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八話

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 老人の家を後にした体は、疼いたまま。
 心と体は裏切られ、頭は混乱していた。
 おそらく今の姿は、まさに見るも無惨という言葉がピッタリだろう。
 妻としての務めを放棄して、あげくのはてに他の男とセックスをしようなどと。
 目の前には、我が家であるマンションが見える。選択肢は一つしかないのに、一人立ちすくんでいた。
 情けない。あんなふうに出て行ったのに老人に拒まれたから帰って来たなどと。
 大きくため息をついた。考えても仕方がないのはわかってる。
 その時すでに、家を出てから二時間が過ぎていた。もう友広は寝ているだろうか。

 階段を上がる。風の音とサンダルのかかとを擦る音だけが心地よく聞こえてくる。泣き過ぎたのだろうか、不思議と体は軽い。先ほどまでの自分ではないようだった。
 家の前に着いた。友広には正直に言おうと思った。思っていること、老人のこと、前から我慢していたことを。嘘をつくつもりはない。当然、老人との行為も。洗いざらい吐いてしまおう。
 自分の中で覚悟を決めると、また大きく呼吸をした。胸に手を置き目を瞑ると、震える手でドアを開けた。

 ......聞こえない。いつもなら聞こえてくる怒鳴り声がしなかった。
 もう、寝てしまったのかな。
 静かに歩を進めた。リビングのドアを開けると、友広は出て行く前と同じように椅子に座っていたのだ。
 しかも、その顔はまるで......。
「美奈子」
 まるで違った。その声にいつもの威厳は無かった。
 そして、美奈子が返事をしようと口を開けたとき、同時に友広が話し始めた。その言葉は予想に反して驚くものだった。
「美奈子。すまなかった」
 呆然としてしまった。意味がわからない。
「本当に情けないことをしていたと...」
 すると、涙が頬を伝う。友広が涙を見せるのは初めてだった。
 その涙を見た瞬間、胸を締め付けられる息苦しさを感じた。
「待って......いったい、どういうことなの?」
 それから、美奈子はただじっと友広の言葉に耳を傾けた。
「先日、階段の踊り場に老人がいたんだ。最初は奇妙な人だと思ったよ。杖をついていたし、何でエレベーターを使わないんだろって。でも仕方がないから肩を貸したんだ。そして、階段を上りきると、老人は優しく微笑んだんだ。別段何も思わなかったし、感謝されたいから助けたわけじゃない。それでも、二回目に見かけた時はさすがに腹が立ってさ、なんでこんなことしてるんだって、わざとかと。その時、家のことだったり仕事のことが重なってたから、つい老人に酷い言葉を浴びせてしまったんだ。俺は家に着き冷静になると、すぐ後悔した。なんてことを言ってしまったんだと。直ぐ引き返して謝って、償いのつもりじゃないけど、また肩を貸して上がったんだ。そしたら、今さっき暴言を吐いた俺なんかに、また優しく微笑んでくれたんだ」
 友広は涙を腕で拭いながら続けた。
「......あの時、お前が出て行ったあと、何故か急に孤独を感じて寂しくなってさ、馬鹿みたいだろ?そしたらその老人の顔と支えたときのことが鮮明に浮かんだ。それで思い出したんだ。俺は美奈子に支えてもらってきたんだと。お前と結婚して二人三脚で歩いてきたんだと。辛い時は、いつも手を差しのべてくれた。それなのに俺は、お前にひどいことばかり」
 一つ一つの言葉が美奈子の胸を貫いていく。自分が犯した過ちがどれだけ間違っていたのか、自己中心的だったか。友広のその言葉と涙が、二人の過去を洗い流しているようだった。
 そして、もう我慢できなかった。友広ばかりで、美奈子はやるせない気持ちでいっぱいだった。
「もう......止めて。その先はもう言わないで下さい。私の方こそ、本当にごめんなさい。愚か者だった。全然わかってなかった」
 二人のすすり泣く音だけが、しばらくの間、リビングに響いていた。
 美奈子は友広の横に立つと、ゆっくり膝をつき。
「ごめんなさい」
 一言だったが、これ以上の言葉は思いつかなかった。
 すると。
「美奈子止めてくれ。俺なんかのために膝をつかないでくれ。......ありがとう」
 二つの感謝が揃ったとき、美奈子は友広の胸に抱きついた。
 それからの二人に言葉はいらなかった。
 お互い解放されたようにスイッチが入ると、友宏は、美奈子をテーブルの上に寝かせる。
 唇を貪るように吸い付く。両手はワンピースを剥ぎ取った。
 激しく乱暴だった。こんな友広は見たことがない。
 もう見境いなどない。世間体などクソくらえだと言っているみたいに獣となっていた。
 美奈子も、先ほどの悪戯があったからなのか、火照りは一気に炎となって体を昂らせた。
 いつの間にか下着も外され、乳房は揉みしだかれ、老人を導くために準備されていた穴は、今は強引にこじ開けられた。
「美奈子!愛してる!」
「私も!......お願い!早く入れて!」
 ズボンと下着を脱ぎ捨てると、硬く脈打つ肉棒を突き刺した。
 あまりの勢いに、美奈子は腰が浮き上がる。
「あああ!......友広!気持ちいい!......あん!......あっはぁっん!」
 テーブルの上で全裸となり足を大きく拡げ穴を晒している姿に恥じらいなど微塵もない。今までの二人ならありえなかっただろう。
 でも、ねじ込まれた肉棒は、二人の過去を壊していくかのように激しさを増した。
 四角い木製のダイニングテーブルが、友広の腰の動きに合わせるようにリズムよく軋む。
 美奈子も、さらに喘ぎ声を重ね、目を瞑り、淫らに吐息を吐く。
「あん!......はあぁん!......気持ちいい!もっと突いて......壊れちゃうくらい!」
 友広は、額に汗を滲ませていた。
 美奈子の乳房を揉みしだく、口を使い乳輪を舐め、乳首を舌先で刺激する。
 まさに獣だった。雄と雌。そう獣達は、周りの目など一切気にしない。世間体などというものを意識するのは、人間だけだ。
 友広も、耐えていたのだ。夫として、男として。そんな周りからの視線を向けられながら、気丈に振る舞っていたのだ。
「あん......あん......あん......はぁん」
「素敵だよ美奈子」
「......友広、逝かせて......お願い」
 友広もテーブルに上がると、美奈子を四つん這いの姿勢にして、バックから挿入すると、お尻に下腹部を叩きつける。
 肉と肉がぶつかり合う音が生々しく響き、美奈子の尻肉は波打つ。
「気持ちいいかい?」
「あん......気持ちいいわ!......あぁっ!凄い!」
 老人に悪戯され焦らされた体が友広とのセックスにより解放されていく。肉棒が深く入るたびに、強烈な快感が体を走り抜ける。意識が飛んでしまいそうなほどだった。
 
