不良兄と秀才弟

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1話

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 相賀 総司(あいか そうじ)の見た目は決して悪くない。少し釣り目だが切れ長の目に整った鼻筋や唇。だがモテた記憶はない。

「おかしくね? 俺めっちゃイケメンだと思うんだけど」

 頬杖をつきながら総司がぶすっと呟くと周りにいた子分という名の友人、如月 夏夫(きさらぎ なつお)と香川 仁史(かがわ ひとし)は「頭だろ」「頭だな」などと思いながらも「おかしいよな」と頷いてみせた。

「だよなっ? 背だって割とあるしよ、こんなにお洒落なんだぜ? あ、そうか、もしかして女の子たちは気遅れしてんのか!」

 身長は実際そこそこある。だがお洒落かといえばそこはもう、他の生徒が聞けば趣味の相違だろうくらいしか何とも言い難い。
 長めの前髪や後ろ髪は総司の猫系ともいえる顔つきに合ってはいるが、色はかなり明るめの茶色だし毛先の方はむしろ金髪に近い。耳にはいくつものごついピアスをつけており制服の着方はだらしない。
 この学校がそこそこ金持ち学校でありしかも頭も良い進学校だけに総司のそんな様子はどうしても浮いている。頭が良い学校にありがちで校則は緩いため、髪の色が明るいくらいならもちろん他にも沢山いる。だが一見してそんな生徒たちとも違う雰囲気を醸し出している。割とチャラそうな生徒であっても素朴そうな生徒であっても基本的には皆お嬢様やお坊ちゃんだからか、上品な雰囲気すらある制服も多少崩そうがセンス良く着こなしている。だからであろう。総司の制服の着こなしはひと際だらしなく見える。ただその着方が総司には似合っているので、友人たちは夏夫と仁史を含め誰も注意するつもりはなかった。
 ちなみに先程「頭だろう」と二人が思ったのは髪型や髪の色ではなく、その中身のことである。友人たちは皆、いまだにこの学校になぜ総司がいるのかが理解できていない。偶然の産物、カンニング、裏口入学。神の成し遂げた奇跡だろうかとさえ思われている。ただカンニングや裏口入学を想像するにはあまりに総司が総司なので誰もピンとこず、今のところは奇跡説が有望だ。
 その友人たちも基本的には真面目さはなく、どちらかというとチャラい系というか俗に言う不良に近い。とはいえ別に改造バイクに乗ってふらふら走り倒したり因縁をつけてはケンカに明けくれたり、挙句の果てに特攻服を着てポーズをとったりする訳ではない。ケンカはふっかけられると買うくらいはする、一般生徒よりは少々自己規則が緩い程度だ。それでもそういうタイプが自然と集まるからか、やたら真面目すぎる程の生徒たちには「不良だ」と思われているようである。
 そのグループの中でリーダー的存在なのが総司だった。二年生になる前に当時三年で今はもう卒業した先輩にとても気に入られていた総司は「次、お前がリーダーな」と言われたのだ。
 普通なら当時二年、今の三年を差し置いてとやっかまれるものだが、今の三年にも気に入られている総司に対して反対だと言ってきた者はいなかった。むしろ皆賛成だった。
 前のリーダー的存在ではあった先輩は確かにそれなりにしっかりもしていたが、総司自体はどちらかというと誰も目を離してはいけないと思われるタイプである。なのに誰も反対をしない辺りに、この仲間たちがよくあるような縦関係の厳しい不良グループとは違うという特徴が出ている。
 そもそも実際に正式なリーダーなど存在しない。リーダーなと総司が言われた瞬間、そこにいた者たちは大いに楽しみ笑いながら「いいぞ、がんばれ!」と無駄に総司を煽っていた。どのみち今の三年たちは、仲間ではないものの同じ学年の生徒にやたらと秀でたカリスマ的存在がいるのもあって、あまりそういう位置に執着がなかったのかもしれない。
 今も三年の仲間たちの間で中心の話題は、そのカリスマ的存在たちが最近一年生の一人に関心があるようだといったことばかりだ。
 そして総司と同じ二年の間にはカリスマという訳ではなく「あいつこそ裏番長だよな」とそっと言われている生徒もいるのだが、二年たちは基本的にそれは口にしない。
 そんな緩いグループなのだが、リーダーだと言われた総司自身は大いに感動した上でかなり張り切っていた。だが「俺、がんばるよ先輩!」と返事したものの、普段から別に何らかの活動をしている訳でもないので実際のところ何をがんばればいいかもわかっていなかった。なのでせいぜい何かをするといえば仲がいい仲間で寮に入っているやつのドアをピンポンダッシュするレベルだろうか。実にくだらない。
 もちろん友人たちは誰ひとりその行為自体を本気で楽しんではいないが、本気で楽しんでいる総司を見て楽しんでいるといったところか。むしろ例えそれなりに大きな喧嘩がどこかで起きようとも、皆総司にはバレないよう片付けていた。
 とはいえリーダーのメンツは一応守ってあげたいので、相手方には「てめえら如きに俺たちのリーダーを出すのも惜しいんだよ」などとふっかけている。
 そして一年からは尊敬されているというよりも一部からは少々違う意味で好かれていたりするので、それに関しても友人たちは牽制しているようである。

