一目惚れなんです、黒竜様

雪吹つかさ

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11:豊穣に祈りと感謝を

収穫祭3

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 店主に人数分頼むとすぐに作られる。素朴な生地をとって、木製のスプーンで具材を掬って中央に置く。程よい量を入れれば片側を反対側に向けて折り畳む。それを三つ作り、それぞれに手渡した。先に支払いを済ませているため受け取るだけだ。順に受け取っていき、カミルは両手で持って食べている。幼子の手では片手では大きい。エルマも両手で持とうとしたが、革袋をまだ片手に持っている。片手で内ポケットに押し込もうとしたが片手では狙った場所に入らない。無理矢理入れようとすれば、違う場所に入ってしまい、やがて地面に落ちて出てくる。すぐに拾うやイヴを見上げた。


「おねーちゃん、これ持って!」
「え? うん」


 まじまじとペッティを観察していたイヴに、エルマの分のペッティが差し出される。きょとりとしつつも差し出されるままにイヴは受け取って二人分を片手ずつ持った。片手が空いたエルマはポケットの通り道を作る。入り口を広げて、革袋を入れるために片手を上げた時だった。後ろから手が伸びて革袋を浚っていく。手にあった重量がなくなり、エルマは辺りを見回す。男が足早に去ろうとしていた。イヴも男を見て慌てふためいていた。


「あっ……」
「ど、ドロボー!」


 エルマが声を上げると男は舌を打って駆け出した。エルマがいの一番に走り出す。イヴは塞がっている両手を見てからカミルを見下ろした。カミルはペッティに夢中になっており、スリに遭ったことなど別世界の話かのようだ。さりとてカミルを置いていくわけにもいかない。イヴは食べている彼に促して、エルマを追う形で走った。
 男は特徴が薄かったが、エルマが追い掛けているためエルマを目印にして後続のイヴはひた走る。早くも息が上がってきて、見失いかけた時だ。盗まれた事を口にしながら前を走っていたエルマが足を止めた。


「――これがドロボーさん?」


 マントが揺れる足元に男が転がっていた。若い女の声が、疑問を投げてきている。イヴは「あ!」と声を上げた。フードを被っているが聞き覚えがある声だった。スリを倒した女性もイヴに気付いたようだ。イヴを見て声を発する。


「探しものをしていた白い子ちゃん」
「……イヴです」
「イヴちゃんね。私はリリスよ。仲良くしてね」
「し……」


 します、ともしません、とも言えずイヴは口をつぐむ。恋敵と思われる相手と仲良くできるかわからなかった。とはいえ白い子呼ばわりもマントだのフードだの呼ばわりも呼びづらいため、名前だけは話したのだろう。
 名前を名乗り合うと、俯せになっている男をリリスは蹴って仰向きにさせる。手には革袋を握ったままだが、反応が薄く、目も閉じていた。気絶しているのだろう。胸の部分に妙な膨らみがあった。イヴが近寄って確かめてみれば、他にも革袋が入っている。もしかすると他の場所にもあるかもしれない。一旦手からエルマの財布をとって、取り返した財布を本人に渡した。戻ってきた財布にエルマは心底胸を撫で下ろす。


「怒られちゃうところだった……」
「あの、この人は……」
「ちょーちょーさんに渡せばいいんだよ!」
「渡すって言っても……」


 今は意識がないが、気を失っているだけなためすぐに目を覚ますだろう。しかし、幼子二人に少女一人と女性一人と運べそうな人物がいない。イヴの知り合いも若い女性が多く頼れそうになかった。


「チョーチョーっていうのに渡せばいいの? そこのあなた、ちょっといい?」
「え」


 話を聞いていたリリスは目についた男性に声をかけた。町長の元まで運ぶことだけ伝えるリリスに、イヴが慌てて入り、説明を加えることとなった。説明をしている間に話を聞いた住民が協力に入り、スリの男は数人で運ばれていった。
 事情の説明を終え、見送ったイヴ振り返る。リリスに礼をまだしていなかった事を思い出したのだが、傍らにいたはずのリリスは既にいなかった。辺りを何渡りも見渡しても見付からない。


「あれ……?」
「おねーちゃん、エルマの分」
「あ、うん」


 忽然と姿を消してしまったリリスに、不思議に思いながらもエルマに言われてペッティを渡した。

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