シロツメクサと兄弟

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5.放課後

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「だから俺はブラコンじゃねえし!」

 教室にムッとしたような声が響く。

「えー絶対翼、ブラコンぽい」
「お兄ちゃん大好きだろー」
「ちげぇっつってんだろ! むかつく!」

 先程からクラスメイトにからかわれている夏川 翼(なつかわ つばさ)を、利央は呆れたように見ていた。

 ムキになるからそうやってからかわれてるのに、ほんとあいつらしいというか。

 高校でも同じクラスになった翼は中学も同じであり、彼には双子の兄がいる。利央が見ている限り別に兄にベッタリという訳ではないしムキになる必要などなさそうにしか思えない。
 そう思いつつ今日最後の授業の用意をしていると、翼をからかって楽しんでいた一人がふと利央に笑いかけてきた。

「くーろみーや!」
「……何」
「黒宮今日こそカラオケ行かね」
「行かない」
「まーじーでー。たまにはいーじゃん。一緒に行く中にかわいい子結構いるぞ! そんでその子らにもお前連れてこいって超言われてんだよー」
「何で知らない子に連れてくるよう言われんだよ」

 泣き言のように誘ってくるクラスメイトに利央が微妙な顔を向けると「愚問すぎるだろ!」と逆に突っ込まれた。

「は?」
「あーもう嫌この子! 背もそこそこあってイケメンで頭までいいヤツを連れて来て欲しいって願う女子の気持ち、わかんだろっ?」
「……何でお前が女子の気持ち熱く代弁してんだよそれこそ女子かよ。イケメンて俺のこと?」

 さらに利央が呆れて聞くと、そのクラスメイトは泣き真似をしてきた後でため息をついてきた。

「もーほんと自覚ないとかムカつくわー」
「だって兄貴にそう言われたことないからな」
「普通兄貴は弟にそんなの言わねえよ!」
「そうなのか? ああでも俺も兄貴にあまり言ってないな、そいや」
「普通だから別にそれ。つか顔似てる相手褒めるとか超遠回りナルシストじゃね?」
「いや、俺と兄貴って似てないから。俺多分父親似ぽいし兄貴、母親似っぽい」
「いやまあ……っつか、もー。黒宮も翼と一緒でブラコンだからなー」

 利央に親がいないのは友だちなら皆知っていることで、何となく気まずいのか相手は話をそらしてきた。利央は気にした様子もなく頷く。

「まあな。兄貴好きだしな。だからわかれよ。俺放課後忙しいんだよ」

 ブラコンと言われても利央は動じない。というか当たり前のことを言われている感じしかしない。

「たまにはいいじゃんー。お兄さんそんなで怒らねぇだろ?」
「怒るどころか遊びに行くっつったら喜ぶかもな」
「じゃ、じゃー……」
「でも俺がしたくてやってんだよ。あと俺、んなわけのわからん子らのために貴重なお金、使えねぇの。悪いな」

 利央は放課後になるといつも弾丸の如く教室をさっさと出ていた。もちろん部活があるわけでもアルバイトがあるわけでもない。ひたすら、ダンピングのためだ。
 ダンピングと言っても胃切除手術後の後遺症では、当然ない。夕方になると家最寄駅近くのスーパーが結構な割引セールをする。駅前のスーパーではあるが、近くに遅い時間まで開いている大型ショッピングモールやコンビニエンスストアがあるためか、比較的早めの時間に一部商品の価格を値下げしてくる。
 利央にとってはショッピングモールに入っているスーパーよりもこの駅前スーパーの方が商品と値段との兼ね合いを考えた上で好きなので、毎日何か安くていい食品を手に入れるべく、さっさと帰っていた。

「もー! 黒宮のブラコン!」
「別に俺は兄貴好きだから、何度言ってきてもそれ悪口でも何でもないぞ」

 誘ってきたクラスメイトがしょげつつ戻っていった後に、翼が傍までやってきた。

「お前、ほんとお兄さん好きだよな。ブラコン言われてほんと何とも思わねえの?」
「そりゃ当たり前のこと言われてもな。お前はムキになりすぎなんだよ」

 ため息つきながら利央が言うと、翼は「む、ムキになってねぇし」と返してくる。

「別にブラコンでもいいだろ。涼なんか絶対お前のこと好きなんだし、何が問題なんだ?」
「涼……が? そうか? 別に俺ら普段そんな一緒じゃねぇしアイツも俺好きだって感じないぞ。むしろ兄ぶってねぇ気がする」
「だったらなおさらムキになる必要ないだろ」
「そ、そりゃそうだけど!」