「先輩はカッコいいっすよ」
「だろ? お前わかってんな」
「はい。それはもう、最高にカッコよくて色々触らせてもらいたいくらいっす」
「あ? お前変なやつだな。でも良いぜ、触りてぇなら好きなとこ触れよ。髪か? それともこの俺の筋肉美か」

 イケメンなのにと総司が夏夫と仁史に愚痴っていたら、そこにいた後輩の一人がニコニコと言ってきた。それに気をよくして同じく総司もニコニコとして頷いた。

「マジっすか」
「マジ……」

 総司が返事をしようとすると二人が遮る。

「マジっすかじゃねえよ。てめぇ、調子こいてんじゃねえよ、仮にも相手はリーダーだぞ? 総番長ってやつだ。遠慮っつー態度覚えやがれクソガキが」
「えー」
「えー、じゃねえんだよ、もっとリーダーに対して尊敬の念送って遠目で敬っとけ」

 夏夫と仁史に散々に言われ、後輩は渋々諦めていた。その後輩がいなくなってから総司は怪訝そうな顔で友人たちを見る。

「なあ、総番長ともなればあれか? 気安く触らせちゃ駄目なんか?」
「そうそう。気安くとかねぇな」
「おぅ、ねぇよな」

 一瞬だけ顔を見合わせていた二人は同時に総司を見て頷いてきた。

「マジかよ、総番長って結構めんどくせぇのな。別に触ってもらっても俺気になんねぇけどな」
「だからそれな。んなこと口にもすんじゃねえよ」
「そうそう。そこは威厳っつーもんがあるからな」
「そーなんか。わかった。でも俺、なかなかの筋肉美じゃねえ?」

 へぇといった顔をした後で総司がニヤリとすると、二人は微妙な顔をして「ない訳じゃねえけどよ」と苦笑する。
 喧嘩には参加させないよう皆が気配りしているが、別に総司自身喧嘩が弱い訳ではない。ただなんというか、本当に何故この高校に入れたんだと、学校の七不思議に入れてもいいくらい総司の頭があれな上、どこか見ていて危なっかしいのもあってできれば皆、総司に喧嘩をさせるのは避けたいと思っていた。しかし運悪く一緒にいる時に絡まれると、もちろん総司も喧嘩に加わる。そしてそれなりに十分強い。だがそれでも喧嘩はなるべく総司の知らないところでやるようにしていた。
 そんな、決して弱くない総司の体つきも確かにそれなりに筋肉はある。それでもどちらかというと華奢にも見えかねないと周りは思っている。

「んだよ、ハレギ悪ぃな」
「そうでもねえし、あとハギレな、歯切れ」
「……ちょっと言い間違えたんだよ!  つかあれだよ、俺が言いたかったんはだな、俺イケメンなのに」
「何でモテねえのか、だろ」
「そう。そんであれ。リカちゃんが振り向いてくれねえ」
「あー」
「ああー」

 夏夫と仁史が微妙な顔で頷く。
 総司には一年の頃から好きな子がいた。朝野 梨華(あさの りか)という同級生だ。淡々として気の強そうな美人で、総司は一目見た時から好きになりその時からひたすら本人に気持ちを伝えている。だがその度に振られている。

「リカちゃん、好きだし付き合ってくれよ」
「お断り」
「なあ、そろそろ俺と付き合ってもいんじゃね」
「よくないわね」
「リカちゃ……」
「本読んでるから邪魔しないで」

 いつもそっけなくあしらわれているのだが、総司は未だに懲りずにアタックしている。

「あんだけ冷たくされて何で何回も同じこと言えんだよ、そーじは」
「だって好きだったら言うだろ? それに断られてるけど嫌いとも消えろとも言われてねぇし」

 ある意味言われているようなもんだろと内心では思いつつ、二人は「あー」と適当に返事をする。
 その後三人で教室に戻ると総司は自分の机に座り、手持無沙汰なのか消しゴムを取り出しぼんやり千切り始めた。またバカなことやってるよ、と夏夫と仁史が離れたところで生ぬるい顔をして思っていると総司のそばにやってくる生徒がいた。
 多少浮いているせいか、仲間以外は総司にあまり近付いてこないのだが、その生徒だけは別だった。

「おい総司。つまらんことしてんじゃねえ。バカか」
「なんだと、バカっつーほうがバカなんだよ、うるせぇな!」

 総司はギロリとその相手を睨み、千切った消しゴムを相手に向かって投げ出した。

「総司……んなことしていいと思ってんのか」
「るせぇな! 俺のが兄なんだからてめぇは敬え!」
「……は。その投げて落とした消しゴム、ちゃんと拾えよ」

 くい、と眼鏡を押し上げた後にジロリと総司を見た針谷 幾斗(はりや いくと)は、一見似てないし名字も違うが、総司の双子の弟でありクラスの委員をしていた。
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