緋の花

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63話

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 朝が苦手な秋星はいつも邦一に起こしてもらっている。大抵「起きろ」と素っ気なく言われ、その後も寝汚い秋星に呆れた邦一により、無理やり布団を剥がされ体を引っ張られる。

「もっと優しぃ起こされへんの。腕抜ける」

 そんな風に不平を言っても「こんなくらいで秋星の腕は抜けないし俺は優しく起こしてる」などと適当に答えられながら着替えさせられる。
 だが今日は違った。
 とりあえずいい夢を見ていた気はする。多分、夜中に一度目を覚ました時に、驚いたことに邦一が秋星に対して腕や足を絡め抱きしめるようにして眠っていたおかげかもしれない。ただでさえ一緒に眠るのは久しぶりで嬉しかっただけに、最高にいい気分だった。
 そんな風に抱きしめてきていたのは秋星の体が冷たいからだろう。エアコンの温度設定はいつも大いに低くしているのだが「低すぎる」と布団を敷く前に邦一が設定を上げていた。それもあって冷たい秋星の体に無意識だろうがくっついてきたと思われる。
 それでもいい気分はいい気分だったし、そのおかげで夢までいい夢だったのだろう。
 だが体をめちゃくちゃに揺さぶられるのを感じ、秋星の意識は浮上した。実際、目を覚ました秋星は邦一によって思い切り体を揺さぶられていた。

「な、なんやの……?」
「秋星……!」

 目を覚ました秋星に気づくと、邦一はあからさまにホッとした様子で今度は秋星を抱きしめてくる。全くもって意味がわからないが、起きている邦一に抱きしめられるなんてまず発生しない為、秋星は思わずその状況を堪能した。
 だがやはり意味がわからない。

「ちょぉ、何なん……?」

 引き離すのは名残惜し過ぎたが、事態を把握できなさ過ぎて渋々邦一を離しながら聞いた。

「いや……だって秋星、目を覚まさないから……」
「は? そんなんいつものことやん」

 寝汚いのを恥じ入ることもなく言い切るも邦一は呆れた顔をせず、今度は秋星にそっと触れてきた。そして小さく長いため息を吐く。その息は少し震えていた。そういえば邦一が放つ匂いも少し酸味を感じる。

 ……怯え?

「お前めちゃくちゃ冷たかった」
「……体温ないよぉなもんやねんで、そりゃしゃぁないやん。っていうか今更やろ。今までも俺、起こしてたやん。無理やり引っ張ったり着替えさせたりしてたやん」

 今日が特別に冷たい筈はない。秋星は怪訝な顔を邦一へ向けた。

「そうだけど! でも状況が違う。抱き合うくらい近い状態で寝てたんだぞ」

 抱き合うっつーかお前、抱きしめてきてたで。

 内心ほくそ笑みを浮かべる。

「そんな状態で目を覚ましたら目の前に青白い肌して動かない秋星が冷たくなってんだぞ……何事かと思うだろ……」

 だが邦一の様子を見て笑みは引っ込んだ。本気で驚き、怯えていたように思える。

「いくらエアコンがついてるって言っても夏なんだぞ……しかもこんなくっつくようにして布団かぶってるのに冷たいとか……お前の体温がどうとかなんて吹き飛んで焦るに決まってる……」

 クニ……それもやっぱりお前の仕える相手やからか? それとも幼馴染みやからか?
 そんなに本気で驚き、悲しそうに怯えるん、そこにほんまに俺のこと、好きやていう気持ち、ないのん?

 そういう目で見ていない。
 邦一の口からはっきり聞いた後でも、やはり邦一は秋星のことを好いているのではないのかと思わされてしまう。秋星の中にある小部屋がキュッと軋んだ。小さな痛みと芯が疼くような切なさを覚える。秋星は手を伸ばし、一旦引き離した邦一を引き寄せ抱きしめた。

「秋星……?」
「それは焦るんかもしれんけど……せやけどこの俺がいきなり死ぬ訳ないやん。何でそんな発想になんの」

 愛しさが溢れながらも少しおかしく思い、抱きしめながら秋星は聞いた。

「いきなり死ぬ筈ないとか、そういうのも吹き飛んだんだよ……!」
「そんなに心配したん?」
「当たり前だろ……」
「……なぁ、クニもやっぱり俺のこと、好きなんやて」
「は?」

 今の今までいい雰囲気だったというのに、何の話だといった様子の邦一に秋星は苦笑する。

「……ほんまクニは……色気ないなぁ……」
「あってたまるか。……でも……本当に良かった……」

 呆れたように言い返してきた後で、邦一は改めてホッとしたように抱き返してくる。

 ああ……ほんまに……。

 今、心底体中で邦一を求めている。だが昨日倒れたばかりの人間である邦一には流石に無茶はできない。それでもせめてキスをしたいと思った。

 触れ合いたい。
 邦一を感じたい。
 唾液を貪りたい。

 決して食事の感覚ではない、それらの欲求に秋星は内心苦笑する。

 この俺ともあろうヴァンパイアが。

 抱きしめ返されていた秋星はそのま邦一の首筋に顔を埋めて深呼吸をした。ホッとしたおかげでまたいつものように芳醇で甘い匂いを放つ邦一に、堪らず唇をそこへ這わせた。邦一の体が少々緊張したのが伝わってくる。

「安心しぃ……血は飲まんで……」
「なら……」

 何でと言いかけて、邦一は口を閉じたようだ。色気のない頑固馬鹿な邦一もそこまで鈍感ではないらしい。

「何や……俺の気持ちでも察したんか?」
「……」
「やけどな、それやったらそれで、拒めへんの? 俺に対してそんな気ぃないんやろ? それともないけど、主やったら体でも簡単に差し出すんか?」

 首筋に這わせていた唇を耳元へ移し、やはり這わせたり甘噛みをしたりしながら秋星は囁いた。

「違う」
「……何が違うん?」

 また囁いた後に唇を邦一の耳朶から中へ移動させていく。邦一の体が小さく震えた。

「……ずっとお前が何を考えてるかわからんかった。何でこんなことするんだよって思ってた……でも、わかったら何ていうか……お前にされるの、多分……別に嫌じゃない」

 死ぬ訳ないけれども死ぬかと秋星は思った。
 好きだと言われたのではない。それでも秋星の気持ちをわかった上で受け入れているとしか思えない邦一の言葉に、嬉しく思わない訳がなかった。

「……、ん」

 耳を愛撫していた唇が、邦一の唇に合わさり擦りつける。牙で噛むのではなく、前歯で甘く食み、舐め、そしてまた食む。人間の食事は感触すら好きではないのに、邦一の唇は堪らない感触をしている。

「は、ぁ……」

 秋星はひたすら貪った。
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