 利央が聞くと翼はムッとしたようにそっぽを向いた。

「……? つか翼って中学ん時とかそんな涼涼言ってなかったことないか?」
「今だって言ってねぇよ……あいつらが勝手に言ってるだけだろ」

 翼の反応は利央にとっても少々面白いと思えた。

「お前ほんと面白いな」
「俺は面白くねぇよ……!」
「……まあ、いいけどな。あ、そうだ。明日ってお前部活ある?」
「あるよ」
「そっか……。あ、涼は? 生徒会あるだろうか」
「知らねえよ。でもまあ多分ねぇんじゃねぇの」
「ならよかった。俺も改めて頼みに行くけどさ、お前も涼に伝えててよ」
「……何かわかったような気がするけど一応聞いておく。何だよ」
「明日は卵お一人様50円の日なんだ」
「……やっぱりな。了解。俺も休めるなら一緒に行ってやるよ……」
「助かる。サンキューな」

 呆れたようにため息をつく翼に、利央はニッコリ笑いかけた。そんな様子を少し離れたところで見ていた女子は、普段あまり笑わない利央が笑っているのを見てそっと盛り上がっている。
 双子の涼と翼は利央と中学だけでなく小学校も同じだった。双子とかなり親しい水橋 誠也(みずはし せいや)とも一緒だ。
 誠也は双子以外とあまり深く絡んでいなかったので利央のことは大して知らないのかもしれないが、見た目がいいからか何なのかわりと周りで有名な生徒だ。
 とりあえず双子の、特に翼は何度か同じクラスにもなったこともあり、利央と結構親しい。だから利央がまだ双子と友だちではなかった小学生低学年の時に両親を事故で失い、そこから少し歳の離れた兄とずっと二人でがんばってきたこともよく知っている。
 幼い時に亡くなってしまった両親については本人も吹っ切れているし、兄と二人の生活に関しても自分を憐れむような所など何一つない利央なので翼たちも普通に接しているが、こういうささやかなことでも助けになるのならと、たまに双子は利央の買い物に付き合ってくれていた。
 と言っても律の過保護とも言える真面目っぷりのおかげで利央は買い物や料理を中々させてもらえず、こうした買い物をするようになったのは高校に入ってからではある。
 翼はいつも「仕方ねぇなー」と渋々付き合うような態度をとってくる。だが嫌だと言われたこともなく用事で駄目な時は駄目だとちゃんと言ってきてくれる。なので利央はむしろありがたく気軽に頼みごとができた。

 明日は卵のパックがこれで三つ、安く買える。

 利央はご機嫌な様子で放課後そそくさと学校を出た。スーパーでの今日の目玉商品は玉ねぎだと把握していた。それを間違いなくゲットし、あとは賞味期限や諸々で安くなっている商品を吟味していく。

 ……今日は玉ねぎだし明日は卵が手に入る。てことは明日は親子丼作ってみたいな。鶏肉安いのないかな。そんで今日はこの豚肉安いから、玉ねぎと重ねて焼くか。だったら……つか肉続くのも贅沢だよな。でも魚も基本安くないしな……。

 ひたすらそんなことを考えつつ、買いすぎないよう調整しながら会計を済ませた。そしてホクホクと家へ帰る。
 料理はまだ得意とは言えない。それでも昔母親が使っていたレシピの本とにらめっこをしつつ、最近はようやく応用を効かせたりもできるようになってきた。

 ……油断すると焦げたり生焼けだったり味が薄かったり濃かったりするけどさ。

 下準備だけしてから宿題やら諸々を済ませる。そして先に風呂へ入ってから料理を完成させる頃に兄が帰ってくる。
 今日は豚肉を使ったため、生焼けが怖くて馬鹿みたいにじっくり焼いてしまい肉が固くなった。それでも律は「美味しい」と言って食べてくれた。

「……ありがとうな、兄貴。あと、あれだ。兄貴、いつもカッコよくてそれにその、綺麗だと思う」
「……は?」

 そういえば言ってなかったよなと思い利央が口にすると、とてつもなく怪訝そうな表情が返ってきた。
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