14 / 71
3:不穏な風
気配を追って
しおりを挟む「あの、行かなきゃいけない場所があって……パン、もらって行ってもいいですか?」
休憩時間から戻ったイヴは購入したナイフを部屋に隠し、店での仕事に戻った
午後からの仕事を終えて食事の準備を始めているシェリーにイヴは告げた。突然の事にシェリーもグレンも瞬いていたが快く承服した
食べやすいように切られていくつか入れてもらったパンと買ったばかりのナイフを持ってパン屋から出た。空はもう夕闇が迫り始めていた。イヴは急ぎ森へ向け駆け出した
――イヴが森の中に入り、擦れた葉が激しく音を立てる。走り続けて出す息は早くなっていく
空はすっかり星が輝く夜になっていた
どこか遠くから自分とはずれた足音が聞こえる。確実に彼らはいる
その時、足が縺れてイヴは転倒した。パンの入った革袋が転がっていく。膝から足首、腕を打ち付けて痺れるような痛みが走った
「っ……」
服が破け擦り傷が出来てしまっていた。ズキズキと痛む四肢。それでもイヴは大きく息を吐いて起き上がった。足に力を入れて立ち上がろうとした
しかしまた転びかけてしゃがみ、足を見てみる。暗くてよく見えないため手も使って確かめた。足に蔓草のようなものが絡まっていた。足が縺れたのは走りっぱなし以外にもこれが原因だろう。手で解こうとしたが焦れったく思い、腰から下げているナイフに手を伸ばした
靴と蔓草の間にナイフを差し込んで切り上げる。その新品の鋭い刃でいとも簡単に切ることが出来た
絡まっていた障害を切って解き、革袋を持って立ち上がる。ズキズキと痛みが持続的に続いているがなるべく考えないようにして再び走り出した
もう何度も歩いた道。暗くて目印らしい目印もない。最早感覚だけで向かって行っているといっても過言ではなかった
イヴの息遣いの合間に届く違う足音。先程よりも大きく聞こえた。足を止め両手で口を覆って激しく咳き込んだ。止まると体は痛みを思い出す。手を口から離して、浅い息を深いものへとしていきながら足に触れる。足は痛みと疲労で震えていた
――大丈夫。まだ、走れるよ
最悪の事態はもう想像したくない。今は走れるか走れないか。たった二択だ
深く深く森の空気を吸い込む。止まっていたら足音はどんどんと遠ざかっていってしまう。震えを押さえ付けて前へと進んでいく
いつもよりも時間の進みが早く感じられるイヴだったが、足音がとても近い事に気付いて足音を潜めて音のする方を探す。炎が揺らめいているのが見えてゆっくりと近付いてその場にしゃがんだ
「あの災厄の竜をまずは囲んで、数人で押さえつけよう」
「ヤツは凶暴という噂だ。押さえる役はもっと多い方がいいんじゃないか?」
「容易に倒せるとは思えない。攻撃役をこれ以上は減らせない」
「やっぱり人数がな……ノリ気じゃないものも多かったし」
「俺たちは集められるだけ集めた。仕方ないさ」
「馬鹿な奴らだ……武勇を立てたとして一躍名を馳せる機会だっていうのに」
複数の男たちの会話を聞きながらイヴは確信する。やはり彼らは黒竜を倒しに来たのだと
先回りして黒竜に伝えた方がいいと判断しそろそろとイヴは先に向かっていく。炎はその場で揺らめいており、黒竜を前に作戦を立てている今のうちだ
身を屈めたまま森を歩き、いつもの広い場所へと抜けた
黒竜はいつものようにそこにいた。どっしりと身構えており、品格が漂っていた
「こ、黒竜様大変! 男の人達が黒竜様を倒そうと来ていて……!」
平時ならばすぐには出て来ない言葉がこの事態でするりと出てきた。慌てるイヴだが黒竜はイヴからの知らせに感情が揺れ動く様子はない
「入り込んだ時から知っている。それがどうした」
「もうすぐそこまで来ているの、逃げて!」
「……逃げる必要などない。負けはせん。話はそれだけか」
「でも!」
危険を訴えるイヴだが、堂々とした黒竜は逃げる様子はない
例え黒竜が負けなくとも。それでも傷つきはするかもしれない。避けようとイヴは食い下がったが、黒竜の尾が振られる。それは力強いものではなく、イヴを押し退けるものだった
木々に押し付けるようにして横側に退けた
「黒竜様――――」
「災厄の竜! 覚悟しろ!」
そこに一人の男が飛び出して指を突きつけた。今回の参加者の一人だろう。作戦を終えてもう来てしまったのだ。他にも男はいたはずだが出てきていないところを見ると身を潜めているのだろう。灯りの炎は見当たらずイヴには彼らがどこにいるのかわからない
男が見せつけるように剣を掲げる。幅があり、突き刺せば大穴が出来てしまいそうだ。それを見るだけでイヴの心音は跳ねた。手をナイフへと伸ばす。いざとなった時にこの幅も長さも足りない武器で対抗出来るとは到底思えなかった
黒竜が男を睨む。前肢の片側を振り上げた
途端に鉄鉤のついた縄が四方から飛んできて巻き付いた。鉤縄はピンと張られて黒竜を抑えようとしている
「愚かな人間どもめ……この程度で私を」
ヒュッ、と風切り音がした
矢が黒竜の羽に突き刺さっていた。木々の間は暗く射る人間は見つけるのは困難だが、反対に開けた場所で月明かりを浴びる黒竜はいい的だ
休まず次が射られる。矢は羽に刺さっていき傷つけていく。用心しているのか様子を見るような攻撃だ。先程の作戦会議での言葉ではまだ攻撃の役目を担っている者はまだいるだろう。それでも今はまだ出てきそうにない
「終わりか? さきの勇者達には遠く及ばんな」
「舐めるな! お前はもう終わりだ! お前たちの時代はもう終わったんだ、古き竜!」
「おいっ!!」
黒竜の前に立っていた男が剣を低くし、胸の前で構えて駆け出した。男が目指しているのは片側が上がっているために見えている胸だ。咎める声が飛ぶが、男は止まる様相ではない
――心臓が嫌な音を立てる
無我夢中でイヴはナイフを抜いて飛び出した。迷っている暇などなかった。悩む事もなかった
ナイフを思い切り振って剣にぶつける。手に痺れが走り、ナイフは弾かれて飛んでいった
「女の子!?」
イヴに気が付いていなかったのか否か木々の方から動揺した声が上がった。しかしイヴの目の前にいる男は黒竜を討ち果たせる可能性を感じていて理性をなくしている
「邪魔を……するなぁ!」
「よせ!」
――――……あ……
その声は発せられたのか発せられなかったのか。闇夜に煌く銀の刃を前に少女は動けなかった
酷い熱を体に感じたのは数十秒後の事だった
0
あなたにおすすめの小説
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる