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107話
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イヌハッカ?
邦一は怪訝な顔をしていたようだ。相手がおかしげに笑ってきた。
「嫌だった?」
「……嫌も何も……イヌハッカが何か分からないんです、が」
「アレ? お兄さん、橘の人じゃないの?」
「え? あ、あぁ……そう、です」
橘家にいるが、自分は従事している者だ。そんなに覚えられることはないはずだがとまた怪訝に思う。
「そんな変な顔しないでよ。お兄さんがあの家に入るの見ただけだよ。俺、最近ここら辺に引っ越してきたんだ。で、あの家の人なら花の種類は知ってるだろなって思ってた」
あはは、と親しげに笑ってくる相手を、だが邦一はさらに怪訝な気持ちで見る。
「ね、ひょっとして、さっきから不審者を見る目でしか見られてない?」
アンタが不審以外の何者でもないからだよ。
即座に思ったがそっと心の内に秘め、邦一は小さくため息を吐いた。
「アンタ、どなた様ですか……」
すると相手はポカンとした後で「ああ! あはは、そっかぁ」と笑い出した。邦一はちらりと店員を見た後に困惑しながら「あともう少し静かにしてもらえませんか」と小声で頼んだ。
「じゃあそこのお店入ろう! カフェならお喋りしてもいいもんね」
いや、その前に何故お喋りをする必要があるのだ。
邦一が反論する前に腕を引っ張られた。予想外に強い。見た目は邦一と似たくらいの背があるものの痩せた感じなので少し驚いた。
「あの、じゃあせめて花買ってから……」
本当は買うつもりはなかったのだが、こうも騒いでしまって申し訳なさが半端ない。
「どーぞ、どーぞ」
ニコニコと言われ、微妙な思いにかられながら邦一は店員に近づいた。特に買う予定ではなかったので思い付いた名前を口にする。
「イヌハッカってありますか」
「ああ、キャットニップですね。種はありますよ。夏に小さな花が咲くんです」
呼び名がいくつかあるのは他の花でも慣れているが、とりあえず自分で育てる自信がない。かといって種をプレゼントするというのも味気ない気がする。
邦一は少し辺りを見回して小さめの可愛らしい花を咲かせている鉢に気づいた。生け花をしているなら切り花のほうがいいかもしれないが、こうして根を生やしている花が邦一は嫌いじゃない。
「ああ、それはプリムラですね。その種類はプリムラ・シネンシスです。プリムラの英名はプリムローズと言って、最初の薔薇っていう意味らしいですよ。薔薇の花のように美しいことを表しているんだとか」
「……、これ、ください」
最初の薔薇……薔薇を楽しめない秋星にはいいかもしれない、と邦一はそっと笑った。
「お兄さん、買った花って彼女へのプレゼント?」
結局カフェとやらに連れて行かれ、邦一は微妙な気持ちでコーヒーを飲んでいる。そして質問してきた相手を呆れたように見た。
「……それよりもどなたですか……」
「ん? ああ、そうだよね。俺、倉橋って言うんだ。倉橋臨太郎ね。りん、とかりんちゃんって気軽に呼んで?」
「……山井邦一です。で、倉橋さん。何か用ですか」
「えー、名字はやだな。堅い感じするし呼ばれ慣れてない。名前で呼んでくれないと話さないよ」
じゃあ帰ります、と言いたいところだが邦一はぐっと堪えた。臨太郎は「話さないよ」と言ってきた。何もないならそうは言わないだろう。
なんというか、あまりに突然馴れ馴れし過ぎて怪しさしかない。普段から魔物と接し過ぎているのだろうか。目の前の相手がもしや人間ではなく魔物なのではとさえ思えてきた。
……まさか例の野良ヴァンパイアと関係あったり……いや、まさかな。
ヴァンパイアだと思うにはあまりにも軽い。もちろん柳のようにとても軽いタイプはいるが、それでも見た目に何と言うのだろうか、威厳に近い何かがあったりする。臨太郎の見た目はどう見ても威厳がない。整った顔立ちではあるが愛嬌のある軽い感じであり、やはり美形とは言えない。
……ヴァンパイアが絶対美形とは限らないのかもしれないけど、少なくとも俺が知るヴァンパイアは誰を見ても美形だしな……。
ニコニコとしている今も、臨太郎はともすれば笑顔のせいか糸目になりがちなつり目を好奇心いっぱいといった様子で邦一に向けている。毛先が黄色い茶髪は元気に跳ねており、やはり少なくとも威厳はない。
というか普通に人間だろうに、考え過ぎだろう。それだけこいつが意味分からなさ過ぎるんだけどな……。
舌打ちしそうになるのを堪え、邦一はため息を吐いた。
「飲まないんですか、臨太郎さん」
「さんもいらないなぁ。あと敬語も」
「……臨太郎、アンタ俺のことお兄さんとか言うけど絶対俺より年上だろ……」
「そうそう、いいね。年上とか関係なくない? 俺がいらないって言えばいらないし。あとね、飲まないのは冷ましてんの」
「猫舌」
「そー。それにミルク、あまり得意じゃないんだよね。下手したらお腹壊すんだよ」
「じゃあ何であえて……コーヒーか紅茶にすればいいだろ」
「そっか、紅茶にすれば良かった! クニちゃんがコーヒー頼んだからついねー。コーヒーはもっと得意じゃないんだ」
だったら茶に誘うな。
「っていうかクニちゃんは止めろ……」
知らない人相手に、気づけばある意味気軽に話している自分がいる。
「可愛いのに。ああ、でね。用って程じゃないんだ。忠告がてら邦一がどんな人なのかもっと知りたいなあって思って」
忠告?
もっと?
「……俺はアンタを知らないけど……」
「うん、俺もあまり知らないよ。だから知りたいなあって思ったんだし」
臨太郎がニッコリと笑う。その時ふと思った。
無邪気で軽い感じだとしか思っていなかった臨太郎のその笑った表情が、どちらかというと捕食者のそれに近い感じがした。
邦一は怪訝な顔をしていたようだ。相手がおかしげに笑ってきた。
「嫌だった?」
「……嫌も何も……イヌハッカが何か分からないんです、が」
「アレ? お兄さん、橘の人じゃないの?」
「え? あ、あぁ……そう、です」
橘家にいるが、自分は従事している者だ。そんなに覚えられることはないはずだがとまた怪訝に思う。
「そんな変な顔しないでよ。お兄さんがあの家に入るの見ただけだよ。俺、最近ここら辺に引っ越してきたんだ。で、あの家の人なら花の種類は知ってるだろなって思ってた」
あはは、と親しげに笑ってくる相手を、だが邦一はさらに怪訝な気持ちで見る。
「ね、ひょっとして、さっきから不審者を見る目でしか見られてない?」
アンタが不審以外の何者でもないからだよ。
即座に思ったがそっと心の内に秘め、邦一は小さくため息を吐いた。
「アンタ、どなた様ですか……」
すると相手はポカンとした後で「ああ! あはは、そっかぁ」と笑い出した。邦一はちらりと店員を見た後に困惑しながら「あともう少し静かにしてもらえませんか」と小声で頼んだ。
「じゃあそこのお店入ろう! カフェならお喋りしてもいいもんね」
いや、その前に何故お喋りをする必要があるのだ。
邦一が反論する前に腕を引っ張られた。予想外に強い。見た目は邦一と似たくらいの背があるものの痩せた感じなので少し驚いた。
「あの、じゃあせめて花買ってから……」
本当は買うつもりはなかったのだが、こうも騒いでしまって申し訳なさが半端ない。
「どーぞ、どーぞ」
ニコニコと言われ、微妙な思いにかられながら邦一は店員に近づいた。特に買う予定ではなかったので思い付いた名前を口にする。
「イヌハッカってありますか」
「ああ、キャットニップですね。種はありますよ。夏に小さな花が咲くんです」
呼び名がいくつかあるのは他の花でも慣れているが、とりあえず自分で育てる自信がない。かといって種をプレゼントするというのも味気ない気がする。
邦一は少し辺りを見回して小さめの可愛らしい花を咲かせている鉢に気づいた。生け花をしているなら切り花のほうがいいかもしれないが、こうして根を生やしている花が邦一は嫌いじゃない。
「ああ、それはプリムラですね。その種類はプリムラ・シネンシスです。プリムラの英名はプリムローズと言って、最初の薔薇っていう意味らしいですよ。薔薇の花のように美しいことを表しているんだとか」
「……、これ、ください」
最初の薔薇……薔薇を楽しめない秋星にはいいかもしれない、と邦一はそっと笑った。
「お兄さん、買った花って彼女へのプレゼント?」
結局カフェとやらに連れて行かれ、邦一は微妙な気持ちでコーヒーを飲んでいる。そして質問してきた相手を呆れたように見た。
「……それよりもどなたですか……」
「ん? ああ、そうだよね。俺、倉橋って言うんだ。倉橋臨太郎ね。りん、とかりんちゃんって気軽に呼んで?」
「……山井邦一です。で、倉橋さん。何か用ですか」
「えー、名字はやだな。堅い感じするし呼ばれ慣れてない。名前で呼んでくれないと話さないよ」
じゃあ帰ります、と言いたいところだが邦一はぐっと堪えた。臨太郎は「話さないよ」と言ってきた。何もないならそうは言わないだろう。
なんというか、あまりに突然馴れ馴れし過ぎて怪しさしかない。普段から魔物と接し過ぎているのだろうか。目の前の相手がもしや人間ではなく魔物なのではとさえ思えてきた。
……まさか例の野良ヴァンパイアと関係あったり……いや、まさかな。
ヴァンパイアだと思うにはあまりにも軽い。もちろん柳のようにとても軽いタイプはいるが、それでも見た目に何と言うのだろうか、威厳に近い何かがあったりする。臨太郎の見た目はどう見ても威厳がない。整った顔立ちではあるが愛嬌のある軽い感じであり、やはり美形とは言えない。
……ヴァンパイアが絶対美形とは限らないのかもしれないけど、少なくとも俺が知るヴァンパイアは誰を見ても美形だしな……。
ニコニコとしている今も、臨太郎はともすれば笑顔のせいか糸目になりがちなつり目を好奇心いっぱいといった様子で邦一に向けている。毛先が黄色い茶髪は元気に跳ねており、やはり少なくとも威厳はない。
というか普通に人間だろうに、考え過ぎだろう。それだけこいつが意味分からなさ過ぎるんだけどな……。
舌打ちしそうになるのを堪え、邦一はため息を吐いた。
「飲まないんですか、臨太郎さん」
「さんもいらないなぁ。あと敬語も」
「……臨太郎、アンタ俺のことお兄さんとか言うけど絶対俺より年上だろ……」
「そうそう、いいね。年上とか関係なくない? 俺がいらないって言えばいらないし。あとね、飲まないのは冷ましてんの」
「猫舌」
「そー。それにミルク、あまり得意じゃないんだよね。下手したらお腹壊すんだよ」
「じゃあ何であえて……コーヒーか紅茶にすればいいだろ」
「そっか、紅茶にすれば良かった! クニちゃんがコーヒー頼んだからついねー。コーヒーはもっと得意じゃないんだ」
だったら茶に誘うな。
「っていうかクニちゃんは止めろ……」
知らない人相手に、気づけばある意味気軽に話している自分がいる。
「可愛いのに。ああ、でね。用って程じゃないんだ。忠告がてら邦一がどんな人なのかもっと知りたいなあって思って」
忠告?
もっと?
「……俺はアンタを知らないけど……」
「うん、俺もあまり知らないよ。だから知りたいなあって思ったんだし」
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