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第3章 サマー!!!

1 入道雲の上から覗いた太陽が、

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 入道雲の上から覗いた太陽が、天井を覆うガラスを通して、容赦なく照りつけてくる。半袖のワイシャツの上からじりじりと焦げ付きそうな熱さは、そのまま肌をコンガリと焼き尽くしてしまいそうで、ちょっと怖い。その日の光を受けながら、ゴシゴシとブラシを擦る音を立てる。もう、夏だ。

 ――俺たち生徒会役員は、みんな仲良く、プール掃除をしていた。







 体育祭から一週間経った日、とうとう会長が復職した。その日は珍しく、役員全員が時間通りに生徒会室に集まって、会長の復帰を喜んでいた、――ように思う。何度も言うけど、会長の不在は本当に痛く、溜りに溜まった仕事のツケは、俺たちだけでは支払えなかった。やっと戻ってきてくれた会長に、早速たくさんの仕事を渡さなくちゃいけなくて、申し訳なさに胃がキリキリ痛むくらい、だったんだけど。



「ねー千堂たち、決算の資料知らない?」

「ああ、それなら」

「終わらせたよ」

「えっ」



 やりかけの書類が見当たらなくて双子に声を掛けると、然も当たり前のように二人が言った。



「体育祭関係の書類なら」

「パーフェクトさ」



 ふっと笑って金髪を掻き上げる仕草が、悔しいけれど様になる。



「ええ、何、それってどーゆーこと」

「後は会長の印をもらえば」

「完成だね」



 ばち、と二人して反対側の目を瞑り、ウィンクをして見せる。息もぴったりだ。

 そういえば、後どれくらい仕事が残っているのか、さりげなく確認された気がする。あの後、二人だけで仕事をしていたらしい。



「ええええ、なに、なにそれ、知らなかった!」

「言ってないからね」

「当然さ」

「うわーなんだそれ、」



 ううう、悔しいけど、悔しいけど、カッコいいじゃんか。双子のくせに!

 渡された資料に目を通すと、言葉通り、それは完璧な形になっていた。抜けもないし、不明瞭な部分もない。



「僕たちも」

「反省したんだよ」

「こう見えてもね」

「怒られたからね」



 双子は微かに笑って、俺にだけ聞こえるような小さな声で囁いた。悪戯な声色に顔を上げると、やっぱり双子は笑っている。「会長にはナイショだよ」と、人差し指を立てる姿も様になり、俺は唇を結んだ。



「おいしいとこだけ持ってくなー」

「そういうところも」

「嫌いじゃないだろ」



 双子が息ぴったりに言うから、俺もつい、笑ってしまう。

 そうだ。なんだかんだ言って、頼りになるんだ、こいつらは。









 双子のさりげない大活躍のおかげで、無事に体育祭の書類は片がついた。体育祭の後は、それぞれ何か思うところがあったらしい。双子以外も、真面目に仕事に取り組むようになって、以前の生徒会の雰囲気が戻りつつあった。――俺と会長以外は。

 俺はというと、やっぱりというか案の定というか、疲労が溜まった会長にちゅーされちゃいました☆のあの日以来、会長と二人きりになるのを避けていた。いやだって、すごい、気まずい。会長もそれは同じなようで、お互い、必要最低限の会話しかしていなかった。幸い、二人きりで仕事することも減ったので、今のところ支障はない。……はず。









 「あつい茹るとけるむりむりむりい」

「もうちょっとですよ、頑張りましょう鈴宮さん!」



 ああ、こんなときでも剣菱くんは頑張り屋さんだ。スラックスを捲り上げて、素足でプールの底をごしごしと擦っている。飛び散る汗がきらきらと舞い、まぶしい。



「ふん、この程度で音を上げるとは」

「いやいやあんたに言われたくねーし」



 副会長は長袖シャツにパーカーを羽織り、濡れないように長靴を履き、さらには厳重な日焼け対策で日傘を片手にしていた。片手でデッキブラシを持ち、ゆるく擦るその腕は、力が入っているようには見えない。思わず突っ込んでしまった。



