182 / 193
182話
しおりを挟む
「今日はシュテファンに会いに行く日なの」
ネスリンが満面の笑みを浮かべて笑っている。
シュテファン……? 待って母上、シュテファンは……もう……。
そう思ったものの、エルヴィンは「そうですか」とネスリンに笑いかけた。自分の考えとは裏腹に、嬉しそうなネスリンを見て満足している自分がいる。
あ、これ夢だ。
エルヴィンはすぐさま納得した。おそらく遡る前の出来事を夢に見ているのだろう。それも記憶をたどるような夢だからか、意識だけのエルヴィンは夢だとわかりつつ何も干渉できないタイプの夢のようだ。
「たまにはエルヴィン、あなたも私と一緒に行きましょう」
「せっかくなので母上はゆっくりシュテファンとの時間をお過ごしになられるほうが……」
ラウラが亡くなってからネスリンは床に伏せがちになった。本人もそうしたいわけではなさそうで、なるべく起きて元気にふるまいたいようだが、多分心が弱ってしまっているせいなのだろう。
そんなネスリンが以前のように明るく元気になる日がある。それがシュテファンに会いに行ける日だった。
例え継母であるラヴィニアだけでなく実の父親であるデニスにさえあまりかわいがってもらえてないのだとしても、シュテファンは第一王子であり、いくら祖父母のところだろうが気軽に訪れることはできない。そして祖父母であるウーヴェとネスリンも気軽にいつでもシュテファンに会いに行くわけにもいかない。
父上や俺やヴィリーは偶然宮殿で会うこともなくはないけども。
とはいえさすがに会うのを禁止されることはないようで、こうしてあらかじめ訪問できる日が決められている。
「あなたが一緒でゆっくり過ごせないことなどあるわけないでしょう? もしあなたに用事があるのでしたら仕方ないですけども」
「ではご一緒させていただきます」
どうやら本当に一緒に行きたいと思ってくれているようだとわかり、エルヴィンは微笑みながら手を差し出した。ネスリンも笑みを浮かべながらエルヴィンの手をとり、そのまま腕を組んだ。
「おばーちゃま! エゥ!」
シュテファンに与えられているベルンシュタイン宮へ訪れると、シュテファンが嬉しそうによたよたしながらではあるが駆けつけてきた。そしてネスリンにぎゅっと抱きつく。以前ならそのまま抱き上げられていたネスリンだが、寝込みがちなせいで体力が落ちてしまい、今は小さなシュテファンすら抱き上げられないようだ。代わりに屈みこんでぎゅっと抱きしめ返している。
「シュテファン。私のモイスヒェン」
私のかわいい子ネズミちゃんといったニュアンスで、ネスリンはシュテファンを愛しそうに抱きしめてから、まだ少しよちよち歩きであるシュテファンに連れられておもちゃを紹介されている。一つ一つを嬉しそうにネスリンに見せながら、シュテファンは拙いながらも懸命にどういうおもちゃか説明していた。
「エゥ、こっち」
エルヴィンのことはまだちゃんと呼べないシュテファンは「エゥ」と呼んでくる。それがまたかわいくて、エルヴィンも大いに顔を綻ばせながら二人のそばへ向かった。
シュテファンについている使用人は多くないようにエルヴィンは思う。いくらシュテファンが手のかからない子であっても、第一王子であるまだ小さな子どもにはもっとたくさんの使用人をつけるものではないだろうか。おまけにシュテファンを本当に心からかわいがってくれる使用人はその中でもさらに少なくなる気がする。
以前から何となく、実の父親であるデニス王からもあまり愛されていないのではと心の中で疑惑を持っていたが、シュテファンに会う度にエルヴィンの中にある疑惑は強くなっていく。
とはいえ、ネスリンには何も言うつもりはなかった。これ以上心労を増やしてどうするというのか。
改めて二人を見るとお互い本当に嬉しそうだ。ラウラのことがあり、ネスリンではないが気持ちが塞がりがちなエルヴィンもさすがに幸せな気持ちになった。
「今日は私のモイスヒェンが大好きなお菓子をたくさん持ってきたのよ」
「おかち! たべていいの?」
「もちろん。全部食べていいのよ。お茶と……シュテファンには温かいミルクを用意してもらいましょうね」
「でんぶぼくのおかち。でもだいしゅきだからおばーちゃまにもあげるね」
「まあ! 本当? すごく嬉しい」
「おいおい、シュテファン。君のおじさんのことは大好きじゃないのか?」
外でなら例え甥であろうが小さな子どもであろうが、第一王子であるシュテファンに対し敬語で接する。だがベルンシュタイン宮でくらい、エルヴィンは可愛い甥に対する伯父として接したかった。
「エゥもしゅき。ちかたないからいっこ、あげぅ」
「仕方ないのかあ。でも嬉しいな。実はね、俺も君が大好きなんだよ、シュテファン」
「うふふ。だいしゅき」
温かい日差しが嬉しそうなシュテファンとネスリンを包み込んでいる。それはずっと永遠に見続けていたい光景のように思えた。そして何故か泣けてきそうだった。
……何故か、じゃないよ俺……。
夢だと認識しているエルヴィンの意識はすでにポロポロと涙をこぼしていた。
目が覚めた時も涙は出ていた。とはいえ悲しいよりも懐かしさと、二度と手に入ることのない出来事に対する切なさが強い。そして幸せそうだったシュテファンと、彼をとても愛していたネスリンに夢であってもまた会えてすごく嬉しくもあった。
ネスリンが満面の笑みを浮かべて笑っている。
シュテファン……? 待って母上、シュテファンは……もう……。
そう思ったものの、エルヴィンは「そうですか」とネスリンに笑いかけた。自分の考えとは裏腹に、嬉しそうなネスリンを見て満足している自分がいる。
あ、これ夢だ。
エルヴィンはすぐさま納得した。おそらく遡る前の出来事を夢に見ているのだろう。それも記憶をたどるような夢だからか、意識だけのエルヴィンは夢だとわかりつつ何も干渉できないタイプの夢のようだ。
「たまにはエルヴィン、あなたも私と一緒に行きましょう」
「せっかくなので母上はゆっくりシュテファンとの時間をお過ごしになられるほうが……」
ラウラが亡くなってからネスリンは床に伏せがちになった。本人もそうしたいわけではなさそうで、なるべく起きて元気にふるまいたいようだが、多分心が弱ってしまっているせいなのだろう。
そんなネスリンが以前のように明るく元気になる日がある。それがシュテファンに会いに行ける日だった。
例え継母であるラヴィニアだけでなく実の父親であるデニスにさえあまりかわいがってもらえてないのだとしても、シュテファンは第一王子であり、いくら祖父母のところだろうが気軽に訪れることはできない。そして祖父母であるウーヴェとネスリンも気軽にいつでもシュテファンに会いに行くわけにもいかない。
