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29話
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大広間へ戻ったニルスは、いくつか食べやすそうな料理を物色していた。飲み物と一緒にあとでエルヴィンの元へ戻るときに持って行こうと思っている。
かなり具合が悪そうだったから食べられないかもしれないが、少しでも食べたほうがいい気がする。
何であんなに具合悪そうだったのだろう。
途中までは多少落ち着かなさそうではあったものの、体調は普通だったように思える。公私ともに普段から絶えずエルヴィンの様子は気にしているから間違いないはずだ。
ミス・ラヴィニアを見てから、か?
気のせいかもしれない。ニルスがエルヴィンとラヴィニアのことを変に気にしていたからそう思えただけかもしれない。だがタイミング的にエルヴィンの様子がおかしくなったのはラヴィニアを見かけてからのように思える。
もしかしてエルヴィンはラヴィニアがタイプとか好きとかではなく、むしろ何らかの理由があって避けているのではと考えたほうが自然な気がするほど、あれからエルヴィンの具合が一気に悪くなったのではないだろうかとニルスは何となく思った。
以前、ラヴィニアがリックたちに近づかないよう気にしておくとエルヴィンに言ったことがあるが、その時はエルヴィンがラヴィニアかリックに好意を抱いているのかもしれないと思いつつ、エルヴィンのためにそう言った。だがもしエルヴィンがラヴィニアを避けているか何かであるならば、ニルスとしても前以上に彼女がリックたちに近づかないよう気にしなければと思う。
とりあえずエルヴィンに後で持って行く料理も決めたことだし、少しテラスにでも出て時間を潰すかとニルスが考えていると「カイセルヘルム侯爵」と女性の声がした。聞こえなかった振りをしたいと思いつつ、マナーを守らないわけにもいかず、ニルスは振り向いた。
「……ミス・ラヴィニア」
まさかのラヴィニアがそばまで来ていた。先ほどまで何人かの男性に囲まれていたはずなのにとニルスは少々戸惑う。といってもおそらくニルスが戸惑っている様子に気づく者はせいぜいここにいない兄のユルゲンかリックくらいだろう。
「まあ、私の名前、憶えててくださったのね。ごきげんいかが?」
エルヴィンが具合を悪くしてしまったからとてもいいとは思えないな。
「……いいですよ、ありがとう。あなたは?」
「カイセルヘルム侯爵にまたお会いできたので私もとてもいいですわ。よろしければダンスのお相手をしてくださいません?」
ダンスは作法として普通に踊れるが、そもそもあまり好きではない。だが相手がエルヴィンならばニルスも踊るのはやぶさかではなかっただろう。
「お誘いいただけて嬉しいですが、あいにくダンスは苦手です」
「うそ。以前デニス殿下の婚約パーティーであなたがアリアネ殿下と踊っておられるところを拝見いたしましたけど、とても素敵でしたよ」
ラヴィニアがニルスの腕に手を置いてきた。できるのであればそれを払いのけたいと思いつつ、ニルスはそっと顔を背けるだけにした。
「あれはアリアネ殿下が上手かっただけです」
付き合い上避けられなかったため、デニスの妹であるアリアネとだけは一度踊った。だがその後はどの令嬢との誘いも断っていた。
「ご謙遜ばかり。でもいいわ、でしたらご一緒にお酒をいただきませんこと?」
何故この女はやたらまとわりついてくるのだろうか。やはりリックかデニスを狙ってるからか? そもそもこの女はまだ成人していないのではないのだろうか。
ニルスの頭に入っているヒュープナー家の男爵令嬢の年齢は確か自分の一つ下だった。ということは今十五歳のはずだ。もしくはニルスももうすぐ十七になるのでラヴィニアも十六になっているのかもしれない。さすがに誕生日まではわからない。
そしてリックかデニスを狙っているとしても、デニスは正式に婚約発表をしたばかりだし、リックはまだ数年帰ってこない予定だ。そんな状態で今、ニルスに取り入っても仕方がないのではと思ってしまう。
「……今日は酒を飲まないつもりなので」
とりあえず面倒だから離れていようと、ニルスは素っ気なく答えるとラヴィニアのほうを見ることもなくこの場から立ち去った。大広間にいても面倒そうなので、とりあえず先ほど物色していた料理をいくつか取り、飲み物と一緒に一旦エルヴィンの元へ運ぼうとそして思う。こっそり入れば、眠っていても起きないかもしれない。
「閣下。どちらかへお持ちになられるのでしたら私がお運びいたします」
エヴァンズの使用人がそう声をかけてくれたが、ニルスは首を振る。
「いい。大丈夫だ」
「しかし……」
「問題ない。あなたは他の仕事をしてくれ」
「かしこまりました。何かあればいつでもお声をおかけください」
「ああ」
エルヴィンが休んでいる部屋をそっと開けると、エルヴィンはすでに眠っている様子だった。静かに近づき、小さなテーブルに持ってきた皿やカップソーサーを置く。ソファーの背に顔を少し乗せるようにして座ったまま眠っているエルヴィンをニルスはそして眺めた。
眠っているためあの美しい目は見られないが、同じく美しい色をした髪が額や目元にかかっていて、思わず手を伸ばしてその髪をそっと退けたくなる。またいつもは黙っている時はきゅっと引き締まっている唇が、今はほんの少し開いていて、唇に触れるどころかそこに指を入れてみたくなる。
……具合が悪い、それも眠っている相手に……俺は最低だな。
そう思うが、見ているとそれだけでは済まなくなってくる。ニルスは片手で片目の辺りを覆い、首を振った。
かなり具合が悪そうだったから食べられないかもしれないが、少しでも食べたほうがいい気がする。
何であんなに具合悪そうだったのだろう。
途中までは多少落ち着かなさそうではあったものの、体調は普通だったように思える。公私ともに普段から絶えずエルヴィンの様子は気にしているから間違いないはずだ。
ミス・ラヴィニアを見てから、か?