「つーかそんな焼けたくないなら、やんなくていいんじゃない……?」

「何を言ってるんだ。剣菱にだけやらせるわけにはいかないだろう」



 副会長は、いつだって副会長だ。真面目に言って、「なあ、」とわざとらしく剣菱くんの耳元に囁くと、剣菱くんは「ひゃあ」と高い声を出して肩を竦めていた。おお、セクハラだセクハラ。



「みんなまだまだだね」

「僕らを見習ってくれ」



 こういうのも得意らしい、双子は爽やかに笑いながらも、すごいスピードでプールの底を磨きあげていた。二人が通った後だけ、色が違う。



「…………」



 黙々と床を擦り上げるのは、会長と平良くんだ。一心不乱すぎて、そこにいるのも忘れそうになる。意外にこの二人、気が合うかもしれない。



「この調子だと、すぐ終わりそうだねー」



 俺が頑張んなくてもよさそう。

 そう判断すると、小さく息を吐いて、額の汗を拭った。

 このプール掃除は、生徒会役員の恒例行事、らしい。夏休みに入る前に、汚れを落とし、きれいなプールにして夏を迎える。屋内プールであり、温度調節も完備してある設備だから、もしかしたら手作業で掃除する必要はないのかもしれない。ある意味、儀式的行事なのだろう。その証拠に、去年も経験しているであろう会長は、文句も言わずに黙々とプールを磨いている。あーむしろ、入りたい。すっかり水が抜かれてしまったプールを見ながら、ぼんやりと思った。

 もうすぐ、夏休みだ。

 仕事から解放され、自由に遊び回れるパラダイス。

 さー今年は何しよっかな、と少し先の未来にウキウキしながら、俺ものんびりと、プールの床を擦った。

















 「お泊り?」



 プール掃除が無事に終わり、足をシャワーで洗い流しているときだった。双子から言われた単語に目を丸め、繰り返す。



「そうだよ」

「僕たちには」

「親睦を深めることが必要だと思わないかい?」



 双子も濡れた足をタオルで拭きながら、やはり爽やかに笑った。それを後ろで聞いていた剣菱くんが、表情を輝かせる。



「うわあ、楽しそうですね!」

「おい各務すぐに手配しろ」



 剣菱くんが乗り気なものには、副会長も否応なしに乗り気になるらしい。早口で会長に言うと、会長は思い切り眉間に皺を寄せた。



「何言ってんだ……」



 その隣の平良くんは、やっぱりおろおろと視線を彷徨わせている。

 多分きっと本音は、剣菱くんとお泊りしたいな☆っていうところなんだろうなー。双子の爽やかな笑顔と、副会長の必死な顔を見て、俺はひっそりため息を洩らす。今年に入って何度思ったかわからないけど、やっぱり恋の力は偉大です。



「いいじゃん。あ、俺、会長の実家行ってみたいなー」

「何?」

「会長の実家?」



 他意はなくぽつりと呟いたら、キラリと光る眼がこっちを見る。それからその視線が会長に逃れ、当の本人は俺のことを思い切り睨んでいた。覚えてろよ、その視線がそう言っていてヒヤリとする。わお、やな予感。



「へえー、旅館なんだね」

「じゃあもう決まりだね」

「すぐに手配しろ各務」

「だから、なんで俺が――」

「緒方さんなら、即決だったろうな」



 椎葉副会長が、ニヤリと人の悪い顔をして言った。それに会長は言葉に詰まる。そうだ、会長は、前会長のことをリスペクトしていた。そしてきっと、ライバル視もしているはずだ。副会長の言葉は、まさに、売り言葉に買い言葉。会長は苦虫を噛み潰したような顔で、「――わかった、」と短く言った。それに剣菱くんを始め、役員の表情が明るくなる。



 ――どうやら、夏の一大イベントは、会長の実家にみんなでお泊り! ってことになりそうだ。
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