緋の花

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106話

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 したこのとない喧嘩をしたせいか、むしろいつも以上に親密な雰囲気を邦一は自分たちの間に感じた。夜も同じ部屋で眠ることを拒んでおきながら、ここのところ毎晩のように共に過ごしている。
 冷える夜に秋星の体は冷たい筈だというのに、ともすれば汗が体を伝う。乱れた息と火照る体に、むしろひんやりとした秋星の肌が吸い付くようで心地好い。とはいえその冷たい肌に自らの肌を合わせているとまた劣情が湧き上がり、更に体を火照らせ息を乱すことになる。
 自慰をすると妙な罪悪感に襲われていたが、性交ではその罪悪感は不思議なほどにない。だが代わりに体の芯を疼かせるような背徳感は覚える。
 以前は何が悲しくて秋星から快楽の元を与えられなければならないのかとすら思っていた。それもあって吸血行為が気持ちの良いものだと認めたくなかったくらいだ。とはいえ背徳を感じるのはだからではない。
 自分の主人、それも男を犯していることにも背徳感はあるだろうが、そうではなく秋星そのものに感じるというのだろうか。どう見ても男でありながらも妖しいまでに中性的な美しさを見せてくる人を汚している感じというのに近い。秋星の性格を思えば汚されているのはむしろ自分のような気もするが、何だろうか、見た目に影響などされないはずの邦一だがひたすら秋星に翻弄されてしまう。
 今の関係になる前から秋星の顔が綺麗であることは分かっていたし、吸血される時は認めたくないものの婀娜っぽさや濃艶な様子すら感じていた。それがさらに増している。そのせいでいくら求め、そして供給しあってもまたすぐに疼いてしまう。

「……俺、ただの駄目人間になる気がする……」

 ようやく整ってきた息を吐くと、邦一は微妙な気持ちで呟いた。

「何でやねん」

 秋星はまだ多少荒い息を吐いており、それがまた邦一の中を疼かせる。

「馬鹿みたいにお前としてる」
「馬鹿みたいって何やねん、失礼やな。っつってもアホにならへん性交ってむしろどんなやねん。知的な性交とかそれこそアホみたいに疲れそう。嫌やで、俺」
「……そういうこと言ってんじゃないんだけど」

 呆れつつも秋星らしいと内心少し笑う。

「クニはしょーもないもん気にし過ぎやねん。お互い好きおうてまだ間ぁないんやで? そんなもん盛る時期に決まってるやろ」
「盛る、言うな」
「言うてる内に落ち着いてくるわ、そんなもん。むしろ今が懐かしいくらいにな」
「……秋星、年寄り臭いな」
「……腹立つやっちゃなぁ」

 落ち着くのだろうか。散々求め合った今もまた、妖艶に笑ってくる秋星に下肢が疼いて仕方がないというのに。

「っていうか匂い、嗅ぐな」
「えぇやん。えぇ匂いすんねんから」
「……どっちかって言えば汗臭いんじゃないのか」
「俺が?」
「いや、お前こそいい匂いだしあまり汗、かかないだろ。もちろん俺」
「……へぇ、俺いい匂いなん?」
「……そこは流して」

 ニコニコと言ってくる秋星から顔を背ける。

「クニはえぇ匂いやで。そりゃ人間からしたらどぉなんか知らんけどな。ヴァンパイアからしたら堪らん匂いやな」
「どういうことだよ……」
「そんなん俺が聞きたいわ。昔ババさまが言うとった。お前はそういう体質なんやって。俺がおるからお前、今まで襲われへんかったねんで」

 ありがたいよりも微妙な気持ちにしかならない。どんな体質だよと思う。少なくとも両親にはそんな気配はなさそうだが。
 ただ浮かんだのは秋星たちの影響を受けてか、かなりの冷え性であるという事実だ。もしかしたら匂い云々も何かそういったことがあるのかもしれない。とはいえ親はそうでも無さそうなのだが。

「……どんな匂いなの。まさか血生臭い?」
「何ですぐ臭いほうへ持ってくんや。あと血ぃは臭ないし、クニの匂いは別に血ぃの匂いやない。何やろな……血ぃより甘い……?」

 よぉ分からんわ、と投げながらも秋星はまた匂いを嗅いできた。

「甘い……? だいたい血は鉄臭いだけで甘くないけど。……俺、鉄臭いのか……?」
「やからそれは人間の感性やろ。あと血の匂いとちゃうって。とりあえずな、甘いねん。匂いで太りそう。いや、ちゃうな、その前にお前から際限なくもらう精で太らんか心配やわ、俺は」
「太るのか……」

 唖然としていると笑われた。

「アホやな、匂いも精も太るかいな。冗談や」
「……まったく」

 呆れて見せるが、絡み合ってもいつもと変わらないやり取りはむしろ心を温めてくる。

「お前が冷たいのはほんと表面温度だけだな」
「……何やのそれ……俺のケツの中の話か? ほんまクニはムッツリやなぁ」
「違う……!」

 微妙な顔を向ければいまだに近い秋星が何とも言えない顔で邦一を見てきた。腹の底から湧き上がる感情が切ないほどにじくりと邦一の中を侵略してくる。
 これは温かくて優しいものでありながらも危険なものでもある。
 邦一は思った。このじくりと広がるものは下手をすればどんなこともしかねない。

「……何やの、よぉ分からん顔してじっと見てきて」
「……いや」
「変なやっちゃな。とりあえずキスしぃ」
「何がとりあえずなんだ」
「野暮やなぁ」

 笑いながら秋星は邦一を引き寄せてきた。邦一は腕で自身の体を支えながらもあえてそのまま引き寄せられ、顔を近づけた。



「お兄さん、いい匂いするね」

 ある日学校帰りに何気なく花屋で花を見ていると不意にそんな風に言われた。秋星とのやり取りを思い出し、邦一はハッとなって振り返る。

「に、匂いって……甘い、とか……?」

 というかどういうことだ、ヴァンパイアの人だろうかと相手を見ると、確かに整った顔をしているが美形というよりは愛嬌があるタイプの男がニコニコと邦一を見ていた。

「甘い? 何で? 別に甘い匂いはしないけど……お兄さん、甘いものでも食べてたの?」
「え? あ、い、いや」

 甘いと言ったのは秋星だ。そして人間からしたらどういった匂いかは分からないとも言っていた。少なくとも甘い匂いなどする筈がない、と邦一は勘違いに少ししどろもどろになる。
にしても知らない相手にいい匂いだと声をかけてくる方もくる方だと邦一は微妙な顔で相手を見た。

「あ、そんな顔しないで。変な意味はないよー。俺、わりと匂いフェチなとこあってつい、ね」

 いや、匂いフェチは十分変な感じだろ、と思いつつも「……どんな匂いなんです……」と思わず口にしていた。

「んーとね。キャットニップ……あ、イヌハッカみたいな」

 相手はさらにニッコリと笑ってきた。
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