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79話
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言語化できないような、今エルヴィンが味わっているとてつもない動揺なり何なりをこの一見感情を母親の腹の中に置き忘れてきたかのような男が度々していたと思うと、状況が違えばもしかしたらそれなりに笑えたかもしれない。多分エルヴィンなら笑うよりは興味深くニルスをしみじみ見ていたかもしれないが。
だが今はそんな余裕などない。
そうだよ、ニルスは一見無表情で不愛想だけど母親の腹に感情など置き忘れてない……じゃなくて、今それはどうでもいいから俺、落ち着け、とりあえず落ち着け。
ただ少し落ち着いたところで、現状が変わるはずもない。
俺は何て言った?
ニルスに誤解されると俺が困る?
俺がニルスを好きだから?
言ったっけ?
そう言ったんだっけ?
……ああ、言った。言ったわ。めちゃくちゃ言ったわ。
両手で顔を覆い、エルヴィンは「誰か頼むから俺のために二度と戻れないような深い穴を掘ってくれ」と願った。そしてどうしていいかわからず、思わずニルスを見た。
ニルスは相変わらずこの世の不条理を一気に味わったような顔をしているように見える。
そう、だよな。ずっと幼馴染で友人だと思っていた相手が、それも男が自分を好きだと聞かされて、少なくとも爽やかな気持ちになどなれないだろうな。
まず「ごめん」と謝るべきだろうかとエルヴィンがニルスを見ながらぐるぐる考えていると、そんな心の機微を読んでくれないのかリックが相変わらず楽しそうに「エルヴィンの顔、真っ赤だねえ」などと言ってくる。
「……地獄に落としますよ……」
「怖いなあ。エルヴィン、俺が王子だって覚えてる?」
「ほんと黙って」
そもそもリックは絶対わかって仕掛けてきた。ニルスが何故か立ち去れないでドアの前にいるのを、わかってエルヴィンを煽ってきた。
もう、ほんと何でそんな意地悪するかな。
そんなことをされたエルヴィンとしては、本当ならば王子とはいえ友人であるリックを怒ってもおかしくないはずだ。それだというのに相変わらず憎めなくて困る。結局のところリックのことも、ニルスとは違う意味でというか友人として大好きなのだろう。
「じゃあ黙ることにしよう。どのみち俺、他にも仕事あるからね。あとは二人でごゆっくり。あ、でもゆっくりって言ってもここのソファーで変なことしな……」
「ほんっとリック、黙って」
居たたまれなさがリックのことも大好きだという気持ちを上回った。だがリックは変わらずにこにこしたまま「じゃあ、寛いでてね」とドアへ向かって歩き出す。そしてニルスのところまで行くと「……男、見せてね」とわけのわからないことを何やら言ってから部屋を本当に出ていってしまった。
リックの、要は王子の執務室に本人不在のまま残されるだけでも落ち着かないというのに、そこに気持ちが本人にばれてしまったエルヴィンと否応なしに聞かされたニルスの二人きり。どう考えても寛げるはずがない。
「も、もう、ほんともうリックには困らせられるよな。あの、えっと、とりあえずその、あの、気、気にしない、で。あれだ、その、言葉のあやっていうか、えっと、ほ、ほら! だって俺ら友人だし好きに決まってるだろ」
苦しい。こんな動揺しまくってつっかえまくった言葉に何一つ説得力などない。現にニルスは不条理を抱えた風のまま固まっている。
「そう、だからえっと、そう、何でもないというか。……、……と、とりあえず出よう。仕事、しなきゃな、お互い!」
もう無理だとエルヴィンは一旦退却することにした。リックが何故か言っていた「男を見せて」という言葉が今まさにエルヴィンに刺さるし、本当ならばここは男らしく「今言っていたように俺はお前が好きだ」と改めて言ってしまうべきだろう。
ただ状況があまりにも居たたまれない。
いずれ告白するつもりはあった。いつと決めてはいなかったが、何とかじわじわ攻略して時期を見て告白できればと、強く思っていたわけではないが何となく思ってはいた。
だが今じゃないんだよ。
いつか言うにしても、何もいいところを見せていないどころか思い出すのは散々ひたすら世話になり倒していた勢いの挙句に、ぽろりと聞かれたこの状況。できればもっといい状況で、男らしく告白したい。要はこの場だけは切り抜けたい。
そう、逃げるんじゃない。切り抜けるだけ。
「じゃ、じゃあまた……」
まだ固まっているニルスの隣を何とか横切ろうとすると、予想外にも腕をつかまれた。思わず「ひっ?」っという声が漏れそうになり、空いている方の手で口を押えた。
「ニ、ニルス?」
「……待って」
「は、はい」
地の底から響くような声で待てと言われ、エルヴィンは思わず丁寧に返していた。
何か言われるのだろうか。ずっと友人だと思っていたのに裏切られた、といったことを言われるかもしれないと頭によぎり、エルヴィンの心臓に大きな棘が刺さったような痛みが走る。
待て。勝手に考えるな。お前が好きになった相手がそんなことを、好きだと思いがけず漏らしてしまった相手に言うと思うか?
