彼は最後に微笑んだ

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9話

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 恐ろしい事実を知ってしまった日から数日後、エルヴィンとヴィリーは騎士としての仕事中に王宮の中庭でシュテファンを見つけた。小さな少年は噴水の縁の片隅にうずくまっていた。その周りには誰もいない。
 ラウラの忘れ形見である第一王子は先日五歳になったばかりだ。だというのについている者が誰一人もいない状態だった。

「何をされているんです?」

 小さな甥であっても第一王子だ。仕事中であるエルヴィンが少々かしこまって尋ねるとシュテファンはあどけない顔を少し綻ばせながら答えてきた。

「しよーにんのひとりがね、おかしくれたの。だからうめてかくしてるの」
「……どうして?」
「みつかっちゃったら、ははうえとかにとりあげられちゃうから」

 母上というのはあの女、ラヴィニアだろうとエルヴィンとヴィリーは忌々しく思いつつも顔には出さないでいた。

「いまはそんなにおなか、すいてないから、おなかがすいたときにね、たべたいからかくさないと」

 それにもし使用人が自分に菓子をくれたことがばれると、その使用人はラヴィニアに叱られてしまうからかわいそうだとシュテファンは少々悲しげに言ってきた。
 それを聞いてさすがに二人とも顔をしかめてしまった。とりあえずエルヴィンは黙ってシュテファンを抱きしめる。ヴィリーは怒りに震えている様子だった。
 今の話で、ラウラの大切な忘れ形見であり二人のかわいい甥がどんな境遇にあるかがわかった。
 妊娠中、ラウラは子どもに希望を託していた。子どもが生まれたらデニスもきっと変わってくれるのではないかとエルヴィンにも話してきていた。また、シュテファンが生まれる間際までラウラはシュテファンに会えるのを心底楽しみにしていた。シュテファンが生まれたらすぐに抱きしめてあげるのだと幸せそうな笑顔を見せてくれた。

「シュテファンが欲しいものをね、なんでも与えてあげるの。綺麗なものもたくさん見せてあげるの」
「まだ男の子だとわかったわけじゃないのにもう名前決めてるのか。それにそんなに甘やかしたらわがままになっちゃわないか?」
「お兄様、私にはわかるの。この子は男の子よ。それもとても優しくてかわいらしい子なの。砂糖菓子のように甘やかしてもいい子に育つわ。私のシュテファン」

 あの優しい笑顔はもう見られない。
 そしてエルヴィンがシュテファンを抱きしめたその数日後、目の前でラウラの双子の片割れであり大切な弟だったヴィリーが斬首された。唖然としかできないエルヴィンの横で、父ウーヴェが表情を削ぎ落されたかのような顔で立っていた。
 エルヴィンはこの数日の間に何が起こったのか、何があったのかわからなかった。
 いや、ヴィリーがほんのわずかである騎士を引き連れてデニスとラヴィニアの元へ抗議しに行ったことは知っている。わかる。向かうと耳にしてエルヴィンは止めに行こうとしたが、間に合わなかったのだ。しかしどうしてこんなことになったのか、何故斬首されなければならないのかがわからない。甥に対する抗議は斬首されるほどの罪なのか。
 引き連れていった騎士の一人が後で教えてくれた。
 デニスは抗議するヴィリーにラウラを侮辱するような言葉を放ったらしい。冷たい素っ気ない様子だったと騎士は言った。
 生まれた時からずっと一緒で、大切な存在であった双子の片割れラウラへの言動に、ヴィリーの理性が切れてしまったのは一瞬のことだったようだ。そんなつもりなどなかったものの、怒りに暴走してしまったヴィリーはデニスを刺してしまったらしい。
 少々深い傷を負ったものの致命傷にはならず、デニスは今も無事だ。だがマヴァリージの国王を刺したヴィリーはその場で捕らえられ、処刑は免れなかった。
 そしてウーヴェが自害してしまった。
 あの父親が自害などするはずもないとエルヴィンは受け入れられなかった。ここ数年は確かに耐えることばかりだったが、それでも騎士団総長だ。自害など、責任を取るのではなく逃げでしかない行為だと思っていたはずだ。

 もしかしたら……俺を助けるための交渉だったのだろうか。

 思わずそんなことをエルヴィンは考えたりした。だがそうだったとしてもウーヴェはデニスたちに騙されたことになる。何故ならエルヴィンも逃れることなく牢に入れられたからだ。罪状などあってないようなものだった。ヴィリーが引き連れていた騎士と話ができたのもここでだ。騎士たちも牢に入れられていた。
 この一連のことに頭の整理がつかないエルヴィンの元へ、第二王子であるリックがお付きらしい青年とともに会いにきたのは牢に入れられて数日後だった。

「事情とか何もかもとてもわかる。だがヴィリー殿には、もう少し待って欲しかった」

 リックはどこか悔しそうに言ってきた。エルヴィンは少々ぼんやりとしながら、第二王子がそんなこと言っていいのだろうかなどと考えていた。

「……君を必ず牢から出す。だから諦めないで欲しい」
「殿下……私のことは……もういいのです」

 エルヴィンは薄暗くじめじめとかび臭い牢から鉄格子越しにリックを見た。デニスと似た髪や目の色をしているが、表情だろうか雰囲気だろうかは全然似ていなかった。

 ああ、この人が王ならば……また何もかもが違っていたのだろうか。
 もしくは……この人が留学をせずデニス王のそばにいてくれたら……何か変わっていただろうか。

 エルヴィンにはすでに爵位もなく、父や母、そして双子の弟と妹を失っている。そんな自分はもう、どうなってもよかった。だが唯一の心残りがある。今となっては唯一の肉親であり、ラウラの忘れ形見シュテファン。

「私はもういい……ですがシュテファンは……お願いです殿下。私よりもシュテファンを、どうかシュテファンを救ってくださいませんか……!」

 それだけで十分だとエルヴィンは涙を流した。
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