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三話

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 数日後、土日の休日も終わり、また忙しい日々が始まる。体の疼きも結局とれずに月曜日になってしまったのだ。
 朝から友広はバタバタと普段よりも早く家を出た。妻である私の顔も見ずに。
 ため息をつく回数も日に日に増えてきて、鏡で化粧をしているときに少し老けたかな?なんて思ってしまった。

「美奈子さん、今日も残業お願い出来ないかな?実は最近欠勤する人が多くて」
 上司の申し訳ない気持ちがひしひしと伝わってきた。
「はい。大丈夫ですよ」
 パートを初めてから、何人もの人が入って来たがすぐにまた誰かと入れ替わる。一年足らずのパートだが、この職場では長い方で、早い人だと三日で来なくなる。
 美奈子には理由がわからなかった。
 そんなこともあって、上司は私に気をつかってくれるし、常に優しくしてくれる。 最近では時給も上げてくれた。
 だから私も力になってあげたくて残業は極力引き受けるようにしている。
「本当にありがとうございます。助かります」
 年齢も一回り上にも関わらず、ちゃんと頭を下げてお礼を言ってくれる。お腹もぽっこりと出て丸い顔で、大柄な身体だがそんなところが可愛くもある。常に一生懸命、愚痴一つこぼさず目の前の仕事に取り組む姿は頼もしくあった。
「いいえ、お安いご用ですよ」
 美奈子は屈託ない笑顔を見せた。その時の上司の顔は今にも泣きそうな表情をしていた。
 その時ばかりは引き受けた自分を褒めてあげたいと思った。

 しかし、当たり前だが残業をすれば帰りは遅くなる。
 今日も遅くなってしまった。
 もしも友広が先に帰っていたら怒られてしまう。
 最近は、かろうじて私の方が早く家に帰っていただけ。
 ため息をつきながらマンションの階段を上って行く。
 いた。あの老人だ。
 疼いてきてしまった。もしかしたら......。
 もうその瞬間、友広のことは頭から無くなって、例え叱られようと、罵声を浴びせられようとも、目の前の老人が悪戯をしてくるのか、しないのか、それしか考えられなくなっていた。
「またいらしたんですね。なんでいつもここにいるんですか?」
 よくよく考えればおかしいことは明白だった。老人はここまで、一人で三階まで上がって来ているではないか。本来なら助けはいらないはず。
 でもここで待つ理由......それは美奈子のようなフェロモンを出しながら手を貸してくれる女性を待っているのだ。
 そしてほら、また美奈子は手を貸してしまう。
 この身体の疼きを老人に昂らせてもらい、癒してもらいたいから。
 たった二回の悪戯でもう体は虜になっていたのだ。
 いや、理由は他にもある。数年によるセックスレス。
 ほんの少しの営みでさえ忘れさられてしまった家庭で、美奈子は体をもて余していたのだろう。うちに秘める妖艶なエロスを持ち腐らせていたのだ。
 そう、心と体は違う。
 そして、体は正直なようだ。

 老人は四階を指差す。これが合図のような気もしてきた。
 美奈子はゆっくり右手を腰に回して老人を支えた。
 老人も応えるように左手を美奈子の首に回し胸の前に垂らした。
「大丈夫ですか?では、動きますよ?」
 この言葉にもはや意味は無い。
 老人は動いた。
 左手が乳房をゆっくり揉むように、豊満な膨らみを優しく焦らす。
 右手も正面からスカートを捲っていく、美奈子はただ前だけを見ていた。
 あくまで知らない、気づかないふりをして、馬鹿な女を演じた。
 老人の為に、あのときの魚のように、美味しそうなフェロモンをあらためて出した。
 紺色のプリーツスカートの裾はすでに太ももの上の方まで上がっていた。白いレースのショーツが物欲しそうに姿を現しているのだろう、老人の視線を股に感じる。
 今、私の感覚は研ぎ澄まされていて、触れる胸と太もも、密着する体全てで体温を感じる。
 そしてついに、いや、やっとと言うべきか、老人の右手がショーツ越しに股を触った。
 秘部に伝わる指先の体温、美奈子は安堵していた。バカな女であると同時に色として見られたことに。
 全身に快感が巡る。まるで衰えていた細胞が活気づくように若返っていくのがわかる。
「ん......」
 漏れてしまった。
 その声を聞き恥ずかしくなって顔に熱がこもる。おそらく真っ赤になっているだろう。
 老人の手はショーツの横から恥丘に侵入してきた。
 もう何年も手入れをしていない黒い密林に夫ではない男の指を招き入れてしまった。
 罪悪感もある、友広に申し訳ないと思う。
 でも......でもたった一度の過ちだけれど、身体の疼きが止められない。
 ごめんなさい、今だけは素直な自分でいさせて下さい。
「あっ......ん......」
 老人の手はすでに割れ目に入っている。
 濃厚な蜜が溢れてくるのを感じる。
 そして、もう片方の手も白いシャツの胸元から直接中に入りブラをすり抜けて、ピンク色の突起物をコリコリと弄くる。
 未だに一歩目を進めていないことに気づいた。
 ここからさらに九歩も進まないといけないのに、美奈子の頭の中で妄想が膨らんでいく。
 これほど感じさせてくれるのだから、この先にはどんな行為が待っているのか、階段を上がった先には、もしかしたら最後まで......美奈子は首を横に振った。
「足を前に出して下さい。上がりますよ」
 ダメ。私には愛する夫がいるのだから、おいたはここまで。
 老人も歩を合わせ、まず一歩、階段を上がった。
 指が奥底に侵入してきて、頭まで快感が突き抜ける。
 一人で自粛していた興奮とは違う、体が喜んでいるのがわかる。
 もっと、強く......老人はそんな思いを察したのか、秘部に指の根元まで入れて、激しく動かした。
「あっ!ああっ!」
 美奈子はすぐに口を押さえた。
 恥ずかしさのあまり下を向いてしまったが、自分の胸を触る老人の手にさらに滾ってしまった。
「クチャクチャ......ネチャ......」
 いやらしい音が響く、美奈子のような若妻が齢八十の老人に愛撫され、絶頂に近づけさせられているこの状況、異様であった。
 だが、もう美奈子が向かう先は四階ではない、快楽の絶頂だ。
 老人の愛撫が激しさを増す、足がガクガクと震える、蜜が滴り落ちてくる、ふと老人に視線を向けると、笑った。
「もう......あっ......イク......」
 身体中の力が一気に抜けて、崩れ落ちるように座り込んでしまった......。
「はぁ......はぁ......」
 荒い吐息。
 老人はこちらを見下ろしながら笑っている。何を考えているのだろうか。
 馬鹿な女を逝かせてやったって、内心高笑いでもしているのかもしれない。
 美奈子はまだまだ疼いていた。
 友広がこの場にいたら、私は悲願するだろう。入れて下さいって。
 瞳を潤わせながら老人を見上げる。
 指を差した。四階に向けて。これでもまだ連れて行ってほしいと言うのか。
 しかし美奈子は本能に従った。従順に、ただこの体の欲するままに。
 さあ、来て。もっと私を触りたいんでしょ?この体が魅力的なんでしょ?頭の中で勝手に解釈を広げる。
 老人はじっと四階を見つめる。
「わかりました。また支えますね」
 もう一度、馬鹿な女をと自分に言い聞かせた。
 体制も変えず、いつもの通りに老人を支えた。
 一段、また一段。ゆっくり上がって行く。
 手が伸びて来た。正面からスカートを捲り、ショーツを露にした。
 次は何をするのか。
 そう思ったとき、なんとショーツを膝まで下ろしたのだ。
 ビックリしてとっさに口が開いた。
「やっやめて!」
 おかしいことはわかってる。本来なら最初に言うべき言葉だ。
 老人は強く下に引っ張る。
 しかしすぐに、美奈子は意図を理解した。そうか、欲しいんだ。
 美奈子は支えの解き、背筋を伸ばして自分でスカートを捲った。すると老人はショーツの縁に手をかけ、ゆっくり下ろした。足首まで来ると、自分で足を浮かせた。
 ショーツを手にした老人は、顔に持っていきすーっと呼吸をした。
 嗅がれてしまったのは一日中履いていたショーツ。
 汗と愛液に濡れた匂いはどれほどにいやらしいのか。
 老人は今興奮しているのだろう。
 老人は匂いを嗅ぎながらこちらをじっと見つめている。
 それは、美奈子はスカートを捲ったままだったからだ。濃い陰毛が露になっているにもかかわらず、何故動けないのか本人にもわからない。
 さらに自分の手でシャツを捲った。
 白い花柄のブラを、これが見たかったんでしょ?とずらした。
 綺麗な淡いピンク色の乳首と真ん丸の乳輪が姿を出すと、老人の目はギラつき、釘づけになり、息遣いは荒く、今にも襲いかかりそうなほど興奮しているのがわかった。
 いいのよ。美奈子は内心そう思っていた。
 こんなことをするのは痴女以外ありえないし、誰でもいい。
 夫しか知らない、妻である自分の裸体を見せつけて誘った。

