【完結】恋なんてしない、つもりだったのに。

高羽志雨

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37.不穏の始まり(2)

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 マスターがトルコライスを持ってきてくれた。大輝はお礼を言って、勢いよく食べ始める。

「長くなって悪かった。もう食べ終わりかけか」

 千紗の皿は残り2口ほどの量しか残っていない。その皿を見て、自分の胸にくすぶっていた火が燃えかけていることに気づいた。

「リオさんは何の用だったの」

 自分でも驚くほどの低音が出た。大輝も驚いたようで、ほんの一瞬、スプーンを持つ手が止まった。

「あー、週に3日か4日、バイトからの帰りに家まで送ってほしいんだって。土日はどっちか1日だけバイト先まで送り迎え」

 千紗は大輝の腕を服の上からつかむ。スプーンを置いた大輝はその手に自分の手を重ねてきた。その温かさが炎を静めていくようだった。

 大輝がリオから聞いた話を伝えてくれる。


◇◇◇◇◇

 10日ほど前からストーカー被害に合っている。相手は別の大学に通う同い年の男性で、リオとしては良い友達程度にしか思っていなかったのに、相手は恋人同士だと勘違いしていた。

 リオが会う時間を減らしていくと、ストーカーまがいの行動が始まった。といっても、バイト帰りに家まで後をついてきたり、行動確認の連絡が入ったりする程度で、最初は家についてくるだけだし、連絡も頻繁ではなかったから、そのうち諦めてやめるだろうと放っておいた。

 でも、男から1日10回を超える連絡が入るようになり、リオが男からの連絡を拒否したことで、焦った男は帰り道で声をかけてくるようになった。

 直接的な被害が出ていないから、警察にもいけない。大学の友人にも頼んで1人で行動しないようにしてるけれど、その友人も毎日は無理だから大輝にも助けてほしい。

◇◇◇◇◇

 彼の手が、千紗のそれをポンポンと叩く。

「だから、しばらく一緒に帰れないし、土日も遊べないかも」

 鎮静化するかと思った炎がくすぶり始める。

「なんでよ。週に3日か4日でいいんでしょ」

 大輝はトンカツを咀嚼しながら、横に首を振る。

「リオを迎えに行く日は、俺がバイトに入る時間を早くしてもらわないといけないし、場合によっては代わりに他の日のシフトに多く入ることになる。土日は、千紗が写真部の活動があったり、塾に行く日もあるだろ。俺もバイトあるし。リオに付き合わないといけない日もあるみたいだし。学校では今までどおりだし、メールも電話も今まで通りするから」

 千紗の目をまっすぐ見据えて話してくれる。その真摯な様子にほだされて、千紗はそれ以上言葉が出てこなかった。

 電話番号を残してあったこと、今付き合っている自分を放置して、リオの電話に出たこと。
 聞きたいことや追求したいことはあるのに、どうしても飲み込んでしまう。
 信じられると思った大輝の気持ちがわからなくなる。

 それでも、千紗の口をついて出る言葉は文句ではなかった。

「いいよ。連絡はしてもらえるのは嬉しいけど、大輝くんがしようと思ったときだけでいいよ。自由な時間も減るだろうし」

 もしかしたら、大輝はリオのことを忘れられていないのかもしれない。傷つけられたとはいえ、初めて恋した彼女のことを。

 千紗はトルコライスを美味しそうに食べる大輝の横顔を見つめた。
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