気のせいかもしれない。ニルスがエルヴィンとラヴィニアのことを変に気にしていたからそう思えただけかもしれない。だがタイミング的にエルヴィンの様子がおかしくなったのはラヴィニアを見かけてからのように思える。
もしかしてエルヴィンはラヴィニアがタイプとか好きとかではなく、むしろ何らかの理由があって避けているのではと考えたほうが自然な気がするほど、あれからエルヴィンの具合が一気に悪くなったのではないだろうかとニルスは何となく思った。
以前、ラヴィニアがリックたちに近づかないよう気にしておくとエルヴィンに言ったことがあるが、その時はエルヴィンがラヴィニアかリックに好意を抱いているのかもしれないと思いつつ、エルヴィンのためにそう言った。だがもしエルヴィンがラヴィニアを避けているか何かであるならば、ニルスとしても前以上に彼女がリックたちに近づかないよう気にしなければと思う。
とりあえずエルヴィンに後で持って行く料理も決めたことだし、少しテラスにでも出て時間を潰すかとニルスが考えていると「カイセルヘルム侯爵」と女性の声がした。聞こえなかった振りをしたいと思いつつ、マナーを守らないわけにもいかず、ニルスは振り向いた。
「……ミス・ラヴィニア」
まさかのラヴィニアがそばまで来ていた。先ほどまで何人かの男性に囲まれていたはずなのにとニルスは少々戸惑う。といってもおそらくニルスが戸惑っている様子に気づく者はせいぜいここにいない兄のユルゲンかリックくらいだろう。
「まあ、私の名前、憶えててくださったのね。ごきげんいかが?」
エルヴィンが具合を悪くしてしまったからとてもいいとは思えないな。
「……いいですよ、ありがとう。あなたは?」
「カイセルヘルム侯爵にまたお会いできたので私もとてもいいですわ。よろしければダンスのお相手をしてくださいません?」
ダンスは作法として普通に踊れるが、そもそもあまり好きではない。だが相手がエルヴィンならばニルスも踊るのはやぶさかではなかっただろう。
「お誘いいただけて嬉しいですが、あいにくダンスは苦手です」
「うそ。以前デニス殿下の婚約パーティーであなたがアリアネ殿下と踊っておられるところを拝見いたしましたけど、とても素敵でしたよ」
ラヴィニアがニルスの腕に手を置いてきた。できるのであればそれを払いのけたいと思いつつ、ニルスはそっと顔を背けるだけにした。
「あれはアリアネ殿下が上手かっただけです」
付き合い上避けられなかったため、デニスの妹であるアリアネとだけは一度踊った。だがその後はどの令嬢との誘いも断っていた。
「ご謙遜ばかり。でもいいわ、でしたらご一緒にお酒をいただきませんこと?」
何故この女はやたらまとわりついてくるのだろうか。やはりリックかデニスを狙ってるからか? そもそもこの女はまだ成人していないのではないのだろうか。
ニルスの頭に入っているヒュープナー家の男爵令嬢の年齢は確か自分の一つ下だった。ということは今十五歳のはずだ。もしくはニルスももうすぐ十七になるのでラヴィニアも十六になっているのかもしれない。さすがに誕生日まではわからない。
そしてリックかデニスを狙っているとしても、デニスは正式に婚約発表をしたばかりだし、リックはまだ数年帰ってこない予定だ。そんな状態で今、ニルスに取り入っても仕方がないのではと思ってしまう。
「……今日は酒を飲まないつもりなので」
とりあえず面倒だから離れていようと、ニルスは素っ気なく答えるとラヴィニアのほうを見ることもなくこの場から立ち去った。大広間にいても面倒そうなので、とりあえず先ほど物色していた料理をいくつか取り、飲み物と一緒に一旦エルヴィンの元へ運ぼうとそして思う。こっそり入れば、眠っていても起きないかもしれない。
「閣下。どちらかへお持ちになられるのでしたら私がお運びいたします」
エヴァンズの使用人がそう声をかけてくれたが、ニルスは首を振る。
「いい。大丈夫だ」
「しかし……」
「問題ない。あなたは他の仕事をしてくれ」
「かしこまりました。何かあればいつでもお声をおかけください」
「ああ」
エルヴィンが休んでいる部屋をそっと開けると、エルヴィンはすでに眠っている様子だった。静かに近づき、小さなテーブルに持ってきた皿やカップソーサーを置く。ソファーの背に顔を少し乗せるようにして座ったまま眠っているエルヴィンをニルスはそして眺めた。
眠っているためあの美しい目は見られないが、同じく美しい色をした髪が額や目元にかかっていて、思わず手を伸ばしてその髪をそっと退けたくなる。またいつもは黙っている時はきゅっと引き締まっている唇が、今はほんの少し開いていて、唇に触れるどころかそこに指を入れてみたくなる。
……具合が悪い、それも眠っている相手に……俺は最低だな。
そう思うが、見ているとそれだけでは済まなくなってくる。ニルスは片手で片目の辺りを覆い、首を振った。
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