ニルスは優しい。見た目は不愛想で怖そうにも見えるが、すごく優しい。そんなニルスが、例え不本意であったとしてもわざわざそんなことを言うはずがないとエルヴィンは自分に言い聞かせた。
だが今はそんな余裕などない。
そうだよ、ニルスは一見無表情で不愛想だけど母親の腹に感情など置き忘れてない……じゃなくて、今それはどうでもいいから俺、落ち着け、とりあえず落ち着け。
ただ少し落ち着いたところで、現状が変わるはずもない。
俺は何て言った?
ニルスに誤解されると俺が困る?
俺がニルスを好きだから?
言ったっけ?
そう言ったんだっけ?
……ああ、言った。言ったわ。めちゃくちゃ言ったわ。
両手で顔を覆い、エルヴィンは「誰か頼むから俺のために二度と戻れないような深い穴を掘ってくれ」と願った。そしてどうしていいかわからず、思わずニルスを見た。
ニルスは相変わらずこの世の不条理を一気に味わったような顔をしているように見える。
そう、だよな。ずっと幼馴染で友人だと思っていた相手が、それも男が自分を好きだと聞かされて、少なくとも爽やかな気持ちになどなれないだろうな。
まず「ごめん」と謝るべきだろうかとエルヴィンがニルスを見ながらぐるぐる考えていると、そんな心の機微を読んでくれないのかリックが相変わらず楽しそうに「エルヴィンの顔、真っ赤だねえ」などと言ってくる。
「……地獄に落としますよ……」
「怖いなあ。エルヴィン、俺が王子だって覚えてる?」
「ほんと黙って」
そもそもリックは絶対わかって仕掛けてきた。ニルスが何故か立ち去れないでドアの前にいるのを、わかってエルヴィンを煽ってきた。
もう、ほんと何でそんな意地悪するかな。
そんなことをされたエルヴィンとしては、本当ならば王子とはいえ友人であるリックを怒ってもおかしくないはずだ。それだというのに相変わらず憎めなくて困る。結局のところリックのことも、ニルスとは違う意味でというか友人として大好きなのだろう。
「じゃあ黙ることにしよう。どのみち俺、他にも仕事あるからね。あとは二人でごゆっくり。あ、でもゆっくりって言ってもここのソファーで変なことしな……」
「ほんっとリック、黙って」
居たたまれなさがリックのことも大好きだという気持ちを上回った。だがリックは変わらずにこにこしたまま「じゃあ、寛いでてね」とドアへ向かって歩き出す。そしてニルスのところまで行くと「……男、見せてね」とわけのわからないことを何やら言ってから部屋を本当に出ていってしまった。
リックの、要は王子の執務室に本人不在のまま残されるだけでも落ち着かないというのに、そこに気持ちが本人にばれてしまったエルヴィンと否応なしに聞かされたニルスの二人きり。どう考えても寛げるはずがない。
「も、もう、ほんともうリックには困らせられるよな。あの、えっと、とりあえずその、あの、気、気にしない、で。あれだ、その、言葉のあやっていうか、えっと、ほ、ほら! だって俺ら友人だし好きに決まってるだろ」
苦しい。こんな動揺しまくってつっかえまくった言葉に何一つ説得力などない。現にニルスは不条理を抱えた風のまま固まっている。
「そう、だからえっと、そう、何でもないというか。……、……と、とりあえず出よう。仕事、しなきゃな、お互い!」
もう無理だとエルヴィンは一旦退却することにした。リックが何故か言っていた「男を見せて」という言葉が今まさにエルヴィンに刺さるし、本当ならばここは男らしく「今言っていたように俺はお前が好きだ」と改めて言ってしまうべきだろう。
ただ状況があまりにも居たたまれない。
いずれ告白するつもりはあった。いつと決めてはいなかったが、何とかじわじわ攻略して時期を見て告白できればと、強く思っていたわけではないが何となく思ってはいた。
だが今じゃないんだよ。
いつか言うにしても、何もいいところを見せていないどころか思い出すのは散々ひたすら世話になり倒していた勢いの挙句に、ぽろりと聞かれたこの状況。できればもっといい状況で、男らしく告白したい。要はこの場だけは切り抜けたい。
そう、逃げるんじゃない。切り抜けるだけ。
「じゃ、じゃあまた……」
まだ固まっているニルスの隣を何とか横切ろうとすると、予想外にも腕をつかまれた。思わず「ひっ?」っという声が漏れそうになり、空いている方の手で口を押えた。
「ニ、ニルス?」
「……待って」
「は、はい」
地の底から響くような声で待てと言われ、エルヴィンは思わず丁寧に返していた。
何か言われるのだろうか。ずっと友人だと思っていたのに裏切られた、といったことを言われるかもしれないと頭によぎり、エルヴィンの心臓に大きな棘が刺さったような痛みが走る。
待て。勝手に考えるな。お前が好きになった相手がそんなことを、好きだと思いがけず漏らしてしまった相手に言うと思うか?
ニルスは優しい。見た目は不愛想で怖そうにも見えるが、すごく優しい。そんなニルスが、例え不本意であったとしてもわざわざそんなことを言うはずがないとエルヴィンは自分に言い聞かせた。
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