた音を出した。
ロマンスグレーのマスターは人懐っこい笑顔を向けてきた。
「いらっしゃい。あ、久しぶりだね」
マスターの言葉に2人は顔を見合わせた。そういえば始業式の日に蓮や悠里と一緒に4人で来て以来だ。マスターは肘から先を丁寧に動かして、窓際のテーブルへ案内してくれる。東向きらしいそこの窓からは日差しが差し込むことなく、明るさだけが取り入れられていた。
壁に向かって腰を下ろした大輝の向かい側に座るつもりで、千紗が大輝から離れると腕をつかまれた。
「隣に座れよ」
そのまま引っ張られて、横に座らされた。
ここは4人掛けの席だ。2人で隣に座るなんて思ってもなかった。
付き合い始めて最初のデートだからだろうか。今日は一日、大輝の行動に振り回されている気がする。
待ち合わせはしないで家まで迎えに来たことに始まり、対応に出た母親に挨拶をされ、母親の前で手をつながれた。ウィンドウショッピング中は常に肩か腰に手を回されていた。
おかげで千紗の心臓はいくつあっても足りないんじゃないかというほど、たくさん働いてくれている。
「なんで、4人掛けの席で隣に座るのよ」
マスターが置いていってくれた水に口をつけながら、大輝の顔を見る。しっかりと目を見てきて、腰に手を回された。
「あのさ、さっきから、『なんで』ばっかりいうじゃん。逆に、なんで?」
腰に添えられた手をとって離させ、大輝をにらむ。
「だって、すっごいくっついてくるじゃない。親の前で手をつないでくるし、映画見てる時も肩に頭を乗せてくるし、それだけじゃなくて、腰や肩に手を回したままだし。雑貨見てるときとか、ほぼ後ろから抱きつかれてるくらいの状態だったし」
大輝の体が千紗から離れ、千紗がいるほうとは逆の腕で頬杖をつく。こちらを見る目は飼い主にかまってもらえない子犬のようだ。
「付き合ってんだから、俺ら。好きなヤツとくっつきたいって思うのは普通のことだろ」
口をとがらしている様子が笑いを誘う。
「ん、まあ、そうかもしれないけどさ。人がいっぱいいるところでとか、親の前でとか、恥ずかしいんだよね」
拗ねたような大輝の顔を見ながら話していると、自分が悪いことを言っている気がしてきた。
だんだんと語尾が小さくなってくる。
「なんか聞いた私が悪かった気がしてきた」
両肘をついて顎を乗せ、大輝とは逆側のカウンターへと目を向けた。客たちから注文された料理を作るマスターの後ろ姿が見える。千紗たち以外に数組いる客たちも、自分たちと同じように早めの夕食を取りに来ているのだろうか。
もしそうならマスター忙しいだろうな、なんて、大輝との会話を放って考える。
肩に近い腕に何かがあたった。横目で見ると、大輝が先ほどの姿勢のまま、千紗の肩を指でつついていた。
「怒ってはないんだ」
千紗は横目のまま、うなずく。
機嫌を直したのか、大輝は頬杖をといて、千紗の肩へ手を回してきた。やたらと顔が近い。
「重いわけでもない?」
吸い込まれそうになるほど、間近で見つめられる。
その問いには、大輝にしっかりと顔を向けて、目を見たままうなずく。子どものような表情をした大輝は千紗の肩から手を離して、肩と肩が触れ合うくらいの位置に座り直した。
そのタイミングでマスターがトルコライスを2つ運んできた。皿と一緒に置かれたフォーク付きのスプーンから巻かれた紙ナプキンを外す。スプーンを持ち直した手を大輝がつかんできた。
「なあ、左手で食べれない?」
目を丸くして大輝を見ると、気まずそうな顔をする。
「あー、右手が空いたら手をつないで食べれるのになって」
「いや、それは無理」
返ってくる言葉を予想していたのか、大輝は軽く笑って、自分のスプーンから紙ナプキンを外した。それを右手に持つと、空いた左手を千紗の腰に回してきた。千紗は横目でその左手を見るも、放っておくことにした。
近くから携帯電話のコール音が聞こえてきた。メロディは自分のものではないとわかったとき、大輝がスプーンを皿の上に置き、右のポケットから携帯電話を取り出した。
千紗はフォーク部分で細かく切ったトンカツを口へ運びながら、大輝が手に持った携帯電話へと目をやる。画面には『リオ』と表示されていて、それを大輝は無表情で見ている。
知らない名前が表示されているのを見て、胸のあたりがざわつく。
大輝の左手が腰から離れて、千紗の頭に乗った。
「この間、話しただろ。中3のとき付き合ってた元カノ。ちょっと出てくるわ」
携帯電話を耳に当てた大輝が立ち上がった。
通路を歩いて扉のほうへと向かっていく後ろ姿を千紗は見つめる。
「なんで電話に出るのよ。私から離れて話すこともないよね。まあ、周りの迷惑になるって思ったのかもしれないけど」
大輝が扉を開けて出ていくのを見る。その横顔から感情は読み取れなかった。
