彼は最後に微笑んだ

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181話

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 別荘に着くまでエルヴィンはひたすら耐久を強いられていた気がする。とはいえもちろん嫌なわけではない。正直嬉しい。
 ただ、嬉しいが羞恥心も半端なかった。好きな相手の膝上という状況が何より嬉しいながらに恥ずかしいし、それ以外でも図体のでかい男が人の膝上に甘えさせてもらう状況も、たいがい恥ずかしい。
 到着したのが夜ということもあり、少々よれよれしている気がするエルヴィンはできれば今日はもうこれ以上出かけることなく熱い湯に浸かり、軽食をとってあとはゆっくり休みたかった。
 普通に座っているだけでも疲れる馬車に、乗り慣れていてコツでもわかっているのか知らないがずっと座ってただけでなく、高身長であり体を鍛えている分それなりに重いはずのエルヴィンをずっと膝上に乗せていたニルスの消耗っぷりは半端ないのではと通常なら思うだろう。

 でもどう見てもいつもと変わらないんだよなあ……。

「どうかしたのか?」

 ある意味お前がどうかしたのか、だよ。何で消耗してないの? 俺なんてお前の膝上で痛み和らげてもらっていたにも関わらずよぼよぼなんだけど?

「……ニルス、足、だるくないのか?」

 とりあえずそう聞くとコクリと頷いた後に「いや。何故」とむしろ聞き返されてしまった。

「何故って。ここ着くまでお前、俺を膝に乗せてたんだぞ。あんな揺れる中で。拷問だろある意味……」
「拷問……? むしろ褒……いや」

 ニルスが言いかけてやめるのは珍しい。言葉数が少なすぎるのもあるからか大抵たどたどしい時はあれどもサラリと口にするし、おそらく言うのをやめるくらいなら最初から口にしない気がする。

 今のは短い言葉ってのもあるけど、つい出ちゃった感じだろうな。ほう……び、かな? 褒美って言おうとしたのかな。

 心の声を一度も聞いたことがなければニルスの口からそんな言葉が出るとは到底思えなくて浮かびもしなかっただろうが、あいにく申し訳ないことに何度も聞いてしまっているだけに多分間違っていない気がする。

 でも、あんなのが褒美になっちゃうのか……? ニルスの性癖とまでは言わないだろけど好みっていうのか、よくわからないな……。

 少々遠い目になった後に「とにかく、どう考えても足、だるくなるだろ」とエルヴィンは屋敷の者に用意してもらった茶を飲みながらニルスを見た。

「問題ない」

 問題ないって……お前の体力とか、どうなってんの?

 それともやせ我慢だろうかとじっと見てみるが、どう見てもいつもと変わらないニルスだし足が震えていたり伸ばしてみたりする様子すらない。

 いやいや、でも実はすごく痛いとかだるいとかじゃないのか? ニルス男らしいし俺のために隠してんじゃないのか?

「あの……足、マッサージしようか?」
「……っ? あ……、……、……い、や……いい。ありがとう」

 タメが長い。もしかして遠慮しているのだろうか。

「遠慮するなよ」
「してない。欲しい時は欲しいと言う」

 そういえば触れ合っている時も案外遠慮なくてガツガツきていた気がするなと思い出してしまい、エルヴィンは一気に顔が熱くなった。それを見られないよう、服の皺を気にしているふりをしながら俯く。

「そんなこと……、……俺の……がもたない」

 そのせいかニルスが話している内容を聞き漏らしてしまった。

「悪い。何て?」
「足は大丈夫だ。エルヴィンこそ、疲れただろう。風呂に入り、今日はゆっくり休め」
「あ、うん……」

 当然そのつもりだったというのに、ニルスから言われると複雑な気持ちになる。実際疲れているし今日は本当にゆっくり休みたい。だがニルスからはそれでも一緒に過ごしたい的なことを言って欲しいという、要は単なるわがままでしかない。
 ニルスこそ疲れているはずだ。だから本当ならその言葉はエルヴィンから言うべきだったというのに、むしろ自分に構いたいと思っていて欲しいと思うなど、自分は何て浅ましい男なのだろうと思った。

「エルヴィン? どうかしたのか?」
「ううん。何でもない。じゃあそうさせてもらうよ」
「ああ。ゆっくり休んでくれ」
「ニルスは? ニルスも休むんだろう?」
「ああ。だが先にノルデルハウゼン侯爵夫人への手紙を書いて配達人に届けてもらう」
「手紙? 俺の母上に? 何で?」
「旅の様子をたまに知らせて欲しい、と」
「い、いやいやいや。何で……何か月もというならまだしも、ほんの五日程度ですけど……!」
「それでも知りたいのだろう。夫人は本当に嬉しそうだったし、俺もそれほどに喜んでもらえて、嬉しい」

 表情は変わらないが、穏やかな声のニルスは実際嬉しいと思ってくれているのだろう。
 あとネスリンは様子を知りたいというのもあるが、もしかしたら新たに自分の息子となる予定となったニルスと様々なやり取りをしたいと思ったのかもしれない。

 遡る前も、俺らたちだけじゃなくシュテファンにも少しでも会いたい、接したいと思っていた人だし。

「ありがとうな、ニルス」
「礼を言われるようなことはしていない。あとお前はもう休むといい」
「そうだな」

 無口なニルスが手紙ではどんな感じなのか少々興味あるが、邪魔するのも悪いなと頷く。ニルスに近づくと、その額にキスしてエルヴィンは「おやすみ」と笑いかけた。
 湯の準備をしてもらっている間に、運んでもらっていた荷物を自分で片づけた。ずっと昔からついてくれている相手なら気軽に荷物の整理も頼んでおくが、使用人とはいえ見知らぬ相手だとつい警戒ではないが、遠慮してしまう。

 牢で服毒したせいかなあ。普段はそんな神経質じゃないんだけど。

 変なところで神経質な部分があるのは自分でもわかっている。
 ようやく風呂にも入り、一旦ベッドへ横になる。どうやら自分が思っていた以上に疲れていたようだ。軽食をとることもなくエルヴィンは泥のように眠りこけていた。
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