 その時、またしても足音が聞こえて来た。
 恥じらいすら忘れて老人を誘惑した女、最初は老人の悪戯だったが、なんでこんなことになってしまったのか。
 名残惜しいけど、服装を直し、老人に肩を貸した。
 老人はショーツを大事に持ちながら一歩一歩階段を上る。
 そして、四階に上がりきったとき。心の中は晴れていた。
 清々しいくらいに一片の曇りもなかった。
 本当の自分はこんなにも変態で痴女で、でもこれでいい。
 友広に教えてあげたい。
 私はあなたよりもこの老人に触れてほしいと思っているのよって。
 どんな顔をするのかな。お前なんかとは離婚だって言うかな。それとも素敵だよって、ありえないか。
 ふふっと笑ってしまいそうになった。なんか甘酸っぱい気分にもなった。
「ここで終わり、また今度にしましょう」
 その言葉には自分でも色気を感じた。
 奥底に淀んでいた女としての性が溢れてきて、体にエロスが滲み出る。
 老人の悪戯には魔法がかけてあったのかもしれない。
 美奈子は虜になるためにキスをした。ソフトで優しい、唇が触れるだけのキス。
 喜んでくれたかしら。それとも肩を貸さないこんなお節介は嫌だったかな?
 でも本当はもっと......。

 家の玄関には鍵がかかってなかった。
 友広が先に帰っていたのだ。これから私は叱られるだろうし、並ぶ言葉にも予想がつく。
「ただいま」
 返事を待った。
 しかし、無情にも廊下に響いただけだった。リビングの灯りは点いている。
 美奈子はリビングのドアを開けた。そこにはテーブルに頬杖を付いて怒り顔の友広の姿があった。
「いったい何時だと思ってるんだ?」
「ごめんなさい。残業が...」
「お前は俺の妻なんだ!だったら夫が帰って来る前に支度をしておくべきなんじゃないのか!」
 反論する気にもならなかった。
 おそらく何を言っても返事は予想がつくし、そもそもこの人は昔から、これと決めたことはテコでも動かない。妻という存在がこうであると思っているのだから、反論は無駄。
「ごめんなさい。気をつけるわ」
「さあ、早く晩御飯の支度をしてくれ」
「わかりました」
 美奈子はキッチンに立った。
 友広、私は今ショーツを履いていないの。それも貴方のお気に入りの一つである白いレースのショーツ。
 何故だと思う?...
 この日以来、身体が軽くなり、疼きや不満がなくなった。
 それに、パートがある日は特に期待するようになっていた。
 老人に会っていなければ、今頃まだ善き妻を演じていたのかもしれない。
 もう後悔はない。ただ少し......ちょっと罪悪感があるかな。
 滑稽だと言われても仕方がない、だってそうだから。
 おかしくて面白くて、本当に馬鹿馬鹿しく思う。体は背徳を求めて、心は元の鞘に。
 元来、私はこういう人間だったんだって思う。
 そういえばこの前上司に「最近、なんか雰囲気が変わりましたね。ますますお綺麗になってますよ」って言われて嬉しかった。
 だって服装も髪型も変えたし、ランジェリーもあぶない物に変えた。しかも、友広には内緒だけど、ショーツを履かないときもあった。
 その後は、なかなか老人に会う事はなかったけど、そのときに会っていたらどうなっていたのかな、家に行ったかもしれない。
 今日はどうかな......。
 日々の忙しさや、夫の顔色なんて気にしなくなり、一日の楽しみは危ない遊戯を求めること。
 踊り場にいる老人を、むしろ今は私が待っている。
 これからは善き女として......。
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