彼は最後に微笑んだ

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155話

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 はっきり聞いてしまいたい。
 だが、聞くのも怖い。とはいえ聞かないままというのも駄目だとエルヴィンは頭を抱えた。何もなかったことにして流してしまいたいが、そうしていいはずもない。
 昨日の自分は明らかに異常だった。何故そうなったかわからないが、とにかく媚薬みたいなものを飲んだかのようにひたすら興奮し、経験したことがないくらい耐え難い欲を持て余していた。いや、持て余すなんて生温い。射精しなければ下半身だけでなく心臓か何かにあり得ないほど負荷がかかりそのまま死んでしまうのではというくらい、苦しかった。
 それが今は嘘みたいにすっきりしている。そしてエルヴィンはリックの部屋で、おそらくはリックの服を着て、リックのベッドで眠っていた。おまけにリックが心配そうに入ってきた。
 ほぼ決定なのではないだろうか。

 俺は……あまりに暴走してリックを襲ってしまったのか……?

 あまりのことに下腹部がひゅっと縮みこむような気がした。思わず尻の辺りをもぞりと動かす。すると痛みはないものの、気のせいか多少の違和感があった。

 待て待て待て。襲った上にあろうことか俺、リックに突っ込ませたんじゃないだろうな……?

 しかしエルヴィンとて遡る前ですら尻を使ったことは一度もない。だというのに男性器を受け入れて多少の違和感程度で済むものなのだろうか。

 もっと痛みが出たりしないか? うん……わからないな……でも違和感は間違いなくある。……どうなってる? いや、とにかく俺がやらかしたのだけは間違いないのでは……?

 もう終わりだ。
 エルヴィンは震える体をゆっくりと動かした。
 何よりニルスを裏切ってしまった感が半端ない。それに幼馴染の友人として大事にしてくれていたであろうリックをも襲うことで裏切った。
 リックからエルヴィンに何かしてきたとは思わない。かろうじてまだ残っている記憶の中でもリックは「助けてあげたいけど駄目」だとはっきり言っていた。エルヴィンのこともニルスのことも大好きだから、と。
 その時はリックが何を言っているのか理解すらできなかったが、改めて思い返せばわかる。

 リックはこれからも大事な友人として付き合っていきたいからと言ってくれていたのに……絶対俺が……耐えられなかった俺が理性なくして……ほぼ意識もなくして……襲っちゃった……。

 大の大人、それも男を簡単に襲えるものなのかとも思うが、理性を失くした分変な力が出たかもしれないし、そもそも騎士として日々訓練を受けているエルヴィンだけに力はそれなりにあると思う。おまけに自分が思っていた以上に剣の腕などもあるらしい。

 それに身長だって俺のが高いし……絶対俺が襲ったんだ……。

「エルヴィン……? 君は何をしてるのかな……?」

 下げた頭の向こうでリックの戸惑う声が聞こえてきた。

「……申し訳……ありません」
「えっ? あ、ああ。仕方ないよ。不可抗力だよ。だからベッドの上で土下座するのやめない?」

 ああ、否定しない……決定打だ……。

「しかし俺は……最低で許しがたいことを……」
「知らなかったんだから。ね? 過ぎたことだし、もう……」

 過ぎたこと?

 そんなことで済ませられる訳がない。ニルスもリックも裏切って、自分は自分の欲望のために欲望のままに動いてしまった。しかもリックは王子でもある。

「とんでもない……! そんなで済ませられることではありません……! 斬首刑を食らっても仕方ないくらいだ……」
「そこまで……っ? いや、ほんとどうしたの……? あ、えっと、そうか。エルヴィンはまだ知らないんだよね? 昨日ああなったのはザイフォンクプアスのせいなんだ」
「あの果物……?」

 思わず頭を上げるとリックが少しホッとしたようにエルヴィンを見てきた。だが昨日のことでも思い出したのか、気まずそうに少し顔を赤らめている。エルヴィンは慌ててまた土下座した。

「っちょ……っ? ほんっと頭上げて……っ?」
「できません!」
「君のせいじゃない。君のせいじゃないんだ。君が申し訳なく思う理由なんて何一つないだろ……!」

 襲ったのはエルヴィンが未熟だからだ。いくら意識をほぼ保てなかったからといって、かろうじてあった理性を飛ばしてやっていいことではない。

「俺が悪いんです……」
「違うって! 君は何も知らなかった。ザイフォンクプアスが催淫効果の強い発酵果物だなんて知らなかった。むしろそれをすぐに止められなかった俺が悪いだろ、だったら」
「とんでもない……リックが知っていたとしても……いや、確かリックはそれを食べる俺を止めようとしてくれていた。俺が聞かなかったから……本当に最初から俺は最悪だ」

 リックは「待って」「一旦食べるのを止めて」と言いかけていた気がする。それをさえぎるようにして食べたり話しかけたりしたのはエルヴィンだ。ますます申し訳なさしかない。

「ちょっと一旦落ち着いて、エルヴィン」

 そう、昨日もリックの話をちゃんと聞かなかったから自業自得の羽目になっただけでなく、最低なことをしでかしたのだろう。エルヴィンは土下座したまま黙った。

「うん。じゃあ、とりあえず頭上げよう」
「それは」
「いいから。それじゃあちゃんと話もできない」
「わ、かりました……」

 エルヴィンがおずおず頭を上げると、リックがまた少しだけ気まずそうな顔をしてきた。本当に申し訳ないとエルヴィンは思う。

「いい? 昨日エルヴィンがああなったのは不可抗力。それに俺は何も手助けしてあげられなかったんだから」
「やっぱり申し訳なさしかありません。本当に許しがたいことを俺は……リックを襲ってしまうなんて」

 一瞬の沈黙の後、二人同時に言葉を発していた。そしてお互い「ん?」と相手を見た。
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