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2:かつてない光景
この先のこと
しおりを挟む――就職先も決まったその日の夜
少女は宿のベッドを抜け出して街の中央の広場のベンチに座っていた。温暖な気候の場所にあるこの街は夜もあまり冷えることはない。風も無風に近く、どこか物足りなさを感じさせるものの過ごしやすかった
走り回って仕事を見付けて気が抜けたのか少女は少しぼんやりとしていた。空を見上げて青く淡い光を放つ大きな月を見上げていた
今日一日の出来事を振り返る。自然と瞼を落としていた
――『私はグレン・メンデス』
「なまえ……そうだ」
わたし、黒竜様のなまえ知らない。わたしも……黒竜様に言ってない
少女は心の中で呟く。きちんと自己紹介をしていない事に気付いて指先で頬に触れた。上にスライドしていき頬を覆う。少女の頭の中に今までの場面が浮かんでいった
何度か言葉は交わしたものの、名前など自分の事を話していない。黒竜から見れば怪しさ満点な少女だ。警戒している相手なら尚更自分の事を明かすべきである。しかし少女は当たり前の事がすっぽりと抜けてしまっていた
含羞で赤くなったり青くなったりとしてから少女はがっくりと頭を垂れた
――お仕事が終わったらちゃんと自己紹介しよう。話すなって言われたらおしまいだけど……
何はともあれ話はそれからだ。順序は間違えてしまったが黒竜に許可をもらっているという事実が背中を押していた
少女は再び空を仰ぐ。その中央で黒い影が見えた気がして目を凝らした。一度瞬きをした時にはどこにも見当たらなかった。不意に頭の中でここではない光景がよぎる
誰もいない半壊した建物
違和感がある程に澄んだ空
荒れた道を一人で歩いていく幼い自分
そこで少女は現実へと戻る。ベンチから立ち上がり丸い月を見つめた
明日から少女の仕事が始まる。上手くいって生活費を稼ぎこの街に居続けられればその分、少女が美しいと感じたあの黒竜と少しでも長く共にいられる
そのために頑張らなくてはならない
少女は深呼吸をして、夜の空気をたっぷりと吸い込む。深呼吸を終えると森の方を向いた
「おやすみなさい、黒竜様」
決して森の奥に届きはしない声量だが、少女は遠い森の奥へと向けて挨拶をした
軽く頭を下げてから宿屋へと向かっていった。明日からは起床時間が早くなるため少しだけ早足気味に
宿に着くと音を立てないように気を配りながらドアを開ける。この街の住民は眠るのが早い。カウンターには宿の店員の女性が立っていた。少女は小声で挨拶をしてから自身の借りた部屋に向かう
ベッドに上がり目を閉じる。いつかどこかの光景が浮かびそうになりながら睡魔へと身を委ねていった
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