一目惚れなんです、黒竜様

雪吹つかさ

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3:不穏な風

気配を追って

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「あの、行かなきゃいけない場所があって……パン、もらって行ってもいいですか?」


 休憩時間から戻ったイヴは購入したナイフを部屋に隠し、店での仕事に戻った
 午後からの仕事を終えて食事の準備を始めているシェリーにイヴは告げた。突然の事にシェリーもグレンも瞬いていたが快く承服した

 食べやすいように切られていくつか入れてもらったパンと買ったばかりのナイフを持ってパン屋から出た。空はもう夕闇が迫り始めていた。イヴは急ぎ森へ向け駆け出した


 ――イヴが森の中に入り、擦れた葉が激しく音を立てる。走り続けて出す息は早くなっていく
 空はすっかり星が輝く夜になっていた
 どこか遠くから自分とはずれた足音が聞こえる。確実に彼らはいる
 その時、足が縺れてイヴは転倒した。パンの入った革袋が転がっていく。膝から足首、腕を打ち付けて痺れるような痛みが走った


「っ……」


 服が破け擦り傷が出来てしまっていた。ズキズキと痛む四肢。それでもイヴは大きく息を吐いて起き上がった。足に力を入れて立ち上がろうとした
 しかしまた転びかけてしゃがみ、足を見てみる。暗くてよく見えないため手も使って確かめた。足に蔓草のようなものが絡まっていた。足が縺れたのは走りっぱなし以外にもこれが原因だろう。手で解こうとしたが焦れったく思い、腰から下げているナイフに手を伸ばした

 靴と蔓草の間にナイフを差し込んで切り上げる。その新品の鋭い刃でいとも簡単に切ることが出来た
 絡まっていた障害を切って解き、革袋を持って立ち上がる。ズキズキと痛みが持続的に続いているがなるべく考えないようにして再び走り出した


 もう何度も歩いた道。暗くて目印らしい目印もない。最早感覚だけで向かって行っているといっても過言ではなかった
 イヴの息遣いの合間に届く違う足音。先程よりも大きく聞こえた。足を止め両手で口を覆って激しく咳き込んだ。止まると体は痛みを思い出す。手を口から離して、浅い息を深いものへとしていきながら足に触れる。足は痛みと疲労で震えていた


 ――大丈夫。まだ、走れるよ


 最悪の事態はもう想像したくない。今は走れるか走れないか。たった二択だ
 深く深く森の空気を吸い込む。止まっていたら足音はどんどんと遠ざかっていってしまう。震えを押さえ付けて前へと進んでいく

 いつもよりも時間の進みが早く感じられるイヴだったが、足音がとても近い事に気付いて足音を潜めて音のする方を探す。炎が揺らめいているのが見えてゆっくりと近付いてその場にしゃがんだ


「あの災厄の竜をまずは囲んで、数人で押さえつけよう」
「ヤツは凶暴という噂だ。押さえる役はもっと多い方がいいんじゃないか?」
「容易に倒せるとは思えない。攻撃役をこれ以上は減らせない」
「やっぱり人数がな……ノリ気じゃないものも多かったし」
「俺たちは集められるだけ集めた。仕方ないさ」
「馬鹿な奴らだ……武勇を立てたとして一躍名を馳せる機会だっていうのに」


 複数の男たちの会話を聞きながらイヴは確信する。やはり彼らは黒竜を倒しに来たのだと
 先回りして黒竜に伝えた方がいいと判断しそろそろとイヴは先に向かっていく。炎はその場で揺らめいており、黒竜を前に作戦を立てている今のうちだ

 身を屈めたまま森を歩き、いつもの広い場所へと抜けた
 黒竜はいつものようにそこにいた。どっしりと身構えており、品格が漂っていた


「こ、黒竜様大変! 男の人達が黒竜様を倒そうと来ていて……!」


 平時ならばすぐには出て来ない言葉がこの事態でするりと出てきた。慌てるイヴだが黒竜はイヴからの知らせに感情が揺れ動く様子はない


「入り込んだ時から知っている。それがどうした」
「もうすぐそこまで来ているの、逃げて!」
「……逃げる必要などない。負けはせん。話はそれだけか」
「でも!」


 危険を訴えるイヴだが、堂々とした黒竜は逃げる様子はない
 例え黒竜が負けなくとも。それでも傷つきはするかもしれない。避けようとイヴは食い下がったが、黒竜の尾が振られる。それは力強いものではなく、イヴを押し退けるものだった
 木々に押し付けるようにして横側に退けた


「黒竜様――――」
「災厄の竜! 覚悟しろ!」


 そこに一人の男が飛び出して指を突きつけた。今回の参加者の一人だろう。作戦を終えてもう来てしまったのだ。他にも男はいたはずだが出てきていないところを見ると身を潜めているのだろう。灯りの炎は見当たらずイヴには彼らがどこにいるのかわからない
 男が見せつけるように剣を掲げる。幅があり、突き刺せば大穴が出来てしまいそうだ。それを見るだけでイヴの心音は跳ねた。手をナイフへと伸ばす。いざとなった時にこの幅も長さも足りない武器で対抗出来るとは到底思えなかった

 黒竜が男を睨む。前肢の片側を振り上げた
 途端に鉄鉤のついた縄が四方から飛んできて巻き付いた。鉤縄はピンと張られて黒竜を抑えようとしている


「愚かな人間どもめ……この程度で私を」


 ヒュッ、と風切り音がした
 矢が黒竜の羽に突き刺さっていた。木々の間は暗く射る人間は見つけるのは困難だが、反対に開けた場所で月明かりを浴びる黒竜はいい的だ
 休まず次が射られる。矢は羽に刺さっていき傷つけていく。用心しているのか様子を見るような攻撃だ。先程の作戦会議での言葉ではまだ攻撃の役目を担っている者はまだいるだろう。それでも今はまだ出てきそうにない


「終わりか? さきの勇者達には遠く及ばんな」
「舐めるな! お前はもう終わりだ! お前たちの時代はもう終わったんだ、古き竜!」
「おいっ!!」


 黒竜の前に立っていた男が剣を低くし、胸の前で構えて駆け出した。男が目指しているのは片側が上がっているために見えている胸だ。咎める声が飛ぶが、男は止まる様相ではない

 ――心臓が嫌な音を立てる

 無我夢中でイヴはナイフを抜いて飛び出した。迷っている暇などなかった。悩む事もなかった
 ナイフを思い切り振って剣にぶつける。手に痺れが走り、ナイフは弾かれて飛んでいった


「女の子!?」


 イヴに気が付いていなかったのか否か木々の方から動揺した声が上がった。しかしイヴの目の前にいる男は黒竜を討ち果たせる可能性を感じていて理性をなくしている


「邪魔を……するなぁ!」
「よせ!」


 ――――……あ……


 その声は発せられたのか発せられなかったのか。闇夜に煌く銀の刃を前に少女は動けなかった

 酷い熱を体に感じたのは数十秒後の事だった

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