 そして、その快感と快感の狭間で、美奈子は思った。

 友広で、良かったと。

「いくぞ美奈子!」
「来て友広!......私の中に......あっ、ああああぁぁ!」
 それは、咆哮のような声だった。



 翌日、友広は会社を休んだ。話しをしたかったからだ。
 二人で一から、さらに、お互いの胸の中にしまってあった思いを、素直に打ち明け合った。
 その際、謝罪の意味も込めて美奈子は老人との行為も話した。始めは驚いていたけれど、挿入はしていないことと、さらに、自分から求めたことも伝えた。
 友広は、それは浮気じゃないかと言ったが、すぐに後悔を感じて冷静になると、穏やかな瞳で許してくれた。

 必要なのは、感謝。どんなに辛くても、今まで二人で階段を上って来た。
 少しの間すれ違い一人になったけれど、また、二人で支え合い、また、上り始める。
 次の階段は、以前より緩やかな気がする。

「友広。何が食べたい?」
 美奈子は、微笑みながら聞いた。
「もちろん、魚の煮付けさ。でも、今回は俺が作るよ」
 意外な言葉だったので驚いた。
「え?でも、作れないんじゃ......」
「バカにするなよ?まあ、美奈子には劣るけど、料理ぐらい出来るよ」
 友広は自信満々に言った。
「......そう。じゃあ、お言葉に甘えて、お願いするわねっ」
 少し意地悪く言ってみた。けれど、初めての手料理だったので、内心は嬉しかった。

 後日、美奈子は老人の家を訪ねた。あらためて見ると外観は本当に古い二階建てのアパートだった。
 老人の部屋は一階の角だった。しかしそこはすでにもぬけの殻だった。
 唖然とした美奈子はすぐに隣人に聴いてみたところ老人はつい最近引っ越したそうだ。
 隣人も後に知ったくらい、それこそ突然だったらしい。

 引っ越し先は、大家も知らないらしく、もう会うことはないと悟った。これは、不思議な縁だったのだろう。
 美奈子は老人の家の前で、胸に手を当て、そっと瞳を閉じながら心の中で伝えた。

 ありがとうございました。

 気づかなければいけなかった本当の自分は、忘れていた感謝の心だったのだ。

 これからは、もう誤ることはない。善き夫婦として......。

 でも一つだけ、すでに不満がある。
 友広の料理は残念なくらいに、美味しくなかった。
 美奈子はまず、二人でキッチンに立つところから始めようと思ったのだった。





《あとがき》

 勝手ながら、こちらにて失礼します。

 最後まで読んでいただきありがとうございました。
 初めての投稿だったのですが、このお話しは、この八話をもって完結となります。

 このお話しで少しでも楽しんでいただけましたら幸いに存じます。
 また新しいお話しが出来ましたら、大変恐縮ですが投稿させていただきたいと思っています。

 重ねて、最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
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