シロツメクサと兄弟

Guidepost

文字の大きさ
42 / 44

43.ずっと好きだった

しおりを挟む
 相変わらず叔母はたまにではあるが家へ来る度に見合いの話をしてくる。以前は本当にまだ早いと思っていたのと、誰かと付き合ったこともないのに見合いなんてといった、見合いへのハードルの高さに全力でお断りをしていた律であったが、今は違う意味で困り、そして断っていた。
 今日も久しぶりにやってきたかと思うと「本当にね、凄くいい子なの」と早速言ってきた叔母をなだめ、ようやく帰ってもらった時は激しい疲労感に律は座卓に突っ伏していた。

「……お疲れ」
「うん、ありがとう、りお。でも顔が笑ってるよ」
「ごめん」

 利央はまだ少し唇と、そして体を小さく震わせながらコーヒーの入ったカップを律の前に置いてきた。

「叔母さん、いい人なんだけどねー」
「あの人はあの人で兄貴に幸せになってもらいたいんだろ」

 利央はニッコリ言った。昔、自分達の面倒をちゃんと見てあげられなかったことを未だに気にしているのだ。
 当時小さかった利央は、自分達を引き離そうとした親戚を怖い人たちだとさえ思っていたが、今ではさすがにわかる。突然二人の、一人はこれから高校大学に進学するであろう子どもとそしてまだまだ手がかかる子どもを抱えられるほど、普通は裕福でもない。ましてやあの頃のおじやおばたちは皆すでに年頃の実子を抱えていた。
 それでも親戚たちはよくしてくれた。いくら近所に親子で親しくしていた家族がいるのを知っているからといえども、律と利央のわがままをきいて基本的に二人で生活するのを許してくれるだけでも多分相当思いきりがいっただろうと思う。その上でちょくちょく気にしてくれていた。
 だからもあって律も強く出られないのか、毎回本当に困っているのが利央にも伝わってくる。以前は見合いの話が出る度にピリピリしていた利央だが、今は何故自分がピリピリしていたのかという原因がわかっている上にピリピリする必要がないのだと思える状態なので、こうして笑っていられる。

「俺は昔から幸せだよ」

 律は苦笑しながら「ありがとう」とコーヒーを飲んでいる。
 幸せだと言ってくれる。
 利央は微笑んだ。こうして恋人の関係になっても、実は利央も未だに気にしている。自分が律の可能性ある将来を小さな頃から奪い続けているのだということを。それなのに恋人になってもらったことで律の更なる未来も奪ってしまった。
 幸せだと言う律の言葉に嘘がないとは利央もわかる。だけれども、と考えてしまえばむしろ律に申し訳ない気もする。

 ……だから絶対に俺が幸せにするんだ。

 そしてそこへ行きつく。

「……りお。俺ほんと、楽しい」

 ぼんやりしていたらしい利央をジッと見ながら律がまた笑いかけてきた。

「う、ん。俺も。兄貴が俺受け入れてくれてほんと嬉しいし幸せ」
「ん。……そうだ。その、そう言えば、さ。その」

 まだジッと見ていた後でニッコリする律が、思い出したように何かを言おうとして少し言いづらそうにしている。

「どうしたんだ?」
「えっと。うーん。そのね、りおって……誰かと付き合ったことって、あるの?」
「え?」

 何でそんなこと、と利央が思っていると律が「前から何となく気になってたんだけど、聞くタイミングがなくて」と何故か照れている。
 一瞬、あの律が子どもっぽいヤキモチを自分に妬いてくれているのかと思った利央だが、その表情を見て微妙な顔になる。

 まあ、そりゃそうだよな。兄貴が嫉妬するわけ、ないよな……。

 立派に利央をここまで育ててくれたとはいえ、普段はぽやぽやとしている兄である。利央の恋愛遍歴を想像して嫉妬とか、あるはずがなかった。

「何で気になるの?」
「え? うーん。何となく、かな。前から何となく気になってたんだけど……でもその、ほら、りおってキスとか慣れてる感じだったし……だから余計、何となく」

 何回「何となく」って言ってくるんだ。

 利央は苦笑した。だが何故照れているのかはわかった。

「一人だけしか付き合ったこと、ないよ。でもうん、その、最後までしたことは、あるかな」
「やっぱりそうなんだ。でも何でその子とは……」

 続かなかったのと心配そうな顔をされて、利央はさらに苦笑した。

 もう。ほんとに兄貴って俺のこと、そういう風に好きなのかな。

 苦笑しながら思いつつ「好きってわけじゃなかったから」と答える。

「え。す、好きじゃないのに付き合ったの?」
「んー。まあ別にいいか、て思って。でも付き合ってみて、やっぱりなぁって思って別れちゃった、かな」
「で、でもその子と最後まで」
「あー、うん。でも遊び目的ではなかったんだよ、一応。ちゃんと向き合おうと思った上での流れだったし。……ああ。大丈夫、て言っていいのかわからないけど、その人、俺が初めてじゃなかったよ」

 利央が言う言葉を聞いて、律はポカンとしている。かわいいなあとニッコリしながら利央は顔を近づけて軽くキスをした。

「りお、いきなり」
「だってしたかったから。あーその、さ。一つ上の先輩だったんだけどね、その人」

 利央はそのまま律をぎゅっと抱きしめながら耳元で続けた。

「りお、耳、こそばゆい」

 知ってる。わざとだし。

 利央はニッコリして構わず続けた。

「結構派手っぽい人だったんだけどね」
「もう、耳……っ」

 律は別に耳が性感帯というわけではなさそうだ。だけれども本当にくすぐったいらしく、下手をすれば腕が鳥肌になっていることもある。そんな状態の律の体はとても敏感なのだということまで今では利央は把握している。

 これ、言っちゃうと少し引かれるかな。

 利央は少しそんな風に思いながらも構わず律の耳元で囁き続けた。

「顔がね、何となく兄貴に似てたんだ」
「くすぐっ……え? 俺?」

 案の定、引くまではいっていないが、体を捩って逃れようとしていた律がポカンとしている。だよね、と利央は内心おかしくなった。だが、律を抱きしめ「うん」とニッコリ笑うだけにとどめた。

「おん、なの、こじゃなかった? つきあったひと、おとこの、こ?」

 心なしか片言に聞こえ、一見穏やかな律の多少の動揺っぷりが垣間見えてますますおかしくなる。

「女子だよ。でもなんか派手なのに黒い髪のままで、それがまた似合ってて……そんでおっとりした顔立ちがね、何か兄貴に少しだけ、被っちゃって」
「俺に? って、ほんと耳元……っ」
「兄貴、引かないの?」
「だからもー、耳から離れろ、全く! 引くわけないだろ。でもまさか、そんな時から、その、俺の、こと……? それはないよな? だってりお、中学の時そっけなかった」

 何とか利央の腕から逃れると、律がまだポカンとした表情で利央を見てきた。

「あー。まあ、兄貴をそういう意味で好きなんだって自覚したのは最近だよ。だけどさ……」

 逃すものか、と利央はまた律を抱きしめ、そのままゆっくりと畳の上に寝かせた。

「覚えてる? 昔、庭に咲いてた白詰草を兄貴にプレゼントしたの」

 利央に横たえさせられて困ったような顔をしていた律だが、それを聞いた途端とても優しげな笑みを浮かべた。

「もちろん」
「俺ね……多分あの頃からずっと、俺の世界は兄貴で回ってる。きっとずっと好きだった」

 そのまま律の唇に優しくキスした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

処理中です...