一目惚れなんです、黒竜様

雪吹つかさ

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2:かつてない光景

恋する乙女の現実的な問題

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 ――どうしよう


 黒竜に許可を貰えた帰り道。獣道を歩く足取りは軽かった
 何処で心変わりをしてくれたのか少女にはてんでわからないが、嬉しさに笑みが洩れ顔は火照ったように赤く染まっていた
 朝の空の澄んだ水色は爽やかで、朝の空気を吸い込む度に目の前が明るくなっているように感じた
 何度も突き放されながらも抱いていた想いを伝えられた。それだけでもはにかんでしまうのに、許してもらえた事実は心に大きく響き止められなかった

 一気に森を駆け抜けて、街まで戻ると空気をいっぱい吸い込む。まだ朝方のため通りで人を見かけなかった
 宿屋に入り、カウンターに立っている女性に声をかける。コインの入った布袋を出して中を覗き、時が止まったかのように少女は固まった
 中身はあるが数枚しか入っていなかったのだ
 緩んでいた頬に力が入る。ここに来るまでの路銀、薬草等の購入代金。彼女が見惚れる程に美しい竜との再会、会話という夢に浸っている間に現実問題が切迫してきていた


 ――どうしよう


 二度目に浮かんだ同じ言葉は先刻までと意味が異なった
 少女は冒険者でもなければ職についている訳でもない。がむしゃらに、かの竜に会いたいという気持ちでここまで来たに過ぎないただの少女だ
 そばにいることを認めてもらえた。これからも会いに行ける。しかしそれには人間の身である少女には無視出来ない問題がいくつもある
 衣食住だ
 森で狩りをして動物を捌けるような技量はない。ナイフだって持っていない。出来ないならば宿屋などに泊まり、食事は買うなり店で食べるなり材料を買って調理――――つまるところ金が必要になる


「お嬢さん? どうすんだい、泊まるのかい? 泊まらないのかい?」
「と……泊まります」


 宿の女将から問われて一旦思考から抜け出し、なけなしではあるが支払った
 支払いを済ませて部屋に入るとベッドに座り、布袋の中からコインを出してベッドに広げた。数を数えてから袋の中へと戻した。紐できつく縛ってから懐へとしまった
 枕を手にして抱きかかえる。枕に顔を埋めた


 ――働かなきゃ……押しかけすぎて嫌われたくないし、ちょうどいいかな


 目を閉じればあの竜の姿が瞼の裏に浮かんだ。まだ数日ではあるが黒竜の言葉が聞けた。少しずつではあるがあの竜の事を知れた。想い焦がれていただけの日々と比べれば知ることが出来ている
 しかし、昨日初めて黒竜の想いに触れた時。理由ワケも分からずに胸が締め付けられる想いがして、涙が止まらなくなった。その時は何故か分からなかったが時間を置いて、思い返して理解した


 ――自嘲しているみたいだった
 黒竜様は、優しくて哀しい竜なのね


 人間のようにはっきりとは出ていなかったが目に自嘲が滲んでいるのを少女は見た。それが悲しくて苦しかったのだ


 ――そばにいたい。もっと、知りたい
 何故黒竜様が自嘲なんてするのかわからないけど、私が少しでも和らげる事が出来たらうれしい。とても、うれしい


 そのためには森に一番近いこの街で働いて滞在しなくてはならない
 少女は枕を元の位置に戻して立ち上がった。ベッド脇にある窓にかかっているカーテンを開いて外を見る
 王都から外れた田舎の街。黒竜がいるということで知名度は皆無ではなく、街の規模も大きくもなく小さくもない。最低限揃っている街だ。少女が働ける場所もいくつかあるだろう
 少女は早速実行に移る。店を見かけると店主に声をかけ、手当たり次第に交渉していった

 太陽が真上を昇った頃。少女は広場で項垂れていた
 少女は宿屋暮らしのよそ者ということがあり採用が難しいらしくどこも首を横に振られてしまった。全て回りきってはいないが足に疲れが来て広場で一休みしている。めぼしい場所は全て足を運んではいるためほとんど回ったと言っても過言ではない
 少女は森のある方角を見遣る。黒竜はどうしているのか気になって仕方がなかった


「会いたい……」


 想いが言葉になって零れる。明け方に会ったばかりだということを忘れてしまったかのように会いたくて仕方が無かった。一分一秒でも会いたくなってしまう
 それでも現実問題がなくなるわけではないため森に向かう訳にもいかない


 ――次に向かわなくちゃ


「まあ、可愛いうさぎさん」


 穏やかな女性の声がして声のした方を見る
 腰まであるブラウンの長い髪の女性が少女を見ていた。少女よりいくつか年上だろう。声と同じように穏やかさがあり、どこか雰囲気も大人びていた
 少女は女性の言葉で辺りを見回してみる。兎などどこにもいなかった


「……うさぎ?」
「あ、ごめんなさいね。あなたが白くて真っ赤な目だったから、うさぎみたいだなって思って」
「ありがとう……ございます?」


 少女は自身の髪を指でつまむ。少女の髪色と目の色の者は老婆以外ではあまり見かけない。珍しい部類だ
 少女は己の容姿を嫌いではなかったが好きでもなかった。そのため何と返して良いかわからずひとまずといった形で礼を言った。女性は柔和な笑みを返す


「何か困っている事でもあるの?」
「え?」
「そういう顔をしていたから」
「……」
「良かったら聞かせてもらえない? 私この街に住んでいるの。この街に関する事だったら役に立てもかもしれないわ」


 この街に来た当初と同じだろう。少女が困っているから声をかけた。あの時の住民と同じ理由で女性は声をかけてきてくれたのだ。街の人間ならば働き口の情報を教えてくれるかもしれない。少女は思い切って彼女に働き先を探している事を話した
 少女が話すのを女性は黙って聞いていた。少女が話し終えると顎に手を宛てて考える所作をする


「そう。お金が必要なのね」
「……はい」
「それなら住み込みが良さそうね。住み込みで従業員をちょうど探しているお店を知っているわ」
「本当ですか!?」


 困り果てていた少女の表情がパッと明るくなる。少女の様子を見た女性はそのまま続けた


「小さいパン屋さんなんだけれど、朝早いのと人気で朝から忙しいのもあって住み込みの方がいいらしくて……これも何かの縁だし良かったら紹介するわ」
「じゃあ……お願い、します」
「ええ。こっちよ」


 女性が先を歩いていき、少女は少し駆け足でそれについていった

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