緋の花

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108話

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 邦一はとりあえずゆっくりとコーヒーを飲んだ。暖かい液体が喉を通り、じんわりと食道を暖めていく。小さく「は……」っと息を吐くと臨太郎を見た。

「知りたいってどういう意味……」

 色んな意味が考えられる。ただ単にたまたま見かけた、このご時世に後ろ髪の長い男が奇異に思えて気になっていただけという可能性もある。クラスメイトたちは皆優しいから気にならないと言ってくれたが、実際に邦一は髪の長い人間の男を他に見かけたことがない。学校へ行くようになってそれに気づいたが願掛けをしているため、そしてその願いはいつが叶ったと判断したらいいのか分からないため、切るつもりはなかった。
 髪が伸びるのが遅いようなのと一部だけしか伸ばしていないのもあってさほど目立っていないだろうと思い込んでいたが、やはり変なのかもしれない。だから忠告と言ったのかもしれない。
 だがそれが理由ならむしろ構わない。気になっているのが邦一ではなく実は秋星たちであるよりはるかにましだ。人間に秋星たちの正体がバレる訳にはいかない。
 いい匂いがするなどと言っていたが、さすがに邦一のことを性的に好きだというのはないだろう。秋星と思い合ってはいるが邦一自身は元々男に興味がないし、そもそも見た目も地味だと思うので誰かにそれも男に好かれる理由がない。
 もしくは──

「邦一、とうしたっての、ぼんやりして」
「……少し考えごとを。で、どういう意味」

 考えていたことを「ぼんやり」と指摘され、邦一は微妙な顔を臨太郎へ向けた。

「そのままだよ。どんな人なのかなって」
「何故」
「んー、いい匂いがするから?」

 何だよそれ。

「あはは、邦一、変な顔してくんなよ」
「したくもなる……何なの、アンタ」
「邦一、ノリ悪いなぁ。飽きちゃうだろ」
「そもそも俺とアンタは初対面の筈だし、アンタを飽きさせないように心がける理由もないんだけど」

 微妙な気持ちで言えば、臨太郎はつまらなさそうな顔を隠そうともせず、テーブルに頬杖をつきながらよそを向く。ついでに「あ、あのお姉さん可愛いねー」とまた楽しそうにニコニコし出した。
 秋星もたいがい気まぐれで適当だと邦一は思っていたが、臨太郎を見ているとましに思えてきた。残りのコーヒーを飲み干して席を立とうとすると「ダメダメ。ちゃんと話聞いて」と臨太郎がまた邦一を見てきた。

「アンタが言わないんだろ」
「んー……あ、もういいかな」

 丁度隣の席に座っていた客が立ち去ったところで臨太郎がニコニコと邦一に笑いかけてくる。何かのタイミングでもあったのたろうかと怪訝に思っていると「邦一、その匂いダメだと思うよ」と今度はダメ出しをしてきた。

「……いい匂いだの駄目だの……第一俺にはなんの匂いなのか」
「自分ではわからないものなんだ? 匂い、何でだろね。ずっと周りがアレな人らの中で育ってきたからとかね」
「何それ……」

 呆れたように言った後で邦一は既になくなっているコーヒーをつい飲もうとしてその動きを止めた。

 アレな人ら。
 ってどういう意味だ。

「……何のことなんだ」
「邦一はどうやら匂い以外は普通の人間っぽいよな」

 ゆっくりとコーヒーカップから手を離した。そして臨太郎を見据える。動揺を表に出さないようにしながら、邦一は「アンタ、何者」と小さな声で聞いた。

「……俺と邦一はこの間、会ってんだよ」
「いつ」
「ほら、いつだったかな。邦一、夜更けに公園で変な乗り物乗ってただろ」

 公園で変な……と少し考えたところで、秋星と喧嘩をした時のことが浮かんだ。だがこんな軽い男に会った記憶は全くない。

「それがどうしたんだ……」
「えー、まぁ俺の姿が完璧本物だから気づかないのも仕方ないけどさ、この毛並みでピンと来て欲しいかも?」

 毛並み?

 こいつはまともに話す気があるのかと少し苛ついた後に浮かんだ生き物がいた。

「……は……? もしかして……トラ猫……?」
「はい正解」

 猫、だ、と。

 道理で隣に人がいる時はのらりくらりとしていた訳だと邦一は困惑気味に臨太郎を見た。秋星たちで人間でない存在には慣れているし、月侑太たちの存在により、犬、ではないが狼人間のような魔物がいることも知っている。だから猫の魔物だっていてもおかしくはない。
 たださすがに目の前で怪しさに魔物かと疑いつつも人間と思っていた者が猫だとわかると多少は困惑してしまう。

「あの時は引っかいちゃって悪かったな。耳に触れられるのかとつい条件反射で警戒しちゃってさ。あと、ついていったら橘の家入ってくっしょ? 入れるかよって思って帰ったんだよなー」

 橘家がヴァンパイアと知っているということだろうなと邦一は改めて実感した。

 ……ヴァンパイアを警戒してるってことか……? いや、ただ単に強い魔物の家だからってことかもしれない。

 むしろ悪いやつではないのだろうか、と邦一は微妙な顔で臨太郎を見る。耳のことなど、聞いてもいないのに弱点を晒してくるとはと呆れていると「あんま驚かねーのね」とつまらなさそうな顔をまたしてきた。

「慣れかな」
「ふーん」
「……で、結局何の用だよ」

 人間でないとわかると秋星たちを思っての警戒が少なくとも薄れ、邦一は更にぞんざいな口調になった。

「急に偉そうだな。俺のが年上だぞ」
「俺のことお兄さん呼ばわりしてた上にアンタが敬語いらないって言ったんだろ。いいからとっとと用件を言え」

 すると臨太郎はまた先ほど見せてきたような捕食者といった表情で邦一を見てきた。

「だから、邦一のその匂いだよ」

 ニッと笑いかけてくるのだが、その笑顔は純粋とは言い難いものだった。
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