一目惚れなんです、黒竜様

雪吹つかさ

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6:呑み込む想い

それは、新しい出会い

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「――うん、これで良し!」
「買えた……」


 異なる高い声が聞こえてイヴははっとする。例のエルマとカミル姉弟だった。二人は既にパンを選び終わり支払いも終えたようだった。パンの入った袋を抱えている。
 昔のことを思い出したからだろう。ぼんやりと見ていると視界に手が映り頬に当てられた。驚いて手の主を見れば気遣わしげな面持ちをしていた


「ぼーっとして……やっぱりアンタ体調が良くないんじゃないかい?」
「い、いえそんなこと……! ただ……」


 大きく首を何度も横に振って否定し、イヴは姉弟に目を移す。視線を辿ったシェリーは小さなお客様達の姿を見てどう考えたのか納得した。
 一方でイヴの胸の中で黒い靄のようなものが渦巻いていた。黒竜に一番近い場所にいるということ。それは即ち予感の通りに彼らの手を離して来たということだ。想記した時手を引っ張ってきた当時と姉弟は同じくらいの年の頃だ。
 自身に問いかけてみる。ずっと会いたかったあの黒竜を追いかけて教会を飛び出した事を後悔しているのかと。


 ――後悔していない。わたしにとって、一番大事な事だった。


 後悔ではない。ならば靄の正体は一体なんなのか。
 それを知る前に、次の客の相手を終えたシェリーに声をかけられた。


「あの子達は酒場の奥さんの子だよ」
「酒場……?」


 仕事を探すために色々な店を回ったイヴだが酒場は見かけなかった。食事だけではなく情報交換などでも人々が利用する酒場だ。見つかりそうなものだが――全て回りきっていないのを抜いても――見付からなかった。見当もつかず首をかしげた。


「地下にあるんだよ。前は冒険者だったりで賑わっていたんだけど、今は前よりは落ち着いているから余計じゃないかねえ」
「地下ですか?」
「気になるんだろうけど、今は店だよ!」
「はっはい」


 小さな客人の出現で話してしまったがそのような暇はない。ましてや開店直後だ。幸い客は選んでいる途中の者ばかりであったが、業務外の会話はそう出来そうにない。
 イヴは姉弟が気になりはしたものの、店頭のパンのチェックのため移動した。あのふたりに関しては地下酒場の子供であるという情報が手に入っただけで十分だ。昼休憩にでも様子を見に行けるのだから。


 ――忙しない朝が終わり、一時閉店の時間となる。太陽が真上で輝き店内に客もいないとなるとすぐに店を閉めた。
 結局軽食にはありつけずじまいだ。シェリーが鍋に火をつける。昼食の一品になりそうだ。今日もよく働いて既に空腹なイヴはすぐにでもありつきたい程であったが、まだ完成していない以上仕方がない。ひもじさに堪えながらも手伝いに入った
 シェリーから指示を受けながら昼食の用意をしていると焼きたてのパンをいくつかカゴに入れてグレンが持ってきてくれた。本日の昼食の分だけ取り分けて、他の分も更に分けてゆく。今日の夜の分だろうと思われるものは近くに置かれた。取り分ける訳にはいかないため代わりに鍋をかき混ぜていたイヴは朝の話が気になって尋ねる


「酒場は地下って言っていましたけど……具体的にはどこにあるんですか?」
「うん? ああ……宿の隣だよ。階段があってね。わかりづらいけど」
「酒場に行きたいのかい?」


 会話を耳にしたグレンが問いを投げる。竈にパンを入れ続けていたグレンにとっては朝の話は初耳だ。シェリーが今朝訪れた客人について端的に話すとグレンは納得した。中心地から離れた場所にある街でそこまで広くもない。グレンも姉弟のことは知っているようだった。


「そうか、あの二人も買いに来てくれたのか。自分たちで食べるにせよ、料理に使うにせよ、喜ばしい事だ」
「そうだねえ……」
「それで、食べたら行ってみようと思って……」


 目を細め声に穏やかさが灯り始めた二人にイヴは伝える。酒場に赴くというイヴに二人は須臾黙した。様相にイヴは頻りに自身の指同士を絡ませては身動ぎをする。自身の発言に対する反応が反応だ。シェリーに至っては腕を組んで見据えていた。


「よ、よくないですか?」
「いや……行くのは構わないけど……アンタ、ちゃんと気をつけなよ? 酒が入っている連中もいるからさ」
「女の子一人で行くのは些か心配だなあ」
「ま、夜じゃないだけマシさね」
「だ、大丈夫です。気をつけますし、少し覗いたら帰りますから」
「気をつけるんならいいよ。……ああ、そうだ。どうせ酒場に行くんなら肉を買ってきておくれ」


 眉尻を下げて不安を露にするグレンと違いシェリーはサッと切り替えた。
 羊皮紙、インク、ペンを店舗から持ち出した。ペン先にインクをつけて羊皮紙に書いてゆく。書き記したものをイヴに手渡した。いくつかの肉の種類と量が書かれている。メモと合わせて肉の金額分のコインの入った巾着を渡された。ついでの買い物ではなく、お遣いがメインになりそうだ。断る理由はないためイヴは首を縦に振った。失念したりしないようにしまっておく。

 話している間に温め終わった。器によそってテーブルへと置く。そうして漸く席についた。


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