ロマンスグレーのマスターは人懐っこい笑顔を向けてきた。
「いらっしゃい。あ、久しぶりだね」
マスターの言葉に2人は顔を見合わせた。そういえば始業式の日に蓮や悠里と一緒に4人で来て以来だ。マスターは肘から先を丁寧に動かして、窓際のテーブルへ案内してくれる。東向きらしいそこの窓からは日差しが差し込むことなく、明るさだけが取り入れられていた。
壁に向かって腰を下ろした大輝の向かい側に座るつもりで、千紗が大輝から離れると腕をつかまれた。
「隣に座れよ」
そのまま引っ張られて、横に座らされた。
ここは4人掛けの席だ。2人で隣に座るなんて思ってもなかった。
付き合い始めて最初のデートだからだろうか。今日は一日、大輝の行動に振り回されている気がする。
待ち合わせはしないで家まで迎えに来たことに始まり、対応に出た母親に挨拶をされ、母親の前で手をつながれた。ウィンドウショッピング中は常に肩か腰に手を回されていた。
おかげで千紗の心臓はいくつあっても足りないんじゃないかというほど、たくさん働いてくれている。
「なんで、4人掛けの席で隣に座るのよ」
マスターが置いていってくれた水に口をつけながら、大輝の顔を見る。しっかりと目を見てきて、腰に手を回された。
「あのさ、さっきから、『なんで』ばっかりいうじゃん。逆に、なんで?」
腰に添えられた手をとって離させ、大輝をにらむ。
「だって、すっごいくっついてくるじゃない。親の前で手をつないでくるし、映画見てる時も肩に頭を乗せてくるし、それだけじゃなくて、腰や肩に手を回したままだし。雑貨見てるときとか、ほぼ後ろから抱きつかれてるくらいの状態だったし」
大輝の体が千紗から離れ、千紗がいるほうとは逆の腕で頬杖をつく。こちらを見る目は飼い主にかまってもらえない子犬のようだ。
「付き合ってんだから、俺ら。好きなヤツとくっつきたいって思うのは普通のことだろ」
口をとがらしている様子が笑いを誘う。
「ん、まあ、そうかもしれないけどさ。人がいっぱいいるところでとか、親の前でとか、恥ずかしいんだよね」
拗ねたような大輝の顔を見ながら話していると、自分が悪いことを言っている気がしてきた。
だんだんと語尾が小さくなってくる。
「なんか聞いた私が悪かった気がしてきた」
両肘をついて顎を乗せ、大輝とは逆側のカウンターへと目を向けた。客たちから注文された料理を作るマスターの後ろ姿が見える。千紗たち以外に数組いる客たちも、自分たちと同じように早めの夕食を取りに来ているのだろうか。
もしそうならマスター忙しいだろうな、なんて、大輝との会話を放って考える。
肩に近い腕に何かがあたった。横目で見ると、大輝が先ほどの姿勢のまま、千紗の肩を指でつついていた。
「怒ってはないんだ」
千紗は横目のまま、うなずく。
機嫌を直したのか、大輝は頬杖をといて、千紗の肩へ手を回してきた。やたらと顔が近い。
「重いわけでもない?」
吸い込まれそうになるほど、間近で見つめられる。
その問いには、大輝にしっかりと顔を向けて、目を見たままうなずく。子どものような表情をした大輝は千紗の肩から手を離して、肩と肩が触れ合うくらいの位置に座り直した。
そのタイミングでマスターがトルコライスを2つ運んできた。皿と一緒に置かれたフォーク付きのスプーンから巻かれた紙ナプキンを外す。スプーンを持ち直した手を大輝がつかんできた。
「なあ、左手で食べれない?」
目を丸くして大輝を見ると、気まずそうな顔をする。
「あー、右手が空いたら手をつないで食べれるのになって」
「いや、それは無理」
返ってくる言葉を予想していたのか、大輝は軽く笑って、自分のスプーンから紙ナプキンを外した。それを右手に持つと、空いた左手を千紗の腰に回してきた。千紗は横目でその左手を見るも、放っておくことにした。
近くから携帯電話のコール音が聞こえてきた。メロディは自分のものではないとわかったとき、大輝がスプーンを皿の上に置き、右のポケットから携帯電話を取り出した。
千紗はフォーク部分で細かく切ったトンカツを口へ運びながら、大輝が手に持った携帯電話へと目をやる。画面には『リオ』と表示されていて、それを大輝は無表情で見ている。
知らない名前が表示されているのを見て、胸のあたりがざわつく。
大輝の左手が腰から離れて、千紗の頭に乗った。
「この間、話しただろ。中3のとき付き合ってた元カノ。ちょっと出てくるわ」
携帯電話を耳に当てた大輝が立ち上がった。
通路を歩いて扉のほうへと向かっていく後ろ姿を千紗は見つめる。
「なんで電話に出るのよ。私から離れて話すこともないよね。まあ、周りの迷惑になるって思ったのかもしれないけど」
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