父上や俺やヴィリーは偶然宮殿で会うこともなくはないけども。
とはいえさすがに会うのを禁止されることはないようで、こうしてあらかじめ訪問できる日が決められている。
「あなたが一緒でゆっくり過ごせないことなどあるわけないでしょう? もしあなたに用事があるのでしたら仕方ないですけども」
「ではご一緒させていただきます」
どうやら本当に一緒に行きたいと思ってくれているようだとわかり、エルヴィンは微笑みながら手を差し出した。ネスリンも笑みを浮かべながらエルヴィンの手をとり、そのまま腕を組んだ。
「おばーちゃま! エゥ!」
シュテファンに与えられているベルンシュタイン宮へ訪れると、シュテファンが嬉しそうによたよたしながらではあるが駆けつけてきた。そしてネスリンにぎゅっと抱きつく。以前ならそのまま抱き上げられていたネスリンだが、寝込みがちなせいで体力が落ちてしまい、今は小さなシュテファンすら抱き上げられないようだ。代わりに屈みこんでぎゅっと抱きしめ返している。
「シュテファン。私のモイスヒェン」
私のかわいい子ネズミちゃんといったニュアンスで、ネスリンはシュテファンを愛しそうに抱きしめてから、まだ少しよちよち歩きであるシュテファンに連れられておもちゃを紹介されている。一つ一つを嬉しそうにネスリンに見せながら、シュテファンは拙いながらも懸命にどういうおもちゃか説明していた。
「エゥ、こっち」
エルヴィンのことはまだちゃんと呼べないシュテファンは「エゥ」と呼んでくる。それがまたかわいくて、エルヴィンも大いに顔を綻ばせながら二人のそばへ向かった。
シュテファンについている使用人は多くないようにエルヴィンは思う。いくらシュテファンが手のかからない子であっても、第一王子であるまだ小さな子どもにはもっとたくさんの使用人をつけるものではないだろうか。おまけにシュテファンを本当に心からかわいがってくれる使用人はその中でもさらに少なくなる気がする。
以前から何となく、実の父親であるデニス王からもあまり愛されていないのではと心の中で疑惑を持っていたが、シュテファンに会う度にエルヴィンの中にある疑惑は強くなっていく。
とはいえ、ネスリンには何も言うつもりはなかった。これ以上心労を増やしてどうするというのか。
改めて二人を見るとお互い本当に嬉しそうだ。ラウラのことがあり、ネスリンではないが気持ちが塞がりがちなエルヴィンもさすがに幸せな気持ちになった。
「今日は私のモイスヒェンが大好きなお菓子をたくさん持ってきたのよ」
「おかち! たべていいの?」
「もちろん。全部食べていいのよ。お茶と……シュテファンには温かいミルクを用意してもらいましょうね」
「でんぶぼくのおかち。でもだいしゅきだからおばーちゃまにもあげるね」
「まあ! 本当? すごく嬉しい」
「おいおい、シュテファン。君のおじさんのことは大好きじゃないのか?」
外でなら例え甥であろうが小さな子どもであろうが、第一王子であるシュテファンに対し敬語で接する。だがベルンシュタイン宮でくらい、エルヴィンは可愛い甥に対する伯父として接したかった。
「エゥもしゅき。ちかたないからいっこ、あげぅ」
「仕方ないのかあ。でも嬉しいな。実はね、俺も君が大好きなんだよ、シュテファン」
「うふふ。だいしゅき」
温かい日差しが嬉しそうなシュテファンとネスリンを包み込んでいる。それはずっと永遠に見続けていたい光景のように思えた。そして何故か泣けてきそうだった。
……何故か、じゃないよ俺……。
夢だと認識しているエルヴィンの意識はすでにポロポロと涙をこぼしていた。
目が覚めた時も涙は出ていた。とはいえ悲しいよりも懐かしさと、二度と手に入ることのない出来事に対する切なさが強い。そして幸せそうだったシュテファンと、彼をとても愛していたネスリンに夢であってもまた会えてすごく嬉しくもあった。
0
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~
一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。
そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。
オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。
(ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります)
番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。
11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。
表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される
八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。
蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。
リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。
ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい……
スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
【16+4話完結】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
聖者の愛はお前だけのもの
いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。
<あらすじ>
ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。
ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。
意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。
全年齢対象。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる