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4:あなたに贈る
やさしい時間
しおりを挟む「――イヴ」
聞き慣れた呼ぶ声に振り向く。わたしを呼んだのはシスターだった
シスターの声はいつも淑やかで、誰かを呼ぶ声は甘くて優しい声だった。だから呼ばれるのはなんだか心地よくて、好きだった
「おはようございます、シスター」
「おはようございますイヴ。今日も朝を迎えられたのは主のお陰ですね」
淡く笑んだシスターはその修道女に相応しく清らかだった
――シスターは随分前からお世話になっている人
行く場所がなくて彷徨っていたわたしを今いるこの孤児院まで連れてきてくれたのがシスターだった。わたしよりも幾分も年上で、孤児院にいる小さい子達はシスターというよりお姉さんとして慕っている
わたしがいる孤児院である教会は人々の助けとなるため高い頻度でどこかの手伝いなどをしている。その際に金銭をもらうのはだめで、あくまで奉仕活動。でも助かったからと僅かながらもお金を握らせてくれる人がいる事も少なくなかった。そういう時にシスターは神父様には黙っていてくれた
――いつかここを出る時に困らないように
そう言って。
でも善意での活動で要求したりするのはもってのほかですよ、と釘をさすのを忘れずに
あくまでもあちら側の厚意を無碍にせず有り難く頂戴するものであるのだと教え込まれた
「それにしても……あなたがいない時はいつも空を見ていますね。空が好きなのですか?」
「……えっと、はい。そんなところです」
今からそう遠くない日に、思わず目を奪われる竜をわたしは見た
その時見た景色が――その竜が時間を忘れてしまう程にあまりにも心惹かれて。あの時のようにあの黒い竜が見えはしないかと空を見ていただなんて言うのは少し恥ずかしかった
「……今日は黒煙が上がっている事も、赤く染まっている事もなく、穏やかな空模様ですね」
「そうですね」
いつもという訳ではないけど、煙が上がっているのが見えたり、魔法陣が空に浮かんでいるのが見えたり、魔法に因るものが見えたりという事もある
今日は穏やかな青い空でシスターは心なしか嬉しそうだった
「いつか終わるでしょうか」
「……イヴ。ええ、いつかきっと終わります。主は私達をいつも見てくださっていますから」
優しい声で言って、シスターはわたしの手をとった。両手を包んで微笑んでくれる。きっと気遣ってくれたんだろう
「この戦いはいずれ終わります。勇者様達も心を尽くしてくださっています
……あなた達のような哀しい思いをする子達がこれ以上増えないように」
「そう、ですね」
――世を支配しようとしている魔王軍と魔王を倒そうとする勇者一行。その戦いにわたし達は巻き込まれた。両親はどちらかの攻撃の二次災害によって
わたしは何とか逃げ延びたけど、それでもボロボロだったししばらく彷徨うことになった
最初は喪失感でぼうっとしていたように思う。親の事は嫌いとかではなかったし結構平凡に過ごせていた。だから、これからは一人で生きていかなければならないのだとわかった時に実感がわいて。泣いて、蹲って、声はかれて出せなくなった
あまりその後の事ははっきりとは覚えていない
ただ、どっちのせいで二人はとか
憎いとか憎くないとか
そんな事は考えなかったように思う。この先どうやって生きていけばいいのかをぼんやりと考えた。いくらか経った今もどちらのせいか追及するつもりはなかった。……少しも考えない訳じゃないけど
どちらのせいでもあるんじゃないかと、思ったりもなんかして。だからこそやめておいた。あの時のことを思い出してしまうということもあった
シスターに会うまでは放浪して。その時にあの竜に会った。自由に広い空を飛んでいくあの竜を。その頃の記憶は曖昧だけど、胸の奥から感情が湧き上がって、元気をもらって目に焼き付いたのはよく覚えている
「……イヴ?」
はっと我に返ればシスターは不思議そうに首を傾げていた。わたしは首を振って何でもない事を伝える
「なんでもない。大丈夫、です」
「具合が悪いなら早めに言ってくださいね?」
一つ一つの仕草や言葉がたおやかで穏やかなシスターのその言葉だけで人によっては癒されるのではないかと思う。わたしも自然と心が緩んだ。油断するとなんでも話してしまいそうになる。それこそシスターが与えられた職が天から授かったもののように。教会に来る人も一定数いるし
「さあ、食事にしましょう。私は他の子達を集めて来ますね」
「あ……あの、シスター」
行こうとするシスターを気付けば呼び止めていた。何故なのか自分でもわからない。話したいことなんてないのに
「美しいものを、美しいと思うのはおかしなことではないですよね? どんなものにでも」
呼び止めても何も言うことなんてなかったはずなのに口走っていた
なんでわたしはこんな事を言っているのだろう。美しいなんて想いをおかしいと思った事は一度もないはずなのに
「ええ。何もおかしな事ではありませんよ。誰に否定されるものでもありません
中には心無い事を言う方も……ええ、残念ながらいらっしゃいます。でも大丈夫ですよ、イヴ。あなたは何も間違っていません」
「……――――はい」
なんで。なぜだろう。何かに悩んでいた訳でもないのに。なんてことはない、シスターはいつもどおりに返答をしただけだろうに。しみこんでいって、何かがストンと落ちた気がした。どれだけ考えても理由はわからない。今のわたしには出せない答えなのかもしれない
だけど何故だがひどく安心したのは確かだった
「シスター、わたしも他の子を呼んできます」
「そうですか? それではお願いしますね」
「はい!」
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